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たかしの筋肉哲学  作者: さつま芋行
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筋肉と異文化交流

 日差しが眩しい。見渡すと辺り一面は草、草、草。微かに草が風で擦れる音が聞こえる、どうやら小高い丘の上にいるようだ。


 夏のスキー場はこんな感じだろうか。着用している引越しセンターのツナギは、さぞこの風景から浮いていることだろう。いったことが無いので分からないが。麓の方には背の高い木が密集して森林地帯を構成している。下るのであれば避けられないだろう。


 後ろを振り返るとそこには以前裂け目はある。パチッ、パチッとおっさんがホッチキスを使う音が聞こえる。戻るつもりなど無い。もう関係無いことだ。

草木の青い匂いが俺を高揚させる。肺一杯にこの新世界の空気を取り込む。とても良い気分だ。冒険。肩部から上腕部の筋肉が喜びのあまり波打っている。痛い。広範囲に渡る筋肉がこむらがえった。嗚呼。痛い。

 ……未知とは良い物だ。惰性で日々を送っていた俺には、その有り難味が痛いほど分かる。嗚呼。まだ痛い。筋肉も俺も興奮の極みだ。筋肉に恥じぬ、有意義な生活を送ろうと思う。


 さて、具体的には何をするべきか。筋肉哲学するための恵まれた環境を作らねば。

雨風を凌げる場所が必要だ。そして食料。何でも食べるのが俺の主義だ。好き嫌いはいけないと母は言った。偉大な言葉だと思う。

ここにいても仕方ない。とりあえずこの丘を下るとする。年甲斐も無く、はしゃぐ気持ち

が抑えられない。俺は丘の麓へ駆け出した。


 ここが麓だろうか。傾斜はほぼ感じられない。この丘は森に囲まれているようだ。地面を見ても獣道すら見当たらない。この辺に動物はいないのだろうか。木々の間を抜けていく。木はどうも一種類だけのようだ。高さは……十五メートルくらいだろうか。見上げても葉が邪魔でよく高さが把握できない。

 しかし見たことも無い葉をしている。色は変哲も無い草色なのだが、座布団のような、非常に肉厚で大きい葉をしている。下に落ちている薄茶色の種子はこの木のものだろうか?これも規格外に大きい。サッカーボールくらいはある。


 ごろごろとそこら中に落ちている。一つを掴んでみる。ずっしりと重い。ドアを叩くようにノックしてみる。ゴッ、ゴッ、と重い音が返ってきた。響かない。中身は詰まっているようだ。

 とりあえず割るか。実を左手で掴み、そのまま右の拳で殴り付ける。拳は殻を貫通し、グチャッ、というトマトを潰したような生々しい音を立てて中身にめり込んだ。外殻に反して中身は柔らかい。


 中身を掬いとって口に含む。青臭い。雑草を食べているようだ。妙に脂が乗っているため触感もぬるぬるしている。だが別に構わない。俺の中でこの種子は食物と認定された。名称を草トマトとする。


 幸先が良い。食料問題が早速解決した。流石にこればかり食べていては栄養が偏ってしまうだろうが、空腹に困ることは無くなった。水分もそれなりに含んでいる。

 ふと空を見上げると、日が傾いていることに気づく。もうしばらくで暗くなり始めるだろう。そうなると寝床に少々困る。


 いっそここに拠点を作ってしまうのも良いかも知れない。暗くなる前に寝床を確保しよう。

寝床、といっても、洞窟のような物も見えず、小屋のようなものも見当たらない。そもそも文明があるのだろうか?夜が明けたら森を抜けてみよう。

 

 小屋を建てるほどの建築技術は無い。丸太を適当に重ねればいいのだろうか。

何か無いかと辺りを見回すと、とりわけ太い木が目に入る。直径は俺の全長より大きい。2mはあるだろう。ちょうどいい。


 ひたすら草トマトの木を殴る。拳の痕が樹木に残る。脂が多い植物なのだろう、全体的に柔らかい。殴ると面白いように木が抉れていく。数センチのへこみだったものが、たちまち大きくなり、そこには木の幹で出来た御洒落な隠れ家的空間が姿を現していた。積み立てるより簡単だ。


 地面に落ちていた草トマトの葉を広い、寝具代わりにする。いい塩梅に乾燥している。御座みたいだ。インテリア兼食料の草トマトを部屋の隅に置く。うむ。とても落ち着く。秘密基地の作成とは男の浪漫であり、この満足感はそれに通じるものがある。軽い運動だったが、筋肉は満足しているようだ。うっすら流した汗が夕暮れの風で冷えて爽快だ。


