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水面に映るは  作者: 風花てい(koharu)
水面に映るは・・・ 
73/89

73.たとえば、これが父ならば

 弘晃が入院してからずっと、紫乃は、彼のことを観察している。


 弘晃の体が心配なのはもちろんだが、父が手に入れる寸前で中村物産を諦めた本当の訳を知りたかったからだ。和臣は、弘晃の傍にいれば紫乃でもわかるはずだと言っていた。


 だけども、始めのうちは、傍にいても、わからないことだらけだった。いや、弘晃の傍にいたから、余計にわからなくなったともいえる。

 最初に紫乃を困惑させたのは、彼女の父親によって倒産寸前に追い込まれた中村物産とその子会社……いわゆる中村物産グループの異常とも思えるほどの立ち直りの早さであった。あれだけダメージを受けたように見えていたのに、中村物産は、3日程度で、いつもの落ち着きをとりもどした。その間の弘晃は社員に直接指示をするようなこともせず、療養第一とばかりに横になっていただけだった。


 これでは、弘晃なんかいらないといっているのと同じではないか?


「そうですよ。僕なんかいなくても、会社は立派に動くのです」

 ……と弘晃はうなずき、

「違いますよ。兄さんがいるから、皆がまとまった結果、勝手に動いているように見えるのです」

 ……と正弘は首を振った。


「でも、3日やそこいらで立ち直ってしまうなんて、不思議です。ああ、わかった。倒れる前に、弘晃さんが何かしたのね」

 ……という紫乃の発言に対しては、ふたりともが口を揃えて、「別に。特別なことは、何もしていませんよ」と言った。


「本当に、特別なことはしていませんよ。『うちが潰れようがどうしようが、お客さまには関わりのないことだから、お取引先には、なるべくご迷惑をかけないようにすること』。六条さんに宣戦布告された時に僕が言ったことは、それだけです」 

「つまり、潰されそうになっていた時にも、何もしなかったってことですか? 潰れちゃってもいいって思っていたってこと?」

「そういうことになりますかね」

 弘晃がニヤニヤしながら肯定する。紫乃は、ますます訳がわからなくなった。


 中村側の人間に聞いても埒が明かないと思った紫乃が葛笠にも同じ質問をぶつけてみると、「そういうことです」という答えが返ってきた。

「本当に?」

「ええ。中村を取り込んだとき、本当に困ったことになるのは、むしろ六条にもともといた人間のほうですよ。いやあ、さすが中村物産だけのことはある……っていうか……」

 葛笠が、苦虫を噛み潰した表情を浮かべた。厭なことを思い出したようだ。


「どういうことだか、わからないわ」

「うーん、口で説明してもいいんですが、それよりも、せっかく弘晃さんの傍にいるのだから、彼の仕事ぶりを見せていただいたほうが、お嬢さまならば、実感としてわかると思いますよ」

 どうやら、自力で正解を見つけるしかないようである。紫乃は、その後も弘晃の観察を続行した。だが、見れば見るほど、弘晃のすることが父のそれと比べて大きく違っているとは、彼女には思えなかった。ましてや、弘晃は極めて病弱である。行動範囲も働く時間も制限されている弘晃ができることなど、父と比較したら、ずっと少ない。

 しかしながら、それから1ヶ月程度の間に、紫乃は、それが自分の思い込みにすぎなかったということを知ることになる。仕事を通じての弘晃の目や耳や意志の及ぶ範囲といったら、紫乃の想像を遥かに超えていたのである。


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 例えば、今日の茶飲み話ひとつとってみてもそうだ。


 この日。往診を終えて病院に帰っていった岡崎と入れ違いに、帰ってきた正弘は、居間のテーブルの周りに集まっていた人々を見て嬉しそうな顔をした。


「我ながら、いいところに帰ってきたな」

 正弘は、華江に茶を所望しながらテーブルにつくと、「須田さんから、兄さんに賄賂を預かってきました」と言いながら、テーブルの上に、色紙ほどの大きさの平たい3折りの箱を、フタを閉めたまま並べた。


