十四話 雨宿り
妖怪兎てゐと別れて早――何年だろう――多分二、三百年くらい、多分それくらいの時間が過ぎた。
数百年一緒にいた連れがいなくなったにも関わらず、俺とルーミアは何時も通りにのんびりと気ままな旅を繰り返していた。
右に面白そうな事があれば流されて行き、左で騒ぎがあれば野次馬根性全開で見学に行ったり――まぁ大体俺一人だけど。ルーミアはあまり周りには関心を示さないので、何かあっても基本行動を起こすのは俺一人なのだ。
そんなこんなでこの世に生を受けて、もといこの過去日本に飛んできてもうそろそろ千年は経とうかという頃だった。
――その日俺達は、珍しく昼間に行動していた。というのもルーミアは日の光が苦手らしく基本は夜行動――だったのだが、最近は割と日中でも活動出来る様になったらしい(だがやはり日の光を長時間浴び続けるとダウンしてしまう様で行動は大体曇りの日だが)。
理由は定かでは無いがこれは多分、ルーミアの力、俗に言う妖力という奴が初めて会った時と比べ段違いに強まった事が原因だと俺は思っている。 俺とルーミアが初めて会った時こそルーミアはまだ生まれたばかりの幼い妖怪だった、だが彼女ももう数百年強の長い時間を生きた妖怪である、そして妖怪というのは個体差があるものの、基本長い時間を生きた妖怪はそれだけ実力も強まるというのだ。
ならばルーミアの妖力が何もせずともこれだけ増大しているのも頷ける。最近では彼女の妖力を察知した陰陽師(※本人から聞いた)に襲われもしたが、その時彼女は一瞬でその陰陽師を圧倒してみせたのである。正直強さを測る相手が惜しいと思える程に、彼女は妖怪として強くなっていた。
(ま、だけど見てくれはそう変わってないけどな。人に例えると精々二、三歳位成長したってトコか)
妖力は強まっても、まだまだ彼女の外見は、小さな少女のまま(多少は成長してるが)なのである。
さて、そんなそこそこ強い妖力を持ったルーミアと、普通の人間の俺は――今現在、突然の通り雨で全力疾走していた。
「もう! なんなのよこの雨は~!」
「たかが通り雨、されど通り雨……雨宿り出来る所を探せぇぇルーミア!」
「もうやってるから! というか守樹がこの雨どうにかすれば済む話!」
「ははっ、冗談」
「だよねそうだよね、守樹は何時だってやれてもやらないもんね!」
走りながらルーミアは不機嫌そうにそっぽを向いた。 まぁルーミアの気持ちも分からんでは無い、俺が能力を上手く使えばこんな雨、すぐに消し飛ばせるのである。
「だけどそれじゃあ――」
「楽しくないんでしょ、こっちも楽しくないよ!」
――怒られてしまった。しかも言葉まで予知されてしまった。ルーミアの奴、完全に俺の行動パターンが読めてやがる!
「まぁまぁそう怒るなってルーミア」
「…怒ってないよ」
「怒ってるじゃん。ほらルーミア、別に俺が雨雲なんて消さなくてもあの通り!」
「――神社?」
「というか寺だなありゃ、ちょいとあそこで雨宿りさせてもらおうぜ!」
走りながら指差した方向にあったのは一つの寺、一見何の変哲も無い普通の寺だ。むしろ何か異変があったら吃驚である。
俺達は迷う事無く山門へと飛び込むと、頭の上に屋根がある事に安堵しつつそこで一先ず一呼吸置く。
「あーもうびしょびしょだよぉ…」
「ホントだな全く、どうしようか、しばらく止みそうにないぞこの雨」
「……通り雨なんじゃなかったの?」
「この様子じゃあ違う様だなぁ」
スカートの端を雑巾の様にギュウと絞りつつルーミアがジト目で睨んでくる。というか女の子としてそのやり方はどうなのだろう、スカートがかなりの高さまで上げられてるんだけど…。
「ルーミア」
「…何?」
「……いや、何でも無い」