 夕食の草トマトを食べ終わるともう日は完全に落ちていた。やることも無い、寝るとするか。

布団となった草トマトの葉を被り、俺は目を閉じた。明日からのことを思案する間もなく、脳が弛緩していくのを感じた。


 すっ、と目が覚める。我が秘密基地の出入り口からは朝日がうっすら差している。総長なのだろうか。


 時計などというものは害悪である。一時間の筋肉トレーニングは一瞬で終わってしまうのに、退屈なバイトをしているときの一時間は、もう永遠にも等しいのではないかと感じてしまう。まあ何が言いたいかというと俺の筋肉は時ですら縛ることは出来ないということだ。


 まずは朝御飯だ。もぞもぞとねぐらから出る。草トマトの実を2、3個拾い、砕いて中身を掬う。やはり青臭く、雑草の味がする。


 このまま草トマトのみの生活は筋肉的に良くない。今日は動物性たんぱく質を探すと決めた。


 シンプルな朝食を終えた後、ストレッチや軽い運動をしていたら陽射しが照ってきた。

ちょうどこの世界に来たとき、これくらいの陽の高さだった。一日経ったということか。とても長く感じる。


 さて、準備は万端だ。ここら一帯は草トマトの群生地になっており、先もよく見通せない。降りてきた丘とは逆方向に進むことにする。


 しばらく歩き続けると、草トマトの木がまばらになっていき、開けた草原に出た。背の低い、芝生のような草しか見えない。足元から向こうに目をやると、柵と思しきものが確認できる。背の低い小屋が何軒か建っており、村落であることが分かる。ここに来て初めて文明と接触することになる。

 

 このまま野生的な生活をするのも悪くないが、せっかくの機会だ、異文化交流をするのも吝かではない。前の世界とは違う、多様な可能性を我が筋肉は欲しているのだ。こいつは経験に飢えている。俺には分かる。


 意を決し俺は村に近づく。すると金属音がけたたましく鳴り響いた。一際高い簡素な塔

で、鐘を叩いている小人がいる。物見櫓ということか。

しかしうるさい。随分激しく叩くものだ。間違いなく俺は歓迎されていない。しかしここで逃げても仕方が無い。相手の出方を見よう。


 門が開き、何十人という小人が物々しい様子で向かってくる。手には槍を持っており、敵意は明らかだ。


 彼らは俺を囲み、槍を突きつけてきた。俺は黙って手を上に挙げ、敵意の無いことを示した。

俺に何か話しかけているようだが、何を言っているのかさっぱり理解出来ない。

ここはどうするべきか。迷ったら筋肉、それが俺の美学だ。


 俺は天に掲げていた手を少し緩め、胸を張り、肘を曲げて上腕二等筋に力を込め、フロントダブルバイセップスのポーズをとった。力瘤がモリッと隆起した。


 この品行方正然りとした筋肉を見せることにより、貴方達に敵意はありません、穏やかな筋肉交流がしたいだけですよ、という俺の意思を、言語を用いず伝えることが出来るはずだ。平和の筋肉パスポートは三千世界で有効の筈だ。


 彼らは一斉にバッ、と俺から距離を取った。すぐさま何か喚きつつ槍をこちらに向けなおした。先ほどよりもピリピリした雰囲気が肌で感じ取れる。一触即発といった様子だ。


 間違えたのか。何故だ。どうすればいい。どのポージングなら彼らはこちらの意図を理解してくれる?


 俺がサイドチェストかモストマスキュラー、どちらの姿勢を取るか必死に考えていると、小人達の一人が馴染み深い言語で話しかけてきた。

「兄さん何しに来たんや、けったいな格好して。あんた人間やろ」

……関西弁?だが日本語には違いない。これは非常に有難い。

「そうだ。動物性たんぱく質を求めている。君達に敵意は無い」

 「どうぶ……何やって?とにかくここはワイらゴブリンの縄張りや。出てってや」

「動物の肉が欲しい。せめて生息地だけでも教えてくれないか?代わりと言っては何だが、この筋肉で出来ることなら何でもしよう」

「確かに兄さんガタイほんま凄いな。……ちょっと待っとき。仲間と話してくるさかい」


 彼らは包囲網を解き、先程の流暢に関西弁を話す小人が仲間達に話しかけている。

「分かった。兄さん腕っ節立ちそうやしな、肉でも何でも食わしたる。代わりに頼みごと、聞いてもらうで」

「争いごとはあまり経験が無いが……全力を尽くそう。世話になる」


 他の小人たちは、俺のことを怪訝な目でじろじろ見ていたが、やがて村のほうへ歩き始めた。俺もついて行くことにする。俺は彼らに追従して門を潜った。

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