「賄賂じゃないだろう。報告書にあった、例の、トリニダード・トバゴの試作品じゃないのかい?」

「でも賄賂ですよ。これを食べて兄さんが元気になったら、是非とも相談役も交えた会議がしたいって、須田さんが言ってましたから。比較のためにと、他のも幾つか作ってきてくれたんですけど……」

 箱の中味に心当たりがあるらしい弘晃と話しながら、正弘が箱を開ける。どの箱も、中味はチョコレートだった。

「なんだ。てっきり、トリニダなんとかっていう珍しいお菓子が入っているのかと思った」

 華江が、嬉しいけれども拍子抜けしたような顔をしながら、紫乃の気持ちを代弁した。

「残念でした。トリニダード・トバゴは国の名前だよ。ちなみに、こっちの箱に入っているのが、ガーナ産のチョコで、こっちがメキシコ産」

 正弘が、他の2つの箱を指差しながら言った。


「ちなみに、ガーナもメキシコも国の名前だけど、華は知っているのかな?」

「知っているわよ。正弘さんの意地悪!!」

 正弘にからかわれた華江が頬を膨らませた。華江と正弘が仲良く口げんかをしている間に、紫乃は、最近常に身近に置いている世界地図帳を取り出して確認することにした。話題に上がっている国は、小さな島国だった。中村物産は、日本と国交のある国であれば必ずと言っていいほど、何かしらの取引をしている。だから、弘晃や正弘の口からは、日常的に、紫乃が聞いたこともないような国や街の名前が頻繁に出てくる。


「ええ。この先、カカオ豆が品薄になりそうなのでね。仕入先を増やそうと思っているんです」

 昨年の輸入自由化を受けて、国内の需要が増えているのだと弘晃が説明してくれた。

「それに、この機会に乗じて、大手のお菓子メーカーが、今度こそバレンタイン・デーを国内に定着させてみせると頑張ってまして」

「ばれんたいん?」

 なんだそれ? ……という顔をする女たちに、「ラブレターの代わりにチョコレートを渡して、女の子から愛を告白する日だそうだよ」と、正弘が説明した。日本では、これまでにも、ヴァレンタインデーにチョコレートを売ろうという動きはあった。だが、この頃は、紫乃や華江などの年頃の娘でさえ知らなかったほど、ほどんど認知されていないイベントであった。


「女の子から告白?! チョコレートでですか? そんな妙な習慣が定着している国が、どこかにあるっていうんですの?」

「チョコなんて、男の方が貰って嬉しいの? お酒とかのほうがいいんじゃないの?」

 紫乃たちは、信じられない思いで、正弘を質問攻めにした。


「本当は、贈り物がチョコである必要はないらしいんだけどね。でも、女の子がいきなり一升瓶をもって告白してきたら、男としては怖いんじゃないかな。もっとも、僕は、華からもらえるものなら、何でも嬉しいけどね」

 正弘が美味しそうに茶を啜りながら言った。弘晃も、「男性が貰う嬉しさよりも、女の子が選ぶ楽しさを優先すると、お酒よりもチョコレートになるんじゃないかな」と、やんわりと弟の味方についた。


「それに、このイベントが今まで流行らなかったのは、チョコレートがちょっとした高級品だったからだと思うんです。人に贈るものなら尚更ですよね。でも、この前提が大きく変ったとしたら、どうでしょう?」

「え?」

「チョコレートが今までよりもずっと安価で、誰でも気軽に手に入るような商品になったら? バレンタインデーを、子供たちも参加できるような『告白ゴッコ』みたいな遊びにしてしまえば、どうです? その日に限って、お祭り気分で、好きな相手に好きだといえる。あるいは、日頃からお世話になっている男性や父親や兄弟、それから友人に親愛の気持ちを込めて、チョコレートを贈る…… 」

