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水面に映るは  作者: 風花てい(koharu)
水面に映るは・・・ 
3/89

3.六人姉妹 + 1

「とっても優しそうな人ね」

「優しそうっていうよりも、軟弱そう」

「姉さまよりも八つ年上ってことは、ひょっとして戦争中の生まれかな。そう思うと……」


「ものすご~く、年寄りよねえ~~!」


 見合い写真の周りに群がった妹たちは、弾けるような笑い声をあげた。彼女たちはいずれも、紫乃の腹違いの妹である。



「だめよ。笑うなんていけないことだわ。まがりなりにも紫乃姉さまの旦那さまになるかもしれない人なのだから」

 笑いをかみ殺しながらも最年長の紫乃の代わりに妹たちを諌めてくれる背が高い少女は、真面目な性格の次女の明子。


「悪くなんて言ってなくてよ。ただただ、興味があるだけ」

 歌うように明子に口答えしたクセのある髪と大きな目が愛らしい娘は、おしゃべりだが人が好くて憎めない三女の橘乃きつの


「でも、この人って、なんというか、紫乃姉さまの夫……って感じじゃないのよね」

 難しい顔で手に取った写真をじっくり眺めている少々キツイ面差しの娘は、物怖じせず頭のいい末の妹の月子。


 肩よりも少し上で切りそろえられた髪を揺らしながら月子の背後から写真を覗き込んで、「たしかに、そうよねえ。『らしくない』というか」と、おっとりとうなずいているのが、紫乃とは4つ違いの紅子。この四女にいつもくっついている儚げな印象の長い髪の娘が、おとなしく引っ込み思案の五女の夕紀。ちなみに紅子と夕紀は同い年だ。この動かしようのない事実だけでも、自分たちの父親がいかに女性にだらしないか、わかろうというものだ。


「ちょっと。どういう方ならば、私の夫らしいというの?」

 ムッとしながら、紫乃が下の妹ふたりを詰問した。『らしい』とか『らしくない』とか、紫乃としては正直どちらでも構わなかったが、いったいどんな男なら、自分の夫『らしい』というのだろうか?


 月子と紅子が顔を見合わせる。

「どういう…って、姉さまの旦那さまなのだから、もっと強そうっていうか、怖そうっていうか……」

「姉さまと戦っても負けない……というか?」

 ボソボソと話すふたりの妹を橘乃が笑う。

「やあねえ、そんな強い人、この世の中のどこを探したっているわけがないじゃないの」


「どういう意味よ、橘乃!」

 紫乃の剣幕に慌てた橘乃が慌てて明子の背中に避難する。明子がとりなそうとしたとき、「言葉どおりの意味ですよ。ね、橘乃?」と、ふいにからかうような男性の声が女たちの会話に割って入った。


 声がしたほうに紫乃が振り向く。戸口に立っていたのは、そろそろ背も伸びきろうかというぐらいの少年だった。


「あら、和臣」

「兄さま!」

 橘乃は、避難場所を和臣の背中に変更した。


「ごきげんよう妹たち。……と、姉さん」

 六条和臣は、芝居がかったしぐさで妹たちと、それから彼にとっての唯一の姉である紫乃に頭を下げた。


「なにしにきたのよ?」

「『何をしに』とはごあいさつな。ここは、一応、僕の部屋なんですけれども」

 弟が指摘する。確かに、この部屋は、屋敷の中央棟の3階部分。和臣のために割り振られた4部屋のうちの1室である。


 本妻の忘れ形見であり六条家の後取りである和臣を、本妻の座を狙う女たちの争いに巻き込むことを源一郎は許さない。既にひとり、和臣に余計なちょっかいを出して、この家に居続けることを許されなかった女もいる。それゆえ、紫乃の母たちは、和臣には常に礼儀正しく接し、必要以上に彼の側には近寄ろうとしなかった。だから、和臣の近くでならば姉妹は互いの母親を気にすることなく仲良くすることができるというわけで、彼女たちは、この部屋を半ば強制的に彼に明け渡してもらったのだ。


「いいじゃない。あなたの部屋は他にも沢山あるんだから」

「いいですよ。ただ、僕も、姉さんが尻に敷くことになる人に興味があるんですよ。この先、公私ともに、僕とも長くお付き合いがあるということでしょうから」

 どこまでも失礼な弟は、部屋の中に入ってくると月子から写真を受け取った。


「へえ。この人が、噂の中村グループの次期総帥の中村弘晃か。案外普通だな」

「噂?」

 紫乃も和臣の横から写真を覗き込んだ。写真に写っているスーツ姿の男性は、和臣の言うとおり、人当たりの良さそうな顔をした、ごく普通の男性にしか見えなかった。


「気になりますか?」

 和臣が思わせぶりな笑みを紫乃に向ける。

「別に、どうだっていいけど……」と強がる紫乃に対して、妹たちは「もったいぶってないで教えてよ、兄さま!」の大合唱であった。


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「極端な人嫌いだという噂です」

 和臣が言った。


「人嫌いって……そんなふうには見えないわよ」

 紫乃は写真を見ながら顔をしかめた。写真の男は、子供好きの小学校教師だと教えられたら信じてしまいそうな柔和さを醸し出している。


「なぜ、そんな噂が?」

「中村グループって、5年ほど前に潰れる寸前までいったんですよ。それをここまで立て直したのが、この弘晃さんです。現在、人が良いだけの父親の代わりに中村グループの舵取りをしているのも、この人だと言われています。それにも関わらず、この人に実際に会ったという人が、ほとんどいない。他社との会合や折衝の席に出てくるのは、もっぱらに、現社長である彼の父親か彼の弟の正弘さんです。彼の顔を知るものは、ほとんどいない。この写真にしたって……」

 和臣は、写真が他の者たちにも見られるように手首を返した。「ある意味、貴重品ですよ」


 和臣の話を聞いて騒ぎ出したのは、妹たちだった。


「その人、まともな人なの?」

「表に出せないような、危ない人なんじゃないでしょうね」

「お父さまは、そんな人と姉さまを結婚させる気なのかしら」

「姉さま。断ったほうがいいんじゃないの?」

 妹たちが、口々に紫乃に忠告する。


「そうですよ。断るのであれば今ですよ、姉さん」

「おだまりなさい」

 紫乃が一喝すると、気おされたように妹たちが黙った。和臣も肩をすくめつつ口を閉じた。


「これはお父さまが決めたこと。お父さまの決めることに間違いはないわ。それに、わたくしに勝てる男の方は、そうそういないのでしょう?」


 ならば、こんな男を恐れる理由はないはずだと、紫乃は微笑んでみせた。





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