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1-7

 オレは中庭の芝生の上をダッシュしていた。


 中庭は奥館と領主としての政務を行う表館の間にある家臣たちも使う皆の共有スペースだ。ベンチで弁当を食ってる奴がチラホラいる。


 表館は奥館と同じ構造の建物で、地上2階建てなところだけが違う。王国貴族の領地の屋敷は大体この表と奥の二つの館のセットからなる。


 なぜダッシュしているのかというと、遅れそうだからだ。……寝てた。この頃から運動不足なのか疲れていたみたいだ……。


 表館に入ると階段を駆け上がる。


 今何時?ギリセーフだとは思うんだが……。


 執務室の前でオレは息を整え、ドアをノックした。


「どうぞ」


 女性の声がした。多分、秘書だ。


「失礼します」


 オレは執務室に入った。父上のほかにゲーリーがいるのが見えた。


 執務室にはちょっとした休憩スペースが設けてあって、そこは3人掛けくらいのソファー二つと、1人掛け用の椅子二つで長方形の机をぐるっと囲む形になっていた。


 父上がソファーのど真ん中にかけ、ゲーリーが椅子に座っていた。結構、寛いでいる感じだ。


 「そこに座れ」と言われ、父上の向かいのソファーに腰を下ろす。


 すぐに、秘書がお盆を持って来た。


 コーヒーのいい匂いがしている。しかし、オレの前に置かれたマグカップの中身は白かった。ホットミルクだ。えっ、と思ったが、オレは今10歳だった。10歳児はコーヒーは飲まないのか……な?


 父上たちがマグカップを手に取り口をつけたので、オレも黙ってホットミルクを飲んだ。ホットミルクなんかを飲むのは本当に久し振りだ。マズくはないけど、微妙……。


 秘書が無言のまま執務室を出て行った。


 すると、ゲーリーが言ってきた。


「お疲れ様でしたな。いやぁ、結構ヒヤッとしましたぞ」


 嘘つけ。


 オレはとりあえず笑顔を返しておいた。


「この後も仕事があってな、時間がない。単刀直入に聞く。どこであのような技を身に着けたのだ?」


 父上が早速本題に入った。


 だが、ここに来てもなお良い言い訳が全く思いついていない。


 ……寝てたからね。


 もうなるようにしかならん。それに、別に悪いことはしてないからな。……したからこうなったような気がせんでもないが。


 誠に遺憾ながら妖剣を参考にする。


 妖剣はサイコパスらしく嘘が上手だった。方々で人殺しを楽しんでいたから、バレて追手がかかったりもした。新しい土地に逃げては、嘘で塗り固めた経歴を語っていたもんだ。


 中の人のオレが本名を知らないレベルだ。行く先々で名前も変えていたからね。


 で、そこから学んだことは、基本的に沈黙は金なりだ。とにかく余計なことは言わない。そして何か言うときはあいまいな言い方をして、あとからのらりくらりと整合性を繕っていく。ああ、あと覚えていないととぼけるのも常套手段だった。


「2,3年前…、いや、もっと前だったかなぁ…」


 オレは考えながらゆっくり話し出した。


「練兵場だかどこかで、朝だったかなぁ……、誰か知らない人が型の練習をしているのを見まして……」


 ……前途不安だ。


「それを去年くらいかな。ふと思い出しまして、部屋で一人でやってみたら……、なんかしっくり来て、それからちょっと練習してました」


 ……これはダメくさいな。誰だよソイツ?どうすんだよ?見切り発車が過ぎる。


 オレが内心で白目をむいていると、ゲーリーがなんか知らんけど目をキラキラさせながら言った。


「おお、そういえば……、確か3年前ですな。スーザン流の剣士が来て1月ほど泊まって稽古をしていきましたな」


 ……マジか。


 テキトーに言ってみるもんだな……。


 ゲーリーよ、お前は最高に良い奴だ。ナイスアシストありがとう。全力でこれに乗っかるしかない。落ち着け、とにかく余計なことを言うな。あいまいさも忘れるな。


 父上が「ほう、そんなことが」とか言っている。オレはうんうんと頷いたり、首をひねったりして、口は開かない。


 いい流れだ、と思ったのだが、ゲーリーが「見ただけで、あれ程……、天才だ」とか言って、感極まったように目をキラキラどころかウルウルさせながらオレを見てきた。


 ちょっと待て、キモいしハードルを上げるんじゃねぇ。オレは20歳過ぎれば只の人なんだよ。


「ふむ、長剣ではなく細剣の才があったか……」


 父上が納得している……のかな?眉間にしわを寄せて考えるような顔をしていて、ちょっと表情が読みにくい。


 今の話で?と思わなくもないが、オレがいつの間にか強くなっていたという事実がある以上、説得力がある……ような気がしないでもないかな?


