この雨が良くない者を連れてきた
二月の月間強化作品はファンタジー作品となります。
雨の日に迷いこんできた男性と私のちょっとした物語がはじまります。
※本作は『邪神転生バビロニア リバース・オブ・ナイアルラ』第三章完結時点で編集した物の為、改稿や作者名の違い等がいくつか見られます。あらかじめご了承ください
こぽこぽとセシャトは茶葉を炙る。
本日のオヤツは豆狸の稲荷寿司。ちょっと高価なオヤツな為、セシャトはどんな物語を読みながらこれを食べようかと思っていると一人の男性が入店する。
「いやー、まさか雨が降ってくるとはなぁ」
突然の夕立だったのか、困っているお客さんにセシャトは大きめのタオルを持っていった。
「良かったらこれを使ってください」
「あぁ、すみません! うわぁ、すっげぇ美人!」
「えっ?」
「いや、すみません! 店員さんですか?」
男性は二十代前後だろう。妙に馴れ馴れしいが、人懐っこい人なのだろうかとセシャトは疑問符を頭に増やしながら、応えた。
「古書店『ふしぎのくに』の店長セシャトです」
「へぇ、日本語お上手ですねぇ」
褐色の肌に銀色の髪はさすがに日本人にはいない。これを言われるとセシャトも物凄く困るのだが、とりあえず曖昧な返事を返す事にした。
「日本育ちの日本生まれなので、むしろ日本語しか喋れないんですよ」
「ふーん、そうなんですねぇ、しかしいいお店ですね」
「ありがとうございます! お客様は何かお探しなんですか?」
それを聞くと男性は難しそうな顔をする。
何かわけありなのか、セシャトは身体が冷えるといけないかと生姜湯を淹れる事にした。ハチミツを少し入れて味を調整する。
「これ、身体が温まると思いますので」
「わざわざすみません」
セシャトのパソコンをガン見している男性に気づいたセシャトはさらに疑問を増やして彼に聞いてみる。
「何か?」
「それ、何見てるのかなーって」
成る程とセシャトはノートパソコンをくるりと廻して見せた。そこには小説家へなろうの画面が表示されている。
「なろうですね。店長さんも何か投稿しているんですか?」
「いえ、私は読専なので……お客様も何か書かれているんですか? 宜しければオススメがあれば教えていただければと」
「あー、そうですね。店長さんはどんな作品を主に読まれるんです?」
そう言われると非常に困る。
セシャトはあらゆるジャンルを網羅している。そうなってくると特にこのジャンルが特別好きだという物もない。
「それが、色々読みますので、面白ければ……」
「なんですとぉー!」
セシャトが最後まで言う前に男性はオーバーアクションでセシャトに詰め寄る。そしてセシャトの言葉を遮りノートパソコンをタイプする。
それをセシャトは後ろから覗くと、いくつか可愛らしいイラストや、しっかりと書きこまれたイラストが見える。
「どうやら、異世界ファンタジー物でしょうか?」
「そうですぅ! 店長さん?」
「セシャトです」
「セシャトさん! いい所に気づきましたね! この『邪神転生バビロニア リバース・オブ・ナイアルラ』、作者のユーチューバー・イレーナ氏は、なんとなんと! 現役JK、イヤァー!」
セシャトはこの男性と話をしていると疑問符がどんどんと増えていく。この異様にテンションの高い彼にセシャトはやや低めのテンションで聞き返す。
「JKってなんですか?」
「えっ?」
あまりの男性の反応にセシャトも全く同じ反応を返してしまった。
「えっ?」
「……女子高生」
「Jで女子、Kで高生ですね! 成る程です。略語ですね」
まだ外はさーさーと雨の音が聞こえる。男性はセシャトをじっと見つめる。何か自分の顔についているのかと手鏡で見て見るが変なところはない。
「私の顔に何かついてますか?」
「セシャトさんって、何処の国の人?」
「えっと、秘密です」
「何歳?」
「それも秘密です」
「スリーサイズは?」
「えっと、上から……って何言わせるんですか!」
男性は「チッ」と心底悔しそうな顔をするので、若干の身の危険を感じるセシャトだったが、現役女子高生が書いている小説という物には中々興味深いとセシャトは思った。
しかし、R指定がかかっていたり、残酷描写があると、秋文にはオススメできない内容かと少しばかり残念だなと思う。
「お客様は、こちらの小説のファンの方なんですか?」
