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セシャトのWeb小説文庫2018  作者: セシャト
最終章 『セシャトのWeb小説文庫2018』著・ ????
101/109

第二話 『礼装の小箱 著・九藤朋』

気が付けばもう12月。そして今まで紹介させて頂いた作品を反芻させて頂いております。

なんだか、懐かしくもあり、不思議な気持ちになりますねぇ!!

この12月最終章は、カクヨムで連載中の『文芸部と小熊のミーシャ』と連動しています^^

是非是非、楽しんで頂ければ幸いです!

 孝臣が教わった通りの場所に行くと、そこには古書店『ふしぎのくに』は確かにあった。

 が、開いてはいない。扉に手を触れてみるがもちろん施錠されている。



「さて、狐に抓まれたか……」



 この古書店『ふしぎのくに』どう考えてももう何年も開いていない風貌、薄汚れ、中の本は埃りをかぶっているように見える。

 果たして本当にここなのか? いずれにしてもここにいても何もならない。孝臣はその場を後にすると中学生くらいの女子だろうか? クレープを頬張りながら電話をしている。本当にこの国は欧米かぶれになった物だと驚く。

 そして気が付けばこの食べ歩きが出来るのは日本が一番緩くもなっている。輸入された文化ではあるが、法律で取り締まられるようになってこの日本にわざわざ逆輸入よろしく食べ歩きをしにやってくる外国人が多い。

 気にも留めない少女は電話先の相手に確かにこう言った。



「『神様』は毎日何してるの? 學校とか行かないの?」



 神様、カミサマ。聞き間違いだろうか? あだ名?



「こんどスイーツパラダイスに行こうよ! お小遣い貰ったから、神様の分もごちそうしてあげる」



 やはり神様。孝臣の刑事だった頃の勘が犯罪の臭いを感じた。一体何者か、家出少女を迎え、売春まがいの事をする元締め、あるいは未成年の風俗斡旋業者。そのあたりが妥当だろうかと、孝臣は電話が終わった少女に声をかけた。



「失礼」



 少女は少し戸惑うような顔を見せる。孝臣は名刺と、昔警察だった写真を見せ身分も提示する。



「探偵……さん? 何でしょうか?」

「神様と先ほど聞こえて、ごめんね。元々刑事だったから、そういう単語には敏感でどういう関係かな? この街は君達のような元気溢れる子供達を狙った悪い人も沢山いるから心配で」



 何かを察した少女はほほ笑むと、スマホの画像を見せた。それはプリクラか何かで撮影した写真を加工した物なのかもしれない。

 理沙、恐らくこの少女だろう。そして神様。金髪の子供、少年か少女かは孝臣も分からない。やはりあだ名だったかと安堵した。


(俺の勘も随分、悪くなったもんだな)


「神様とはなんとなく入った古書店で出会いました」



 そして、いや違うと孝臣は自分の表情が鋭くなるのを感じた。それをこの理沙に見られないようにすぐに普段のえびす顔に戻る。



「へぇ、その古書店って古書店『ふしぎのくに』かい?」



 理沙は少し理解できないような顔をしてから、あーあ! と今思い出したかのように頷いた。



「そうです! そこで『『礼装の小箱』著・九藤朋』を教えてもらったんです! この恋愛小説、すっごく切なくて、それで綺麗で、ドキドキして……私、何かを思い出して思いっきり泣いたんです」



 慣れない手つきで孝臣は『礼装の小箱 著・九藤朋』をスマホで検索。アートなイラストと共に、なんとも懐かしい文章が続くそれ、少し読んでいたいとそう思ったが、これもWeb小説。そしてこれも『ワリカタ』に繋がる何か、あるいは神様が『ワリカタ』なのかもしれない。



「何を思い出したのか、教えてくれないかな?」



 理沙は恥ずかしそうに、ある病院名を告げる。あまりこの少女をここで拘束するのも周囲からの見栄えを考え孝臣は礼を言うとその病院へ向かった。そこで神様の画像をどうにかして手に入れておけば良かったと後悔する。

 電車に揺られる間に『礼装の小箱 著・九藤朋』を読む。この作品は孝臣が昔読んだ事がある小説の模倣のような書き方をされている。いくらかクドさは感じる物の、作品としてはよく纏まっているなとというのが素直な感想。


 ここが病院、作品におけるキャラクターの何とも薄幸な事。あの理沙という少女はこの病院に行った事はないらしいが、ここで入院をしていた誰かを見たような気がするという。

 そんな情報で病院に質問をしたら、警察を呼ばれるんじゃないかと孝臣は笑った。一体誰で? 年、性別共に分からない。

 来てみた物のこれ以上の情報は得られないかと思ったその時、待合室で飼われている金魚の水槽を見つめる老人、恐らくもう長くない病だろう。そんな老人に看護婦、今は看護師と言うんだったなと孝臣は何やら揉めている様子。



「吉田さん、そんな金色の髪をした子供なんてここにはいませんよ! 毎回食べれないのに売店でどら焼き買っちゃって、ご家族にもその嘘を言われても聞かないように言われてるんですからね!」

「ボンはおるんじゃ……わしを迎えに来てくれるんじゃ……あの孤独だった女の子みたいに……」



 孝臣はこのやりとりに一言一句を再び脳内再生し記憶する。この老人の言う子供は『神様』という子供ではないのか? それと同時に孝臣の記憶から神様の顔が消えていく。思い返す事よりこの老人に話しかける事。



「お爺さん、突然すみません。そのお話詳しく教えていただけませんか?」



 看護師を制すると孝臣は老人からどら焼きをもらい話を聞いた。

 その金色の髪をした子供の名前は『神様』、老人はボンと呼んでいたらしい。そしてこの神様は老人に身体の弱い少女と、その少女を慈しみ、守る少年の話をしてくれたという。それはもうこの日本に少なくなった財閥系列の裕福な家の物語。


(礼装の小箱だ)


「葛葉梨花ちゃんは、あのボンと短い時間じゃったが、一緒におれて、ええ顔をしとった」



 葛葉梨花、誰だ? 聞いた事があると孝臣は思い出す。何か自分が刑事時代に追っていた事件の被害者遺族だったんじゃないか?