呼びかけるとすぐ、ルーミアはパッとスカートから手を離し答える。数秒の間、ルーミアに注意すべきか迷ったがあえて止めておいた。 冷静になって考えるとあまり特筆すべき点でも無い気がするし――、
(多分、娘の心配をするお父さんってこんな気持ちなんだろうなぁ)
っと、何だかシミジミとした気持ちなった、そんな時である。
「おや、そこに誰かいるのかい?」
背中の方から突然声が聞こえた、若い女性の声だ。
柱に寄っかかる形で立っていた俺の姿は、当然柱を挟んで向こう側にいる者には見えてないらしく、
「……珍しいね、妖怪がこんな時間に参拝に来るなんて」
という風に、相手はルーミア一人に対して話してる様だ。
――ってちょっと待て、今こいつ……"ルーミアを妖怪と分かった上"で話しかけたのか?――とするとこの声の主は、
「ううん、私達は別に雨宿りしに来ただけだよ……ね、守樹」
そう言ってこちらを向いたルーミアに釣られて、声の主も柱の向こうからひょっこりと顔を出した。
「……まぁ、そうだな。失礼してるよ、ネズミの妖怪さん」
俺を見るなり驚きの表情を浮かべるネズミの妖怪、丸い耳が特徴的な全体的に灰色の少女に対し、俺は手を上げて挨拶した。
「……驚いたな、まさかと思うが……君達はもしかして、人と妖怪とで交流関係を築いているのか?」
「そんな大それた事じゃないよ、馬が合うから一緒に旅してるだけさ」
このネズミ少女、かなり頭の回転が速いらしい。瞬時に状況を把握した上で質問して来る。 だから今までみたいに一から俺とルーミアの関係を説明する手間が省かれる。
「いやそれこそ驚きだ……どうだい、もし良ければ君達を紹介したい人がいるのだが――」
「あ…あぁ、そ…そうしてくれそうしよう、ルーミアも問題無い、だろ?……ぶるぶる」
「うん、私は別に大丈夫だよ。中は暖かそうだし」
「――そうか、それは此方としても嬉しいよ――それはそうと、凄く震えてるけど…大丈夫かい?」
「だ、大丈夫だったら震えたりはしないさ、ハハッ!」
「そ、そうかい……だったら早く中に入るといい、すぐに体を拭く物を用意しよう」
「おぉありがとうネズミさん! ほら、ルーミアも」
「だね、ありがとうネズミさん!」
「構わないよ……それと私はナズーリンだ……えーと」
「ルーミアだよ!」
「か、守樹だ……そ、それより早く…は、入ろう、ぜ!?」
「あ、あぁ……」
こうして、ずぶ濡れの俺は震えながら、ずぶ濡れのルーミアは特に変わり無く、案内をするナズーリンの背中を付いて行った。 ……というかホント、どうして妖怪ってこんなに体強いんだろうなぁ……。
「すまない、君達を紹介したいと言った人だが、どうやら今は出ているらしい…」
戻って来たナズーリンは開口一番俺達にそう言った。
俺とルーミアは入ってすぐ、体を拭く物と、寺に常備されているらしい替えの着物をナズーリンから手渡された。
それからすぐに体を拭いて新しい着物に着替えた直後くらいだ、ルーミアと「終わったらここで待っていてくれ」と言われた部屋で待っていると、戻って来たナズーリンが初めにそう謝罪して来たのだ。
「どうやら今は出ているらしく、この雨で帰るのが遅れてるそうだ……」
「いいって、というかむしろ感謝するのはこっちの方だし」
主に替えの服とかの件で。
「そうだよナズーリン、私達別に急いでる訳じゃないしさ!」
ルーミアもそう言ってケラケラと笑う。最近、こういう時たまにルーミアも精神的に成長してるなぁと思う事がある。昔はもっと子供っぽかったが、今は相手の気持ちも汲み取って発言出来る様になっているのである。
「……どうしたの守樹?」
「いやいや、成長したなぁ、っと」
「…何だか気持ち悪いよ守樹」
「ヒドッ!?」
前言撤回、全く人の気持ちを汲み取って無かった。現に今、俺凄く悲しい!
