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3-6

 はぁ、さっきからため息が止まらない。第三王女に挨拶なんか行きたくねぇ。なんでオレがあのハニトラ女に……、前の人生では嬉々として行ったけど。


 今日は入学前手続きとやらのために学園に来ていた。いろいろと書類を出したりサインをしたりした。メンド臭いことこの上ないが、本人じゃないとダメらしい。


 ちなみに、オレが王都に到着したのは昨日の午後のことだ。父上と一緒に来た。道中でなんやかんやいろいろな話をした。なんか「剣気を抑えろ」とか言われたんだが……、別にエリックとか全然ビビッてなかったけどね。まぁ、アイツはバカだから参考にならんか。しかも、やり方を聞くと「知らん」と言われた。……どうしろというのか?


 さて、王都に来るにあたっての最大の懸案事項は母上だった。どんな感じの態度を取られるのか?そして、オレもどんな感じで接すればいいのか?35年振りとかだぞ、緊張するだろ。でも、母上はいなかった。北のクソ帝国がまたちょっかい掛けて来たそうだ。ちょっと……いや、大分安堵した。まだ、会うための心の準備が整っていない。帝国のカス共もたまにはいい仕事をする。


 もっとも、兄上はいた。うん、学園生だからね。……はぁ、相変わらずだった。だが、その兄上が今朝、少なくとも5年ぶりに話しかけてきた。オレとマリアが家を出るときに、「王家のサロンに顔を出し、第三王女殿下に挨拶しろ」と言われた。なぜか喧嘩腰だった。イラっと来たが、オレは努めて冷静に「わかっています」と答えた。そう、答えてしまったんだ。余計なこと言わずに無視しとけばよかったのに……。言質を与えてしまった以上は、行かなきゃいけないと思われる。クソっ。


 しかも、ちょっと探したんだが、リナに会えていない。王家のサロンじゃなく海賊派のサロンに行きたい……。


 書類に記入したりするために開放されている教室の席でオレがグズグズしていると、横に立っているマリアがおずおずと言ってきた。


「あの……、王家のサロンに行かれますか?」


 うーん、固いなぁ。多分だけど、この娘は環境の変化にまだ困惑しているんだと思う。そりゃそうだよな。つい1週間ほど前まではメイドやってたのに、今じゃ騎士爵家の御令嬢だ。マリア改めマリア・エルサロになった。おまけに従者として学園に入学する羽目になってるし。いくら陰の騎士団のメンバーといっても、限度があるわな。まだ若いしね。俺より一個下だってさ。とにかくやることなすこと全部固い。なんとかお務めを果たそうと必死なのは好感が持てるし、オレに対する態度も嫌悪感とか一切感じないのは素晴らしい。でも、もうちょっとリラックスしてくれないかなぁ。


 はぁ、死ぬほど嫌だけど、仕方がない。オレは椅子から立ち上がった。そして、はぁ、行くか、と思ったとき、「よぉ、久し振りだなぁ、デレク」と声をかけられた。声の方を見ると、見知った顔が二人いた。


 ああ、コイツらか……。


 ジョナサン・ホワイトバーンとその従者の……ナントカ君だ。名前忘れた。ジョナサンと初めて会ったのは6歳くらいのときだ。理由は忘れたけど、喧嘩になった。それで、殴られて泣かされた。それ以来、オレはコイツに会う度にちょっとビビってたんだ。学園でも手下みたいな立ち位置だったような……。軽くパシられてたこともあったような、なかったような気がする。


 オレは腕っ節はサッパリ、勉強もダメ、所詮は次子だ。王党派きってのバカグループにおける地位は名門のジュライフィールド家に生まれたこととトーマス君の腕っ節で辛うじて保っていた。最初は「上の上」だったカーストは日がたつにつれ少しずつ低下していき、「上の下」くらいに落ち着いたと思う。ジュライフィールド様様だ。で、コイツのホワイトバーン家も名門だがウチよりは少し落ちる。それでなんだろうけど、ことあるごとにオレにマウント取ってきた。


 うわぁ、思い出したくねぇことを思い出さされるわぁ。なんか気分が悪くなってきた。つーか、コイツ、良くオレだって分かったな。もう7年とか会ってないのに。


 そんなことをオレが考えていると、「おい、無視か。コラ」とジョナサンが凄んできた。あまりにも怖くなさ過ぎて、思わず吹き出しそうになった。オレが笑いをこらえながら、「ああ、ちょっと考え事をね」と言ったら、「チッ」と舌打ちされた。


「ツラ貸せや。王女殿下がお呼びだ」


 お呼び?はれ?なんで?えっ?わざわざ?


