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セシャトのWeb小説文庫2018  作者: セシャト
第二章 『邪神転生バビロニア リバース・オブ・ナイアルラ』著・ユーチューバー・イレーナ
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Web小説における第一話の重要性

この男性、一体何者なのでしょうか? 私よりも本のメンテナンスが上手で、私よりもおいしいコーヒーを淹れてくれます。全く持って不思議な方です。雨は全然止まないですね。

 男は雨宿りがてらと言って真面目に古書店のお手伝いをしてくれており、セシャトはその間にオススメされた『邪神転生バビロニア リバース・オブ・ナイアルラ』をじっくりと読み進めていた。

 序章の半分は主人公とアザートスとの出会い。

 しかし、後半は物語の進行と場面ががらりと変わっていた。

 そしてどことなく文章が製錬されてきている。



「これは、中々熱い展開ですね! 気高い女騎士が監獄で剣闘士のように戦う日々、そしてそこに現れる怨敵にして上官。控えめに言って心躍る展開です」



 一冊一冊丁寧に本を磨いている男はそのセシャトの独り言に気づくと、宙を一回転してセシャトのカウンターへと舞い降りる。

 それはどう考えても人間を少しばかり止めてしまっているような、オリンピック選手も青ざめするような動きを見せたのだが、集中しているセシャトはそんな事は見ていない。



「せーしゃとさん!」

「はい! わわっ! 近いです!」



 セシャトの真横から覗きこむように見る男にセシャトは慌てて離れる。褐色の肌が紅潮し、そんなセシャトをニヤニヤと見る男にセシャトは「ほぅ」と溜息をついて言う。



「休憩にしましょう。珈琲淹れますね?」

「あっ、おかまいなくー! そんな事より、ここテストに出ますよ! 聖アルスガンド帝国が誇る五将の一人、≪絶将・オルトリンデ≫ 紅蓮の大剣を使う本作最強クラスの一人です」



 読んでいた場面を思い出しながら、セシャトは甘くバターで焙煎したコーヒーをゆっくりと淹れる。



「ローズマリーさんとの決闘シーンは身震いしますね。絶対的に勝てないのが分かっていながら、なんとか一矢報いて欲しいと思って読み進め、やはり当然の如く読者に絶望を与えてくれる演出は清々しくも興奮します」



 二つのコーヒーカップをトレーに乗せてカウンターへと向かう。男は行動と発言のいい加減さに対して本の扱いに関しては相当手慣れた物。

 そして丁寧に紙やすりをかけていく。新品のように本をクリーニングしていく様子はここで毎日その業務を行っているセシャトよりも上手かもしれない。



「はい出来上がり」



 一列分を終えるとそれを持って行き棚に戻す男、鼻歌なんかを歌っている事から、造作もない作業なのだろう。



「珈琲置いておきますので飲んでくださいね」

「はいはーい!」



 二列目の文庫本を男は抱えてくると、カウンターに置こうとして、少し困った表情を見せた。コーヒーが零れたら大変だと思ったのだろう。それにセシャトは気づくと母屋より籠を持って来る。



「すみません。これに入れてください。それにもう十分ですよ?」

「好きでやってる事だから、コーヒーいたっきまーす」



 男はコーヒーに口をつけようとしてから手を止める。コーヒーカップを置いて手の甲を嗅いだ。そして再びカップを持つと香りを大げさに嗅ぐ。



「ん? これバターのかおりがするね。それにほのかに柑橘類のような、うんまぁ!」



 セシャトは趣味から美味しいお茶やコーヒーの淹れ方を学び覚えた。下手の横好きと言ったところだったが、この男は何者かは不明だが、作法が出来上がっている。

 自分の手の甲を嗅いだのは、おそらく古本の中で少し馬鹿になった自分の鼻の感覚を元に戻す為、それからセシャトの出したコーヒーを楽しんでいる。

 おちゃらけた態度は恥ずかしさを隠す為のわざとなのか、段々とセシャトもこの雨の日に訪れた謎多き人物に興味が出始めていた。



「セシャトさん、俺に惚れるのもいいけど、小説小説!」

「なっ! そんな……もう」



 調子が狂うこの人物、今のこんな気持ちで物語を読む事は失礼な気がしていたが、こんな気持ちだからむしろこの物語がすいすいと入ってくる。



「ローズさん、死ななかったんですねぇ。良かったぁ」



 ただの物語を読んでいるだけなのだが、本気でほっとしているセシャトを男はコーヒーカップを口につけながらじっと眺めている。

 そんな男の視線に気づかずセシャトは続きを読み進めた。そして、静寂の中でセシャトは「プッ!」とウケた。

 それに男は目ざとく反応する。



「なになになに? 何処が面白かったの?」



 セシャトも自分のコーヒーに口をつけると、パソコンのモニターを指さして見せた。そこには主人公『カノン』が自分の村で色々とくだらない知識を教えてくれていた老人『シャンタク』。このどうしようもないと思われていた人物の知識がまさか役に立つ時が来て、それが以外にもまともな技術と知識だったという場面。



「いえ、最初で引っ張っておいて、凄い人だったんだなって思いだして笑っちゃいました。ここは私のお気に入りポイントですね」



 なるほどねぇと男は意外にも難しい顔をして頷いていた。コーヒーを飲みほすと男は再び本にゆっくりとやすり掛けを始める。



「あっ、コーヒーおかわりいかがですか?」

「自分で淹れるよ。それよりセシャトさんはその気持ちのまま読み進めて! お願い!」



 子供みたいな表情でセシャトにお願いする男に、小説が読めるならそれにこしたことはないのだが、少々不思議だと思いながら文字に視線を重ねる。



「俺TUEEEEの典型、それでいて主人公の希望というか野望が中々成就されない展開といい。テンプレながら、いい雰囲気をだしていますね。生きる事に絶望したローズマリアさんに生きる希望を与えるシーンはコミカルながら逸品です」