「チョコレートで告白ゴッコ? そんな贅沢な……」

「だから、そもそも贅沢なことではなくなってしまったら?」

「そんなふうになりますか?」

「さあ、どうでしょうね。でも、チョコレートが今よりも気軽に手に入るようになることだけは確かですよ」

 弘晃が確信を込めた微笑みを浮かべる。彼が予告したとおり、ヴァレンタインデーは、この後まもなく、1970年代の半ば頃から急速に女性たちの間で広がり始めることになる。


 また別の日には、弘晃は紫乃に向かって『あと数年もすれば、電子レンジが何処の家庭でも、必ず一台はあるようになる』などと言っていた。 

「嘘ばっかり。そんなことになったら、わたくしの高校の時の家庭科の先生が卒倒しますわ」

 紫乃は笑い飛ばしたが、この言葉も、近い未来に実現することになる。そんなふうに、弘晃は家にいながら、世界中の国々と関わりをもち、流行を作り出す手助けをし、消費生活が作り上げる未来を当てて見せた。そんなことができるのも、弘晃が彼の会社の社員を通して社会に深く広く関わっている結果である。


「ところで、このチョコは何処のお店のものなの?」

 チョコレートを美味しそうに頬張りながら、静江が正弘にたずねた。

「どこの店のものでもないよ。それは試作品。作ったのは、うちの食品部の須田さん」

「へ?」

「だって、幾らで買ってきて幾らで売るかも、まだ決めてないから」

 カカオ豆自体を、まだ何処の店にも卸していないのだと正弘が説明する。


「カカオ豆なんて……」

「どれも一緒じゃないんだよ。種類や産地が変ると味が変る。お米だってそうだろう? ブレンドするのはメーカーの勝手だけど、全体量が足りなくなったからって、うちが他の種類の物と混ぜて売るわけにはいかない」

 正弘が華江に説明した。ものは試しにと、紫乃たちは、別の箱のチョコレートの味見もした。なるほど、食べ比べてみると、風味が違うのが紫乃でもわかる。


「カカオは、コーヒーと同じで嗜好品だからね。クオリティの高いものなら、こちらで高く売って、現地からも、できるだけ高く買い取りたい」

「『できるだけ高く』? 買うときには、できるだけ安いほうがいいのではないのですか?」

 紫乃が弘晃に質問した。

「一概にそうとは言えませんね。せめて現地で専従で働いている人が、家族を養うのに困らない程度の値段はつけるべきだとも思います」

「良心的なんですね」

「六条さんの商売の仕方に比べたら僕たちは甘いとお思いですか? でも、善人ぶってやっている訳でもないですよ」

 弘晃が苦笑いを浮かべる。「例えば、買い手が複数いれば、売り手は高く買ってくれるほうと取引したいと思うでしょう? それに、『とにかく安く』は、労働力と品質の低下を招きます」

「例えば、小さな子供までが、ろくに賃金ももらえないまま一日中こき使われる……とかね」

 正弘が、弘晃の説明に補足する。「自分たちの利益だけを考えて安く買い叩く。確かにそのほうが儲かるかもしれないけど、そういうのって、つまり、大国が植民地の人々にしてきた搾取や、戦争中にうちの祖父さんたちが大陸でやっていたことと変らない。だから、うちの会社は、そういうことをしないように気をつけてはいるんだけどね。でも、阿漕な会社やバイヤーも少なからずいるから、うちだけ良い子になることもできない場合もあって、なかなか大変なんだ」

 現地で苦労している社員の代わりに、正弘が深く息を吐いた。


「そんな遠くに住む人たちの生活の質のことまで考えながらお仕事をしなくてはいけないないんですね」

 チョコレートと弘晃を見比べながら、紫乃は感心した。紫乃にしてみれば、地球の裏側の話だ。考えるだけで気が遠くなりそうである。


「チョコレート1つで、そこまで考えなきゃいけないなんて、大変ですね」

「それが、仕事ですからね」

 弘晃が、事も無げに笑う。

「でも、何もかもを僕が独りで抱え込んで決めているわけじゃないから、それほど大変じゃないんですよ。うちには、優秀な社員がいくらでもいますから、わからなくなったら、その人を十二分に頼ればいいだけのことです。チョコレートの場合は、須田さんですね」

