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オレは何も書かれていない便箋をかれこれ1時間は睨んでいた。傍らには覚えなきゃいけない貴族年鑑が開きっぱなしで置いてある。
誰に手紙を出したいかと言えば、リナだ。でも、これはそんなんじゃない。深い理由がある。というのも、こないだオレはハタと思い出した。前の人生で学園にリナがいなかったということをだ。これについては絶対の自信があった。
どうしていなかったのか?わからない。もしかしたら、ロウ家あるいは海賊派のよくわからんシキタリがあって入学しなかったのかもしれない。だが、しかしだ。リナは別れ際ハッキリと「また、学園で」とオレに言った。
どっちなんだ?……。
入学するの?しないの?この重要な問題を早急に解決せねばならんということで手紙の文面を考えているところだ。決して、手紙でもいいからコミュニケーションを取りたいなどという軟弱な思いからではない。
リナといえば、例のロウ家からお金を貰ったことを一連の経緯と共にちゃんと父上に報告した。金額については少しだけ過少申告した……。ところが、なんと事件直後すぐにロウ家から家士が礼状を持って来たらしい。言えよ。まぁ、お互いさまだけど。……いや、ちょっと民間の手紙は信用ならないところがあるから。
なんでも、「正式な使者も立てず書状だけの非礼を詫びて、これはロウ家の借りと考えてもらっていい」といった趣旨のことが書かれていたらしい。それに対して、父上は「今のデレクはただのデレクでジュライフィールド家とは関係ない。デレク本人に礼を言ってもらえば十分」と返したとか。男前だね。オレから一本も取れなくなって拗ねてた人とは思えないよ。ちなみに、金は全額貰えた。うっひょー。
……ダメだ。まったく文面が思い浮かばない。
だって、書きようなくない?「前の人生では貴女のお姿を学園でお見かけしたことはございませんが、今回は御入学されるのですか?」って意味わからんもん。てゆうか、帰って来てからまだ2週間くらいなのに、手紙ってなんかキモくね?……いや、でも、もう来週には王都に行くし。タイミング的には……。はぁ……。
そんなオレの視界にいまいましい貴族年鑑が入ってきやがった。
これもどうしよう?……。全く覚えられない。
オレは学園の入学準備のために戻ってきたわけだが、これはその一つだ。しかも、主役級の扱いだ。オレはその必要性を全く感じないが、貴族家の家名と家紋と爵位は一致させとかないといけないらしい。それが貴族としての最低限の礼節だそうだ。はあ?って感じだ。ちょっとくらい間違われても、オレは気にしない……。
いや、これが本当に大変なんだって。例えば、家紋だ。海賊派は八家とも海賊らしく波紋だ。荒波、二つ波、三つ波等々あるけど、全部似てる。波の絵なんて二つあるのを比較して間違い探しでもしないと無理だわ。ちなみに、我がジュライフィールド家の家紋は麦紋と呼ばれているやつで、三本の実った麦がモチーフだ。一本一本が勇気と信義と愛をそれぞれ象徴している。で、麦紋も腐るほどある。麦の数七本と八本なんてぱっと見一緒だぞ。いちいち数えさせんなよ、メンドくせぇ。
入学準備は他にも、貴族間の礼儀作法とかがある。上座だの下座だの、好きなとこに座れよ。それかもう来た者順にしろ。さらに、社交パーティーにおける貴族令嬢のダンスの誘い方とかね。そんなのその場のノリだろノリ。壁際で飲み物のグラス持っているのは拒否のサインとか、口で言えよ。
しかも、勉強がさっぱりできないのがバレた。さすがに父上に呼び出された。ビビったよ。オレは必死に修行の厳しさを限界まで誇張して何とか乗り切った。だが、父上から「留年は絶対に許さん」と何度も念押しされた。オレは前の人生では留年なんかしなかった。でも、カンニングしてたような……。マジで、不安だ。
正直、まともなのはダンスだけだ。前のオレはヘタクソだったが、今は上手になった。まあ、自分の体は思い通りに動かせるようになっているし、相手の動きに合わせるのもカウンターを取る要領と同じだしね。
だいたい教師共もムカつく。「剣の修行がお忙しいとは思いますが」とか「あれ程の剣技の前では少々の非礼は許されるでしょうが」とかいちいち嫌味ったらしいんだよ。あれでやる気の9割は失せる。
つーか、前のオレは一体何をしていたのか?いや、マジで。一度覚えたことはちょっと記憶を刺激するとすぐ思い出す的な話を小耳に挟んだことがある。その話が嘘なのか?それとも前のオレが何も覚えていなかっただけなのか?30年超のブランクの問題なのか?謎だ。
というわけで、オレは剣に逃避している。だが、剣の方もねぇ、パッとしない。まだ一本もゲーリーから取れないどころか取れる気配すらない。結局婆さんから一本も取れなかったので、代わりにゲーリーからと思って意気込んでいたのだが……、このザマだ。まあ、5年前と比べるとゲーリーもちょっと本気になっているような気がする。でも、まだまだ余裕がある。ここのところはオレにカウンターの取り方をレッスンしてくれているようだ。いつも、カウンターを取られて負ける。ゲーリーはカウンターを取るための誘いが本当にうまい。「貰った」と思ったらカウンターを取られている。ある意味、理想形だ。婆さんはどっちかと言うと相手に何もさせないのがうまかった。オレが手を出そうとすると、フッと目線や体の向きやらで機先を制してきて、手すら出せないことがよくあった。
それにしても、あのババァたち、強過ぎるだろ……。
中の人の経験からして、個人的には剣士のピークは40歳前後じゃないかと思っている。剣技や身体強化術のキレと素の身体能力、そして、経験の総合力が最も高い時期だろう。その後は普通の剣士は緩やかに力が落ちていくが、稀に強さを維持するどころかさらに強くなる剣士がいる。婆さんやゲーリーだ。……多分だけど、「相手に打たせないで、相手を打つ」ためのコツというか極意があってそれを体得しているんだと思う。クソっ、そのうちキャインと泣かしてや……れればいいなぁ。
すると、部屋のドアがノックされた。
「デレク様。御屋形様がお呼びです」
「……ああ、どうも。すぐ行くよ」
いまだに、こういう時の返しにオレは悩んでいる。入学準備の中に貴族の適切な使用人への対応講座を入れてください。




