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水面に映るは  作者: 風花てい(koharu)
水面に映るは・・・ 
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6.第一印象

 細身で色白。しかも、端正な顔立ち。


 そんな見合い写真からのイメージから、紫乃は、見合い相手のことを、もっと中性的な、なよなよとした役者のような男なだろうと勝手に想像していた。



 確かに、目の前の男は、物腰も言葉遣いも柔らかく、たいそう上品そうではあった。だが、紫乃が思っていたよりも、声がずっと低く、背もだいぶ高かった。それから、彼が父に向ける視線に媚びるような色がないところを、彼女は好ましくさえ思った。それから、表情が妙に大人びて……いや、この場合は若々しさに欠けるとでもいうのだろうか、妙に老成した感じがするところに、少なからず違和感を覚えた。



「まあまあ。わたくしったら、つい、はしゃいでしまって。紫乃さん。ごめんなさいね」

 弘晃にたしなめられると、ふたりの感激屋は、一時的に大人しくなった。



 それから、型どおりの挨拶が取り交わされ、食事となった。


 次々に供される料理は、彩りも味つけもよく、初対面の人間たちの話題を繋ぐのに充分な役目を果たしていたが、男たちの話題は、もっぱら仕事のことだった。

 紫乃は彼らの話には口出しすることはなかったが、話の内容から、父は弘晃のことを試しているように感じた。父の意地悪な質問にも、弘晃は口元に笑みを湛えたまま難なく付いてきていた。弘晃の返す言葉に父が手ごたえを感じていることは、父の表情をみればわかった。話に置いていかれているのは、むしろ、彼の父である中村弘幸氏であるようだ。なるほど、表に出てこない弘晃が中村グループの本当のトップであるという噂は、どうやら間違いなさそうである。 


 一方、男たちの話に聞き耳を立てていた紫乃のほうも、彼女なりにしんどい思いをしていた。中村夫人……静江が、紫乃から目を離してくれないのだ。彼女は、ニコニコしながら紫乃の顔を見つめ続け、ひっきりなしに、どうでもいいような質問を浴びせかける。


「紫乃さん。ご趣味は?」

「お魚と、お肉、どちらがお好き?」

「音楽は、どういったものをお聞きになりますの?」

「好きな色は?」

 紫乃が何と答えようと、彼女は、まあ、偶然ね。わたくしもよ。気が合うわね」と、嬉しそうだ。しかし、いくらつまらないことの積み重ねでも、そこまでの偶然があろうはずがない。試しに、「好きな動物は?」と訊かれて、「イグアナ」と答えてみると、「まあ、偶然ね。わたくしもよ」と返された。



 そんな未来の『おかあさま』が、思い出したように、「ところで、今日は、お母さまは?」と紫乃にたずねた。


(きた)

 予想された質問だが、やはり紫乃は身構えた。


「母は、今日は、ご遠慮させていただくということでした」

 押さえようとしても、自然に、紫乃の声が尖った。


「あら、残念ね。紫乃さんのお母様にも是非ともお会いしたかったのに。どこか、具合でも?」

「いいえ。元気です」

「では、どうして。娘さんのお見合いなんて、女親にとっては、なによりも気がかりなものでしょうに」


(この人、本当に無邪気なんだろうか。それとも、無邪気な振りして、人の家のゴシップに興味が?)


 無邪気にたずねてくる中村夫人を見る紫乃の目が険しくなる。頭に血が上り、つい大人気ない言葉を返して場の雰囲気を壊しかけていた紫乃を救ってくれたのは、またしても弘晃であった。


「おやおや、これでは、まるで、母と紫乃さんがお見合いしているようですね。僕は、どうにもこういったことには不調法でしてね。すみません」

 弘晃が、紫乃に微笑みかけた。

「あ……、いいえ」

 紫乃はうつむきながら小さく首を振った。どこが『不調法』で、なにが『すみません』なのだが、いまひとつハッキリしないが、とにかく、これ以上、自分の母についての話題を続けなくてすむと思ったら、かなりホッとした。


「紫乃さんには、仕事の話も、母の話も退屈なのではありませんか?」

 弘晃が紫乃に問いかけた。その言葉を合図に、大人たちは申し合わせたように立ち上がると、「そうね、あとは若い人たちだけで」と、紫乃と弘晃をこの料理屋自慢の日本庭園に追い出した。



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 さる大名家の屋敷の庭の一部を残したというその庭は、複数の池を水路でつなぎ、水と地面が複雑に入り組んだところにいくつもの小さな橋を渡して散策を楽しめるようにできていた。


 桜の花は時期を過ぎていたが、新緑と藤の花が見事だった。それなりに緊張している紫乃の目を特に引いたのは、庭の奥まったところにある藤だった。それは、藤棚ではなく、池に向かって大きく突き出した木の枝に直接巻きついている。紫乃の気持ちを察してくれたのか、弘晃が、そちらの方向に向かってゆっくりと歩き出した。だが、人が歩きやすいように置かれた敷石は、藤が咲いているところまでは、続いていなかった。


「ここまでしか近づけそうにないですわね」

 池に渡された小さな石橋の上で、紫乃が残念そうに言うと、「でも、ここまで来た甲斐はありましたね」と、弘晃が微笑みながら水面へと目を移す。なるほど、深い緑色をした池の表面は光を反射し、鏡のように色鮮やかに辺りの景色を写し取っている。

 紫乃が、その光景に見とれていると、弘晃がおもむろに頭を下げた。

「すみません。先ほどは母が失礼なことを申しました。彼女は、ちょっと無邪気すぎるところがありまして。決して貴女を傷つけるつもりはないんです」

「あら、お気になさらなくてもいいんですのよ。誰だって、気になると思いますわ」

 紫乃は、言葉だけでなく本当に申し訳そうな顔をしている弘晃を安心させるように笑顔を見せたあと、静かに池の水面に視線を戻した。


 大きな錦鯉が、水に映った藤の花に戯れるように悠然と泳いでいる。


「六條院。そう呼ばれているそうですわね?」





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