 チョコレートを口に含みながら、弘晃が紫乃たちに微笑んだ。

「そうそう。うちは須田さんがいるから、いくら美味しく食べてくれても平気ですよ。たとえ、僕たちがチョコレートを安く買い叩きたいなんていっても、あの人が、それを僕たちに許すわけがないからね」

 正弘も苦笑いを浮かべながら、弘晃にうなずいた。


「は? 中村の社員さんたちが、、、ですか?」

 紫乃は耳を疑った。


(社員が社長を許さない……って???)

 紫乃の父親の会社では、絶対にありえないことである。




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 それから数日後、その『須田さんたち』の食品部の会議が、中村家で開かれた。


 この会議を見学することを、紫乃は出席者たちに快諾してもらった。


 チョコレートの須田は、カカオ豆のように日に焼けた大柄な男だった。弘晃が無下にできないほどの発言権を持つ男なのだから食品部の中で一番偉い人物かと思いきや、十数人いる係長のひとり。つまり、20人程度しか入りきらない中村家の食堂での会議の出席者の中では、大勢の中のひとりでしかない。


「変種も多く、収穫物にバラつきがあるのも事実なのですが、一部のものについては、非常に上質で、それを、いかに選別するかが……」

 須田は、チョコレートに関するありとあらゆる資料を引っさげて、新しく輸入しようというカカオ豆の買い付けと国内での販売構想を、弘晃に向かって語りつくした。語り口の熱さは勿論のこと、紫乃が驚いたのは、須田の人脈の広さである。世界中のカカオ豆の産地に農業主の友達がいるらしい。それどころか、彼は、国内の全ての菓子メーカーだけでなく、街の小さなケーキやさんの店主の多くとも、顔なじみであるようだった。国内のどの店が、どんな味の豆を求めているか。そんなことまで彼の頭に入っており、海外のチョコレートメーカーの事情やその商品にも大変詳しかった。この男ひとりでもチョコレートの専門商社が開けそうだと紫乃は思った。


 チョコレートをこよなく愛する須田が、中村物産の利益を一番に考えていることは言うまでもない。だが、自分の社の利益だけに留まらず、チョコレート作りに関わっている全ての人々が最大限の利益を得るべきだという信念のもとに彼が発言していることが、彼の言葉の端々から伝わってくる。


(これは、勝てないわねぇ)

 部屋の片隅に椅子を置いて会議の成り行きを見守っていた紫乃は、苦笑しながら弘晃のほうを盗み見た。弘晃は、須田に押しまくられる一方であるにも関わらず、涼しい顔をしていた。

「わかりました。須田さんの良いようにしてください。問題になっている点については、社長のほうから話を通してもらうことにしましょう。」

 須田が話し終えると弘晃が言った。今の言葉を聞く限り、彼は須田の言いなり……全面降伏である。 立場は上でも年齢は下だということもあって、弘晃の話し方は、とても丁寧で穏やかだ。


(こういうところも、お父さまとは全然違うわね)

 紫乃の父親は、何事においても社員より(それが男性ならば特に)、常に優位に立っていなければ気がすまない人である。だから父の部下に対する態度は、ガキ大将のそれと良く似ている。須田のような社員が六条にいたら、父は、彼を言い負かすまで、ムキになって戦うに違いない。


 しかしながら、弘晃が勝てないのは、チョコレート須田に限ったことではなかったらしい。


 チョコレートの話の後は、須田と話者を交代した別の男が、アメリカから輸入する冷凍ポテトの話を始めた。この男も、ポテトを語らせたら、一晩中語り明かしてくれそうだった。ポテトの次は、インドのスパイス。スパイスの後は、大豆担当者が熱弁をふるう。誰も彼もが、自分が扱っている食品に対して、深い専門知識と広い人脈を持っているようだった。しかも、彼らは、入社してから同じ商品だけを扱っていたわけではないらしい。チョコレートの須田はポテトにも詳しかったし、ポテトの人はコーンと兼任で、数年前までパイナップルを扱っていたそうである。世界中から日本に集まってくる食品の多彩さとその量に紫乃が目を丸くしていると、議題は、いきなり日本の米の話に転じた。寒冷地での栽培に適した新種の米が美味しいという評価が高い。この米を販売ルートに乗せるだけの量を確保するべく、来年の作付けに向けて農協や農家をひとつひとつ回って栽培の打診する旨、云々……


