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プロローグ

きっかけは単純だった。


8月の頭。

同じクラスだった幼馴染に連れられて地元の市民体育館に足を延ばしたのがコトの始まり。

小学生生活で最後の夏休み…何も考えずに過ごしていては絶対に縁のない場所。


「あっちあっち!もう始まってるよ!早くー!」


体育館の入口を指して駆けていく幼馴染。


「待ってよー、薫ちゃーん…」


彼女のテンションは夏真っ盛りな今日に至ってもいつもと変わらない。

まったくもって羨ましい…私はここまで来るのでへとへとなのに…。


私が追いつくとふたりで入口の自動ドアをくぐる。

入口を抜けてすぐにある階段を上がり、観客席と書かかれた扉を開け中に入る。


「兄ちゃんの試合まだ始まってなきゃいいんだけど」

「そ、そうだね」


観客席の最前列まで行き、手摺りに寄り掛かり周りを見渡す。

目の前に広がる光景として、中央にネットが張られた長方形のテーブルが20数台。

そして、各々のテーブルでは人が2人向かい合い球を打ち合っている。


「これが卓球…?」

「そうだよ!これが卓球!世界最速の球技だよっ!」


そう、今日ここに来たのは中学校で卓球部に所属している幼馴染のお兄さんの応援をする為だ。


「世界…最速…」


その言葉を咀嚼するように口に含み、呑み込む。

が、私には想像し難い世界であった為、味はよくわからない…。

まぁ、何となく凄いということは理解できたので大丈夫、きっと。


「あ、ほら、兄ちゃんだ!おーぃ!兄ちゃーん!がんばれー!!」


相変わらず元気の良い彼女が元気良く声援を飛ばす。

どうやら今から試合が始まるようだ。


「兄ちゃんってば先鋒任されてるんだってさ!すげーよなー!」

「…先鋒」


凄さはいまいち解からないが、どうやら今から行われるのは団体戦のようだ。


「兄ちゃんは生粋の表ソフト速攻型なのさ!やっぱり攻撃的な選手を先鋒にするとチーム全体が盛り上がって士気も上がるってもんだね!ここの監督はその辺よくわかってるよ!」


そして私にはよく解からない。

オモテソフトって何?


そんなこんなで試合が始まる。


圧巻だった。

圧倒的だった。

お兄さんはどうやら滅茶苦茶強いみたいだ。


「試合」と言う字は「試し合う」と書く。

これではまるで練習…いや、実験と言うのが正しい。

11対0というスコアはルールを理解してない私が見ても力の差が有るのだとわかる。


「お兄さん…強い…ね?」

「そうでしょそうでしょ!!兄ちゃんは地区内では敵なしと言われる程の実力者なんだ!私の目標!」


あぁ…確かにこんなに強いお兄さんがいたら自慢したくなる気持ちも理解できる。

それよりも気になったのは…


「…あれ?…薫ちゃんも卓球やってるの?」

「え!?やってないよ!?」


その、何言ってるのこの子?みたいな顔を止めろ。

めげずに聞き直す。


「だって今、目標って…?」

「あぁ〜っ!それは中学に入ってからの目標!今はまだいいの!」


これはダメ人間がよく使う、通称「明日から頑張る詐欺」じゃぁ…

いやいや、疑うのは良くない。

信じて切り返す。


「んーっと…い、今からじゃダメなの?先延ばしにすることないんじゃ…?」

「いぃや!ダメだ!中学生から始めることに意味があるのさ!」

「はぁ…」

「兄ちゃんが卓球を始めたのが中学に入学してからなんだ!だから私も中学から始めなきゃフェアじゃないだろ!?」


だそうだ。

私の幼馴染は、見上げた馬鹿だ。

あ、誉め言葉ですよ?


その後もゲームは進み、私の観る限りではこの試合でお兄さんが落とした点数は5点程度。

地区内に敵なしというのもあながち嘘ではなさそうだ。

試合の合間合間に「私の兄ちゃんはスゲー談義」さえ聴かされなければ、或いはもっと感動していたかもしれない。

が、いかんせん正直鬱陶しかったので、お兄さんの試合が終わるとトイレに行くと言いその場を離れた。

もちろん帰る為だ。

彼女のことだ、私のことなど忘れて夢中で試合を観戦することだろう。

…それはそれでムカつくが、いつものことなので気にしない。


丁度、階段を降りた所で会話が聞こえた。


「今から青中の試合始まるってさ。どうする?一応、観とく?」

「そうだね、私達も順当に進めば青中と当たるからね。偵察も兼ねて観に行こ」

「偵察って…あんたねぇ…そんなことしたってウチが勝つことなんて絶対に有り得なくない?」

「あぁ…やっぱ、そうだよねぇ~優勝候補だもんね…言ってみただけ~」

「相手は?緒戦から青中と当る可哀想な学校はどこ?」

「確かエビ中だよ、早瀬さんのいるとこ。」

「エビ中…災難ね…同情するわ。でも早瀬なら個人で県に出れるからいいでしょ?」

「それも組み合わせ次第じゃない?もし私が当ったら返り討ちにしてやるわ」

「言ってなさい、アホ」


青中…青柳中学と、エビ中…蛯名中学。

どちらも名前は聞いたことがある。

先程も、私の愛すべき幼馴染(笑)の話にも出てきていた。

女子卓球…折角だし観ていこう。

だけど観客席に戻るのは憚られるし…ん?