「……しかし、かの者は双子派ではなかったのですが、あの歩法は?」


 ゲーリーがブッ込んできた。


 ゲーリー、お前は最低のクソ野郎だ。いらんこと言うな。このハゲ。


「いやぁー、そのぉ、なんだ……、これまで習ってきたフォレスト流とか他に見たことある動きとかをテキトーに……」


 ダメだ。すでに頭の中が真っ白だ……。オレが背中にだらだら嫌な汗をかいていると、ゲーリーが言った。


「ほう、あれは独学ですか。そういえばスーザン流の歩法はサイモン山流長剣術の動きをそのまま採用したとも言われていますな。実はスーザン流はもともとサイモン山流長剣術から生まれたのです。流祖スーザン・フライはサイモン山流長剣術を学び、突き技が得意で、「突きのスーザン」の異名をとっていたそうで……」


 「オッホン」と父上がわざとらしい咳払いをしてゲーリーの話を遮った。


 何?途中から物凄い早口になってたけど。しかも、話がちょっとズレてたような。


 オレはとりあえず笑っといた。


「そういえば、なんで左構えなんだ?」


 今度は父上がブッ込んできた。


 えっ?……、びっくりして固まったわ。……あぁ、そういや妖剣は左利きだった。完全に無意識だったけど、オレも左構えをとっていたわ。オレってガッツリ右利きなんだが……。


 ちなみにいうと、500年くらい前までは片手剣は左利きでも右手に持つのが常道だった。別に大した理由があったわけではなく、伝統的にそうだった。


 だけど、左利きは左手で持った方が強いんじゃね、という至極当然の理由で左手で持つのが解禁になったらしい。長剣術でも左腰に剣を佩き、右手で抜くものと決まっていた。剣の握りも、左手で柄尻を持ち右手で鍔の方を持つのが当然だったそうだ。今はどっちでもいい。伝統って面倒だね。……そんなこと言ってる場合じゃないけど。


 「あのぉー、それはぁ、左の方がなんかぁ……」と時間稼ぎをしているが、何も考えつかない。


「あぁ、もしかしたら、デレク坊ちゃんは潜在的な左利きだったのかもしれませんな。あるいは利き手じゃない方が力が抜けていいという者も稀にいます。……そういえば彼の者は左構えでしたな」


 神がいた。ゲーリーよ、お前は最高だ、好き。


 オレはうんうんと軽く頷いて、何も言わない。


「フム……、部屋で一人で稽古していたというからには、対人稽古は初めてだったのか?」


「はい、長剣ではやったことがありますけど、細剣では初めてです」


「ほお、動きの素晴らしさもそうだが、間合いの取り方が秀逸だった。長剣ではやっていたとはいえ、素晴らしいな」


「その通りです。天才です」


 ゲーリー、お前は最高だけど、「天才」はNGワードだ。ハードルを上げるんじゃない。


 「しかし、細剣か……」という父上のつぶやきにゲーリーが急にピリッとした雰囲気になった。


「ご不満ですかな?」


「いやいや、そうではない。単純に驚いているだけだ」


 慌てて父上が否定した。「あんなに強くなっているから」とかなんとかモゴモゴ言っている。


 このやりとりには細剣の歴史、それどころか、人類の歴史が絡んでいる。


 人類の歴史は魔獣との生存圏争いの歴史と言い換えることができる。この争いは人類が優勢になったり、魔獣が優勢になったり、拮抗したりを数千年もの間、繰り返している。その中で、いくつかの大きな転換点となる出来事がある。魔獣凶悪化だの魔術革命だのだ。だが、今は省こう。