(そんなことまでしているのね)

 紫乃は驚いたものの、食品輸入は中村物産グループが手がける仕事の一部門でしかない。この会社は、『そんなことまで』どころか、それ以上に多種多様な仕事をしていた。例えば、製品の原料となる金属やエネルギー資源の輸入もしているし、輸入に伴う手続きの一切や保管、加工、輸送の仕事にも携わっているし、物によっては小売も行っている。

 輸入ばかりかと思いきや、海外での資源の掘削や工場での生産に必要な大規模なプラント輸出等も行っているし、その他、国内全ての工場からでる排水や排ガスの完全無毒化を推し進めようという国としての取り組みや、日本だけではない海外のインフラ整備事業などにも、一枚も二枚もかんでいる。それまで交流のなかった他業種同士を結びつけて、新しい産業を興したり新商品を開発する。その斡旋役から販売までを手がけることもある。


 新聞の記事などから、中村物産がそれらの事業を行っていたことは、紫乃も以前から知ってはいた。 だが、大雑把な説明しか書かれていない新聞記事を読むのと、弘晃の傍で、この会社が手がけている仕事を実際に担当している人々から教えてもらうのでは、全然違う。よくもまあ、これほど多種多様で、かつ、一つ一つのスケールが大きな仕事を、1つの会社の中でこなしてしまえるものである。


 そして、中村が手がける仕事のひとつひとつを、チョコレートの須田のような、その道を極めた専門家のような社員が担当している。そうでなければ、国内外のライバル会社と渡り合っていけない。なによりも、誰でも代われるような仕事ぶりでは、商社の存在意義自体を問われかねない。

 そう思うと、弘晃が、チョコレートに関して須田に勝つことができないのは道理である。しかしながら、社員たちに押されっぱなしの弘晃が、彼らの言いなりになっているだけかといえば、そんなことはない。


「……もう1つの懸案については、海外事業部の5課の松下さんが現地での国際協力事業を担当することになってますから、和田部長と須田係長は、近日中に彼と話をしてもらえますか? それから、菱屋商事さんとも利害が一致しているようですから……」

 会議室代わりに使われている食堂に集まった社員たちは、大きくはない弘晃の声を一言でも聞き漏らすまいと、一心に耳を傾けている。弘晃の丁寧な依頼口調のおかげでわかりづらいものの、社員たちにとって弘晃の指示は絶対であるようだ。彼らは、彼の言うことを、常に自分たちのほうから最優先で全力で実行しようとする。その結果、弘晃は、社員の目や通じて世界の隅々から情報を手に入れ、社員を通じて自分の意思を実現することができるわけだが、だが、社員は、だた闇雲に彼の命令に従っているわけではない。弘晃は、社員たちに、とても信頼されているし慕われている。それゆえの忠誠である。そして、常に弘晃の傍にいるようになった今の紫乃には、彼らが弘晃を慕う理由も、ちゃんとわかっている。


(もしも、うちのお父さまが、弘晃さんの代わりに社長になったとするでしょう?)


 会議を見学しながら、紫乃は、彼女の父が、弘晃の席に座っている姿を想像してみた。他に取替えが聞かぬほど業務に精通した社員たちを率いる役目を、弘晃から、彼女の父親である六条源一郎が引き継いだとする。


 すると、この会社は、どうなる? ちゃんと機能するのだろうか?


「なるほど、そういうこと……」

 紫乃は呟いた。


 ようやく紫乃にも、弘晃を中心とする中村物産の強さが、わかってきた。






 



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