第九話 『恋のほのお』著・ 桃山城ボブ彦
明日、ついに紅白Web小説合戦開幕ですねぇ!!
そして、私達の物語もチェックが近づいてきましたね^^
えっとですねぇ。私セシャト、なんと……あの風邪の酷いのになってしまいましたよぅ!
皆さん、年末お店の商品が少なくなっているかもしれませんが、桃缶だけは最後まで取っておきましょうね!
孝臣はとあるバーで待ち人を待っていた。
ロックアイスにぴしりと音が響いた時、その人物はやってきた。
「よぉ、待ってたぜ」
その人物は孝臣の横に座るといつものをと頼む。ショートグラスに入れらた青いカクテル。それをすぐに飲み干す。
その様子を見て孝臣は自分のブランデーを含んで口の中で転がした。今自分の隣に座っている人の名前が孝臣は思い出せない。
だが、よく知っている人物のハズだった。
「ショートカクテルは足が速いってか?」
ショートカクテルは口につけたらすぐに飲み切ってしまうという事がマナーである。それをしっかりとこなした上で孝臣の横にいる人物はスマートフォンの画面を見せる。
「やっぱり、Web小説か『恋のほのお 著・桃城山ボブ彦』なんだか、昔の芸能人みたいなペンネームだな」
そんな悪態にも近い独り言を言った孝臣だったが、『恋のおのお 著・桃城山ボブ彦』を読み始めて数分で孝臣の表情は鋭くなる。
「ほぉ」
そう一言呟いて煙草に火をつけた。
今まで孝臣が触れて来た、いや読んできたWeb小説とは一線を画す作品。孝臣の感想としては今までのどれよりも自分の知っている小説に近い物語であるという事。
そして一番は……
「懐かしいな……俺達が一番馬鹿やってて楽しかった時代だ。消費税なんてあの頃はなかったのにな……マスターこのブランデー当時はいくらしたんだい?」
少しほろ酔いで絡む孝臣にマスターは孝臣が飲んでいるカミュウ。半額くらいになったと言われ孝臣は思い出す。
「そうか、関税が下がったんだよな……ははっ」
孝臣がブランデーをくいっと一飲みした後、孝臣の隣にいる人物は孝臣にこの時代の頃について話す。
「そうだな。この時代は巨人一強時代。実に面白かった……今の巨人は客を呼べる選手がいないな。そう、昔は一番からラストまでみんなアイドルみたいな選手陣だったもんな?」
うんうんと頷く隣人。
二人は最初と同じ酒を注文し、孝臣は一口含む。予想以上に『恋のおのお 著・桃城山ボブ彦』は孝臣の青春時代を思い出させる。
そんな中、隣に座る人物はカクテルの青を眺めながら孝臣にある事を聞いた。
それは孝臣が追っている存在。
「古書店『ふしぎのくに』の店主か? 会ったよ。だが、会って謎が深まった。ただそれだけだ」
ブランデーを再び飲む孝臣。これが悪い方の酒である事を自覚しながら、それでも何故か飲む手が止まらない。
どう謎が深まったのか? それを聞かれて孝臣は答える。
「確か、セシャト……って名だったかな? 俺が会った時はもう既に廃人だった。心はあそこにはもうない。彼女の車椅子を押す可憐な少女が言うにはセシャトのケーキを黙って食べたら、それが限定品でもう二度と食べられない物だったとかで今にいたるとか……誰がそんな嘘を信じる……けったいな服を着てけったいな喋り方をした不健康そうなあの可憐な少女が俺は『ワリカタ』じゃないかとにらんだ」
ごくりと喉を鳴らす隣人。
そしてその緊張を紛らわすようにカクテルを飲み干した。吐いてしまう程、自分のペースが分からなくなるような、波多野や石堂のような飲み方は二人はしない。
だが、変なテンションで少しばかり悪い酒の飲み方になっていた。孝臣は神様と名乗る偉そうな子供に教えてもらった病院で確かに、古書店『ふしぎのくに』の店主に出会った。しかし、彼女は孝臣が来る事で何者かに廃人にされ、彼女の従業員と思わし少女はその事を自分の責任と感じ「ヘカが悪いん」と一言呟いた。
