第五話 『ヤドリギ<此の黒い枝葉の先、其処で奏でる少女の鼓動>』著・いといろ
気が付けば今年もあと二週間くらいです。私の今年の最終タスクは二つ!
最後まで頑張りましょう^^ 来年は大幅に紹介数を増やせるようになれたらいいなと思います!
それには、あの文芸部の子等が頑張ってくれないダメですよぅ!
同人誌即売会場にて孝臣は一人の少女と待ち合わせていた。
刑事時代、何度となくこの少女を孝臣は逮捕してきた……が、その度に何故か今までありえなかったアリバイが出てきたり証拠不十分で釈放してきた。
少女の名は欄と名乗る。
欄小燕、これは偽名だ。
前に捕まえた時はラン・シャディン、その前は小林欄。はたまたその前はクリストファー・ラン。
彼女は何かしら大きな事件に必ずと言っていいほど姿を現す。公安も何処かの諜報員であるという事までは掴んでいるらしいが、かならずと言っていいほど不起訴になる犯罪者。
「久しぶりだな欄。ちったぁ女らしくなったか?」
「小平刑事も久しぶりっす。まさか自分を呼び出してくるとは思わなかったっすよ」
「もう刑事じゃない。ただのしがない探偵だ」
欄は驚いて孝臣を見る。
そしていつもどおり食えない表情に戻ると「そっすか、ご苦労様っす」と孝臣に告げる。新作の同人誌を買いあさる人々の熱気とは何処か空気感の違う二人。それは元刑事ならではの眼光と、あらゆる命のやり取りを感じてきた欄の作り笑顔。
「なんだ……ちゃんと飯食ってるのか?」
久しぶりに会った父と娘のような会話。それに欄は少しくすぐったく、また楽しんでもいた。欄は普段中々みせない自然な表情で笑った。
「お前もいい顔するようになったな? 最近、お前の話も聞かないし、少し心配してたぞ」
「へへへ、そうっすか? 最近はヘカ先生って言う作家もどき先生のところでアシスタントみたいな? というか紐みたいな関係っすね」
その名前を聞いて孝臣は欄に聞き返す。
「そのヘカって頭のイカれたゴスロリのガキか?」
「え? 多分その頭のイカれたゴスロリのガキっすよ! なんかあったんすか?」
少し頭を抱えると孝臣は「いや、また今度な」
と青い顔をしてみせた。ようやく本題に孝臣は入る。
「お前、「ワリカタ」、あるいは古書店「ふしぎのくに」について知らないか? お前なら何か知ってそうだと思ったんだが」
毒を食らわば皿まで、孝臣は犯罪の匂いがするものは同じ犯罪者に聞くのが一番だとそう判断した。この欄という存在自体は全く信用はしていないが、彼女の持つ情報に関しては望みをかけて縋るだけの価値はあった。
「ないっすよ……といっても信じてくれねーっすよね?」
そう言って欄は一冊の同人誌を取り出した。タイトルは『Re:Birth Arkadia』しっかりと製本された同人誌とコピー本。絵面も内容も全く違うそれ、それを孝臣に差し出す。
「なんだこれは?」
「知らねーんすか? 『ヤドリギ 著・いといろ』っすよ。まぁ小平刑事、じゃなくて小平さんならWeb小説なんて読まねーでしょうし、当然といえば当然っすね」
そう言ってスマホ画面を見せる欄に、コホンと咳払いをすると、孝臣は自分のスマホを見せる。ブックマークは殆どWeb小説のサイトだった。
「小平さん、Web小説とか読む人だったんすか?」
「成り行きでな。案外面白いから最近は趣味になってるけど」
孝臣のその言葉を聞いて欄は猫みたいな口をすると笑う。欄はこの『ヤドリギ 著・いといろ』を通じて出会った人々、そしてあの経験を思い出す。
「小平さんがWeb小説を心から楽しめる人なら、古書店『ふしぎのくに』は向こうからやってくるっすよ!」