「――えーと、それでどうしようか……此方から誘っておいて申し訳無いが私もあまり暇がある訳では無くてね、すぐに仕事に戻らないといけないんだ」
頃合を見計らった様にナズーリンが切り出す。その表情から察するに本当に申し訳無さそうにしている――この少女、かなり真面目な性格と見える。
「ふーん、随分と多忙なんだな」
「――あぁ…それはもう……凄く、ね」
何だか表情に暗い影が落ちる。どうやらその"仕事"とやらで相当苦労しているらしい、これ以上は深く突っ込んでやるまい。
「なら仕方ないよねー……じゃあさ、私達は私達で、このお寺の見学でもしてていい?」
次はルーミアがそう提案した。 彼女が寺、というか仏教に興味を持っているという事は全く聞いた事が無い、多分ただ待っているのが退屈だと思ってそれなら見学でもしてる方がマシ――だと判断しそう発言したのだろう。
「あ、あぁそれは構わないがそうなると案内が必要だね――よし、ちょっとそこで待っていてくれ」
そう言うとナズーリンは急いで部屋から出て何処かへ行ってしまう。恐らくナズーリンの代わりとなる案内人を呼びに行ったのだろう、本当に律儀な妖怪だ。
それから数分後、すぐに彼女等は帰って来た。
「紹介するよ、彼女はこの寺に住まう妖怪の一人で村沙水蜜だ」
「って訳で紹介されました!村沙水蜜でぇす!よろしくね!――っていうかナズーリンから聞いてたけど本当に妖怪と人間の組み合わせなんだね……なるほど確かに聖が食いつきそうな訳だ」
元気良く挨拶をして、次に俺とルーミアを交互に見て何やら納得した様子のよく水兵が着るタイプのセーラー服の少女、水蜜。
というか先程からちょくちょく出ていたが、そんなにも"聖"という人物(?)は珍しいもの好きなのだろうか。
「妖怪のルーミアだよ、よろしくね!」
「人間の守樹だ。よろしく」
とは言え挨拶をされたからにもこちらも返さねばならない、挨拶は良好な人間関係を構築する為の第一歩だ――まぁ相手妖怪だけど。
「――さて、挨拶も済んだ事だし私はそろそろ行くとするよ」
「うん、仕事頑張ってねナズーリン」
「ありがとう、ムラサ船長も私の代役を頼んでしまってすまなかったね」
「いいっていいって、こういう時はお互い様よ!」
そうして申し訳無さそうな顔でナズーリンは早々と部屋から退室していった。 よほど件の"仕事"とやらに早急に取り掛からないといけないのだろうか。
「さて、それじゃあ私達も行きましょうか!」
ナズーリンが消えていった方向を眺めていると、手をパンと合わせた水蜜の声が聞こえた。
「うん、お願いしまーす」
「お、良い返事だねールーミア、そんな元気な子の為ならお姉さん張り切っちゃうぜ!」
「えへへ~」
「……」
(――お姉さんって、この少女妖怪は齢千年でも超えているのだろうか)
大体そろそろ千歳くらいに達するだろうルーミアに対してまるで妹に接する様な水蜜の態度だが、俺はあえてスルーする事にする。別段言う必要もあるまい。
「さぁ、じゃあ一先ず本堂の方から――って、どったの守樹?」
向こうの方を向いたまま固まっている俺に、水蜜が怪訝な様子で聞いてくる。俺はしばし熟考して、
(―――うん、考えるよりも速行動が鉄則だな)
そう結論付けて俺は水蜜とルーミアの方を振り向いて言う。
「悪い。水蜜にルーミア、俺はちょっと別行動させてもらうわ……ちょっとナズーリンの仕事ってもんが気になる」
「え……って駄目よ守樹、ナズーリンは星――彼女の主人から直々に仰せつかった仕事が――」
「うん、だから初めに言っただろ、"悪い"って!」
「え、ちょ…そういう問題じゃ――」
予定と違う行動、それも仲間の妖怪の邪魔になるであろう行動に出ようとする俺に対し、焦る水蜜、必死に俺を食い止めようとするが、そこでルーミアが水蜜の手を引いた。
「無駄だよ船長、守樹は一度言い出したら聞かないから…」
彼女もまた、やれやれ…と言った感じだが、水蜜と違ってルーミアは分かっている。
一度俺が興味を持てば簡単には止まらないという事を――そして誰にも俺を止められないという事を。
「ルーミア!? 貴女も諦めないで守樹を止め――て、え?」
「そんじゃあ、まぁすぐに戻って来ると思うよ! 純粋にナズーリンがあぁも必死になる"仕事"とやらに興味持っただけだから!」
突然と俺の体から煙が上がり始め、水蜜が瞬間的に手を引っ込めた、瞬間に俺は言いたい事だけ言うと、煙の様に蒸発する様に、その場から消えたのだった。
「――え、今消え――というか彼は普通の人間なんじゃ……」
「守樹は普通の人間だよ」
「……ルーミア?」
「守樹は普通だけど普通じゃないの――だから言ったでしょ、誰も守樹は止められないって! ほら船長、守樹もいなくなった事だし、私達も早く行こうよ!」
そうして二人残された妖怪少女、困惑の色を浮かべる寺妖怪の少女は、天真爛漫な暗闇妖怪少女に手を取られ、状況を何も把握できないまま、二人廊下を走るのだった。
割と最近、自分の中で守樹君はロリコンなんじゃないかと疑惑が―――おや、誰か来た様だ、一体誰が(ry