 ここで問題となるのは魔剣革命だ。


 今から四百年ほど前に第一次魔剣革命が起こった。これは剣に身体強化術をかけ耐久力や切れ味を増すというものだ。魔獣に敗北寸前の剣士がやぶれかぶれでやったら出来たというのが発見の契機らしい。「剣身強化術」なんて呼ばれる技術だ。


 そこからあまり間を置かず、十年ほど後に、第二次魔剣革命が起こる。これは剣の剣身を伸ばせる、より正しく言うと、剣身に沿って魔力による剣を発現させることができるというものだ。


 これは弱い魔獣相手に遊び半分で試していたらできたらしい。なんでそんな遊びをしていたのかは知らん……。ただし、魔獣の体内に剣身が少しでもいいから入っていなければならない。何もない空間では発現させることができなかった。


 身体強化術の魔力を用いたものだから、生物の体内でないと発現させることができないというのが通説だ。使い手の練度によるが、剣身を大体1,5倍から2倍くらいにまで伸ばす事ができる。長くなることになる。この技術は「魔力剣」とか「剣伸術」と呼ばれることになる。


 ただし、これらが出来る剣と出来ない剣があり、出来る剣を魔剣と呼ぶようになる。ちなみに、「剣身強化術」をかけれない魔剣は「魔力剣」もできない。


 で、当然、魔剣についていろいろと検証が進められた。その結果、まず、魔獣との戦いで長く実際に使われてきた長剣だけが魔剣化していることが判明する。


 そして、次に、剣の素材にゴルド石が入っていないといけないことが分かった。つまり、ゴルド石を素材とし、魔獣の生きた血肉を多く喰らってきた剣が魔剣となると考えられた。


 これは人類にとってものすごい革新的な技術革命だった。


 これらの魔剣革命によりそれまで人が一人で仕留める事は不可能とされており、剣士が前衛として時間を稼ぎ、その間に魔術師が詠唱し強力な魔術を叩き込んでいくという手順でしか倒せなかった大型魔獣――人間の大人の3倍から5倍の大きさがあり、おまけに硬い表皮に覆われている――を剣士一人で倒せるようになったからだ。


 人類は戦力を分散できることになり、より広い範囲の生存圏を守る事が出来るようになった。このことから、長剣遣い達は「人類の守護者」と呼ばれることになっていく。


 さて、ここからがいよいよ本題だ。


 第2次魔剣革命から40年ほど経ったとき、細剣の中にも魔剣化したものが出てきた。最初は「剣身強化術」、次に「魔力剣」と長剣と同じ流れだった。


 当然、これはどういうことなのか議論になる。当時、細剣は基本的には治安維持つまり対人で使われることが多かったからだ。対魔獣、特に中型魔獣や大型魔獣相手では負わせられる手傷が小さすぎて役に立たないとみなされていた。


 ゴルド石の方はいいとして、細剣は魔獣をそう多くは倒していないはず。しかし、魔獣の代わりに人間は多く殺めている。結論を言うと、魔剣化する条件は魔獣のみならず人間を含む魔力を多く持つ生物の生きた血肉を喰らうことだとなる。


 つまり、細剣は人の血肉を糧に魔剣となったのだ。口さがない者たちが魔剣化した細剣を「不浄の剣」と呼んだりした。


 何はともあれ、細剣でも魔剣であれば大型魔獣に対処可能となった。


 例えば、大型魔獣の脚に剣身が手指の第一関節くらいでも突き刺さるとする。そこから魔力剣を伸ばせば、大体、細剣は大人の男性の身長の半分ちょっとくらいの長さなので、魔獣の体内で腕の長さくらいの魔力剣が出来る。大型魔獣の脚は人の胴体4~5人分としても、剣先が骨まで届く。もちろん傷口は精々指3~4本分くらいの大きさ――魔力剣では献身の厚みも増す――なので手数は要る。でも、一発ではダメでも、二発三発と同じ部分――特に関節部分がおすすめらしい――に突きを入れていけば、魔獣の脚を封じる事ができ、それから頭部なりに致命の一撃を喰らわせればいい。


 実際に細剣遣い単独で大型魔獣を討伐する者が出てきた。我が流派の双子のアンジーもそうだ。


 ここにきて、長剣遣いたちが声高に「不浄の剣」と細剣術全体を貶めだす事態になる。


 それまでは長剣遣いたちにとって我らこそが「人類の守護者」というのが大きな誇りでありステータスだった。そして、ぶっちゃけた話、対魔獣で役に立たない細剣を下に見ていた。そんな下に見ていた奴らが自分たちの誇りを揺るがし、ステータスに並び立とうとしているのは許せなかった。


