第一話:リスカの意味。
「沢野さん、曲持って来たよ」
「お、アイラ、今回はどんな曲だ?」
沢野 忠樹(36)━━あたしの仕事上の恋人的存在。
いわゆるプロデューサーってヤツ。
ちなみに、アイラってのはあたしのコトね。
「早く聴かせてくれよ。アイラの新曲を待ち詫びてるのは、ファンだけじゃないんだからな」
「はいはい」
ブースに入って、ピアノに向かう。
ヘッドフォンとマイクを用意して、ガラスの向こうに居る沢野さんを見る。
あたしのタイミングでイントロを弾き出す。
こないだ降りてきた曲そのままに。
メロディも詞も、全てがリスカの賜物。
もちろん、沢野さんもスタッフも知らない。
知るはずがない。
ただ一人、あたしのマネージャーが過去のリスカを知ってる。
今は何も云わないけど、うすうす感付いてるのかも知れない。
「今回も売れるな」
コーヒーを片手に沢野さんが云う。
「そうですかぁ?」
とぼけ気味に答えるあたし。
あたしの腹の中は真っ黒だ。
売れ続けたいが為に、躰に傷を付け、沢山の嘘を吐いて、生きている。
…そう、
あたしは生に執着してる。
死にたいからリスカするんじゃない。
生きていく為に、この世にあたしの痕跡を沢山残したいから、リスカするんだ。
バカなのは十分承知。
こうしないと生きて行けない人間も、いるんだから。
「…ら、アイラ」
「あ、すみません考え事してて…」
「いや、また曲でも浮かんでたか?」
浮かばないよ。
リスカしなきゃ、詞も浮かばない。
けど…。
「はい、少しだけ」
また嘘を吐いた。
愚かな女。