今話をしてた人達が体育館に入って行くのが見えた。

観戦するって言ってたよね…。

私も後に続き体育館に入ると、観戦席の真下に出た。

2階に当る観戦席が少し出っ張っていてちょっとした屋根になっている。

観戦席からは完全にデッドスペースだ。

更に目立たないように体育館の隅に移動する。


「これより青柳中学対蛯名中学の試合を始めます。それではシングルス1…」


審判の方が開戦を告げ団体戦が始まる。

試合形式はまずシングルスを2回行い、3回戦目にダブルス、その後再びシングルスを2回行うというもの。

各試合5ゲーム制の3ゲーム先取。

先に3勝したチームの勝利。


「エビ中のシングルス1はエースの早瀬みたいね。青中はそれを見越して、1年生を当ててきたみたい」

「未来のエースに経験を積ませるのが目的でしょうね」

「やっぱ、強い選手と試合すると勉強になるもんねー」


先程の人達の話し声が聞こえる。

どうやら団体戦では試合順も重要な駆け引きになっているようだ。

当然と言えば当然か…お兄さんの試合でも同じくオーダーの読み合いがあったのだろう。

ただ相手選手のことを不憫だとしか思えなかったことが恥ずかしい。


そして試合が始まる。

最初は早瀬さんのサーブからだ。

高く上げた球が落ちてきたところをタイミングよくラケットで打ち出す。

高っ!?それに速っ!?

目で追うのがやっとな早瀬さんのサーブは相手のコートの右端(早瀬さんから見て)に吸い込まれて行く。

あんなギリギリに…狙って出来るものなのだろうか?

しかし、そのサーブは相手選手に返されてしまう。

リターンが早瀬さんのコートの左端に落ちる。

あんな角度に返球出来るものなの?

目の前でその事象が起きているのだから少なくとも出来るのだろう。

って…えぇ!?

