読者の惹き込ませ方とサイゼリヤの禁断の技
諸君、私はサイゼリヤが好きです。あの庶民である私でも気兼ねなく行ける価格帯なのに本格的なイタリアンが食べれるサイゼリヤが大好きです。サイゼリヤのプリンが好きです。ティラミスがついている物なんて心が躍ります。
土日にランチをやっていない時は絶望を覚えます。
「実に興味深いです」
セシャトはスプーンでパスタを巻き取るフォークを支えながら、カルボナーラをゆっくりと口に運び、これまたゆっくりと咀嚼し、ナプキンで口を拭いた後にそう言った。
「むぐむぐ、えっ? 何が?」
新メニューのポトフをつつきながら男がそう聞き返した。
二人は雨が少しマシになっていたので、駅近くのサイゼリヤへとランチを取りに行っていた。本のメンテナンスのお礼とおやつを切らしていたので、その代わりにセシャトがご馳走すると伝え、男は「なんだかデートみたいだね?」とテンプレな事を言うので、セシャトは冷たい視線を向けると、男は『邪神転生バビロニア ─リバース・オブ・ナイアルラ─』の主人公、カノンのように喜ぶので、次は可哀そうな人なのかもしれないとセシャトは彼を見つめると、「さすがにその目はやめて」と突っ込まれる。
そんなこんなで食事を始め今に至った。
セシャトの疑問、それは……
「第一章を読み始めると、全く場面が変わり、だけど、カノンさんとマグロちゃんが女学校に忍び込んでいたというつなげ方、一瞬ストレスを感じるんですが、なんとも心地よいんです。下品な単語が並ぶかと思いきや、突然硬派な状況説明が入り、いい意味で読者の思考能力が奪われます」
パルメザンチーズを一振り、二振り、セシャトはチーズの量を見て、少し乱暴にシェイクする。希望通りの量に満足してそれを味わう。男は頬杖を突きながら幸せそうなセシャトを見つめて、真イカとアンチョビのピザをスライサーで綺麗に六等分してみせた。
「器用なものですね!」
「あぁ、真ん中から外に向けて切れば誰だって上手に切れるよん」
そうは言うが、お店の人が切り分けるようなそれを一朝一夕で真似はできそうにないなとセシャトは頷く。
「所謂チート持ちの俺TUEEEEスタイルであるハズなんですが、カノンさんが邪神の力を使う事で殆ど存在する生命力を失ってしまうという設定を挟む事で、一方通行の物語に無理やり回り道を作っていけるというのも中々もって見事です。なんといってもカノンさんがどんな力を手に入れようが、童貞を捨てるという唯一つの欲望に忠実かつ、淀みがない事に頭をリセットされ笑ってしまいます」
食べる手を止めてクスクスと上品に笑うセシャトに男は優しい目、そしてポトフを一口スプーンですくってスープを飲むと晴れ晴れしい表情でつぶやいた。
「可愛い女の子が童貞とか言っちゃうの、興奮するよね!」
親指を立てて白い歯を見せる男。
「なっ……」
セシャトの褐色の肌がゆっくりと紅潮していく。真一文字に結ばれた口元からセシャトの怒りが感じ取れる。
セシャトはタバスコを持って男のポトフにそれを沢山いれるとにっこり笑った。
「ちゃんと残さず食べてくださいね!」
「えっ? これ……いや……」
透き通っていたはずのポトフが血のように真っ赤に染まる。それを恐る恐るすくって食べると男は辛さに顔をしかめる。
「辛っ!」
「そもそもイタリアンにタバスコを使うのは日本くらいですからね。話を戻しますがこの物語のオススメとしてはとにかく随所随所の単語でしょうか?」
セシャトの話を聞きつつも辛そうにしながらちびちびとポトフを消化していく。そんなに辛いなら止めようかとセシャトも反省しだしたころだったが、バケットを浸して食べているあたり、この辛さに男は慣れたのか、もともと辛い物が得意だったのか、セシャトはまた一枚食わされたような気分にさせられる。
「そして、なんといっても言葉に対してルビですね! とにかく毎話読み方とは異なるルビが大量に出てきます。正直単品で読むと恥ずかしい物もあるのですが、物語の雰囲気がそういう風に読まざるおえないと思わせてしまうところですね。あとはマグロちゃんことアザートスさんと、オーディーンの最終戦争において、英霊の魂を乗せた船。元々北欧神話の神々の設定をふんだんに使われていると思いますが、そこに本来であれば中国あたりの大陸の術。そして第二次世界大戦の兵器を上手く混ぜてきましたね。日本人の好きな内容全部乗せと言っても過言ではないです」
カルボナーラを食べ終え、レギュラーコーヒーを口にしながら情熱的に語るセシャトに男は口のまわりをふき取るとうんうんとうなずく。
「俺としては、ギャグもふんだんに使われていることもさることながら、意外と歴史ってのが適当に伝わっているという事、だけど、のん様達の物語を追従する事で意外とくだらない真実という物を体感できるという部分のポイントが高いんだけどなー!」