 孝臣は元後輩、今や組織を率いるようになった権限を持った者に連絡をする。相手も情報を出すわけにはいかない立場ではあるが、当時孝臣が追っていた事件だった事。そしてそれが公表された情報だった為、誰だったかすぐに答えてくれた。



「悪いな下林。今度奢らせてくれ!」



 下林と孝臣が呼んだ後悔は、もう一度と一言何かを言ったが、孝臣は電話を切った。もう自分は警察に戻れないし、戻るつもりもない。『ワリカタ』その真相を知る事が自分の生涯最後のヤマなのである。



「葛葉梨花ちゃんってやはり」



 老人は頷く。彼女がこの日本国において、世界を背負っていくような存在であった事。彼女は享年十五歳の若さでこの世を去った。



「お爺さん、その葛葉梨花ちゃんは、神様に会ったのかい?」

「ああ、会ったよ。空から降りる電車に乗ったり、最後は舟で迎えにきていたんじゃ、わしも最後はボンとあの舟に乗りたいもんじゃ」



 これはさすがにこの爺さんの妄言かと思ったが、葛葉梨花は神様と呼ばれる子供に会っている。



「なぁ、お爺さん。その神様ってのは死神なのかい?」



 ギロリと老人は孝臣を睨む。これは怒らせたかと思ったが、途端に老人は笑い始めた。



「皆、最初はそう思うわな? ただの大飯ぐらいの生意気なガキじゃよ。じゃが、あやつとおると、あやつが読む詩や本を聴くと心がすっとするんじゃ」



 集団催眠、という言葉が浮かんだが、神様は実在しそうだ。

 だが時代が合わない。あの理沙といる神様がその人物だとすると、あの神様は年を取っていない事になる。

 看護師にお願いをして葛葉梨花が入院していた病室を見せてもらう事にした。殆ど使われる事のないスイートルームのような病室。一体一泊いくらするんだというそこの風景、空は近く、地面は遠い。



「葛葉梨花は、こんなところで何を想っていたんでしょう?」



 そう言う孝臣に昔からここで働いている看護師は思い出したように教えてくれた。



「梨花ちゃんは、よく本を読んでいましたね。あの子、頭もすごく良かったんですよ。ワガママも言わない。でも氷みたいに冷たい感じでした。でも、亡くなる三か月前からみるみる明るくなって、もしかしたら病気も治っちゃうんじゃないかって当時の看護師達も思ってました。梨花ちゃんの日記があるんですが、捨てられなくて、読みますか?」

「是非」



 少し席を外すと看護師は高級そうなノートを一冊持ってきた。それに孝臣は手を合わせて一礼すると中を開く。

『死神がいるなら私の命を、稲穂を刈るように、無造作に無作法に無感情に私の命を狩り取ればいい。その大鎌で、無責任に……』

 彼女の詩だろうか? 自らの終わりに対する皮肉からはじまり絶望の日々がつづられていた。そしてある時を境に、一つの作品と、一人の人物についての日記に変わる。

 作品名。『礼装の小箱 著・九藤朋』


『私は華夜理になりたい』


 と、みんなにもっと大事にされたい。一人は怖いと年相応の感情がつづられ、そして色鉛筆とシャープペンで書かれた。『神様』という存在の似顔絵が描かれていた。何とも、悪戯が好きそうな顔をしている。

 重篤な患者が書いたとは思えないような明るく楽しい内容。それが孝臣としても命の炎が消えかかっている最期の輝きである事に気づくと目頭が熱くなっていた。



「葛葉梨花ちゃんは幸せだったみたいですね」



 その孝臣の質問に看護師は首を横に振る。それは否定ではない。



「分からないんです。その日記に書かれている本は存在しませんし、その人物も私達は見てません。でも、吉田さんやその他の人たちも当時、同じ事を言っていました。ここは病院でしょう? だからそういう事もあるかもしれないんですが、私達の中ではタブーになってるんです」



 孝臣は日記を看護師に返すと最後にこの単語を聞いてみた。



「『ワリカタ』という言葉はご存知でしょうか?」



 少し考えて看護師は首を横に振る。これは否定。分からないというジェスチャーだった。

 同じ分からないにも否定と否定じゃない物があるんだなと呑気な事を孝臣は考えてお礼を言った。

 病院を出た後、孝臣が考えていた事。日記最後のページに書かれていた。葛葉梨花の気持ち。

 神様の事が大好きだったという文字と涙の痕。



「神様は『ワリカタ』じゃないのか?」



 コートを羽織っても身体を裂くような寒さが孝臣を襲う。おでんと書かれた簾に誘惑されながらも自宅へと続く帰路を歩む。



「うおっ! これはちくわではなくちくわぶだっ!」



 青いパーカーを頭まですっぽりかぶった子供とすれ違う。子供は風の子というだけあって元気な物だなと木枯らしふく街で孝臣は笑った。

『礼装の小箱 著・九藤朋』は年間人気作第三位。神様初登場回でしたね!

紹介作品も本当に面白い作品ですし、紹介小説自体も中々の物語を彩りました。現在この紹介小説を執筆したライターさんがいらっしゃらないのが残念ですが、この12月にぴったりな作品だと思いますよぅ!

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