 通常は王女クラスの上位者になると、下々の者が挨拶に来るのをただ待っているだけだと思うのだが……。なぜだ?わからん。


 てゆうか、コイツの口の利き方よ……。


 いや、まぁ、武官系はね、口悪いのは多いけどね。それにしても、スラムのチンピラじゃねーか。エリック並みの下品さだな。こういうのがかっこいいと思ってるんだろうなぁ。……前のオレも思ってたような。はぁ、なんか恥ずかしくなってきちゃった。ますます行きたくなくなったわ。うん、そうだ、今日は日が悪い。そ、それに兄上には「今日」行くとは言ってないし。


「悪いな、先約があるんだわ。第三王女殿下には謝っといてくれ」


 そして、「明日か明後日には挨拶に行くから」とオレが言いかけたら、「ああん、舐めてんのか、テメェ?」と大声で被せられた。


 うわっ、ツバ飛んで来た。汚ねぇ、最悪だ。


 ツバがついた右手の袖口あたりを見てオレが凹んでいると、ジョナサンがわざわざ下から覗き込んできて、「おい、しばらく会ってないうちに上下関係忘れちゃったのかなぁ?返事は「はい」だろ?」とか言ってきた。これには温厚なオレもさすがにちょっとイラっと来た。だから、鼻を抑えて仰け反りながら、「うわっ、口臭っ」と小さめの声で言ってやった。すると、ジョナサンが顔を真っ赤にして、「ごらぁ」といきなり殴りかかってきた。


 いやいや、振りかぶりすぎだろ。


 見え見えの右ストレートが顔面に来るのをオレは首を左に傾けて避けながら、右の手の甲をジョナサンの鼻にぶつけるようにカウンターを放つ。シンシャ流の面打ちだ。軽く握った手をインパクトの瞬間に指を広げてパーの形にする。もちろん、めちゃくちゃ手加減してる。この技は結構危険なもので、本気で打つと、鼻が真っ平になるどころか顔面が陥没することになる。手加減は上手く行って、ちょっと鼻が曲がって、鼻血がだらだら流れている程度だ。「ううっ」と呻いてジョナサンが鼻を抑えた。それを見ていたら、なぜか昔のことが思い出された。


 ……ああ、そういやコイツにはジャンケンして肩パンするゲームに無理やり付き合わされたりしたなぁ。


 オレはジャンケンに勝ってもビビッて思い切りパンチ出来なかった。あとカードゲームでここぞというときにデカイ手で上がりやがって、絶対にイカサマと分かっていても何も言えなかった。他にも実験とか言っていきなりふくらはぎ蹴られて立てなくなったことがあった。……あれっ?もしかしなくても、オレっていじめられてた?クソっ、なんかムカついてきた。


 じっと待っていると、しばらくして、ジョナサンがオレを見た。また右ストレートだ。大振り過ぎるんだって。今度は右に首を傾けながら、左の膝を軽く合わせてみた。胃のあたりに入った。「ぐうぅ」とか呻きながら腹を抑えて床に丸まっている。エリックならこれくらい立ったまま耐えるんだけど。まぁ、アイツは一応こっちの攻撃が見えているか。見えていない攻撃は効くからねぇ。それにしても、弱いな。前のオレにはやたら強く思えたもんだけど……。


 また待ってやっていると、1分くらいかな、ようやくジョナサンが体を起こした。顔を上げてオレを睨みつけてくる。「上等だよ。殺してやる」とかほざきやがった。まだまだやる気のようだ。


 おお、凄いな。力の差にまだ気付けないのか。そういや、「オレはいったんキレちまうと、止まらねぇから」とかなんとかイキリ散らかしてたわ。本当に恥ずかしい奴だ。でも、そんな戯言にもオレはビビッてたんだよなぁ。はぁ、ダメだ。ますますイラついて来た。


 ……ホントに止まんねぇのかな?試してみるか。


 そんなことを考えていると、ジョナサンがのっそりと立ち上がり始める。そして、膝立ちくらいになったところで、急にタックルしてきた。不意を突いたつもりなのだろう。呼吸やら体の力の入れ具合やらでバレバレなんですが。よっ、と左に避けて、ついでにすれ違いざまに尻を蹴ってやる。ベタン、シューッ、ガチャンガチャンって感じで床にダイブして机をなぎ倒しながら滑って行った。


 オレがゆっくりジョナサンの方に歩いていくと、ヨタヨタと立ち上がって、また大振りの右ストレートだ。コレしかないのかよ?と思いながら、左に避けつつ懐に入り、左膝を肝臓に突き込む。ジョナサンがうずくまった。オレはじーっと観察して、回復してきた頃合いで、右に回り込み、つま先を膵臓にねじ込んだ。また、観察。左に回り込んで肝臓につま先。あとは、これの繰り返し。あっ、ときおり、顔面にも前蹴りをぶち込んだ。


 何ターンしたのか忘れた頃、「も、もう、……か、勘弁じでぐだざい」とちょっと形が変わり、涙と鼻血でぐしょぐしょの顔でジョナサンが必死に言うから、許してやることにした。全然、キレても止まるじゃねーか、噓つきめ。オレは「弱いんだからあんまり調子に乗るなよ。早死にしちゃうぞ」と優しく言ってから、ジョナサンの顎先を右足で蹴り抜いた。


 土下座しているみたいな姿勢で寝たジョナサンを置いて、マリアと従者のナントカ君のところに行く。横目で見ていたけど、ナントカ君はマリアに一撃で戦闘不能にされてた。やっぱ、マリアは強いな。オレは教室の隅で正座しているナントカ君に「ジョナサンが滑って転んで怪我したみたいだから医務室に運んであげて」と頼んだ。そして、その場を去ろうと三歩ほど歩いたところで、思い出した。振り返ると、ナントカ君はなぜかさっきと同じ姿勢で上目遣いにオレを見ており、目が合うと体をビクッとさせた。


「悪いけど、王女殿下にちゃんと謝っといてね」

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