 かちかちとクリックをしてページを進めたかと思いきや、前のページに戻して読み直しているセシャトの独特な読み方、それを飽きもせずに見つめている男。

 雨の日というのは不思議な事が起きる物なのだ。雨雲が空を遮り、太陽を隠す。日の光を奪われた人間はもしかすると幻影を見るのかもしれない。

 異世界ファンタジーは異様にジャンルの広い分野である。古来からのハイファンタジーに始まり、少し前ではゲーム世界の中での仮想現実ファンタジー、そしてこの『邪神転生バビロニア リバース・オブ・ナイアルラ』は伝統的な英雄譚。

 ヒロイックファンタジーあたりに分類されるだろうかとセシャトは考える。そんな中で現在主流の萌え要素を忘れずに散りばめ、伝統的なスケベな主人公を配置してある。

 丁度いい配合で重くなり過ぎず、軽くさせすぎてもいない。主人公はただただ自分のハーレムを作るという純粋な欲望の為に前進している。



「カノンさんは、主人公としてはほぼ確実に正解ですね。最高に最悪なキャラクター設定なんですが、どうも愛嬌と懐かしさを感じさせる主人公造形。そして最初の海賊として働いていた設定がまさか、侯爵との駆け引きの時に生きてくるんですね」



 二列目の文庫本のクリーニングを終えると男はセシャトが一人小説の世界の中に浸っているのを見て、ゆっくりとその場から離れ母屋へと向かっていく。

 彼女は集中していたらまわりが見えなくなるんだなとややこの古書店「ふしぎのくに」の防犯体制のなさに苦笑しながら母屋へと入る。



「おじゃまします」



 普通の声量で言ったつもりだが、セシャトの耳には届いていないようだった。楽しそうに読んでいる事から、アザートスが魔宝人形マグロちゃんとして侯爵に媚びでも売っているあたりのシーンを読んでいるのかと勝手に思いながら、男は母屋に並んであるコーヒーや茶葉を見て、セシャトの為にコーヒーを淹れた。



 コトン。



「はうっ!」



 ビクんと音に反応したセシャトを面白そうに見つめている男。コーヒーが似合うクールな美女と思っていたが、わりと抜けている海外の文学少女というのが今現在の男のセシャトに対するイメージとして固まりつつあった。



「この作品ですが、はっきりいってファンタジーライトノベルとしては相当なレベルに達していると言っていいです。ですが、大きな欠点があります。むしろ致命的と言っても過言ではないです」



 男の顔がはじめて険しくなった。それは先ほどまでちょっとセクハラちっくな言動と行動、それでいていい加減な態度を取っていた男と同一人物とは思えない程の変わりようだった。

 彼はそんな状況でも冷静にやや声のトーンが低くなってセシャトに問いかけた。



「それはさっき言っていた書き方の事?」



 セシャトはまだ読んでいる途中だったので、少し億劫な表情をしてパソコンから目を離し、男が淹れてくれたコーヒーを一口味わう。

 それが思いのほか美味しい事に目が覚めたセシャトはノートパソコンの画面を優しく指で撫でながら思い出すようにこう語った。



「いえ、ほぼすべてWeb小説としての完成度は極めて高いですが、第一話が恐ろしく面白くないです。そこで読むのを辞めてしまう人が少なからずいる可能性が高い事が欠点ですね。この第一話も後の話もテンションは同じなのですが、第一話のみ読者が置いていかれているような感じというべきでしょうか? ですが、そういった欠点がWeb小説の醍醐味でもあるんですが、本当に面白い為、キャラクターの立ち位置もそれぞれカノンさんのパーティーのキャラクターもしっかり生きていて、無駄のないノリツッコミにストーリが負けていない。ここまで研磨された作品はWeb小説では少ないかもしれません。それ故の最初の第一話が印象的ですね……と、こんな感じなんですけど、もしお気を悪くされたのであれば謝罪いたします」



 今回は男はセシャトの答えに対してすぐには即答しない。セシャトのノートパソコンを片手で操作すると第一話に目を通す。



「ふむ」



 そう呟き、おそらく最新話を開く。しばらく目で文章を追っている事から速読しているのだろう。なんとも鬼気迫る表情でそれを読む男にセシャトはどうしてしまったのかと、男が話し出すまで待ってみた。



「わっかんねーな」



 それが男の答え。

 そう、単純にセシャトがそう感じたというだけなので、もちろん全員が全員そう思う程度の事ではないのだ。



「私の意見ですので、そんなにお気になさらず」

「いやぁー、悔しいじゃん! そこまで完璧って言われて、一話面白くないと言われると本末転倒、画竜点睛だよ!」

「いえ、まだ私も序章を読み終えただけですので、とりあえず一章を読み終えてみるので、そこでもう一度批評をしてみましょうか?」

「おっけ、おっけー!」



 男は椅子を持って来るとセシャトの真横においてニコニコと笑ってそこに座るとスマートフォンを操作し始めた。

 一体この男はいつまでいるつもりなんだろうかとセシャトは思い。オヤツを切らしている事に同時に気づいた。

この『邪神転生バビロニア リバース・オブ・ナイアルラ』は書籍化してもおかしくはないくらい面白いと思ます。ですが、第一話の面白く無さは異常と言っていいでしょう。これは恐らく読者の方がキャラクターと世界感の理解が出来て読み直すと恐らく分からない些細な物なんだと思います。

ですが、この第一話が面白くないという事で読まれなくなった作品は沢山あるんじゃないでしょうか?

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