別れ。高校生
彼女との長い付き合いは、中学を卒業すると同時に消えていった。彼女は中学卒業後、親の仕事の関係もあって、東北に引っ越すことになった。僕がそれを知ったのは冬になってからだった。彼女の受験する高校を知らされた時、僕は何故そんなことになったのか必死に説明を求めた。しかしそれも親の仕事の関係とあっては、なかなかつかめるものではなかった。そうしている間にも、高校入試は終わり、お互いに行く学校が決まった。僕には、彼女との別れなど想像できなかった。小学校の四年から中学校までの六年間。彼女はいつだって僕の傍にいた。僕だって彼女の傍にいたのだ。それが、たった一つのことでがらりと変わってしまった。
中学校卒業の日、僕らは式の後土手を歩いていた。入学式の日に歩いたその道を、また二人で歩いていた。桜の咲く時期はずれ込み、卒業式のシーズンには花を開いていた。僕等二人は、ゆっくりと歩いていた。お互い肩を寄せ合い、離れず、一緒にいる時間がたとえ一秒でも長く続くよう祈りながら、歩いていた。
「これで、お別れだね」
彼女の言葉に、僕は何も言うことが出来なかった。ただ俯き、時間が止まれば、ただそればかりを考えていた。
「でも大丈夫だよ。一生会えないわけじゃないし、手紙だって出せるし。携帯持ったらメールだって出来るんだよ」
「うん……」
彼女が無理をして笑顔をつくっていることはすぐに分かった。本当は僕と同じ気持ちなのだろう。そう思うと、僕は何て言えば良いのか、分からなくなった。
「ごめんね。ずっと一緒にいるって約束したのに、守れなくて……」
不意に彼女は小さな声でそう告げた。僕は言葉を発することも出来ずに、ただ歩くしかなかった。無言のまま数分歩いた時、彼女の嗚咽が聞こえた。小さく、我慢しようとしても、それは嗚咽として漏れ出てきた。僕は黙って彼女の肩を抱くしかなかった。それしか出来なかった。彼女を慰めることも、何か温かい言葉を掛けてやることも出来なかった。僕はそんな自分を呪った。自分の無力さを呪った。
彼女を家に送り届けた後も、僕の頭は機能を回復しなかった。ずっと機能が停止したまま、働かなくなっていた。僕は家に帰り、自分の部屋で泣いた。声にならない声で、泣いていた。涙が枯れるまで泣き続けていた。
それから三日後に、彼女は東北へと旅立っていった。最後のあいさつに来た彼女を、僕は笑顔で迎え、笑顔で送り出してやった。それが僕に出来る最低限のことだった。連絡先を交換し、いつか再会することを誓って、僕等は別れを告げた。たとえその再会が何年先になろうとも、僕の気持ちは変わることはない、そう告げ、僕は初めて彼女にキスをした。彼女も僕の思いを受け入れてくれた。しばしの別れ、そう思えばどうということはない。そう言い聞かせながら、僕等は強く抱き合った。
彼女と別れて数ヶ月が過ぎていた。週に一度程の頻度で文通を交わし、携帯のメールも時たましていた。彼女からの連絡は近辺のこと、彼女自身のこと、新しい友人のこと、そして、会いたいという感情の吐露だった。僕の手紙も殆どが同じ内容だった。とにかく会いたかった。高校に入ってから、僕は人との交わりが極端に減っていた。それは意図してやったことではないが、一人になる時間を自分で作り出していることに変わりはなかった。そこからくる孤独感が、僕を常に苦しめていた。こんな時に彼女がいてくれたら、そう思わない日はないほどに、僕の精神はズタズタになっていた。
彼女との手紙のやり取りは高校二年までは続いたが、三年になるにあたり、受験のことでお互い忙しくなり、文通も途絶えてしまった。
彼女からの最後の手紙が届いたのは、高校卒業を控えた二月下旬だった。手紙の内容はこうだった。
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和弘様へ
久しぶりのお手紙ですが、いかがお過ごしでしょうか。こちらは毎日雪が背の高さほど積もるので大変です。
まずは近況報告ですが、無事に大学も決まり、一段落つけたところです。大学は東京の大学で、国際関係学について勉強することになっています。私の様なものが国際関係何て出来るのかと思われるでしょうが、これは私の夢でもあります。夢を叶えるためにも、その叶えた夢をもってあなたにまた会うためにも、私は頑張りたいと思います。
それと、唐突ですが、東南アジアに行ってボランティアに参加することになりました。現地でのお話も、帰国したらお手紙にしたいと思っています。
最後になりましたが、あなた様の健康を心よりお祈りしています。
紗世
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彼女から送られてきた手紙の文面はとても短いものだったけれど、それだけでも僕には嬉しかった。長い間離れたままの彼女からまたこうして手紙が来ることが、何よりうれしかった。しかし、その後いつまで経っても、彼女からの手紙はくることがなかった。