なんと早瀬さんはその打球を回り込んでフォアハンドで強打した。

打球は相手コートを突き刺し、相手選手を置き去りにして後方の壁にぶち当たる。


「ナイスコーーーッス!!」


ベンチが湧く。


「あんなの見てから追いつくなんて普通無理だよ…」


思わず独り呟く。

卓球界の普通など知るはずもないが…


一連の動作が流れるように行われた。

まるで最初から打球がどこに返って来るのかわかっているかのようだ。

それは舞を踊っているかの如く、可憐だった。


同時に感じ、悟る。

この人は私とは別の世界を生きてるのだと。


そこは私がいてはいけない世界。

私が関わってはいけない世界。

隔絶された世界。

そんなことはわかってる。

もとよりただ付き添いで足を運んだだけの偶然。

誘いを断っていたら知ることはなかった世界。


だから何かを感じる必要はない。

ただ凄いの一言で片付けてしまえばいい。

今日は夏休みのとある1日、それでいい。

日記にもそうやって書こう。

昨日と変わることはない日常として…。


独り鬱っている間にもゲームは続いていく。

最初のプレーで流れを掴んだのか、その試合は早瀬さんの勝利で終った。

ゲームカウントは3-0。早瀬さんのワンサイドゲームだった。


その後の試合は見るに耐えなかった。

試合は滞りなく進んでいく。

青中の選手の前にエビ中の面々は成す術なく敗れ去っていった。

4試合目が終了した時点で青中の3勝で勝ち抜けが決まる。


「予想通りの結果ね」

「選手層厚いなー、青中」

「これ緒戦だからチームの勝敗に関係なく5試合目あるんだよね?」

「あぁ…そうだったわね…でも、青中の5番手って…」

「部長の夕凪さんだね」

「あの人、同じ中学生には見えないよね…身長高いし、顔も大人っぽいし、おっぱい大きいし」

「はっきり老けてるって言いなさいよ。まぁ…確かに胸は大きいわよね」

「プレー中とか、すっごい揺れるもんねー。ぷるるーん、ぷるるーんって」

「っく、私だって高校生になったら…」

「無理ね。あんたのその残念なまな板が膨らんだところなんて想像できないもの」

「な、なんですってぇ!?」

「ま、まぁ…何んにせよ相手の選手は気の毒ね」


またさっきの人達の会話だ。

夕凪さんの選手としての情報は部長で巨乳ということしかわからなかった。


私は小学生だから、まだ小さくても問題ない。

断じて問題ない。

世の中のロリコンの皆様の需要に応える為にもおっぱいはない方がいいのだ。


「……………………。」


あ、そうそう、どうやら5試合目を行うらしいですね。

でも、どうなんだろう…既にチームの負けは確定しているのに試合をしなければならないというのは…。

あまりいい気分ではないことは想像できる。


彼女達の会話の通り、青中の選手は大人びて見えた。

というか社会人と言っても通用しそうだ。

打って変わって相手のエビ中の選手は幼く見える。

歳がわからないので何とも言えないが、小学生で通りそうな感じだ。

中学1年生かもしれない。

胸も私と変わらゲフンゲフン…。


そして緒戦最後の試合が始まる。


圧巻だった。

圧倒的だった。

夕凪さんのおっぱいの揺れること揺れること。


サーブを放てってはぷるるーん。

レシーブをしてはぷるるーん。

スマッシュを打てばぷるるるるーーん。

な、なんて柔らかそうな軟乳!?

あれは、ゼリーいや…プ◯チンプリン!!


……ふぅ、私としたことが…自分を見失っていた。

小学6年生の発想じゃない…反省反省。


冗談はさておき、流石と言うべきか順調に得点を重ねていく夕凪さん。

前の4試合と同様スコアがただ開くだけのゲーム……だったはずだ。

1ゲーム目のスコアは11-3で夕凪さんが先取。

点数では圧倒なのになんだろうか?この違和感は?


2ゲーム目のスコアは11-5で夕凪さん。

今回も終始主導権を握っていたのは夕凪さんだ。

しかし、明らかに前の4試合とは違う。

周りもそれに気づいているのだろう。

或は、私が感じている違和感が何なのかもわかっているのだろう。

っく、もどかしい、値札シールを上手く剥がせないくらいもどかしい。


と思っていたら違和感の正体は3ゲーム目が始まって直ぐに判明した。

夕凪さんのぷるるるるーーん(スマッシュ)がオーバーとなり、3ゲーム目最初の得点がエビ中の選手に入る。

あれ?そういえば夕凪さんの失点って全部夕凪さんのミスだったような…?

でも、それは今までの試合も変わらない。

違いがあるとすれば…時間?かな?


その予想は正しかった。

1回のラリーが異様に長いのだ。

意識して打球がコートを往復する回数を数えてみると、殆どが20回を越えるものばかりだ。

エビ中の選手は夕凪さんのぷるるるるーーん(スマッシュ)を拾う、拾う、拾う。

台から少し距離を取り、夕凪さんの攻撃を凌いでいる。

そう、ただ凌いでいるのだ。

実力の差は歴然、チームの負けも確定している。

なのに、彼女は戦っている。


私は戦慄した。

理解出来なかった。


何故彼女は戦えるのだろう?

無意味な試合だ。

どんな必死に頑張っても次は無いと言うのに…。


いや…きっと理屈じゃないのだろう。

コートに立つ以上は全力で、チームの負けは揺るがず、敗色濃厚だとしても選手として全力を出す。

勝てる方法を模索し、自身に出来る最善を尽くし、最後の瞬間まで全力で戦う。

スポーツをしている人達からしたら至極当然であろうその姿勢が私には眩しかった。


しかし試合は終局を迎えようとしていた。


夕凪さんのぷるるるるーーん(スマッシュ)が守りを突破し、ピン球が私の目の前に転がる。

今のでスコアは10-7。

そして、夕凪さんのマッチポイント。

私はピン球を拾い上げ、それを受け取りに駆け寄ってくる彼女に目を向ける。


「ありがとうございます!」

「い、いえっ」


窮地に追い込まれて尚、明るい声を発する彼女に若干たじろぎながらピン球を手渡す。

そして再び戦場へ戻って行く彼女の背中を見て私は思わず声を掛けた。


「あ、あの!」


彼女が振り向く。


「頑張って下さいっ!ま、負けないでっ!」


混乱しただろうなぁ。

私だってそうだ。

言いながら赤面してたに違いない。

おまけに、ちょっと涙目。

は、恥ずかしぃ…。

でも何かを伝えずにはいられなかった。

心を動かされたのだと、彼女に伝えたかった。

感動したのだと、伝えたかった。


彼女は一瞬驚きの表情を見せ、次の瞬間に笑顔と共に力強く頷いた。


「うん、任せとけっ!!」


幼馴染顔負けの素晴らしいエクスクラメーションマークだ。


そしてこれが彼女、村雲 明日華と、私、九条 未来とのファーストコンタクトだった。




きっかけは単純だった。

ただ格好イイと思ったから。


きっかけは単純だった。

私もやってみたいと思ったから。


きっかけは単純だった。

ただ羨ましかったから。


きっかけは単純だった。

私もあの世界に行きたいと思ったから。


きっかけは単純だった。

彼女がとてもたのしそうだったから。


私は今日、彼女とそして卓球に出会った。

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