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有体に言えば、私は混乱していた。ジュライフィールド伯爵家当主という立場上、特に子供たちの前で醜態をさらすわけにはいかず、平静を装っている……つもりだ。いまいち状況が掴み切れない。
デレクの突きが見事に相手のみぞおちに決まる。
「勝負あり。そこまで」
審判役のスコットが言った。これで4人目か。デレクは楽々と勝負を決めている。それどころか、一人目に喉を突いて怪我をさせたからか、頭部付近への攻撃を避けているかのような余裕さえ見て取れる。
次は……。
おお、スコットの息子のジョージか。ジョージは次代の騎士団長の呼び声も高い逸材だ。
「始め」の掛け声とともに、ジョージは左足を前に出し、長剣型の木剣を右肩に掲げた八双の構えをとる。これに対し、デレクは細剣型の木剣を左手に持つ晴眼の構えだ。右手はだらんと下げている。
先程、トーマスの治療が一段落して、仕合が再開となったとき、デレクが「剣を変えていいですか?」と言って、木剣を長剣型から細剣型に持ち替えた。
びっくりしたとしか言えない。しかも、アイツって左利きだったけ……?いや、違うよな。もう全く意味が分からない。
デレクがスーッと滑るような足さばきでゆっくりと前に出る。そして、間合いに入るか入らないかの絶妙なところで、急にスピードを上げて素早く右斜め前にステップを切った。八双に構えるジョージの背中側に回り込もうとする動きだ。ジョージの反応が少し遅れた。
動きの緩急に惑わされたな……。
それに、少し体が堅いか……。臆しているのだろう。これほどまでのデレクの剣の冴えを見せつけられては当然か。しかもデレクは今の今まで剣の腕はヘッポコと言われていた。それが……これだ。あまりにも乖離がありすぎる。私でも平静ではいられないだろう。
デレクはその遅れた反応を見つつ、もう1度左にステップを切るそぶりを見せながら、逆の右にステップを切った。ジョージはこのフェイントに完全に引っかかってしまい、背後をとったデレクが背に軽く突きを入れた。
まぁ、こうなるだろうな。
もはや何の驚きもなくなってきた。そもそもの技量で負けているのに心もついて行ってない以上話にならんわな。
次子にあたるデレクの生活態度が目に余るという報告が剣術指南役や家庭教師、それに執事達などからも多数上がってきた。
もともと、デレクは剣も学問もあまり出来がいいとは言えなかったが、一応は鍛錬や課題はこなしていたのに、最近はそれらをサボり始めたらしい。また、使用人や友人に居丈高な態度を見せることがあるという。おまけにこれらの行状が家中に広まり始めているとか。
どうしてこんなことになってしまったのか。
親として、情けないことに、はっきりとした理由はわからない。ただ、原因の一つではと思うものはあった。兄のジャスティンや弟のトリスタンの出来が親のひいき目なしに見ても優秀過ぎるのだ。
デレクより年が二つ上のジャスティンは文武両道で学問も剣も幼少の頃より同年代で常にトップだった。親しい貴族家からはジュライフィールド家は安泰ですねとよく言われるものだ。
一つ年下のトリスタンの方は非凡としか言いようがない剣才を持っている。長剣術指南役ケビン・スミスなんかは「希代の剣士の師匠になれる」とか言って、嬉々として厳しく仕込んでいる。私も何度か稽古を見に行ったが、その厳しさもさることながら、我が子の剣才に戦慄したほどだ。
だが、デレクは勉強も剣も平均より下、いや、剣はもっと下か。
やっぱり、身近なだけにどうしても自分と兄弟を比べてしまう。年も近いし。それに周りも自然と比較してしまうところがある。口さがない者たちが三兄弟の残り滓などといっているのは私も知るところだ。私でも他所の子ならいらぬことを言ったかもしれん。
兄弟とも上手く行っていない様子だった。トリスタンの持ち物を壊したり、ジャスティンの注意に反抗的な態度を見せた。
私も折を見て何度か話をしたが、デレクの不貞腐れたような態度に途中で感情的になって、結局説教になってしまった。これでも若手の家臣たちとは上手いことやっているつもりだったが、自分の子となると……ね。
妻にも相談はしていない。妻は王都在住で帝国との戦などで忙しくしているから、心配をかけたくない。……しょうもないプライドなのかな?
どうしたらいいのかわからなかった。そのうちに段々と距離が出来てしまい、デレクに話かけるのをためらいがちになっていた。
こう言ってはなんだが、ジャスティンにトリスタンもいるからジュライフィールド家は安泰だろう。親としては、デレクには一門衆として自分の出来ることをただ真面目にこなしてくれたらそれでいいと思っていたのだが……。
正直なところ、千人仕合の効果には懐疑的だった。ウチは武官系の家というのもあり、若いころから何度も可愛がり目的の千人仕合を見てきた。
確かにボコボコにされて性根を入れ替える奴もいるにはいた。しかし、逆に駄目になったというか、家から出てこなくなったり、逐電したりする奴もいた。他家では自死した奴もいるとか。親としての勘はデレクは駄目な方のような気がした。それでも、忠誠を捧げてくれる家臣に対し主家としての心構えを示さなければならなかった。
仕合形式は身体強化術ナシとし、純粋な剣技のみとした。
身体強化術アリだと体の耐久力が上がり立会稽古用の木剣ではダメージがなく緊張感のある千人仕合にならない。しかし、鉄芯の入った木剣や鉄剣を使うと今度は大怪我の可能性が大きくなる。
というのも、特に子供は身体強化術の出力がまちまちだ。デレクなんか鉄剣に耐えられるとは思えなかった。一発で重傷だろう。こんなことで後遺障害など残して欲しくない。
そして仕合相手は同い年か少し年上で剣の筋がいいとされている子共達を選んだ。年下の子やあまり出来の良くない者にやられる屈辱感に配慮したつもりだ。
だが、弟であるトリスタンが見学に来ている。デレクが痛い目に合うのを見たいのだろうと思い最初は断った。しかし、どこで知恵をつけてくるのか、わざわざ家臣たちがいる場で後学の為に是非と言い出し、その場にいた家臣が軽いノリでいいんじゃないですかとか言いやがった。家臣の手前、デレクへの配慮を口にすることはできず認めてしまった。デレクのことを考えると、少し頭の痛いところだ……と思っていた。
それが……。どういうこと?
