十二話 兎の受難と、月の姫様
「……ねぇ翁、一つ聞いていいかしら?」
「なんじゃかぐや?」
「……この連中は…一体何者なの!?」
ビシッ!っと某逆転する為だけに開廷される裁判を楽しむゲームの如く、黒髪ロングの美少女が一人の人間と二人の妖怪を指差した。
――尤も指差された本人達は――、
「にゃははははは! 気にすんなよ~姫様ぁ~」
「臭っ! 酒くさ! ちょ…守樹近寄るなってば!」
「あはははは! 今なら守樹を食べるチャンスだねー」
顔を赤くさせてウサギ耳をつけた少女に擦り寄る少年と、嫌がりながら躊躇う様子無く拳を振るうウサギ少女、そしてもう片方から泥酔する少年にのしかかる金髪の少女。
そう、この長い年月を生きた月の姫様にとって、これまでの生涯一番のカオスな光景が目の前に広がっていたのである!
――それというのも数時間前、彼女の育ての親である翁が何時も通り帰って来たのが原因だった。
翁だけならば普段と変わらないのだが、此度は客人がいた様で……人間の少年一人と、妖怪の少女が二人。
妖怪の少女だと言う事でかぐやは勿論この二人を警戒したが、傍にいる少年にも翁にも手を出す様子も無く、しかもあまり力も無い様であったため、
(っま、もしもの時は私が自分でやればいい事よね…)
っという風に、この三人の団体様の家への進入を許してしまったのである。
――これがいけなかった。 食事の席で翁に勧められるがまま酒を呑む少年は、徐々にその速さを増していき、ついには文字通り"泥の如く酔って"しまったのである。
「いいかてゐ! 俺のドリルはぁぁ!天を衝くドリルだぁぁぁぁぁぁ!!」
「あぁぁ!うるさいうるさいうるさーーい! いい加減に離れ――って、え?」
少女のウサギ耳に意味不明な叫びを上げる少年に、兎少女は拳を再び振りかぶった――が、
「ギィィガァァァドリルゥゥゥゥ!―――グゥ」
兎少女に覆いかぶさる様に少年は叫ぶ途中で寝てしまった。無論、少女は少年に押し倒される形となる。
「わわわわぁぁ!? ちょ、守樹ってばどいて! どけ! バ守樹!!」
ドタバタと兎少女はもがく――が、少年は思った通りには外れないらしい。
「ぐぅ……むにゃ」
「――ウサササァ!?」
それ所か、あろう事かガッシリと全身で兎少女を少年は完全にホールドしてしまった。あれでは小さな少女の身体では絶対に抜け出す事は出来ないだろう。
「ちょ…守樹!? ホントいい加減に――離れ…なさいよぅ……」
羞恥心からか、とうとう最後の方は顔を赤くして俯いてしまう兎少女、あれはもう完全に諦めてしまったかな。
(――というか何? 何で私あんなムカつくイチャコラ見せられてんの?)
食べる食事が不味くなるのを感じながらそんな少年少女の様子を眺める。
――っと、ここでもう一人、金髪の方の妖怪少女の姿が無い事に私は気づいた。
(そう言えばあの子は――って……)
探すと件の妖怪はすぐに見つかった。 あろう事か幸せそうに嫗の膝元で寝息を立てている。
(ぐぬぬ、あの席は私の特等席なのに~……)
嫉妬のオーラを嫗に飛ばしてみるが無駄な様だ。妖怪とは言え見た目は幼い少女、かぐやの視線に答えた嫗の顔は大層幸せそうな顔をしていた。
「――ねぇ翁、あの連中は――ホントに一体何なの?」
「さぁ…何にしても、楽しい人たちじゃのうかぐや」
「…あははは……はぁ」
翁もこんな騒がしい食事は久々だったのだろう、凄く顔が輝いている。文句を言えばこっちが悪役になってしまう雰囲気だ。
(そう言えばもうすぐ月の使者達が――って、まぁ今はいいわね。久しぶりに翁と嫗も凄く楽しそうだし)
ふと視界に入った月を忌々しげに見つめた後、かぐやは静かに楽しそうに笑う育ての両親達を幸せそうに見つめたのだった。
「――ふぁぁぁ――って、ありゃ…ここは…?」
眼が覚めると、知らない天井――って何だか今更ながらのテンプレだな。
気づくと俺はとある一室で、布団の中に寝かせられてた。
「うーーむ……思い出せない、確か竹林で出会った爺さんの招待を受けて、飯食ってた気がするけど……う~ん」
思えば酒を呑んでた気がするし、完全に記憶が抜けているのか…。
(っと、そこにいるのは白い白い兎さんでは無いか)
必死に昨夜の出来事を思い出そうとしていると、廊下を歩くてゐの姿が眼に入った。 部屋を仕切る扉が僅かに開いていたのが幸いした。
「おーいてゐ、ちょっと昨夜の事について聞きたいんだが――」
「ん、守――昨――ッ」
てゐを呼び止めると、てゐも此方を振り返る――が数秒と経たないうちに何故か顔を赤くして、
「――し、知らない知らない何も知らない、何にも無いウサよー!」
っと、何故か大声でそう言って走り去ってしまった。
(――あの態度、昨夜何かあったのか?)
