2-6
デレクたちが換金に行くのを見送って、僕はリナと雑談していた。
「今日は帰るんでしょ?」
そう僕が聞くと、リナが応えた。
「うん、明日は母様の視察に付き合わないといけないから」
「エリックは?」
「アイツも帰る。明日はお勉強の日だってさ」
「ああ、家庭教師が来る日か」
「フフッ、サボったら叔母様に殺されちゃうからね」
「ハハハ、確実にね……。昼ご飯はどうするの?」
「食べてから帰る。お腹減って途中で死ぬ自信があるもん」
そうリナが言ったとき、怒声とか歓声とかが聞こえたような気がした。まあ、ハンターは気の荒い人が多いから喧嘩なんかは日常茶飯事だ。
でも、ついさっきデレク達が換金に行ったんだよなぁ。なんとなく嫌な予感がする。
デレクたちが入った店の方を見た。別に何ともないような感じだった。なんとなくそのまま店先を見ていると、ハンターっぽい人が出て来た。すると、続いて中から人が吹っ飛んできた。先に出て来た人が巻き込まれて地面に転がる。
えっ?……。
すぐにデレクが走り出てきて、巻き込まれた人が起き上がろうとしているところ、その後頭部に前蹴りを放った。
ちょ……っ。
いつの間にかいたエリックがこれまた起き上がりかけた吹っ飛んできた人の脇腹に蹴りを入れ、そのまま馬乗りになってタコ殴りにし出した。
はあ?……。
デレクに目を戻すと、倒れてる人を何度も何度も上から踏みつけていた。
……。
デレクがしばらく踏みつけ続けていると、その人がピクリとも動かなくなった。
ハッ!
そこで我に返った僕はデレクのところに駆け寄った。
「デ、デレク。どうしたの?」
「おう、フランク。どうしたもこうしたもねぇよ。バカに絡まれたんだよ」
そこにエリックもやって来て、デレクに言う。
「しかし、お前、鬼だな。背中向けてる相手に飛び蹴りくらわすなんてよぉ」
「アホか。これから殴り合おうって相手に背を見せる方が間抜けなんだよ」
「それな。マジでいい年こいてクソ弱ぇな、コイツら」
「……」
言葉がない……。
しかし、この二人は仲がいいんだか悪いんだか……。稽古中にもしょっちゅうただの殴り合いの喧嘩をしているし。特にエリックはことあるごとにデレクに張り合っている。それこそ、ご飯の早食いまでもだ。アレには呆れた。「フッ、食うの遅ぇな」とか言われたデレクがちょっと引いていた。ご飯はよく噛んで食べないと……。
まあ、気持ちはわからなくもない。僕たちの中では昔からエリックがリナに惹かれているということは周知の事実だった。だから、あまり人の話を聞かないエリックがリナの言うことは比較的素直に聞く。でも、正直なところ、僕から見て、リナはエリックのことを手のかかる弟くらいにしか思ってなさそうだった。そこにデレクが現れた。僕にはリナがどう思っているかはわからないけど、リナのエリックとデレクを見る目に違いがあるのはわかる。
ポーラ曰く「女は危険な香りのするミステリアスな男に興味を持つもの」だそうだ。……まぁ、デレクは喧嘩っ早いところがあるから、危険なのは危険だろう。それに、いつも無表情で何を考えているかわからないところもあるから、ミステリアスと言えるかもしれない……かな。ただ、ポーラは「まだ、そんなんじゃないよ」とも言っていた。
デレクの方もはっきりとは分からないけど、ときおりチラチラとリナのことを見ているのを目撃する。多分、そういうことなんだろう。だから余計、エリックがデレクに張り合うんだけど。
でも、二人は人としての根本的なところで気が合っているように思う。ハンターたちとの喧嘩のときの連携なんて、いつどこで練習してんの?ってレベルだ。お互いイタズラを仕掛け合ってゲラゲラ笑い合っていることも多い。
僕がデレクと出会うことになったきっかけは夕食の席での父と家臣との会話だった。ウチは――海賊派の家は皆そうだが――食事は家臣たちも含めて皆でワイワイ楽しく食べる。他の貴族家は家臣たちとは食べないし、静かに食べるのがマナーらしい。そこで家臣の一人が父に「レイ・ボイル殿が弟子を取ったようだぞ」と言った。僕が父に「レイ・ボイル殿とは誰ですか?」と聞くと、「高名な細剣遣いだ」とのことだった。しかも、「その弟子は僕と同じ年ごろ」だともわかった。
興味が出た僕は泊りがけで遊びに来たエリック達を誘ってレイ・ボイルとその弟子を見に行った。そして瞬殺された。いや、凄かった。最初、僕は外野から見ていたのに、あっさりとデレクのフェイントに引っ掛かって、一瞬とはいえ姿を見失ったくらいだ。そんなことある?自分でもびっくりした。しかも、小さな子供のときならいざ知らずあんな風にエリックが背後を取られるところなんか見たことない。
自分もやらせてもらったが、いや、消えるんだ。どう見ても右だと思ったのに左にいる。ヤケクソで左だと思ったから右に向きなおったら、やっぱり左だったりもした。あれはどう考えてもこっちの反応をちゃんと見てステップを踏んでるとしか思えない。いや、強かった。一応、無手の技は封印していたが、これは使っても結果は大して変わらないなとも感じた。それはその後になって証明されることとなる。
ウチの稽古では同年代の中では強いほうだったから自惚れていた。世の中は広いと思った。それに、細剣術どころか他流派と戦うのは初めてだったから、シンシャ流とは全く動きが違う。本当に良い勉強になった。
あまりにびっくりしたので、家に帰ってすぐにそのことを父に報告したら、「へぇー、噂とは違うな」と言われた。「……噂ですか?」と聞くと、「デレクって子はジュライフィールド伯爵家の次子で、文も武もダメダメで、おまけに性根もねじくれており、3兄弟の出がらしと呼ばれているという噂がある」と教わった。ええぇっ?二度びっくりだ。