「ヘカ、ヘカ……あのイカれたガキはもっと不健康そうで、目に隈が凄かったから別人だよな? 限定品のケーキ、これはもしかすると麻薬か何かの隠語か?」
孝臣が思考のループにハマりそうになっていた時、バーにある小さなテレビを孝臣の隣に座る人物は指差す。
「明日のジョーか……少しベビーフェイスすぎるな。俺が勤労学生の頃はいつも本屋でマガジンを立ち読みして、力石が死んだ時は永遠の友達が亡くなったように嘆いたものだった」
へぇと相槌を打つ孝臣の隣の人物。実写映画の『明日のジョー』が地上波のロードショーあたりで流れているのか、それは孝臣には分からないが、矢吹丈にして少しお上品すぎる俳優だなとそれを肴にブランデーを含む。そして酒の勢いもあってか妙に饒舌になっていた。
「あの頃はガソリンスタンドでバイクにガソリンを入れては家で抜いて火炎瓶を作ってた。後の未来に刑事になる俺が……だぜ? 信じられるか?」
孝臣は石堂と自分を被せて夢想していた。彼らのようにお金があったわけでもなくハイカラな学生生活を送っていたわけでもない。90円の缶コーヒーを買うのを躊躇う程度にはお金に関しては困窮していた。
「だが、ジャズ喫茶にディスコ、竹の子族……実に楽しかった。お前は平成の生まれだったよな?」
頷く隣人に孝臣は笑う。他の客がびっくりする程度にはガハハと大笑いする。孝臣の隣に座る人物はそれに若干引いたような表情を見せたが、孝臣は真顔になるとこう言った。
「昭和の時代は楽しかったぞ。もうひっちゃかめっちゃかでな。だけど、お前らは俺達をダサいだの古いだの、オッサンだと思うだろ? 次年号が変わるから、お前らがそれを言われる番だ。ざまーみろ」
はははっとお冷を飲んで酔いを覚ます孝臣に少し動揺していた隣に座る人物だったが、孝臣の次の言葉で言いたい事が分かった。
「もしその時は言ってやれ! 俺の時代は面白かったってな! その時代を生きた奴しか、その時代を褒めるのも貶すのも出来ないんだぜ。だから誇っていい。胸を張ってダサい事を、古い事をオッサンの過去の栄光を語ってやれ」
孝臣はカッコ悪いオッサンとして、ダサくて古い男として、カッコいいあり方を見せてくれたような気がした。
孝臣はピン札の一万円札とUSBのフラッシュメモリーを隣に座る人物に渡す。
「俺が調べた『ワリカタ』の情報と古書店『ふしぎのくに』店主ダンタリアンについて知りうる限りの事がそこに入ってる。何か分かれば連絡を頼む」
そう言うと孝臣は一人で店を出た。
人通りが妙に少ない路地でタクシーを待つ間に孝臣は『恋のほのお 著・桃城山ボブ彦』の続きを読んでいた。
いつしか自分は波多野のように、心の炎を失っていたかもしれない。だが、あの事件から孝臣は憑りつかれたように追いかけている存在。
「『ワリカタ』もうすぐお前の陽炎を捕まえる」
孝臣に恋のほのおがあったとしたら、この『ワリカタ』に対してかもしれない。この『ワリカタ』と関わって孝臣はおかしな世界に迷い込んだような気がしていた。
「機械なんて大嫌いな俺が、スマートフォン持ってネット上に公開されている素人の小説読む事が楽しみなんて、俺がおかしくなってるのか?」
誰もいない場所で一人毒を吐くが、それは照れ隠し。どの作品もそれぞれ華があり、実に面白い。
小説のジャンルなんて推理か時代物しか読んでこなかった孝臣だったが、ティーン世代よりも楽しんでいたかもしれない。
そして『恋のほのお 著・桃城山ボブ彦』を現在公開されているところまで読んだ時、全く関係ないのだが孝臣の第六感とでも言えばいいのだろうか? ふと突然ある事に気づいた。
「分かった。アイツが『ワリカタ』だ!」
孝臣はメモを取ろうと上着をまさぐる。スマートフォンという文明の利器があるにもかかわらずそのメモ帳機能についてはまだまだ理解していなかった。
