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3-1

 ボクの目にはデレク兄上が完ぺきなタイミングでカウンターを合わせたように見えた。だが、ゲーリー・キャンベルの突きは途中で止まり、背を反らす動作と共に引き戻された。兄上のカウンターの突きは届かない。そして、兄上が剣を引き戻す動きに合わせてゲーリーの突きが繰り出され、ビタリと喉元に止まった。一瞬の間があった後、「参りました」と言って、兄上は天を仰いだ。


 「ほぉー」とボクは大きく息を吐いた。いつの間にか呼吸をするのを忘れていたようだ。同時に、「おおっ」というどよめきや「さすがキャンベル師よ」とか「いやいや、デレク様も凄まじいわ」といった声が耳に入ってきた。


 さっきからずっとボクは第二騎士団の武道場の窓から中を覗き見していた。最近、ちょくちょく覗いている。別に堂々と見学すればいいとは自分でも思う。でも、……何か入りずらくて。


 そのとき、急に後ろから「トリスタン様」と呼びかけられた。


 ドキッとして振り向くと、第二騎士団の前団長、マイケル・パーマーだった。


「そのようなところではなく中に入られては?」


「い、いや……。ちょっと通りがかっただけだから……」


 なぜか、後ろめたい。


「そうですか。では、今からどうです?」


「い、いや……。そ、それより、デレク兄上はどのくらい強いのかな?」


 ボクは話をすり替えた。だが、この質問自体は本当にめちゃくちゃ興味があるところでもある。強いのは見ればわかるけど、ボクには正確なところまではわからなかった。マイケル・パーマーは細剣の名手として知られているから、意見を聞いてみたい。


「どのくらい……、難しいことを聞かれますな。ふーむ……、名人とも称されることのあるキャンベル殿がかなり本気で相手をせねばならないくらいです。これで答えになっていますか?」


「……うん、なんとなくわかったよ。ありがとう」


 そして、「それじゃ」と言って、ボクはその場をそそくさと離れた。


 ボクはデレク兄上のことが大嫌いだった。


 デレク兄上は小さい頃から、ボクの物を勝手に使った挙句、壊してしまうことがよくあった。それ自体も腹が立ったけど、何が一番腹が立つかといって、謝りもしないんだ。百歩譲って壊すまではいいとして、なぜ謝らないのか?意味が分からなかった。


 それに、怠惰な生活態度も嫌いだった。勉強や剣が苦手なのはしょうがないだろう。皆が皆、出来るってものじゃない。でも、なぜ、サボるのか?「ノブレス・オブリージュ」って言葉をどう考えているのか?腹が立つというか、貴族としても家族としてもとても恥ずかしかった。


 他にも、使用人たちへの態度とか嫌いなところは本当にたくさんあった。


 しかし、そんな僕の気持ちを変える転換点になる出来事が二つ起こった。


 一つ目はあの千人仕合だ。


 ボクはあの日、大嫌いなデレク兄上が皆に叩きのめされ醜態をさらすのを見に行った。あまりいい趣味ではなかったと今では反省しているが、当時はまだ子供だったとしかいえない。


 ところが……、「びっくりした」という以外に言葉はない。凄まじい剣の冴えだった。子供たちは誰も相手にすらならなかった。後で聞くと、兄上は自分の部屋で独学で細剣の技を磨いていたとか。衝撃だった。兄上はちゃんと努力をしていたのだ。僕は兄上の何を見ていたというのか……。


 そして、二つ目はデレク兄上が修行に出てからのことだった。……実はこちらの方がよりボクの気持ちに大きな影響を与えたのかもしれないと思っているのだが、それは弟と妹たちによる兄と姉に対する愚痴大会だった。


 あの日、ボクの世界は確実に変わってしまった。あんなに優しそうに見えていた人が家では恐ろしい暴君だったなんて……。きっかけは何だったのか今では覚えていない。誰かがポロッと愚痴ったんだと思う。すると、他の者からも出るわ出るわ。借りパクなんて当たり前、おやつや晩御飯のおかずからお小遣いまで強奪され、夜は寝るまでマッサージさせられるとか、八つ当たりで稽古と称して殴られるとか、パシられたうえ代金も払ってもらえない等々、鬼畜の所業の数々だ。


 ボクは悟ったんだ。デレク兄上ってアレで結構普通だったんだ。てゆうか、ジャスティン兄上が聖人君子過ぎる。


 あの日以来、そこまでデレク兄上が嫌いじゃなくなった。もちろん、大好きってわけにはいかないけど。


 そして、デレク兄上が恐ろしく強くなって帰ってきた。


 ジュライフィールド家は武門の家ということもあり、いいか悪いかは置いといて、強ければある程度なんでも許されるみたいなところがある。デレク兄上は双子派スーザン流の切紙を貰い、高位魔剣に主と認められるほどになっていた。さらに、実際に、現役の騎士団員を相手に立会稽古をし、その強さを知らしめもした。ボクは見逃したんだけど、グローブ流の切紙持ちの第二騎士団の団員が5本中1本しか取れなかったそうだ。しかも、後で「最後は花を持たせてもらいました」と言ったとか。家中の者の兄上を見る目は当然変わった。


 ただ、相変わらずというか、友人たちとは上手く行っていないようだ。でも、アレはデレク兄上の方が悪いと思う。実は、ボクも一度話しかけようとしたことがあった。ボクは剣の道を極めたいと思っているし、周りからも才能があると言われていたりする。だから、どんな修業をしたのか?とかレイ・ボイル先生はどんな人か?などの話をしたり、稽古をつけてもらったりできないかなぁ、と思い、待ち伏せみたいなことをした。もちろん、今までの自分の兄上への態度を思うと少し虫のいい考えだとは分かっていた。


 デレク兄上と目が合った瞬間だ。「あっ、殺される」、なぜかボクはそう確信した。怖かった。体がギュウッと縮こまって動かなくなったんだ。何?あの圧。凄いんだけど。もちろん、話かけるなんてできなかった。兄上が通り過ぎて行ってから、腰が抜けたもん。それ以来、正直、ボクは兄上にビビッている。


 兄上の友人、いや、もと友人?達もボクと同じだと思う。皆、兄上にビビっている。兄上とすれ違う時なんて、顔を下に向けて、震え声で挨拶してるからね。そりゃ、あんな圧を掛けられたら……。


 一方で、父上やゲーリーそれに騎士団のメンバーといった大人たちとは普通に会話している。兄上の雰囲気が穏やかに感じる。相変わらずの無表情だけど。そういえば、いつからあんな風な無表情になったんだろう。小さい頃はそうでもなかったような気がするが……。もう長いこと話していないから、よくわからないや。


 でも、名人に本気を出させるか……。


 やっぱり、勇気を出して、兄上に話かけてみようかな。……怖いけど。


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