一話 始まりは突然に
アットノベルス連載の「とある」の方がどうしても進まないから前々から書きたかった「東方」関連を書き始めました。亀の様なスピードで頑張ります。暇潰し程度に見ちゃってやってください。
緑豊かな木々の木漏れ日の中、俺はゆっくりと眼を覚ました。
半覚醒の頭から徐々に靄が取れる様に、ぼやけた視界はゆっくりと世界の色を取り戻していき、そして自身の今置かれた状況を再確認させてくる。
俺が今いる場所は、不明。
気持ちのいい草と木の生えている緑の深い山場所というのは分かる。
次に俺の名前だが、これは分かる。
俺は宮沢 守樹、地方の公立校に通う普通の高校生だ。
そんな俺が何故、今こんな場所で寝ていたのかというと―――、
「正直、全く覚えていないんだよなぁ」
という事なのである。
覚え無し、というか何か鈍器で頭を殴られた後の様な感覚が……いや別に鈍器で殴られた事は無いけど、だけど前後の記憶が何やらあやふやなのだ。
白と黒が点滅した様な、上下左右滅茶苦茶になった様な、そんな感覚。思い出そうとすると凄く気分が悪くなってくる。
「うーーん、なんかなぁ。何かと衝突した様な……そんな事無かった様な……」
一頻り唸ったが答えは見つからない。
……が直後、ある不吉な予想が頭の中に浮かび上がってくる。
「……っは!? まさかこれが噂に聞く誘拐という奴か!?」
もしそうならばきっと今頃家に身代金を請求する電話が掛かっているはずだ。貯金百万もあるかどうか怪しい我が家に!
「……って、そんな事は無いか。見た所人影なんか見当たらないし」
呟きながらキョロキョロと俺は辺りを見渡し、近場の草や木、それに土を確認する。
「痕跡も無い」
草や土には踏みつけられた後も、足跡も存在しないし、人工物が落ちてあったりもしない。
「となると、他者による犯行という線は無くなって、俺自身が無意識のうちにここまで足を運び、何故かここで就寝してしまったって事になるが……」
そんな訳無い、流石にこんな見ず知らずの土地まで来て記憶が全く無い、という可能性は無い。
いくら前後の記憶が曖昧だからって、うちの近所にこんな場所は無かったし、それ程の時間歩いたという事も無いだろう。
「それに俺は今日も何時も通り、学校終わって普通に帰宅してただけなんだよな」
朝起きて学校行って、適当に授業受けて、友人と駄弁って、帰路についた。
そして、
そして……、
「確か、何かが……」
空から―――、
「――っぁあ! 思い出せない!」
つーか思い出そうとすると何か頭がずきずきするし!
「もういいや後でいいや今はいいや、とりあえずそこは今後自然と思い出すだろう!」
人生切り替えも必要である。
思い出せないのならば、今は放置しておく。
そして、今の状況が分からないのなら、分からなければ……誰かに聞くしかあるまいよ。
「とりあえずこの山、っぽいとこを降りて、麓に下りてみよう。そうすれば民家の一つや二つあるだろ」
希望的観測は出来るだけ捨てずに取って置くべきである。
今ここで絶望してしまうと本気で人生ログアウトしかねない。夜の山ってのは何かと恐ろしいものだし。暗闇動物都市伝説的なモノ等色々と。
さて、そうと決まれば早速下山である。
と言っても、別に俺は登山のスペシャリストでも無ければ「そこに山が在るから」という理由で山を登るドリーマー等でも無く、至って普通の地方の高校生だ。
住んでる地域には確かに山がある、がだからと言って一人でその山攻略に勤しむ程"野外活動万歳派"でも無かったし、一緒に行こうという友達も、そんな年ではいる訳が無い。
つまり何が言いたいのかと言うと、
「俺山の降り方とか知らねーし。下ってりゃどうにかなるか」
適当だ。我が事ながら適当だ。だけど仕方無いよね、俺山についてそこまで専門的じゃ無いし。
というかテレビとかでは良く「遭難した場合、その場から離れるべからず」って言ってるけど俺の場合はどうなるのだろうか。これ遭難になるのか?