謎は謎のままである。
「コホン、紹介が遅れたわね。平民と妖怪」
謎は謎のままにして、俺達は黒髪ロングの美少女と改めて対面していた。本来ならば昨夜の時点で顔合わせはしてたのだが、如何せんすぐに食事を開始して何やら騒がしくなってしまった様で、ちゃんとした挨拶が出来てなかったのだ。
ちなみに今は俺達と目の前の少女の四人だけである。 何か翁達ご夫妻は国のお偉いさんに呼ばれたとか何とかで――この時代こんな少女一人を残していくのかはどうかと思ったが、実は家の周りには警護が何人かついてるらしく、その辺りの事は心配無いとの事だった。
さて、そんな他人の家のセコム事情はさておき、まずは目の前の少女だ。
「私はかぐやよ」
「…へぇー」
「え?」
(無い)胸を張って偉そうに自己紹介をした少女に、俺は空返事で答えた。それというのも、何やら今朝からてゐの様子がおかしかったのが妙に気になったのだ。
(俺といると妙にそわそわしてるし、何か顔が赤いし――微熱気味?)
……おかしいな、てゐは健康に気を使って生きてきてるはずだけど。
「―――ちょっと、貴方聞いてる!?」
「…ん、聞いてる聞いてる」
「ホントに? じゃあ今私がなんて言ったか当ててみて?」
「……『きゃー、この人ちょーかっこいー』?」
「誰が言うもんですかそんな事!」
「酷い!?」
軽いジョークのつもりだったのに――というか徐々に目の前の少女―かぐや―の態度が粗暴になって来てるのは気のせいだろうか、いやきっと気のせいでは無い。
「はぁ…まったく、もうすぐ月の使者が来るって時にまた厄介そうな奴が来たものだわ…」
「っむ、月の使者だって!?」
「……どうしてそういう事には反応するのよアンタは!?」
いやだってこの少女がかの有名な"かぐや姫"って事はもう知ってる事実だしな、むしろ月の使者ってのを直で見れる事の方が吃驚だわ。
「…求婚されたり、お迎えされたり、モテモテですな姫様は!」
「何それ嫌味のつもり?――全く、そんな良いもんじゃないわよ実際…求婚してくるのは金も持たない平民か、年老いた権力者だらけだし、月になんて帰りたくないし」
「すげー偉そうだなお前…」
見る見るうちにとは正にこの事だ。メッキが剥がれていく様に、目の前の少女が可憐で清楚なお姫様から一転して、そこらの女学生レベルまで落ちていってる。
「っま、実際偉い訳だしね私」
「わーおそれ自分で言っちゃうの?」
エヘンとまた(無い)胸を強調する姫様。
「…何見てんのよ?」
「ん、まな板だよまな板」
可哀想な少女の姿を哀れんでいるととうとう怪しまれたので適当に言ってごまかす。
「なんだまな板か――って誰がまな板だぁー!!」
「ゲフッ!?」
素晴しいノリツッコミである。 一時は納得したと油断を誘っておいて振り返り際の左アッパーは正直キツイ。
「アンタ私を馬鹿にするのもいい加減にしなさいよ!」
「馬鹿になんかしてない!大真面目だ!」
「尚性質悪いわぁ!」
「ガフッ!?」
すかさず右ストレートを顔面にぶち込んでくる姫様――これもうボクサー目指せるレベルじゃねこれ?
「……我が生涯に、一片の悔いも無し……」
「そのまま一生眠ってなさい――で、さっきから無言で黙ってるそこの二人――って……」
呆れた様な声でかぐやが妖怪二人に声を掛けた。
確かに、さっきから恐ろしく無音だ。一体ルーミアもてゐもどうしたのだろうか…。
「……ぐー」
「……ん?」
どうもこうも無い、一方は眠ってて、もう一方は考え事をしていた様だ。
「あ、いえ何でもないわ。それより貴女達の名前はなんていうの?」
「私はルーミアだよ!」
「てゐだよ、よろしく姫様」
かぐやの言葉でルーミアとてゐも簡単に自己紹介を済ませる。 というかてゐの様子も大分元に戻っている様だ。
「そ、ルーミアとてゐね―――でさ、貴女達に一つ聞きたい事あるんだけど…?」
「んー、何ー姫様ー?」
相変わらずののん気な返事で返答するルーミア、かぐやもルーミアの性格はもう掴めてるのか構わず続ける。
「貴女達ってなんで"この人間"と一緒にいる訳?」
"この"の所で軽く踏んづけられる。痛い。 しかもそういった性癖は持ち合わせていない為ご褒美にもならない。
「……全く、何回目かなその質問」
もう聞き飽きたという風にてゐが答える。 まぁ実際、聞き飽きたものだからしょうがないわな。
「楽しいから、かな~。多分」
「……多分?」
「うん、気づいたら一緒にいる感じだし」
ルーミアの回答にまるで肩透かしでも食らった様なかぐや、いや実際食らったのだろう。 人と妖怪が楽しいから…という単純な理由だけで一緒にいるという、この奇怪が信じられないようだ。
「――ま、まぁ世の中いろんな人と妖怪がいるからね……」
信じられないようだが、無理矢理納得したらしい。 まぁ実際、納得の仕方なんてそんなもんよ皆。
「――で、てゐとか言ったわよね」
「うん、何姫様?」
「貴女――もしかしてこの男の事が好きなの?」
再びガシッと腰の方に重さがのしかかってくる。 ……つーかこいつ聞きやがったよ俺が出来るだけ眼を背けていた事実から!
