amber the end
一月に食べてきたオヤツの総カロリーを計算していましたが、途中から計算するのをやめればよかったと思いました。今日は秋文さんが読書感想文を持ってこられます。
あら、そう言っている間に誰か来られたようです。
ガラガラガラ。
古書店『ふしぎのくに』の扉が開かれる。
「いらっしゃいませ」
セシャトは久々の客を出迎えるが、そこには少し見ない内に大人びた表情に変わっている秋文の姿だった。
「秋文さん! 全然来られないので心配してました」
「セシャトお姉ちゃん、読書感想文書けたからこれ返しにきたんだ」
秋文が大事に抱えている本『琥珀』。
それをセシャトは受け取ると、それを持ってこう呟いた。
「нобачуxотосеа(疑似文庫Web変換)」
秋文の目の前で行われる奇跡のような現象、この半月の間秋文が借りていた文庫本が少しずつ消えていく、それはいつもセシャトに画面を見せてもらっていたノートパソコンに吸い込まれていくようだった。
「ふぅ……では少しお茶にしましょう」
少しだけ疲れた表情を見せて、セシャトは秋文に微笑んで見せた。そしていつも通りの母屋へと秋文を通した。
秋文は久しぶりに来た『古書店ふしぎのくに』を懐かしむように、セシャトは久しぶりに来た秋文に読書感想文が完成した時に持て成すオヤツを決めていた。
「今日は、紅茶に桜餅というおめでたそうなオヤツにしてみました」
紅茶を見て秋文はわぁと驚く。
「この紅茶、凄い赤いね」
「イングリッシュブレックファーストという種類です。いくつかの種類の紅茶がブレンドされているイギリスでの大衆的なお茶ですね。オヤツも高価な上生ではないですが、こちらも大衆的に食べられているお菓子です。東西両方の物を用意してみました」
道明寺と呼ばれているもち米を使われた関西風桜餅、また長命寺と呼ばれる関東風の小麦粉を使った桜餅。
「秋文さんのよく知っている桜餅はどっちですか?」
有無を言わさず、長命寺を指す秋文にセシャトが頷く。
「ではでは、東西のお菓子を、英国のお茶で召し上がってみてください。同じ名前で全然違う姿と味のお菓子です。同じ物語でも読む人が違えば見える姿も読了感も違うのではないでしょうか?」
二人共紅茶に口をつけ、桜餅に切り込みを入れる。セシャトは関西風の桜餅を食べると頬に手を触れ、表情を緩ませる。
秋文は関東風に黒文字等と言われる菓子楊枝で桜餅をつつきながら、少し考えて鞄から読書感想文が書かれた原稿用紙を取り出した。
「えっとね。コンクールには僕の書いた物は選ばれなかったんだ。『琥珀』はちゃんと出版されている本じゃないからって」
セシャトに読書感想文を渡す秋文、それに会釈をしながらセシャトは受け取ると、秋文にそれを読んでいいのか聞く。
秋文が頷くのでセシャトは紅茶を飲んでから言った。
「では、しばらくお時間をいただきます」
十分、十五分経った頃だろうか?