というか迷子と遭難の違いってナンダロ? 後でGoogle先生にでも聞いてみるべ。
―――俺下山中―――
……さて、それから大体二時間程経過した訳だが。
「ピンチなう」
実際にツイートはしていない。リアル呟きだ。
というか今更ながら何で俺ケータイ家に忘れるかなぁ、だからあれほどスマフォが良いってケータイ買う時言ったんだよ俺は。親の金だから文句は言えないけどさ。
「というか降りても降りても降りても降りても! 周りにあるのは木しかねぇじゃん! やっぱ半端な知識で下山しようと思ったのが悪かったのか」
そこで俺は一端立ち止まり辺りを見回す。
先程よりも更に木々は生い茂り、日の光を遮ってより暗さと、ついでに不気味さも増している。こっちにはいい迷惑だ全く。
更に追い討ちをかける様に辺りの温度と湿度はより上昇してる様で、歩いてる時から次第に息は切れ、汗の量が増え始めていた。
体力的にも、精神的にも、どうやらかなりのピンチらしい。
「全く、ふざけてる場合じゃな――ッ!」
言いかけた瞬間、俺は確かに聞いた。
僅かだがガサガサと、"ナニカ"が草を揺らす音を。
「……お願いだから、熊とかその辺は勘弁だよ」
願わくば生きてる人間を。
更に欲を言うなら同じ日本人を。
もっと我儘でいいなら俺を探しに来た救助隊の誰かとか!
心の中で必死に願いながら、俺はゆっくりと音のした方へと近づいた。
一歩、一歩と焦る気持ちを抑えながら。
(頼むから、熊とかそういう肉食動物系以外が出て来いよ)
最後にそう願って、俺は勢いよく草を掻き分け視界を広げた。
そこにいたのは確かに熊等では無かった。
だがしかし人間でも無い。
ならばただの動物か? 違う、これはそういう生き物じゃない。
ならばナニカ? 答えは俺にも分からない。
唯一つ言える事は……。
(……あ)
グルン!っと、丸く大きな耳と長く伸びた前歯が特徴的な灰色の生物が振り向いた。
それは俗に言うネズミと名目されている動物に非常に似てはいるが、俺の前にいるこいつはそれとは比べ物にならない程違う。
(……やべ)
まず一つに、それはネズミなんてもの程小さくは無く、体長は俺を一回り越す程のデカさ。
そして二足歩行で歩き此方へと近づいて、気持ちの悪い笑みを浮かべている(動物は基本笑わない)。
口元には赤い新鮮な血液が付いており、又このネズミもどきが元いた場所をチラリと見るとそこには猫の死体が横たわっている。つまりはこいつは今の今までこの猫を食っていたという事だ。
(……いやネズミが猫食うなよ、完全に捕食対象が逆じゃねぇか)
っと、俺が瞬時に考察&突っ込みを入れたのも束の間、もう既にネズミもどきは俺の目の前でその短い腕を振りかざした。
どうやら俺に抵抗の気が無いのものと悟り、一撃で沈めて喰らうつもりらしい。
ここまで唖然と俺はネズミもどきの行動をただ見てるだけだった。
が、ここで何かが頭の中で引っかかった。
ズキリと。
次の瞬間、ネズミもどきが力いっぱいに俺の頭部目掛けて腕を振るってくる。
「……」
腕が頭に直撃する直前、俺は体を屈めてネズミもどきの攻撃を交わす。
再び、頭の中でズキリと何かが突き刺さる様な刺激が生まれる。
俺の回避行動に驚愕の色を表しながらも、ネズミもどきは次の攻撃へとすぐさま移る。
今度は余った方の腕を一気に振りかぶり、それを叩きつけてくる。
(……違う)
それを俺は地面の上を転がる様に体重を移動させ交わす。
見てる分には俺はただ追い詰められてるだけの様に見えるだろうが、まぁ実際の所はその通り。
転がった先、今まで見てきた中でも一際大きな樹の根元に俺はぶつかった。
そして仰ぐ様に天を見上げる。
見上げた先にあるのは勿論、「追い詰めたぞ」と言わんばかりのネズミもどきの顔。
(……見つけた)
そしてネズミもどきは拳を握り締めて(?)もしくはそうらしき行動を取り、俺の顔面目掛けて右ストレートを打ち込んできた。