男の唇は情熱的に赤い、悪く言えば明太子のように腫れている。その様子にさすがにセシャトも気になってはきたが、自分の事を見つめているセシャトを見て、男は何やらポーズなんかを決めてウィンクをする。
あきれたセシャトは男の話に思考を切り替えて答えてみせた。
「そうですね。特にカノンさんが、どんな人物にでもなりきってしまうという部分なんかが見せ場でもありますよね! 何故これでモテないのかと読者はもやもやしてしまうんですが、そこがまたいいんですよね! やっぱりひと昔前のスケベな主人公感が半端ないんですが、うーむ! 私、気になります!」
「それは、アイスクリームが食べたいって事?」
少し考えて、この度実写映画化もされた有名な作品『氷菓』に出てくるヒロインの口癖が自然と出てしまった事に気づくとセシャトは少々むくれて下唇を噛むと店員さんを呼ぶ呼び鈴を鳴らした。
「知ってるセシャトさん」
「はい? 何でしょう?」
セシャトが今ほど押した呼び鈴を指さして悪そうな顔をしてみせる。一体この男が何の悪だくみをしているのかとセシャトが思った時には男はセシャトが押したハズの呼び鈴を再び鳴らした。
「ちょっと!」
「一回だと呼び出し、二回目だと至急になるんだよ! これ、サイゼリヤの豆知識ね!」
なんだか、できる男の顔で歯まで光らせて男は言うので、はぁとセシャトは頷いた後に走ってくる店員を見て我に返るセシャト。
「なななな、なにをしてくれているんですかぁ! このランチの時間のお忙しい時に、店員様達のあのお疲れのご表情が貴方様にはお判りいただけませんかぁ?」
男は焦るセシャトを見て頬杖をつきながら店員にジェラートを二つ注文する。素早くジェラートの注文を受けると店員は忙しそうに厨房へと戻っていった。セシャトが謝罪をする暇も与えないところがピークタイムを捌くプロの動きなのだろう。
「全く二度としないでくださいよ! そんなどうでもいい豆知識はいりません! 何故か『邪神転生バビロニア ─リバース・オブ・ナイアルラ─』の話をしに来たはずが、私がこの世界観に巻き込まれているような……」
セシャトは冷めてしまったレギュラーコーヒーを飲み干して、余裕の表情を見せるこの男にそう言うと男は立ち上がって喜ぶ。
「それいいね! もし、『邪神転生バビロニア ─リバース・オブ・ナイアルラ─』の世界に行けたら最高だよな!」
ここまでこの作品を愛しているというこの男には尊敬の念すら感じるのだが、いかんせん飛びすぎていてこのテンションにはついていけない。
だがしかし、セシャトはこれだけは言ってあげる事ができた。
「それならいけますよ?」
セシャトのこの一言は、男が生を持って恐らくこれ以上に驚いた事はなかった。何故なら、今まで機関銃の如く喋り捲っていたこの男が、完全にフリーズしているのである。
「今なんと?」
「いえ、ですから物語の世界に行く事は可能ですよ……と」
セシャトがそう真顔で言うので、男は腹を抱えて大爆笑してみせた。それはそれは指をさして失礼極まりない笑い。
「ぎゃはははは! セシャトさん、あんたおもしれぇーわ! ぎゃはははは! 痛い、ふひひひひ、腹痛い!」
バンバンとテーブルを叩き、店員と他の客が男をガン見する中、セシャトは笑いものにされている事に怒ってみせた。
「わ、笑うのをやめてください! ほんとなんですからぁ!」
結構大人っぽい雰囲気を醸し出しているセシャトだったが、しゃべればしゃべるほど幼く感じるなと男は思い。彼女は嘘を言っているとも思えないのでこう返してみる事にした。
「じゃあ、連れて行ってよ」
「わかりました」
信じられない返答。冗談でしたとかえってくるのか、実は怪しげな薬でも使ってトリップするのか、男は少し面白いと思った。この百面相の表情を見せる異国の少女に身を任せてみようかと決めるが彼女はこうも付け足した。
「でもそこに行くには一度お店に戻らなくてはないません。それに今、智将アルマさんとカノンさんのバトルという熱い展開なのでとりあえず一章まで読ませてください。それに、まだジェラートもいただいていませんしね!」
そう言うセシャトの瞳は輝いていた。
それには男も
「お、おう。気のすむまで読んだらええ、食べたらええ」
よくわからない言葉遣いで返すが、楽しそうにしているセシャトを見てまぁいいかとドリンクバーへセシャトのカップも持ってコーヒーを淹れに向かう。
本物語の中に行く事はたやすいです。しかし、守らなくてはならない事があります。その世界に介入してはいけないという事です。あとオヤツは300円までです!
次回もサイゼリヤでまだまったりしています^^