 他方、細剣遣いもまた長剣遣いから下に見られることに忸怩たる思いを長年抱えてきていた。


 両者の間に衝突が起こるのは必然だった。


 各地で決闘騒ぎが頻発することになる。世にいう「御不浄決闘」だ。


 ある国では年間に400件超あったとか。


 面白いことに、御不浄決闘の勝率は細剣術が圧倒している。9割は下らないともいわれるくらいだ。


 理由は単純明快だ。決闘を仕掛けるのは腕に自信のある細剣遣いがほとんどだ、自信のない奴は「不浄の剣」と言われても聞こえないフリをする。


 そして、長剣遣いの方もある程度のレベルの奴は対人における細剣の厄介さを知っているから、余計なことは人前では言わない。


 結果として、強い細剣遣いと弱い長剣遣いの戦いになった。


 しかし、これは無駄な人類の戦力ダウンに他ならず、国によっては「不浄の剣」を禁句にする布告が出されたそうだ。


 今はさすがに細剣の強さを結果として知らしめることができたので、「御不浄決闘」はなくなってきてはいる。けど、今でも時折ある。


 そして、差別されていた側の細剣遣いはこの問題には今なお非常に敏感だ。


 付け加えるに、槍などの長柄の武器は魔剣革命を機に衰退していく。穂先が魔剣化しないからだ。柄が長すぎることと素材の問題で遣い手の身体強化術の魔力が穂先まで届かないからだといわれている。かつては長剣と並ぶ魔獣討伐の主力だったのに、現在では、門番とかが持っているくらいだ。伝統ってやつでね。


 ああ、あと、人工的に剣を魔剣化しようとする実験もおこなわれているが成功しない。100年単位で、魔獣の血に剣を浸したり定期的に人が魔力を込めてみたり、あるいは、生け捕りにした魔獣の死なない部位に剣を刺すだのやっているが駄目だったらしい。理由はまだ解明されていない。


 そういうわけで、長剣遣いが細剣に関する話をするときは注意が必要になっている。特に細剣遣いを前にしているときはね。父上はフォレスト流長剣術をよく遣う。


 「いや、だって長剣を習っていたのに、急に細剣になってるから……」とかなおも妙に言い訳がましく言っている父上に、もとから悪気なんてないのが分かっていたのだろう、「ふむ、そうですな」とゲーリーが矛を収めた。


「では、これからはゲーリーの許で剣を学べ」


 父上がいそいそと言った。


 おお、なんかあっさり乗り切れたぞ。


 オレの口から「はい」の「は」の音が出ようとしたとき、突如、怒声が鳴り響いた。


「なんということを仰せですか!?」


 さっきのなかなかセンシティブな問題のときよりゲーリーがキレていた。顔が真っ赤だ。


「あれほどの双子派スーザン流の腕を見せられて、グローブ流の私に師事させるなぞ言語道断の所業ですぞ。本格的に指導を受ければどこまで伸びることか」


 物凄い剣幕だ。父上をチラッと見ると、ちょっと気圧されているようだ。


「この若さでせっかく自分に合った術理に出会えたというのに、御屋形様はその幸運を捨てさせるのですか。剣の道への冒涜ですぞ。そんなこと許されませんぞ」


 なおも言い募っている。ゲーリーの目がガンギマリだ。


「い、いや……、しかし、ウチに双子派スーザン流の師範なぞいないだろ?」


 父上がそう言うと、ゲーリーは頷きつつ、「わたしが責任を持って探します」と高らかに宣言した。


 えっ?……。


 ……いや、ゲーリーよ、オレの伸びしろないから、アンタの許でいいんだよ。ていうか、オレ専属の先生ってこと?やめてくれ、マジで。なんだよ、その人の期待値を勝手にドンドン上げていくスタイル。


 だが、オレはここで異議を唱えるのはやめておいた。なぜなら、すでに当初の目的は達していたからだ。余計なことを言って問題を蒸し返されては敵わない。


 決してゲーリーのヤバそうな目つきにビビったわけではない……。


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