(……だけどどうしてこんな場所にあるのか……まぁいいかな)
拳が当たる直前。
(じゃあ一先ず、消してみるか)
グシャリッと、弾ける音が聞こえた。
次に凄まじい程の激痛で一瞬意識が遠のき、またすぐ激痛で意識を覚醒させられる。
どうやらまだ細部は生きているらしい。ぼやけた思考の中、片目になった俺の見つめる視線の先で、ネズミもどきの満足そうな顔が見える。
その手は真っ赤に染まっていた。どうやらアレが俺の血の様だ、意外と綺麗なものだ。
(よし、じゃあ次は痛覚、次に思考、最後に……)
一秒毎に俺はプログラムを組み立てていく。
次に何をするか、何をどうすればそうなるのかを理解し、そしてそれを台本通りに組み立てる。
台本は頭の中にあった。
頭が破裂した瞬間、本来ならば恐怖を持って絶望すべきはずなのに、俺はこの上なく清清しい気持ちになった。
まるでせき止められていた水が一気に開放される様な、人間という器の中に無理矢理押し込められていた情報が一気に外へと飛び出し、再び俺の中へと戻って来る。
……否、受け入れの準備が済んだ俺の中へ、というのが正しいか。
気づくとネズミもどきが俺へと手を伸ばしていた。どうやら今すぐ俺を食すらしい。
別に俺的には構いはしないのだが、それでも気分的にそれは嫌だ。
(そう思えるのが、まだ俺が"人間"である証拠……かね)
そして俺の目の前まで腕を伸ばしてきたネズミに対して、俺は裂けた口でこう言った。
「やぁふぇぇふぉ(やらせねぇよ)」
ビクリとネズミもどきが体を震わせる。どうやらもう既に俺が死んだと思い込んでいたらしい。
それもそうだろう、確かにこんな状態の人間、生きていられる訳が無い。
(だけど今の俺に、"死"は存在しない)
それに脳が半分以上飛び散った状態で、人はここまでの思考を維持出来るはずも無い。
(だが今の俺は脳で思考せず、思考が崩れる瞬間にプログラムした通りに思考を動かしている)
そして、こんな状態の人間が―――、
「回復する手段は持ち合わせていない……はずだよね?」
最後が疑問系になるのも仕方が無い、俺自身が俺の身に起きた事を信じられないからだ。
飛び散った俺の元欠片達や、ネズミもどきに付いた血は蒸発でもするかの様に綺麗さっぱり消えて無くなり、又俺の身体も異常な回復スピードで細胞を増やし、繋げて修復してしまっている。
「……っと、焦りの色が丸見えだぜネズミもどきちゃん」
一目で分かる量の冷や汗を掻いてるネズミもどき、ネズミもどきは俺の声でハッとした様に自分を取り戻したかと思うと、半ば半狂乱になりながらも俺へと再び襲い掛かってきた。
「ふーん、化物から見てもやっぱ化物染みてるんだなコレ」
ネズミもどきには目も暮れず、俺はただ自身の手や足を凝視する。
実際、何がどういう原理で俺の身体、果ては着てる服まで元に戻ったのかは俺にも分からないからだ。
まぁ"原理"は分からないだけで、何が"原因"で俺が今生きてるのかは分かるけれども。
ネズミもどきは目の前まで迫っていた。
そして俺は小さく笑った。
「……でもやっぱ、痛いのは勘弁だね」
ッキィィン!っと、今度は堅い物を殴った時の様な音が木々を木霊する。
殴った衝撃で尻餅をついたネズミもどきは赤く張れた自身の手を涙くんだ眼で見つめた。
「いやいや、そんな眼するなよお前」
言いながら俺はピタリと目の前の化物の眉間に人差し指を立てた。
「殺すのに、ちょっと抵抗が覚えるじゃんか」
言葉が通じたのか偶々なのか、俺の声を聞いた瞬間ネズミもどきが震えるながら懇願する様な眼で俺を見上げた。
「悪いな」
「無くなれ」
そう呟いた瞬間、糸が切れた人形の様にネズミもどきはその場へ倒れこんだ。
「………って、まるで重度の中二病だな、俺」
そして俺は、そう自嘲気味に呟くのだった。