セシャトは原稿用紙十枚程の秋文の読書感想文を読んで、「はぅ」と少し長い溜息をついた。そのセシャトの読了を満足した顔から秋文も少し口元が緩む。
「とても、物語をよく読み込み。それでいて秋文さんらしい解釈と、秋文さんしか感じる事のできない感想。ここまでの物を書いてもらえれば作品も満足でしょうね。少なくとも私は、秋文さんにFELLOWさんの『琥珀』を紹介できてよかったです。この作品は元々、『小説家になろう』ではなく、アメーバーブログというブログサービスで連載されていた物なんです。その頃からの作品なので、作者様にも思い入れがある作品なんじゃないかなと私は思っています。もしかすると、作者様の新しい気持ちで改稿されてしまうと、今の『琥珀』はもうなくなってしまいます。そういう意味ではWeb小説は生き物なんですよね。どんどん洗練されていく、絶対に完成する事のない作品です」
秋文の読書感想文を抱きしめてセシャトは精一杯の感想を返した。誰にも秋文の読書感想文が評価されなくとも、自分だけは彼と共にこの素晴らし読書感想文の手伝いをしたんだという事を、秋文には覚えていてほしかった。
「ありがとう。セシャトお姉ちゃん」
「でも、残念でしたね。この読書感想文なら、あるいはとも思ったんですけど」
「ううん、コンクールはダメだったけど、学校では凄く良かったって褒められて、表彰もされちゃった。お母さんも、褒めてくれたし」
子供らしい笑顔で喜びをあらわにする秋文にセシャトはニッコリ笑って見せる。少しばかりセシャトは寂しいなとも思っているが、この読書感想文が終わった事で、セシャトと秋文の接点は無くなる。
「私も、秋文さんにお礼を申し上げます」
「えっ?」
「私は無数に存在するWeb小説を沢山の人に知っていただきたい、その初めの第一歩が秋文さんでした。最後まで読んでいただいて、小説の世界に浸ってくれる秋文さんを見て、とてもうれしかったのです。もし、また何か本を読みたいと思った時があれば、いつでも遊びにきてくださいね」
セシャトの別れともとれる言葉に秋文は少し閉口する。鞄に読書感想文を入れると、先ほど手を付けていなかったオヤツを食べる。
「ぼくは……」
「はい!」
セシャトがすぐに反応するので、秋文は少し苦笑して、改めて自分を律する為か紅茶を飲みほす。そして再び話し出した。
「僕はもっと、セシャトさんに色んな本を教えて欲しいです。もし、セシャトさんが嫌じゃなければ、なんですけど……明日も明後日も遊びにきていいですか?」
秋文は顔を真っ赤にしながら真っ直ぐにセシャトにそう言う。
少し、驚いて、セシャトは満面の笑みを秋文に返した。
「もちろんです!」
「それと! あの僕……」
何かを秋文が言おうとした時、珍しくも古書店『ふしぎのくに』に入店者が現れる。それにセシャトは「待っててくださいね」と一声かけて店内に出る。
秋文もやる事がないので、同じく店に出ると、一人の青年の姿があった。
「いらっしゃいませ、何かお探しですか?」
セシャトがそう言うと、外国の店主を見て少し驚いたのか、青年は頭をかいてこう言った。
「あの、短期アルバイトのチラシを見まして、本当に三日だけとかでいいなら、是非働きたいんですけど」
セシャトは自分がこの前書いたアルバイト募集のチラシについて思い出し、手をポンと叩く。カウンターに青年を連れていくと、簡単な採用書を用意する。
「私は、この『ふしぎのくに』の店長をしています。セシャトです。貴方のお名前は?」
青年は大学の学生書を出すと、名前を名乗った。
「皆瀬空太と申します」
「「!」」
その名前を聞いて、セシャトと秋文は驚く。青年は不思議そうな顔していたが、セシャトは簡単な説明をして、セシャト希望の三日間彼に店番をお願いするお話をした。後日簡単な業務の研修の日取りを連絡する事を伝えた。
承諾した青年は店を後にし、青年がいなくなった後に興奮し、慌てて秋文はセシャトに先ほどの青年について言う。
「ねぇ、セシャトお姉ちゃん! さっきのお兄ちゃんって……」
「えぇ、そういえば、それよりも秋文さんは先ほど私に何か言いかけてましたよね?」
話を折られた上に、秋文はあの時の環境とテンションで無ければ言えない台詞だった事に段々と顔が真っ赤に変わっていく自分を感じた。
「えっと、もう忘れたよ! セシャトさん!」
秋文のセシャトを呼ぶ呼び名から『お姉ちゃん』という言葉が消えた事をセシャトは気づいてはいなかった。
セシャトは次はどんなWeb小説を秋文に紹介しようかなと、ノートパソコンの電源を入れ、とりあえず冷めてしまった紅茶を見て、お湯を沸かす事にした。
これにて、一月の月間紹介作品『琥珀・著FELLOW』を巡る物語はひとまず終了となります。読み手の数だけ解釈と感想があり、そして記憶が紡がれていきます。
そして、同じ文章でも読み返す事で違う表情を見つける事ができるかもしれません。
二月の月間紹介作品もまたお楽しみいただければと思います!