(いやさぁ、他人から好きになって貰うってのは嬉しい事だけどさぁ――俺とてゐがそんな間柄になるなんて…俺ですら想像も出来ねぇよ)
今朝からのてゐの様子から察するに、何かしら俺に伝えたい事があるのは明白だった。しかも昨夜は何か俺とてゐの間であった様で――俺は全く覚えて無いが。
「そ、それは……」
(―っておぉぉい!? 何その乙女オーラ!? 何だよその態度、そんな態度じゃ――こっちまで緊張して来てしまうじゃん!)
頬を赤らめ下を向くてゐの様子に、俺は自分の心拍数が異常な速度で早まっていくのを感じた。 というか言うなら早く言ってくれよ、これじゃあ心臓が持たないよ!
(――うぅどうしよう…もしてゐが少なからず俺に恋心を抱いていたら――俺は一体どうすれば――?)
俺もてゐの事は好きだが、それならルーミアも同様だ。要するに、それは恋心というより親愛、家族に対するそれと同様だと思っている。
――願うなら、今の関係がずっと続けばいいのだが、それは唯の俺の我儘なのだろう
そんな俺の思いを知ってか知らずか、てゐは意を決した様にかぐやを見つめ貸して――、
「――いやいやいや、何を言っているウサ姫様?」
「へ?」
(え?)
「私が守樹の事好きになるなんて、地球が逆に回ったって無いウサよ~」
「そうなの? じゃあ、貴女の心ここ在らずな態度は一体…」
(何なんだよ!?)
「あー、あれはちょっと守樹に言う事があってねー。ま、別にそういう事だから守樹の事なんてこれっぽちも、愛してなんか無いウサよ~」
「何よそれ…」
「何だよそれ!?」
「「え?」」
「あ、しまっ――」
てゐの予想外の返答につい声を出してしまった。
話していた彼女達二人は当然、俺が気絶してると思いこんで会話をしている訳で、それを盗み聞きする様に聞いていた俺の事を良く思わない訳で――、
「貴方、もしかして全部聞いてたの…?」
「盗み聞きとは、守樹ってばお仕置きして欲しい様だねー、ルーミア!」
「わはー、何々? 私も手伝えばいいのー?」
いやいや何嬉々として参加してるのルーミアさん!?――っと呟く前に、少女達の本気の拳が俺を襲い、そして今度こそ本当に俺は意識を失うのだった。
そんなこんなで数日が過ぎた。
この数日、時間とは本当に早いものであっという間の出来事だった。翁の家でかぐやと戯れたり戯れられたり、とまぁそこそこ楽しい時間を過ごしたのである。
――そして、楽しい時間というのはあっという間であり、終わりが来るものだ。
「おぉ凄い、かなりの人がいるぜルーミア、てゐ」
今夜は満月。月が大きく一際輝くこの今日の夜に、かぐやは月へと連行されるのだ。
「ホント、まぁ月の姫様らしいし仕方の無い事なんじゃない?」
「だよねー、もう会えなくなるのは寂しいけど」
「……ホントだね」
ルーミアの言葉に、てゐは物惜しげに答えた。
というのも、この日お別れとなるのはかぐやだけでは無かったのだ。
『私もそろそろ、帰らなくちゃいけないかなぁーってさ』
今日一番に、てゐは俺達にそう言った。曰く、やはり故郷の竹林が一番落ち着ける場所との事で、この竹林での出来事が彼女の気持ちを決めたそうだ。
それに対し、俺とルーミアは二つ返事で言った。
「そう、元気でね」
と、大体こんな感じの返事を。てゐもその返しは予想してたらしく、笑って答えた。
確かに俺達はドライな関係と言えば確かにドライだが、しかし仲間意識が無い訳では無い、唯相手の事より自分の事を優先に考えてるだけなのだ。そして自分の私用に関しても相手を巻き込む事はしない為、てゐの口からは一言も『一緒に来て欲しい』の言葉は出なかった。
(――っま、言われても行かないけどね)
さて、そしてもうすぐ―――真夜中零時だ。
月の使者とは一体どんな者達なのか。
竹林の中で息を潜める俺達三人と、翁の屋敷の中の老人夫妻とかぐや、そしてその屋敷を取り囲む大勢の兵達。
別れの時は、刻一刻と迫っていた。
かぐや姫が終わったら、寺の人達か鬼達かな次は……どっちにしよ…。