2-13
夕食後、オレは部屋でゴロゴロしていた。……勉強しろよ、マジで。
今朝、父上から手紙が届いた。意訳すると、「学園の入学準備があるって何回言わせんだ?マジでいい加減に戻って来やがれ」とのことだった。実は、前からちょくちょく督促の手紙が来ていたのだが、「今、修行が佳境に入っているから」とかテキトーぶっこいて先延ばしにしてきた。だが、もう無理かもしれん。……嫌だ、帰りたくねぇ。
もっとも、修行が佳境というか、いい感じのところなのはまるっきりの嘘というわけではない。もうちょっとで婆さんから一本取れそうな気がしているんだ。しかも、本気モードの婆さんからだ。
最近の立会稽古でいつも婆さんは本気モードだと思う、知らんけど。でも、例の姿が消えていくモードに入っている。そして、オレは見えるようになった、婆さんの姿が。いや、今も、うっすら透けてはいる。けど、見えてんだ。
もちろん、相変わらずプレッシャーもえげつない。例えるなら、真っ暗な部屋の中に、両手両足縛られて、大型魔獣と一緒に入れられているみたいなもんだ。物音一つ立てただけで死ぬって感じで、体を動かせなくなる。ただ、今のオレはそれでも動けるようになってきた。
こないだも惜しいのがあった。婆さんがちょっと焦ったような顔をしていたから間違いない。もうちょっとだった。クソっ。
……手紙、届かなかったことにしようかな。
だが、残念なことに、ゲーリーから婆さん宛の手紙も同時に届いていた。うん、無理だな。はぁ、憂鬱だ。あんな居心地の悪い家に帰んのマジで嫌なんだけど。しかも、リナに会えなくなるし……。
オレが一人で駄々をこね倒していると、「ちょっと来な」と婆さんに呼ばれた。珍しい。あとは夜目の訓練をちょっとして、寝るだけなのに。
道場に連れて行かれた。暗い。真ん中にろうそくが一本立っているだけだ。夜目は大分効くようになっているので、窓にわざわざ板を打ち付けているのが見えた。
婆さんがやけにマジな顔をして言った。
「今夜から双子派スーザン流奥義の伝授を始める」
「……」
……いきなりだな。へぇー、奥義ねぇ。
……えっ?……奥義?
……?マジ?オレが?はあ?奥義?ホントかよ?え?そうなの?オレだよ?えっ?頭が熱いんだか冷たいんだか、よくわからないことになってきた。
そんなオレをよそに、「まっ、三日もあれば覚えられるさ。よく見ておきな」とさらっと伝授が始まった。ちょ……っ。
婆さんが自然体に立った。スーッと右足を踏み込みながら剣を抜くと同時に突きを放った。抜剣術だ。納剣。コッチを見た。
「やってみな」
……ああ、コレか。
知ってるわ。妖剣が良く練習してたし、実際にも遣ってた。夜道とかですれ違いざまに不意打ちで襲うとかよくやってたなぁ。うん、殺しの依頼だ。……碌なことしてねぇな、クソ妖剣め。
でも、教えてもらった型の中になかったからちょっと不思議だったんだ。妖剣のオリジナルの技かと思っていた。ふむ……、久々に遣うから、上手くできるかどうか。
オレは真剣を腰にし、自然体に立った。一つ深呼吸をする。そして、左足を踏み込みながら、左手で剣を抜き上げ、剣先が鞘を出た瞬間、剣先の高さを維持し地面と平行になるように突き出していく。見えないテーブルの上で剣先を滑らせていくイメージだ。ドアノブを反時計回りに回すように左手をねじりながら、仮想の相手の下腹部にパンチするみたいに少し下方に腕を伸ばす。とにかく剣先が最短距離を行くように真っ直ぐ水平に移動させなきゃいけない。
おう、できた……かな?
ちょっとギクシャクしたところはあったけど、こんなもんだろ。婆さんを見ると、「えっ」って顔をしていた。
その後、「もう一回」ってのが3回あって、婆さんもいろいろ飲み込んだようだ。
なんかすみません。
「まっ、それくらいできればいいだろう」と言ってから、婆さんは「それはね、奥義の型って奴で、双子派スーザン流細剣術の全ての型を覚えましたっていう修了証書みたいなもんさ」と付け加えた。
「ありがとうございます」
オレは伝授の礼を言った。
「あとは口伝だけど……、うーん、アンタには必要ないね。どうせ口で言ってもわかんないだろうし」
……失礼にも程がある。ちょっと感覚派なだけだ。
「……ああ、一つだけ言っとこうかね。「剣気を突け」って言葉は知ってるね?」
「はい。知っています」
「意味は知ってるかい?」
「……向こうが殺る気かな?と思ったら、先に殺るみたいな?」
婆さんが「違ってたら、どうすんだい?」と言って、ハアーとこれ見よがしにため息をついた。
「この言葉の意味はね、「無になる」ってことなんだ。自分の体の中から……、ほれ、重心を外に出すだろ、あの要領で相手を倒すとかの雑念を外に出し、さらには心そのものも外に出し、果ては己の存在自体も外に出す。そうやって、身体を空っぽにして無になると、相手が向けてきた剣気がスルっと体に入ってくるんだよ。そこを突けってことなんだ」
何それ……。心を外に?存在を外に?はあ?無理だろ?つーか、最初から「無になれ」とかって言えよ。……でも、婆さんの本気モードはソレなのかもしれないな、とも思った。
「まあ、アンタにはまだ早いさ。でも、覚えておきな」
「……はい。ありがとうございます」
婆さんは少し考えてから、「やっぱり、あとは要らないね」と言った。
いやいや……、とりあえず言っとこうよ。
オレの不満気な様子を見て取ったのか、婆さんが言う。
「いや、ホントにアンタには必要ないんだって。口伝なんて心構えを説いているものが多いからね。ほら、「スーザン流に退歩なし」なんてのも、要は攻撃的な姿勢を忘れるなってことだけだ。それに、ソレを鵜呑みにして相手の間合いで戦い続けるようなセンスないことしないだろ、アンタは?」
「ま、まあ……」
婆さんがうーん、と一つ大きく伸びをした。
「さてと、大分時間が余っちまったね。……よし、もう今日中に秘剣も伝授しとこうかね」
……今日はもうお腹一杯なんですが。




