2-7
良く晴れた気持ちのいい朝だった。
「ただいま戻りました」
オレは台所にいた婆さんに声をかける。お使いで肉と婆さんの好物のフルーツを買ってきた。
「ご苦労さん。地下に置いといて」
「はい。これ、お釣りです」
オレが釣り銭を差し出すと、「うん?多いね」と言われた。
「ああ、ちょっと皮に傷があったんで、マケてもらいました」
「……まったく。変なお貴族様だよ」
これはことあるごとに言われているセリフだ。いや、ホント、何回同じことをいうのか?ボケて来たのかこのババアと思わんでもない。最初に言われたのは初めてのお使いを頼まれたときだった。わざわざ買い物の仕方をレクチャーしてきたので、「知っています」と言うと、大袈裟に驚かれ、このセリフを言われた。それからもよく言われる。果ては「アンタ、ホントに伯爵家の子かい?」と聞かれたこともある。失礼な。
でも、婆さんは結構本気で疑っている。あれは料理の手伝いをした時だったか。オレは妖剣のやり方を覚えていたので、包丁くらい使えるようになっている。野菜を切っていたら、同じセリフを言われた。他にも「愛人の隠し子かなんかで下町で育ったんだろ?」とかも言われた。なんでもオレがあまりにも商店のおっちゃんとかと馴染みすぎだそうだ。
そういえば、「アンタは貴族というより裏社会の人間っぽいね」とも言われたことがある。あれはエリックと初めて仕合したときのことだ。オレがエリックの心を折りにいったやり方が、「あの陰湿さは裏の連中のやり口だね」と言われた。妖剣のせいだ。
オレが地下に野菜をおいて台所に戻ってくると、婆さんが魔剣である細剣を一振り持って待っていた。魔宮に行くときにいつも借りている中位魔剣だ。魔剣化して150年以上は経っているなかなかの業物だ。
「ナンシーから遣いが来てね。ちょっと行かなくちゃいけなくなったんだ」
婆さんが言った。
ナンシーとはフランクの母親、つまり、スー男爵夫人だ。そして、最近、婆さんのポーカー友達になった。どうやら、遊びに行くらしい。
「ところが、ちょっと忘れていてね。メル商会に今日中に薬草を持って行かなきゃいけなかったんだわ。アンタ、ちょっと代わりに行ってきて」
婆さんが手に持っていた魔剣をオレに差し出してきた。
「……」
殴りたい。確実に返り討ちにされるけど。……師弟関係とは理不尽だった。
今日は休養日だ。婆さん曰く「毎日鍛錬するのは効率が悪い」らしい。
オレの休養日には、よくリナたちと魔宮に行くのだが、今日はリナはエリックの野郎とヒュー男爵家の年下の子達を引率して魔宮に行かなきゃいけないらしい。……別に残念ではない。なんでもヒュー男爵家の毎年の恒例行事で、初めて大人抜きの子供だけでアルカンタラ大森林魔宮に入るというものがあるらしい。リナはヒュー男爵家じゃないけど、それなりに魔宮に慣れている子供として手伝いに駆り出されたそうだ。……わけわからん行事を作ってんじゃねーよ。フランクも今日は用事があり、今日は暇っちゃ暇だったのでちょうど良かったのかもしれない、と自分を慰めた。
今日はいい天気だなとか思いながらブラブラ歩いてハンター街のメル商会まで行く。
……オレって強くなってんのかな?
最近よく頭に思い浮かぶ問題が今も頭にちらついた。
もちろん、修行は真面目にやっている。でも、いまいち自分ではよくわからない。なんか最近は婆さんとの立会稽古以外はほぼ自習になってきている。もう伸び代がないと判断されたのか?とうとう才能が頭打ちになったのか?十分に有り得るだけに恐ろしくてしょうがない。
ただ、まだエリックに勝てるんだよなぁ。……てことは、まあまあ強いってことなのかな?でも、エリックのキャラが全く違うんだよなぁ。凄ぇバカだ。アイツが前回通りの強さとは限らないんだよねぇ。しかも、エリックは置いておくとしても、15歳で才子20歳で只の人コースを順調に歩んでいるのかもしれない。そうすると、やはりオレの才能の限界点が来たのか……。
何が問題かって、オレが大して強くなかった場合は最悪なんだ。
生まれ変わった?いや、生まれ直した?あの日にあれだけ固く誓ったはずなのに、勉強なんざ持ってきた教科書を一度も開いたことがない……。どうすんだよ、マジで。何が文官との両にらみで行くかだ。
ま、まぁ、悪いことばかりではない。
王国の滅亡やらのことを考えたとき、オレやジュライフィールド家が生き残る確率を上げるには、味方を増やすということが大切だと思い至った。どれだけ強かろうが数の力で負ける。体力と魔力が持たんからね。逆に言えば数が多ければ勝てる。しかも、内乱とかって政治の戦いの部分もあるからな。やっぱり数だよ数。特に強くなる奴らとか賢い奴らと仲良くなっておくべきだ。
今のところ海賊派の連中とは上手くやれている。いい感じだ。リナの顔がなぜか頭にちらついた。……いや、ほら、アイツも強ぇからな……。仲良くなっておくべきだ、うん。今度は笑顔のリナが思い浮かんだ。……うん、ほら、友人としてね……あの笑顔に勇気づけられる的な……ね。そ、そんなことはいいとして、海賊派が味方になってくれると心強い。なんせ金も武力も持っている連中だ。
今後も学園なんかでも味方を増やしていこうと思う。それには表面上だけでも良い奴ぶらないといけないだろう。ここは非常に遺憾ながら、妖剣を見習わねばならんところだ。妖剣は人畜無害を装うのがうまかった。それに、オレ自身もクズのままっぽいところもあるが、中の人として地獄を見たし、キッツイ修行にも耐えてるしで、少しは変わったような気もするし、変われそうな気もしている。うん、この味方作りはいい感じだろう。