なかでもあのステップは素晴らしいとしか言いようがない。まだ体が出来ておらずスピードがそこまでないから、大人の騎士団員はあのフェイントには引っかかってもなお対処できると思うが、相手をしてもらうために呼んだ子達では無理だろう。現に全くついていけていない。
それにしても、あの足さばき、あの体さばき、あの突き、結構な鍛錬の跡が見える。しかも、我流の粗さがないようにも思える。
というか、アレはスーザン流……だよな。
いや、どこで学んだ?誰に教わった?左手に剣を持ってるし……。
それに、なんかデレクの雰囲気がいつもと違うような……。
デレクをよく見てみる。んんっ、デレクってあんな感じだったけ?今朝は……この千人試合のことがあって気まずくてちゃんとデレクを見れなかった。それにここ最近は政務が忙しかったし……、どうもデレクにも避けられていたように感じていたし……。はぁ、ダメな親だな。
私が内心で溜息をついていると、ゲーリーが細剣型の木剣を手にそばに寄って来た。
おいおい、やる気か。子供みたいに目ぇキラキラさせてるよ。
この剣術バカは朝から面倒くさそうな態度を隠しもしなかったくせに。まぁ、わからんでもない。私も少し試してみたい気持ちはある。
「アーノルド坊ちゃん」
ゲーリーが子供の頃の呼び名で呼んできた。「おい」と言うと、「失礼」とデレクの方を見ながら完全に心ここにあらずな返事が返ってくる。「坊ちゃん」呼びも無意識っぽい。ホント、コイツは剣のことになると……。
ゲーリーは昔から家中では剣術狂いで有名だった。
私が生まれる前のことだが、ゲーリーが6歳くらいの頃、素振りに夢中になって10時間くらいぶっ続けでやって死に掛けたらしい。脱水症状だそうだ。意味がわからない。
12歳とかでメモ書き一つ残して武者修行の旅に出たとか。大陸中のいろいろな剣術を見たかったそうだ。ブッ飛んでるとしか言えない。というか、主家の許可は取って行けよ。
そのあとフラッと帰って来たと思ったら、グローブ流の免許皆伝になっており、もう誰も勝てないくらい強くなっていた。
そして、また勝手にいなくなったり帰って来たりを繰り返し、いつの間にか王都の有名な細剣道場の師範代になっていたこともあった。人に剣を教えるのは剣の学びになるそうだ。ウチの家中で教えろよ。自由過ぎるだろ。
ただし、その細剣の腕は王国中に知れ渡っているほどだ。それにもう60前のはずで、最近は大分落ち着いてきたとか言われているが……。全然、落ち着いていないな。
「スーザン流だと思うんだが?」
私はゲーリーに聞いてみた。
「良くわかりましたな」
スーザン流は「先先の先」を謳い、常に先手を取り相手に一切の反撃を許さず勝つという超攻撃的な剣風だ。動きの特徴は直線的な斜めの動きと足の母指球の裏および踵を中心とした小さな円の動きにある。まさにデレクの剣と重なるところだ。
「いや、昔に見たことがある」
そして、「ただ、昔見たのとはどこか違うように思う」と付け加えた。
「デレク坊ちゃんのはスーザン流でも双子派ですな」
「双子?ああ、双子のアンジーか」
そう言うと、「よくご存知ですな」と少し驚かれた。
いやいや、双子のアンジーことアンジー・クロスなんて伝説の剣士じゃないか。変幻自在のフットワークで対戦相手どころか観客でさえもアンジーが同時に二人いるように見えたことから「双子のアンジー」の二つ名がついたのも知ってるわ。
「ふむ、あの双子のアンジーを流祖とするか」とつぶやくと、「いえ、違います」と返された。
アンジー自身は双子派と名乗ったことはないらしい。実際、双子派で教えている型はほとんど全てがスーザン流の型と同じらしい。
ただ、アンジーが開いた道場の弟子たちは当然、師であるアンジーのフットワークを間近で見て真似るわけだ。それが口伝などの型ではない形で次代に伝わっていった結果、もとのスーザン流とは違う流派に見えてしまうようになって、自然と双子派スーザン流と呼ばれることになったらしい。
ちなみに、今もなお続いているアンジーが開いた道場の看板には「スーザン流細剣術」としか書かれていないとのことだ。へー、流石は剣術バカ、詳しいな。
「御屋形様、もうこれ以上は仕合を続ける意味がないでしょう。相手をする子達が可哀そうです。」
「……確かに」
「それで、最後に私が相手をしようかと思うのですが」