まずジュライフィールド伯爵家といえば名門中の名門だ。しかも、文の方は知らないが、武は……あのエリックとリナが子ども扱いどころか赤子扱いされたんだけど。でも、同時に、道理で貴族相手にも臆することなく、それどころか、上から目線でものを言ってきたのか、と納得する部分もあった。それに、性根は確かにねじくれていたな、とも思った。帰り際のエリックとのやり取りは煽りすぎだろ。
デレクとはそれ以来の付き合いだ。最近は最低でも週に1回くらいは遊んでいる。なんていうかナチュラルに手が出る。こないだもハンター街を歩いているとガラの悪そうなハンターっぽい大人4人に囲まれた。向こうからソイツらがチラチラこちらを見ながら歩いて来ているのを見て、面倒なことになりそうな予感はあった。そして、案の定囲まれた、と思った瞬間、デレクがもう蹴りを入れていた。そして、残りの4人が驚いている間に3人を倒していた。僕も流れで何とか1人倒した。
「何かちゃんとした用事があったかも?」とあとで僕が言うと、「フランク、お前は人を見る目が無ぇな。見りゃわかんだろ。カツアゲかなんかだよ」と言われた。いや、確かめてないし……。「あのな、後手に回ると思わぬ不覚を取る可能性が上がるからサッサとやっちまうに限るんだよ」とも言われた。さすがは「先先の先」を謳う双子派スーザン流だと感心しかけたけど、ヤバいよね……。
まあ、でも、「目には目を歯には歯を」じゃないけど口だけで言ってくる奴には口だけで返し、手を上げないところはある。ただ、暴力をちらつかせる奴にはホントに容赦ない。
それに、あれでデレクは周りの人を良く見ているところがある。僕たちだけで魔宮に狩りに行くことなって、誰をパーティーのリーダー役というか指示役にするか決めようとなった。そのときにデレクは僕を推薦した。「この中ではコイツが一番賢いしマメだし落ち着いている。適任だろう」とのことだった。びっくりするやら照れるやらで、「僕はそんなに賢くないよ」と否定すると、「いやいや、明らかに勉強できそうだし。魔獣に合わせた戦術とか考えんの好きそう」って言われた。確かに勉強は得意な方だし、そういう戦術を考えるのも好きだった。とはいえ、「でも、勉強の話なんかしたことなかったのに」と言ったら、「見てりゃわかる」と返された。
ちなみに、エリックが立候補したけど、皆が心の底から驚いて無言で見つめていると、流石のエリックも空気を読んでくれた。
それに、デレクは意外と言うと失礼かもしれないが、集団行動も得意な方だと思う。僕の指示にはちゃんと従ってくれる。そして、おかしいと思うところは魔宮を出るまで待ってから指摘する。「魔宮の中で余計な議論をするのはパーティーを危険にさらす」って言っていた。それに、エリックが事前に決めた連携パターンを無視して突っ込んで行ったら、連携を崩すのがどれほど皆を危険にさらす愚行なのかを懇々と説教してくれた。もっとも、一発ぶん殴ってからだったけど。「カッとなってやった。反省はしていない」とデレクは供述していた。
正直なところ、デレクがリーダー役をやった方がいいのでは、と思うことが多い。魔宮でもすごく落ち着いている。でも、本人は「オレは向いてねぇ」と言って、嫌がる。向いてると思うけどなぁ。まぁ、なんだかんだあるけど、一緒にいて刺激的で面白い奴だ。滅茶苦茶強くて頼りになるしね。
デレクが「あっ、やべ。素材置きっぱなしだ」と言って、慌てて店の中に戻って行った。エリックも付いて行く。
倒れている人たちは完全に放置された。
この人たち、どうしたらいいんだろう?と思って、リナに相談しようとすると、リナがいない。えっ?と辺りをキョロキョロ探すと、野次馬の中にいた。僕と目が合うと、リナはクイッと微かに顎をしゃくってから、歩き始めた。来い、ってことだろう。
僕が少し離れた雑貨屋の前にいるリナのところに行くと、「もう、何してんのよ?フランク」となぜか怒られた。
「ああいうときは放っとけばいいのよ。どうせ相手もろくでもない連中なんだから。……仲間だと思われたら困るでしょう?」
いや、もう仲間なのはバレてると思うけど……。リナはこういうところがある。リナは常識人だしモラリストでもある。でも、何て言うか、スパッと割り切りがいいというか切り替えが早いところがある。僕はちょっとウジウジしたところがある……。
しばらくして、デレクたちが僕たちを見つけて、やって来た。「はいよ」とリーダー役の僕にお金と受取証書を渡してくる。ザッと目を通すと、金額がちょっとおかしい。
「デレク、なんか多くない?」
「そうかぁ?」
デレクは気にもしていないようだ。もう一度よく証書を見てみる。リナも横から覗き込んできた。
「あっ、これ、さっきの人たちの素材も一緒に売ったんじゃ?」
そうリナが言うと、デレクは「えっ、マジで?気付かなかったわ」と平然としていて、お前は?って感じでエリックを見た。エリックも「俺も気付かなかったわ。まっ、しゃーねーな」と言った。
ちょ……っ、絶対、気付いていただろ。……これってもはや強盗では?
「そんなことより、こんだけあれば、前からリナが行ってみたいって言ってた例の高級魔獣肉の店に行けるんじゃね?」
デレクがそう言うと、リナは「わっ、ホントだ。よし、今日は高級魔獣肉だ」と満面の笑みを浮かべた。
リナはこういうところがある……。




