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3-5

「コン、コンコン、コン、コンコン、コン、コンコン」


 符牒通りのノックが壁の奥から聞こえてきた。


 私は立ち上がって、書斎の壁の一角に巧妙に隠されたドアの内鍵を開けた。普段は庭師をしている初老の男が入ってきた。陰の騎士団の団長だ。皆にはミックと呼ばれている。本名かどうかは私も知らない。先代当主の父もそうだった。だが、ジュライフィールド家のためによく働いてくれ、信頼できる男だ。


「お呼びですか?」


 「ああ」と私は言って、窓辺に合図として置いてあった分厚い王国法判例大全第4巻を手に取り机の上に置いた。


「デレクがマリアを従者にしたいと言いよってな」


「……なぜ?」


 ミックは訝しげな顔だ。


「なかなかに遣うとかでな」と私が言うと、「ああ」とミックは苦笑いを浮かべ、「申し訳ありません。まだ未熟者でして、隠し切れていないのです」と謝られた。


 ……私は気付いていなかったことは言わないでおこう。


「デレクが同年代の子たちと上手く行ってないのは知っているだろう?」


 私がそう聞くと、「ええ、まぁ……。ただ、アレは……」とミックはその先を言わなかった。戸惑っているような顔をしている。


「アレは、ってなんだ?」


「……いや、アレはまだデレク様が剣気を抑えられていないだけで、そのうちすぐに改善されるのでは?」


「剣気?」


 呆れた顔をされた。


 「気付いてらっしゃらなかったのですか?上の領域に足を踏み入れたばかりの剣士がよくやることではないですか?感情が昂ぶったりすると、剣気が漏れてしまう」


 そして、「おそらくデレク様自身も気付いておられないでしょう。しかし、子供たちは皆怯えていますよ」と続けた。


 ……そうだったんだ。剣気?……そんなのもあったなぁ、と思うと同時にちょっとホッとした。それなら、そのうちデレクにも友達ができるかもしれない。良かった。一言、デレクに言っとくか?だが、剣気を抑えるのにはそれなりに時間がいると聞いたこともある。……後で考えよう。


 「……マリアだが、どうだ、難しいか?」と聞くと、「……入学試験や進級試験なんかは免除でしたな?」とミックに確認された。


「ああ、従者は入学試験は免除で、進級や卒業も主であるデレク次第になるな」


 学園は王家の直臣の家の子とその従者は入学試験が免除となっている。陪臣の子や平民は試験があり、かなりの難関だ。……もっとも、デレクが進級できるかはとても不安だ。まぁ、あの細剣の腕があれば、誰も文句は言わんだろうが、できれば卒業して欲しい。


「……それならば、あとは何とでもなると思います。あの娘は半年ほど前に里を出てこちらに来たのですが、孤児という経歴にしています。死んだ親が武芸者で小さいころから教わっていたとでも言えばいいでしょう。あとは適当な騎士爵家の養子にでもすれば……」


 ……確かに、平民のまま従者にすると、ジュライフィールド家には人がいないとかうるさいか。


「フム、その武の才が惜しいとでもいえば名分は立つか」


 「はい」とミックが頷いた。


「よし、それで行く」


 ミックは「わかりました。……ただ、予定は狂いましたな」と苦笑いだ。


「里の方でも、昔から武に関しては近年稀にみる逸材と評判の娘でしてね。実際、私も見たところ、あの子は強くなると思いました。だから、将来の御屋敷の陰の護衛責任者にと考えておりましたが……」


 里とは領内の山奥にある訓練所がある隠れ村のことだ。そこで、陰の騎士団の団員の育成が行われている。代々その務めを果たしている家の者がほとんどだ。しかし、嫌な話だが孤児を買い集めて育てるということもしている。また、稀にではあるが、普通の騎士家に生まれた者が何かの拍子に裏の事情に巻き込まれてなることもあった。


 団員たちの大半は屋敷の使用人をはじめとした職に就く平民を装っている。だが、騎士爵を持っている者たちもいる。ウチの場合、仕事は主に諜報と防諜だ。他所の家だと戦働きをするようなところもあるが、ウチは荒事は精々屋敷や当主一族が万が一の時の護衛までだった。


「すまんな。まっ、将来はデレクの側近として第二騎士団あたりに入れるか。しかし、それほどの腕なのか?」


「はい」


「お披露目をせねばならんから、そのときが楽しみだな」


 とりあえず、デレクの従者が決まり、私はホッとした。


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