欄の言う言葉を理解できないでいるので、欄は少しだけ孝臣にヒントを出してやる事にした。そもそも今から話す事を孝臣が信じるとはちっとも思わなかったが……
「小平さんは未来の世界ではWeb小説が規制されるって話があったら信じるっすか? もしもの話っすよ」
欄の言葉に「何いってるんだ!」と言いそうになって孝臣は言葉を止める。欄がわざわざ言いだした事だ。何か意味があるに違いない。
「表現の規制が色々厳しくなっている。資格がなければ小説を書けない世界が来てもおかしくはないと思う……絵空事だと思うが」
孝臣が言う事は最もである。結局表現の自由という強力な一手が今だ存在する。限りなく低い可能性の話を孝臣はしてみたが、思いのほか欄は真面目な顔をした。
「なーるほど。最初はそんな感じだったのかもしれねーっすね。じゃあ、Web小説をどうしても読みたくて未来からやってきた人がいたら信じますか?」
欄は時折、ヘカと住むマンションの部屋が広く感じる時がある。最近こそなくなったが、三人分お茶を用意したり……喪失感にぼーっとしてしまう事もかつてはあった。
今思えば全部夢だったんじゃないかとすら思う日々。
「悪いが俺は信じない……が、そんな奴がいたんだな?」
ずるいなと欄は心底思った。
孝臣は基本的に人に寄りそう性格をしている。俺は信じないが、お前が言う事だから俺は信じよう。
孝臣が捕まえて来た犯人の中では今までこんなに親身に話してくれた刑事はいないと更生に努力している者もいると聞く。
「いたんすよ。自分の全ての情報網をもってしても爪の垢一つ見つからなかったんす……その子が読みたくて読みたくてしかたがなかった作品がその『ヤドリギ 著・いといろ』っす。半端なくおもしれーっすよ」
そう言われるので、孝臣は中身を読む。荒廃した世界でタタリギなる脅威と戦う人類の切り札であり、唯一の対抗手段ヤドリギとの戦いを画いた作品。
「ヒーロー作品か?」
「うーん、どちらかといえばディストピア系のSFっすね。イラストも小説の作者さんが書いてるらしいっすよ」
そう言われるので孝臣はイラストを見る。本来、いといろ氏のイラストを見て半端なく驚く者もいるが、孝臣はなかなかドライな反応だった。
「ほぉ、上手いもんだな」
これは孝臣が五十代のオッサンだからである。上手さの比較対象が分からないので、このような反応を示した。
「いや、もう少しないんすか? うわーすげーみたいな感じっすよ」
孝臣は恐らくどんな絵師のイラストを見ても同じ反応を示す。孝臣が子供の頃に読んできた漫画という物は勢いで描かれた作品が多くあまりイラストを意識した事がなかった。
「いや、褒めてるじゃないか」
「全く、これが最近の週間少年誌のイラストっすよ。ほら漫画家みてーじゃねーすか?」
「ほんとだな。この作者漫画家なのか?」
微妙に話が食い合わない事に欄は、これが中年のオッサンのリアルな反応かと感心した。そして思う。
(こりゃ、年ごろの娘が思春期に入ったら殺したくなるもんっすね。よーく分かったっす)
「じゃなくて、そのくらい上手でしょって事っすよ!」
そろそろ分かってくれるかと思ったが、孝臣が欄が気づかない事を言ってのけた。
「この作者のイラスト、先に進むにつれて段々穏やかになっているな」
「えぇ? そうっすか?」
これは孝臣の感じた事でしかないが、ある時期からヤドリギのイラストは線のタッチもキャラクターの表情や雰囲気も柔らかくなって見える。
それは、偶然そう見えるのかもしれないし、もしかすると何かターニングポイントがあったのかもしれない。
「なんか悔しいっすねー! ヘカ先生じゃねーすけど自分もこの作品に関してはまぁまぁ譲れないくらいにはファンすから」
