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2-8

 オレはリナが大型魔獣と戦っているのを木陰に隠れてただ見ていた。


 クリボ草を確保したあと、当初の予定通り、オレはヒュー男爵領方面の浅層にやって来た。しばらくウロウロしたが、リナたちはいなかった。まぁ、よく考えたらそうだろうとしか思えない、広いからな。


 めちゃくちゃハラが減ったけど、このままヒュー男爵領に出ることはできない。魔宮の通り抜けは禁止されており、入った関所からしか出ることはできないからだ。とはいえ、そのまま帰るのもシャクに障る。オレは前に婆さんだったかコリーさんだったかに聞いたことがある奇麗な池とやらでも見にいくことにした。名前はド忘れしたけど、アルカンタラ大森林魔宮の有名スポットらしい。


 その池はちょっと中層に入ったところにあるはずだった。妖剣は魔宮の深層まで行っていたから、ちょっと中層に入るくらいはオレ一人でも何とかなるのは知っている。まっ、ヤバそうな奴が出たら逃げればいい。結構気楽に考えていた。


 そして、迷いに迷って、もう帰るとキレ気味に思ったとき、どデカイ物音が続けざまにした。魔法かな?ともあれ、明らかに何かが戦闘をし始めたようだった。オレはちょっとした好奇心で見に来た。リナが一人で戦っていた。


 もうどれくらいの間、オレはこうしてただ見ていたのか、自分ではわからない。


 リナはよく耐えているが、ここから見ていてもわかるほど疲れている。もう、長くは保たないだろう。


 なんでこんなところに大型魔獣がいるのかはさておき、大型魔獣は強い。とにかくデカくて硬いからだ。デカいというのはそれだけで戦闘においてはアドバンテージになる。物理攻撃の威力がケタ違いだからだ。それで硬さもあるともう手に負えない。今目の前にいる竜種は人間の4,5倍の体躯はある。頭部なんか人一人くらい軽く丸呑みできるだろう。しかも、魔宮の主級くさい。えげつない魔法をバンバン放っている上、身体強化術も半端ないレベルで動きが素早い。真正面から戦えばオレとリナだけならノーチャンスと言い切れる。100%死ねるのは間違いない。


 だが、今は何とかなる可能性があった。というのも、オレは大型魔獣の真後ろという絶好のポジションにいた。そのうえ、リナはもちろん魔獣もオレに気が付いていない。さらに、幸運なことにというべきだろう、2足歩行型だ。今日持っている中位魔剣で魔力剣を使えば剣身は1,5倍には伸びてくれる。それをガラ空きの膝裏に2,3発入れれば……。何も倒す必要はないんだ。後ろからの不意打ちで片脚さえ無効化すれば、あとはスタコラ逃げ出せばいいだけだ。もちろんそんなに上手く行く保証はどこにもない。気付かれるかもしれないし、逃げる背に魔法を撃ち込まれるかもしれない。ただ、上手く行く可能性だって十分にある。


 でも、さっきから何度も、「今だ、行け」と思っているが、足が動かない。


 リナが前肢の爪攻撃と魔法のコンビネーションを辛うじて躱した。


 オレは何にビビっているんだろう?死にたいと強く願い、やっと死ねたところで運良く拾った命だ。とはいえ、できれば長生きしたい。死ぬのは嫌だ。でも、そういう問題ではないのは自分でも分かっていた。


 前回の人生ではオレはあらゆることから逃げていた。何にビビッて逃げていたのか?自分でもわからなかった。


 剣や学問、なんでやらなかったのか?「貴族たるもの優雅でなければ」と、必死にやっている貴族たちを「下品だ」と笑って見ていた。人を貶めることで何とか相対的に自分が上になった気になりたかっただけなのはわかっていた。


 明らかに自分より努力し優秀な平民を「下賤だ」やら「所詮使われる立場だ」などと嘲笑った。すがれるものが唯一血筋だけで、それすら祖先が偉いだけだとわかっていた。


 「貴族たるもの民の模範となれ」と言われても、「高貴な血が流れる自分を受け入れるのが民の義務だ」とか何とか、何言ってんだ、お前?って話だ。


 そういや、魔獣の大氾濫を迎撃する騎士団の指揮を執り、機転を利かせた策で撃退する妄想に耽っていたこともあった。さすがに一騎打ちで誰かに勝つ妄想はしなかった。そこは現実を見つめていたのかと笑えてくる。いや、指揮もオレにできるわけがねぇ。そもそも、何もしていない奴が偉くなんかなれっこないのはわかっていた。


 じゃあ、やれよ。……でも、やらなかった。


 やってもできないことが怖かったのか?いや、まずはとにかくやらないと何も出来っこないのはわかっていた。


 できなくて笑われるのが嫌だったのか?いや、もう既にアホだと笑われていたのは知っていた。3兄弟の残りカスだ。


 何もしない環境の居心地が良かったのか?いや、そんなに良くなかったし、お先真っ暗なのはわかっていた。


 しんどい思いをしたくなかったのか?いや、周りからアホだと思われているのは結構しんどかった。


 何から逃げていたんだろう?自分でもわかっていなかったし、今もわからない。下手をすれば存在しない何かだったのかもしれない。


 今もオレのいるところから5歩くらいの距離に無防備な大型魔獣の脚があった。さっきからリナと魔獣の位置取りは全然変わっていない。リナがもう動けなくなってきている。


 チャンスなのに……。


 でも、「下賤な海賊の末裔のために命を懸ける必要はない」とか「これから起きるジュライフィールド家の危機の為にここでリスクを冒す必要はない」だの愚にもつかない事を考えて、オレはなんとか自分を納得させようとしている。


 何やってんだ、オレは……。てゆうか、どうせ、ジュライフィールド家のピンチでもオレは言い訳を捻り出して逃げるんだろう。


 所詮は棚ボタの強さに酔いしれて、絶対に勝てそうなチンピラ相手にイキリ散らかしていただけだ。オレは前と何も変わっていない。今回も結局何もしないで逃げ回るだけのクソみたいな人生を送るんだろう。


 ……オレには無理だ。


 情けない自分に思わず「ハハハ」と笑い声が出た。


 オレはその場に背を向け、歩き出した。「ヤーッ」というリナの気合が聞こえてくる。少し困り眉のリナの顔が思い浮かんだ。


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