六話 奇妙な二人組
「なるほど、では本当に気が合ったってだけで今まで共にいたんだなお前達は……」
「へへへ、それほどでもぉ~」
「守樹、別に褒められてないよ?」
照れる様に頭を掻く俺に、的確にツッコミを入れてくるルーミア。
さて、昨夜神様達に助けられた俺達はその神様達の招待を受け、夜も遅いという事で一晩休み、次の日である今日の夕刻過ぎ頃から件の神様達と軽く酒を交えつつ語らっていた。 とある邪馬台国で飲酒喫煙ダメ絶対と謳ってた俺だが、実年齢は既に齢百歳以上なんだし、という事で飲酒は解禁している。
「それにしても守樹って本当に百年も生きてるの? 特に何も特別な感じはしないんだけど?」
ぴょこんと身を乗り出し、俺の顔をまじまじと見つめながら洩矢神が言う。
確かに俺は霊力とかそういう類の力を持ってる訳じゃないし、証拠になる様な品も無いので疑われても仕方無い。
「まぁ疑われるのも無理無いですよねー、まぁ能力なんですけど」
「能力? へぇ、どんな能力なんだい?」
「それはトップシークレット。秘密です」
「えぇ~、何だよそれー」
俺のそんな答えに頬を膨らませる洩矢神、だが仕方無いのだ。
別に教えてもいいが、よほど気心の知れ絶対の信頼をおける人物以外には教えるつもりは全く無い。 別に誰かに教えなくても不都合なんて無い訳だし。
……と、いうのはただのその後の後付設定、本当の理由は、
「無駄だよ諏訪子ー、守樹ってば私にも教えてくれた事無いんだから」
「当たり前だろ。"百年を生きる謎の少年"って何かカッコイイじゃん!」
ただの厨二的なミステリアス気取りだったりする。
……いや、というか、
「おいルーミア、お前神様に向かってその口の聞き方は無いだろ。あんななりでも一応神様だぞ」
相手は神である。ただの妖怪のルーミアや、ただの人間の俺なんかよりよっぽど高位な存在のはずだ。
「そうなの? 駄目だった諏訪子?」
「別にそんな事は無いよ。私はあまりそこのとこは気にしない性質さ」
「私もだ。ルーミア、私に対しても普段通りで構わないぞ」
「わはは、最初からそんな気無いから大丈夫だよー諏訪子、神奈子!」
どうやら俺の懸念は杞憂に終わったらしい。この神様達もどうやらフランクな性格のようだし。うんうん、仲良き事は美しきかな。ってな、うん酒が美味い。
「あはは、ルーミアはホント得な性格してるよねー……所で守樹?」
「……はい? 何でしょう?」
チビチビと酒をすする俺に、笑顔で洩矢神が呼びかけてきた。 はて、何やら笑顔の裏にどす黒い物が見える様な見えない様な……、
「何か普通に流そうとしてたけどさぁ、さっきアンタ『"あんななり"でも"一応神様"』なんて言ってたよねぇ……?」
「………はて何の事でしょう。最近ボケて来たのか記憶があやふやで流石に百歳はきついなぁホントキツイ、あっすいませんちょっとトイレ借りま――」
「――って逃がすと思ってんのかい!」
「ふぇげぇ!?」
そそくさとその場を後にしようとする俺の襟元を、洩矢神は問答無用と言うばかりに掴み自分の下へとひっぱて来る。 そして同時に首が絞められ奇声を発してしまう俺……ってマジで苦しいって!
「はははは、ルーミアよりもアンタの方がよっぽど畏敬の念が足りないようだねぇ守樹ー?」
「あははは、そんな事ありませんよー洩矢神! さっきのはちょっと心の声が……」
「……ふむふむなるほどなるほど……心の声かー、じゃあしょうがないねー」
「……で、ですよねーしょうがないですよね!」
「もう!洩矢神だなんてそんな他人行儀な……私と守樹の仲じゃないか。普通に諏訪子でいいよー」
「そんな畏れ多い、せめて諏訪子様と呼ばせてもらいますね!」
「あはははは……で、守樹は本心では私の事、どう思ってるのかな?」
「えー…と、それは何というか……」
「別にもう気にしてないさ! この際だからぶっちゃけちゃえ!」
「……では本心から言わせて貰うと……ちょっと見た目子供っぽいというか完全子供というか、ぶっちゃけ幼女?」
「―――天誅!!」
「ふぎゃ!?」
本心をあるがままぶっちゃけた先で俺を待っていたのは、頭を強く打ち付ける赤い鉄の輪だった。
「アンタやっぱ内心私の事馬鹿にしてたんじゃない!」
「馬鹿に何かしてないですよ! ただちょっと幼女だと思っただけで――」
「――天・誅!!」
「ぎゃあぁぁぁ!?」
「……なぁルーミア、一つ聞いていいかい?」
「……むぐっ、何神奈子?」
「アンタの連れは……ひょっとして馬鹿なのか?」
「わはははは、うん。すっごい馬鹿だよー」
諏訪子様に追い討ちをかけられる俺を、呆れ顔で眺めてくる神奈子様(諏訪子様が良いといったのだしこちらもこう呼ぶ事にした)と、のん気に食事を取るルーミア。
「おいルーミア! お前友達の危機的状況に何やって――」
「コラ守樹! まだお仕置きは終わって無いよ!」
「もぐもぐ……あれ、私と守樹って友達だったっけ?」
「まぁなんだ……死ぬなよー守樹少年」
ルーミアへ助け船を出してみるが船は粉々に打ち崩された。もう一方の神様も助ける気ゼロらしい。
……あれ、これ完全に死亡パターンじゃね?