孝臣はあの超問題児である欄がWeb小説に夢中になっている事に喜ばしく思う半面、またしても自分もWeb小説の世界感にハマってしまっていた事に気づく。
「で、さっきの続きは?」
「未来から来た子と『ヤドリギ 著・いといろ』を楽しみながら、自分達はその子を未来に還したんすよ」
あの特別警戒していた若いテロリスト容疑者が、こんな夢物語を語るのか……そう思ったが孝臣は一つ自分に枷をした。
(欄の言う事をとりあえず信じよう)
孝臣が『ワリカタ』を追い詰められなかった要因。それはWeb小説についての理解もなければ、孝臣の思考はあまりにも完璧な刑事だった。
そしてそれは今尚、本件の邪魔をしてくる。だからその考えを孝臣は捨てる。
今まで自分の誇りであった刑事としての勘、そして推理、洞察。その全てが何の役にも立たないという事。
「成程、にわかには信じられないが、あれだけ好き放題やっていたお前がこんなに丸くなるんだ。何か衝撃的な出来事があったんだろうな。欄は古書店『ふしぎのくに』に行った事はあるのか?」
その言葉に対して欄はきょとんとした顔をする。それは虚を突かれたという表情。そして欄は話した。
「そういえば自分、古書店『ふしぎのくに』って行った事ねーんすよ! 店主のセシャトさんには一度会ったんすけど……言われてみれば古書店『ふしぎのくに』ってどこにあるんすか……」
これは嘘ではないなと孝臣は思う。この欄、恐らく『ワリカタ』事件に巻き込まれた者のような記憶障害に似た何かが起きている。
「お前に会えてよかったよ。何も謎はとけていないが、近づいた気がする……近づいたというより向こうがこちらを見つけたと言った方がいいかもな」
孝臣の言葉は的を得ていると欄は思った。深淵を覗けけば深淵もまたこちらを覗いている。探そうとしては見つからないのに、Web小説と関わっているといつのまにか向こうから踏み込んでくる。
それが古書店『ふしぎのくに』そして、そこに住まう者達。欄は今はっきり思い出した事があった。
「とんでもねーもん見たんすよ」
さすがに孝臣は大笑いした。ミレーヌを未来に還す瞬間。とんでもなく大きな鳥の化物を欄は見た。その記憶は何故か無くなっていたのが、今ならはっきり思い出せる。
「おい、そんな事より久々の再開だ。飯食っていかないか? 奢るぜ」
「まじっすか! でも、自分夜の関係とかは小平さんタイプじゃねーす」
「ばーか、お前みたいなガキ頼まれても相手にするかよ」
「枯れてるっすね。あーそうっす。あそこで店出してる子達連れて行っていいすか?」
孝臣は欄が指さす方を見ると高校生くらいの男子生徒が二人、女子生徒が一人、おもっきり孝臣をガン見してた。
「なんだ? 欄の舎弟か?」
「違うっすよ! 一欄台高校の文芸部の子達っす。なんか懐かれちゃったんすよ」
「ほんと、変わったな。あの年ごろなら焼肉だな」
「いいっすね! ビールをきゅーっと」
「お前、偽造パスポート上は未成年だろ」
クスクス笑いながら並んで、高校生の子らが売れない部誌を販売してい方向へと歩む。
『ヤドリギ<此の黒い枝葉の先、其処で奏でる少女の鼓動>』著・いといろ
本作はご存知、ライターさんが大ファンで大ファンで大変でした。もう少しツッコミましょう! というところをなんだか壮大なファンタジー作品が出来上がってしまいましたね! そして今回、あの文芸部の子達と欄さんが顔をだしました^^ 孝臣さん、じわじわと人気が出てきてオジサンキャラというのも中々に新鮮かもしれませんね!
さて、『ヤドリギ<此の黒い枝葉の先、其処で奏でる少女の鼓動>』著・いといろ は現在紹介小説時よりも物語が深く、深く! まさにアガルタに向かっていますよぅ! 冬休みに一気読み等どうでしょうか?