2-15
オレは最近、修行以外も忙しなく動いていた。もうジュライフィールド家に帰らなくちゃいけないので、旅の準備や挨拶回りだ。もう5年の付き合いになる近所や商店街の連中にメル商会や知り合いになったハンター共、そして、スー家に挨拶しといた。まっ、礼儀だから一応ね。昨日なんかはリナたちが高級魔獣肉の店で送別会を開いてくれた。はぁ、リナに会えなくなる……。
そういえば、その際、リナというかロウ家から、「旅は物入りだから」ってまたも多額の餞別を貰っちゃった。「またも」っていうのは、実は、例の大型魔獣の件の後、すぐにロウ家当主がわざわざ自らやって来て、礼と「命の恩は云々」っていうセリフとともに謝礼として多額の現金を呉れた。あのときも、押しの強さと婆さんの口添えで貰っちゃったんだよなぁ。いいのかな?父上に怒られないよね?ま、まぁ、平民の体だから大丈夫かな?ジュライフィールド家的にちょっと心配だ。貴族の貸し借りがどこでどう発生するのかオレにはよくわからんのでね。
ただ、そのときスー家当主のフランクの親父さんも一緒に来ていて、「ロウ家のみならず海賊八家は必ず君の力になる」と言ってくれた。コッチは言葉だけなんで問題なかろう。てゆうか、言質はとったぞ。必ず助けろ。
ちなみに、オレはまだ婆さんから一本も取れていない。いや、マジで、クソ強いんだが……。しかも、鬼気迫る顔で向かって来るんだけど……、「花を持たせる」とか「接待」とか「忖度」って言葉を知らないのかな?おかげで、オレの奥義および秘剣伝承者としての誇りは全く育まれていない。
明日帰るっていう日の晩になった。呼ばれて行ったら、婆さんが切紙をくれた。
切紙といっても何の変哲もないただの書状だ。オレと婆さんの名前と血判があり、「右の者、双子派スーザン流細剣術の力量抜群と認めるもの也」とか書いてあった。「血判を押せ」と小刀を渡されたときは、痛いのは……、とちょっとげんなりした。
しかし、この書状は剣士にとってはめちゃくちゃ重いものだ。切紙――流派によっては折紙という呼び方をするところもある――とは、決闘や戦場での一騎打ちあるいは御前試合その他の公式の場で「ナントカ流です」と流派の名を名乗っていいという許可証だ。つまりは、「コイツが負けたらウチの流派の負けと認めるよ」とその流派が世に宣言をするものになる。
当たり前だが、この切紙持ちが決闘なんかで負けまくると、あの流派は弱いとなり、門下生が減り、衰退の道をまっしぐらだ。だから、どこの流派でもおいそれとは与えることはなく、有名な流派はもちろんのことマイナー流派の切紙持ちでも周囲の見る目には尊敬が混じる。
「切紙持ちの義務は知ってるね?」
婆さんが聞いてきた。
それくらいはさすがに知っている。オレは即答した。
「流派の名誉を汚されたときはその相手を殺すんですよね?」
「殺すって……、アンタ。まぁ、そうなんだけど。決闘って言いな」
……同じじゃねーか。
「で、具体的にはどんなときだい?」
「えー……っと、双子派スーザン流は大したことないとか言われたとき?あとは……、あっ、スーザン流を騙ってる奴ですよね」
「ま、まあ、そうだね。……あと細剣の名誉を傷つけられたときもだよ」
……ああ、御不浄決闘か。オレは「はい」と頷いた。
「ホントにわかってんだろうね?アンタが義務を放棄してたら、アタシが殺しに行かなきゃいけないんだからね。面倒くさいのに勘弁してよ」
ヒドイ言いようだ。まぁ、確かに、流派の恥を粛清すんのは師匠や兄弟弟子がまずは行かねばならないもんだ。つーか、切紙ってちょっと尊敬される以外に貰ってなんかいいことあんのかな?そんな疑問が湧いたので聞いてみた。
「義務ばっかりで何かメリットあるんですか?」
「うーん、一応あるよ。アンタみたいな大貴族のボンボンには関係ないだろうけど、仕官先には困らないし、ハンターとして特に護衛の仕事なんかは選り取り見取りさ」
……マジでオレには関係ねぇ。……いや、家に居ずらくなっても喰いっぱぐれはないか。
「ただし、その代わりと言っちゃあアレだが、バカに喧嘩を売られやすくなるけどね」
「……」
「ほら、名を上げたいとかいうバカがね……」
……コレいらねーんじゃ、そう思いながら手元の切紙に目を落としていると、婆さんがハアーと大きなため息をついた。
「ソレは剣士にとっちゃあ大事なもんなんだけどねぇ……。ホント頼むよ」
そういや、妖剣も切紙持ってたのかな?そんなことをふと思った。奥義も知ってたし……、いや、あれは人品的に無理か。切紙は強いだけではダメで、品位も問われると聞いたことがある。なお、オレの品位について婆さんに確かめる気はない。
ちなみに、流派が門下生に発行する許可証はもう一種類あり、免許とよばれるものだ。これは「流派の看板を掲げて金を貰って流派の技を人に教えていいよ」という許可に当たる。他にも切紙の発行権の許可とかね。
切紙持ちから昇格するのが常であり、例外はないと言っていい。まぁ、同時に貰うことはあり得なくはない。免許なしに看板掲げていると、その流派から注意されるどころか、粛清される。まっ、道場を開くのはアレだけど、切紙持ちなら弟子をとるくらいは黙認されるらしい。で、この免許持ちになるのは無茶苦茶難しい。というのも、世にある剣術流派のほとんどは剣術だけを教えているわけではない。剣術はいわゆる表看板にすぎず、馬術、弓術、体術、長柄術、投擲術、水練術などなどいろんな術技を教えている。オレも体術に弓術を習った。弓術のセンスはなかった……、別にいらんけど。ちなみに、オレの馬術と水練術はフォレスト流長剣術の技だったりする。
そして、免許を貰うには流派のすべての術技を会得しなければならない。そこで何が難しいと言って、術技による得手不得手が誰しもあるが、全てある程度以上のレベルに達しないといけない。また、数多くの型や技をただ覚えるだけでも時間がかかる。だから、切り紙持ちに比べて免許持ちの数は格段に少なく、そのステータスも跳ね上がることになる。婆さん、頑張ったんだね。
だが、そんな話はどうでもよくなってきた。なんと、婆さんが「ちょっと待っときな」と言って、魔剣を三振り取り出して、机の上に置きだした。そのうち二本は高位魔剣と見た。おお、かっけー、切紙よりソッチが欲しい……。