「クソ……こうなったらもう神頼みで奇跡を起こすしか!」
「ほう、神様相手に神頼みだなんてやけに面白い事するじゃないか」
「――あ、そういや諏訪子様神様でしたね」
あ、今何かピキッっていう不吉な音がした。そして諏訪子様が何か両手をパンって合わせたよ。
……でも仕方無いよね素で忘れてても。 傍から見たらこの光景、男子高校生にじゃれ付いてくる幼女の図にしかならない訳だし……。
「神奈子! おかわり!」
ルーミアの気の抜けたそんな言葉を最後に、俺の意識はそこで一度途切れた。
「もう行くのかい? もう少しゆっくりしていっても構わないぞ?」
次の日の夜、夕日が完全に見えなくなった頃、旅立つ俺達を二人の神様達はわざわざ見送りに着てくれていた。
神奈子様の言葉は凄く嬉しいが、今回は早々に旅立つ事にしたのだ。
それというのも、俺が旅をしてる目的というのが、昔の日本を――俺が生まれる前の日本をこの眼でじっくりと見ていきたい為でもあったのだ。何故ならこんな貴重な体験、そう出来る物でも無い訳だし。
「わはは、今度来る時はもうちょっとゆっくりしていくよ!」
元気にそういうルーミアに、仲良くなった神様達と別れる心残り等全く見えない。尤も、俺もそんなもの微塵も持ち合わせていないが。
「そうかい……というか、ホントにいいんだね? 私は別に構わないんだよ?」
心配そうに俺を見ながら神奈子様が言う。
「ふぁいふぉうふふぇふ。あいふぁふぉうおわいふぁひふぁ!」
「守樹……何言ってるか全然分かんない」
可哀想な人を見る眼でそう言うルーミア。 何だか凄く情けない気分になる。
「――っぷ、あはははは、守樹ってばホント死人みたいだね!」
(……誰の所為だと)
今まで黙っていた諏訪子様が俺を指差しながら、大笑いしながら言う。
というのも、俺の今の見た目、包帯で全身をぐるぐる巻きにした言うならば、ミイラ男状態なのである。笑われるのも無理は無い。 事の原因も俺の所為な為、文句も言えない。
「おい諏訪子、そんなに笑ったら……その、彼が……可哀想じゃな……あ、わはははははは!」
とうとう堪えきれなくなったのか神奈子様まで腹を抱えて笑い出してしまった。 この人もこの人で、こんな光景を見てしまうとあまり神らしく見えなくなってくる。
「わはははは!」
おいルーミア、お前まで釣られ笑いしてるんじゃないよ!
(……何、この状況?)
気づけば三人とも大笑いしている。別れる前のしんみり空気も台無しである。
いや俺が全面的に悪かったんだけどさ、流石にこの状況は俺的に全く面白く無い。
(ホントは自然治癒に任せるつもりだったんだけど、まっ、いっか)
そう結論付けて、俺は一度目を閉じた。
そして、
「――っと」
ペラペラと長い長い包帯を見る見る解いていき、
「これでよしっと!」
怪我一つ無い身体で、包帯を取り終える。
そんな状態の俺に、何も知らない二人の神様は当然驚愕の色を示す訳で、
「え? あれ、守樹、その身体……」
「……どうなってるんだ?」
「別に、ただの俺の能力ですよ」
そう答えた俺の顔は、多分凄く意地悪そうに見えたと思う。
「まぁ勿論、秘密ですけどね……ルーミア」
「?――うん、守樹!」
一瞬ハテナマークが浮かんでいたが、俺が浮かんだ瞬間、瞬時に俺の意思を汲み取りルーミアもふわりと浮いた。
「それじゃあ神奈子様、諏訪子様! また今度!」
「じゃあねー元気でねー!」
最後にそう告げて、俺とルーミアは二人で飛んだ。
旅は自分の足でと決めてるが……まぁたまになら飛んでいくのも悪くないかな。
人間"守樹"と妖怪"ルーミア"が去った後、二人の神様は二人の飛んで行った方向をしばらく眺めて、
「――なるほどな……確かに百年生きてるって言葉は本当らしいな」
「結局、守樹の能力は分からずじまいだったけどねー」
「というか諏訪子、お前実はあの人間お気に入りだっただろ。お前のあんな楽しそうな表情久しぶりに見たぞ」
「そういう神奈子だって、あの妖怪と楽しそうに話してたじゃないか」
一頻り彼らが飛んでいった方向を眺めた後、二人の神様は同時に元来た道を振り返る。
ふらりと現れて、嵐の様に去っていた奇妙な二人組み。 若干の寂しさがあるが、彼らとはまたすぐに会える。二人の神は不思議とそんな気がした。
だからこそ、名残惜しいなんて感情を持たず、不思議な二人組みとは別々の道、神奈子と諏訪子は自身の居場所へと戻っていくのだった……。
「あ、すいませんちょっと忘れ物が……」
「「……いや、早く行けよ」」
数秒後すぐに戻って来た守樹に対して、二人の神様は呆れ顔で冷たく言い放つ。
次はどんな話にするか……(ノープラン)