それを聞かれて男性は、満面の笑みを見せる。
「もちろん、俺はこの小説の一番ファンだよん。セシャトさん、とりあえず序章読んでみなよ」
Web小説をオススメするハズの自分がオススメされて読むというのもなんだか、不思議な感覚だなと思いながら、セシャトは頷いた。
この物語は簡単に説明すると童貞の主人公カノンが野心と己が欲望を達成する為に旅に出て、幼女の姿と化した古の邪神アザートスと出会い、確実に死ぬという危機的状況で邪神アザートスと契約し、超人的な力を手に入れるという作品。
「成る程、王道のファンタジーものですね。九十年代角川の作品に通じる物を感じます。しいていうなら『あかほりさとる先生』」
有名な一時代を築いた小説家、脚本家であり、とにかく独特な小説の書き方をする作品が多い。現在主流の小説では到底受け入れらない可能性の高い表現方法等も有名である。
そんな中でも、エロスに関してはこの大作家を外して語るのは難しいだろう。
時代的なものか、主人公がどすけべというのは当時としては斬新ではなかったのもしれない、されど昨今は激減しているのも確かなのだ。
この『邪神転生バビロニア リバース・オブ・ナイアルラ』はタイトルの感じといい、物語の進行具合といい、キャラクターの造形具合と、なんとも懐かしさを感じるファンタジーライトノベルである。
「これを現役女子高生が書いているというのが、不思議でしかたがありませんね。単純に面白いです。個人的にいくつか指摘点がなくもないですが、楽しむという事に関しては問題外ですね。王道と言うに相応しい物語ですが、今の王道とは少しかけ離れています」
セシャトがそう言って自分の思考に浸っている間、男はうんうんと頷き、そして鋭い目でセシャトにこう聞いた。
「指摘点って例えばなんですか?」
「いえ、私の個人的なものです。作者様に酷評依頼をされているわけでもないですし、この作品が好きな人の前で言う事ではないです」
ふーんと男は納得するような態度を取ると、セシャトの手をぎゅっと掴んだ。
「や、えっ?」
「教えてください。気になりますよ。俺大ファンなんですから!」
手を放してくれそうにない男に少々困り、少し顔を赤らめてセシャトは俯くと男に上目遣いにこう言った。
「あの、言いますから離してください」
「その表情エッロォオ! 可愛いっ! ……おっとごめんなさい取り乱しました。ほんとマジで、警察とか勘弁してください」
四十五度の角度で謝罪する男にセシャトは手を引っ込め、男から少し離れるとノートパソコンの画面を撫でる。
セシャトの表情は自分の子供でも愛でるような優しい表情で、モニターに映し出されている。『邪神転生バビロニア リバース・オブ・ナイアルラ』の小説を見つめている。
「恐らく、現役女子高生の方だからかもしれませんが、この作品に関してはもう少し、硬派に今の流行を乗せずに書かれているともっと自然に入ってくるなと思います。ただし、この未完成感がWeb小説本来の味なんですよ」
その言葉に男は少し驚いたような表情を見せ、口元を猫口のように緩ませる
「あー分かりますわそういうの! ここはもう少しこうだったらいいのになぁーってやつですね。あるあるですね」
「指摘や編集が入らず、基本的に一人で書き上げられているというところが、粗削りであり、Web小説本来の魅力なんですよね」
二人して意気投合し、セシャトが序章の半分程度を読んでいる状況であると知ると、男はセシャトにデスクに座るように指示する。
「でも私は仕事があるので」
「この雨でしょう? 俺が適当に手伝いますから、セシャトさんは読んで読んで! あぁ! ツイッターアカウント見つけちゃいました!」
そう言って男はスマートフォンでセシャトのツイッターアカウントの画面をセシャトに見せる。
「そうなんです。よければフォローしてくださいね」
本を本棚から抜いて優しくからぶきしながら男はセシャトに微笑む、そして雲一つない空みたいな明るい笑顔を見せた。
「気が向けばね」
今回は私がとっても不思議な事になります。一体どんな事でしょうね?
是非最後までお楽しみいただき、本作で取り扱っている『邪神転生バビロニア リバース・オブ・ナイアルラ』お読みいただければなと思います。
とても爽快感のある物語となってります。