すぐに書き留めれる物がない事に舌打ちすると孝臣は自宅の電話に電話を入れる。留守番電話にそれを入れておこうと中々の妙案に思えた。
あの昭和の古き良き時代の作品に感化され、孝臣は少しばかりカッコいい自分を演じようかとした時、孝臣にどすんとぶつかっていく子供の姿。
「おっと……!」
すぐに腹部に違和感を感じた。さらに、ここ最近肌身離さず持っていたスマートフォンがない。さっきの瞬間にやられた。
「ふぅ……まじか」
よろよろと孝臣はその場から離れる。ズキズキと痛みだす腹部。そして痛みと同じタイミングでドクドクと流れる自分の中を流れる赤い液体。
やられたなというのが孝臣が今思う事。これは物取りの犯罪か、それとも核心に近づきすぎた自分を『ワリカタ』が消しにきたのか……
いずれにしても、もう終わりかと胸ポケットにある煙草を取り出すとそれに火をつけた。そして今までの自分を思い出す。
「俺は、何やってんだろうな」
その時、孝臣の元に孝臣がよく知る人物が立っていた。意識が朦朧とする中、孝臣の足元にバキバキに割れた画面のスマホを放り投げる。
「ったく……いくらしたと思ってんだよ」
そしてお次は先ほど、バーで渡したハズのUSBのフラッシュメモリーも壊された状態で捨てられる。
そしてゆっくりと鈍い色をした拳銃を孝臣に向けた。銃を向ける人物が引き金に指をかけた時、孝臣は言う。
「この傷ならあと三十分くらいで終わりだ……わざわざ証拠残す必要もないだろう?」
その人物は銃を向けるのを止めて、その場を後にした。そして孝臣はゆっくりと倒れる。
孝臣は夢を見ていたのかもしれない。
「おかえりなさいませ!」
天国の扉かと思ったら小さな古書店に孝臣は足を踏み入れる。案外天国ってところはここなのかもしれないなと出迎えてくれた店員さんを見て笑う。
「やぁ、いい店だね」
「ふふふのふ、ありがとうございます! 店主のセシャトです。お客様は何かお探しでしょうか?」
孝臣はこのセシャトに聞いた。
「おれ、いえ私は先ほど殺されたような気がしたんですがね。もしかして『ワリカタ』を探している内に私も人ならざる者にでも?」
セシャトはふふふのふと笑う。
「貴方は、読者さんです! この2018年、私達が紹介させて頂いた作品を楽しんで頂いた読者様達の思念が形になった疑似小説読者さん。読者さんが物語の主役になる世界があったらどんなだろう。そしてそれにはやはり『ワリカタ』さんを絡めるのが一番でしょうと、貴方はその孝臣さんというお姿でこのお店から私達の一年間を振り返ってくださいました。ありがとうございます」
なるほどそう来たか! だから死んだと共にゲームオバー、振出というか自分が生まれた場所に戻ってきた。
「とんだ物語だった」
「ふふふ、ごめんなさい! 奥に美味しいお菓子とお茶を用意してますので、色々感想聞かせてくださいよ!」
そう言ってセシャトは『読者』という存在である孝臣をいつもの甘いお菓子が待つ母屋へと招き入れた。
ここは古書店『ふしぎのくに』。
置いてある本のラインナップは普通すぎるが、ちょっと変わった可愛い店主と美味しいお茶に甘いお菓子が疲れた、困った貴方や貴女を出迎えてくれる場所。
近くまで来たら元気な声で彼女を呼んであげてほしい。
現、古書店『ふしぎのくに』店主。
『セシャトさーん!』
と。
『恋のおのお 著・桃城山ボブ彦』
一番、孝臣さんがご理解しやすい作品だったんではないでしょうか! 紹介させていただたところから物語は大分表情を変えておりますね! 数あるWeb小説作品中でもひときわ『小説』を体現している本作、長いお休み中のお供にいかがでしょうか?
そして、次回。私達のセシャトのWeb小説文庫 2018年 完結です。