まぁ、でも、まずは兄弟からなんだよなぁ……。
無理じゃね?死ぬほど嫌われてたんだけど。……いやいや、一縷の望みはあるはずだ。もう4年も会っていない。そして、子供にとっての4年は長い時間だ。なんかいい感じに関係がリセットされていたりして……。
もうハンターとして生きていくか。あるいは、海賊派に仕官するのもいいかも。
……いやいや、ジュライフィールド家に尽くすという覚悟はどこへ?それに、失ってから初めてどれほど大切に思っていたかに気づいたはずだ。
そんなことをグダグダ考えているうちに、メル商会に着いた。この店はエリックたちといつも素材を換金に行くマクビ商店に比べれば小さな店構えだ。業態もだいぶ違う。マクビ商店はとりあえずどんな素材でも持って行ったら金に換えてくれるが、メル商会は特定の素材をお抱えのハンターに金を払って取ってきて貰うというスタイルだ。
だから、ハンターどもで込み合っているとかはない。ここに来るハンターはほとんどが専属契約をしているハンターばかりだ。婆さんは臨時のバイトみたいなもので、たまにしか依頼を受けない。あとメル商会はハンターの人品をチェックしているようで、ヤカラ丸出しみたいなのはいない。
今もハンターの先客は一人だけだった。なんか顔つきも頭皮も服もくたびれたおっさんだった。だが、オレが店に入った瞬間にこちらを見た動作や体の力の抜き加減、腰の据わりから見て、かなり遣うだろう。腰の剣もなかなかいいものだ。中位魔剣だと思う。
受付が一つしかないので待っていると、ほどなくして、おっさんが金を受け取り、確認し出した。おう、結構貰ってんな。横目で見て思った。
「ありがとうございました。またよろしくお願いします」とおっさんのチェックが終わるのを見計らって、受付のコリーさんが締めの挨拶をした。終わったようだ。おっさんも「こちらこそありがとうございました。またのお声掛けを待っています」と丁寧に頭を下げている。
このおっさんも婆さんと同じ臨時のバイト要員の一人なんだろうか?はたまた専属なのか?専属なら月々の手当が出ているはずだ。そんな益体もないこと考えていると、おっさんが振り返って、オレにも黙礼してから店を出て行った。なかなか乙な足の運びだ。おっさんの評価を上方修正しないといけないかもしれん。
「お待たせしました。デレク君」
「どうも。レイ・ボイルの代理できました」
「でしょうね」とコリーさんは苦笑いだ。そりゃそうだ。本当は代打ちなんてダメだからな。ただ婆さんが長年コツコツと積み上げた信用とオレの腕で特別に認められているだけだ。まぁ、おかげでもう何回もやらされている。
今日取って来なくちゃいけない薬草はクリボ草っていうのだが、婆さん……とオレはもう何回もこの薬草の採取依頼を受けている。それには理由がある。
まず、クリボ草の買取金額は超高価ってほどじゃない。他所の魔宮でも取れるからだ。それゆえ、人数の多いパーティーだと分け前が少なすぎることになる。
そして、アルカンタラ大森林魔宮における生息地は中層と浅層の境界くらいにあるが、出現する魔獣はリス型の酸を吐く奴とかスライム型の吸血蛭とかだ。弱いっちゃあ弱い。剣が当たれば一発で死んでくれる。でも、あそこは木やら草やら蔦やらが鬱蒼と生い茂っているから、奴らはすばしっこい上に地の利ならぬ木の利があるから厄介になる。しかも、やたら頑丈で傷つけると有毒物質を出すような魔植物が多いんだよな。つまり、障害物の多い場所でもある。だから、長剣による斬撃とか魔法は少し使いにくく、細剣向きの場所だ。
また、中層付近だからそこそこ強い魔獣が出る可能性もある。だから、ある程度以上の腕がないとダメだ。
これらの条件から、腕のあるソロの細剣遣いにはうってつけの依頼になっている。オレは少しコリーさんと雑談してから依頼書を受け取った。
アルカンタラ大森林魔宮に限らず魔宮に入るには関所を通らないといけない。この関所は魔宮の監視と人のチェックをしている。犯罪者が逃亡したり流入したりする恐れがあるし、ここアルカンタラ大森林魔宮は何といっても帝国につながっているからね。弱い魔獣しかいない浅層だけを通って行き来することが出来なくもないらしい。もっとも軍事行動の恐れはほとんどない。魔宮を戦における攻め口にはしないという人類国家共通の不文律があるからだ。これはそんな卑怯な真似は騎士道に反するという建前と魔宮がなぜか大集団の人間が一度に中に入ると大氾濫を起こすという本音から作られた不文律だそうだ。まぁ、もちろん可能性はゼロではない。過去に不文律を破った国はいくつかある。
オレは関所の受付でメル商会の依頼書を見せる。関所を通るためには何らかの身分証明書がいる。関所に個人で登録して貰う証明書か登録した商人の依頼書――その商人が身分を保障することになる――が代表的だ。
オレは頭の中にアルカンタラ大森林魔宮の地図を思い浮かべ、なるべく面倒な魔獣のいないコース取りで行くことにする。まあ、油断は禁物とはいえ、正直楽勝だ。
まだ、朝の11時前だし、多分、時間が余る。
ちょっとヒュー男爵領方面まで行ってみてもいいかもしれない。そう暇だしね、時間つぶしに。もしかしたら……、いや、別に会いに行くとかじゃない。……、ほら、冷やかしにね。そ、それに、エリックのアホがちゃんと引率できてるかチェック的な……。




