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2-3

 オレがここに来てから、もう4年近く経った。死ぬほど修行している。いや、マジで……。まぁ、そのために来たからやむを得ないとはいえるけど。


 修行その一、山を二つ越えた所にある農家に毎朝採れたての新鮮な季節の野菜を貰ってくるという名目のランニングだ。距離は正直なところよくわからんが、往復で三時間、タイムが縮まると、脚につけるおもりがどんどん重くなっていくシステムだ。朝起きて顔洗って、軽食食ってすぐにやる。野菜くらいその辺の八百屋で買えよ、と何度思ったことか。


 修行その二、帰ってきて、朝食を食ったら、庭に掘った穴の中に入り、そこからジャンプ一発で脱出する訓練だ。脱出できるようになると、穴をどんどん深く掘っていく。これもかなりしんどい。ランニングはまだ風景が変わるが、この訓練は土か小汚い塀を見ているかで虚しくなってくる。メンタルトレーニングも兼ねているのかもしれない。しかも、穴の深さが自分の胸辺りまで入るようになって脱出に躓いていたら、婆さんが「何やってんだい。重心が体の中に残ってるからダメなんだよ。頭のてっぺんから上にスッと重心を出すんだよ」と宣った。そんなことできるか。もはや空を飛べるレベルじゃねーか。翼をください。……最近できるようになってきた自分が怖い。いや、なんかの拍子に一回できたら、その後、できるようになっちゃった。


 修行その三、ちょうど成人男子の足がきれいにすっぽり収まるくらいの長方形で厚みが手指の第一関節の半分超ってところの木の板を地面に縦に立てて並べ置いて、その上でステップを切るというもの。もちろん板を倒してはいけない。これは修行その二で自分の背丈くらいの深さから脱出できるようになったくらいで追加された。最初はホントにただ置いただけだったが、さっぱりできなかったので、ちょっとだけ地面にめり込ませたが、それでもさっぱりできなかった。そこから頑張って、何とか一枚目に乗れるようにはなった。これでも結構すごくない?けど、一歩足を踏み出すのは絶対に無理だった。すると、また婆さんが「だから、重心を外に出したら戻ってくるんだから、そのタイミングを調節するんだよ、簡単だろう?」と言った。そんなわけあるか。勝手に戻ってくるのに、タイミングもクソもねーんだよ。……、うん、まぁ、これも、最近なんとなく形になってきた。自分が怖い……。今のところ最高7枚だ。


 朝の修行はここまで。昼めし食って一休みして午後の修行になる。ちなみに、最初の頃は飯が食えなかった。口に入れただけで、オエッてなってた。


 午後からは型をやって、お昼寝。そして、婆さんと立会稽古だ。ボコボコにされてボロ雑巾のようになって夕食のお時間になる。ちなみに、一度だけ、婆さんの本気を見た。なんか夕食のときの雑談でゲーリーとの稽古の話になり、例のゲーリー本気モードのことを言った。そしたらそのときは「ふーん」で終わったのに、翌日の立会稽古で急に「ちょいとアタシの本気も見せとくか」って言って見せられた。いや、姿が消えるんだ。何言ってんだ?って感じだけど、本当なんだ。スーッとなんか体のふちから透明になっていくみたいな感じで消えるんだ。ただし、プレッシャーだけは残してね。マジで怖かった。間違いなくゲーリーと同類だわ。……つーか、しょうもないことで張り合うなよ。


 夕食後は一休みして、ウチから持ってきた教科書でお勉強……はねぇ、ほら、疲れてるから……。


 で、本格的に寝る前に、もう一修行、暗い中庭に出て、本の文章を読まされる。そして、次に、月とか星を見る。これの繰り返し。夜目の訓練らしい。


 他にも、やったことのない不思議な修行というか聞いたことの無い理論があったりする。体を動かす前と後に必ずストレッチをやる。これは当然だ。中の人をやっていたとき、あの妖剣すらもちゃんとやってた。


 でだ、なんか魔力のストレッチとか言われて、魔力を震わせるってことに挑戦させられている。これがムズい。通常、身体強化は体中に隈なく魔力を行き渡らせ、その魔力をギュッと固めろと習う。震わせるなんてしたこと無いし、本当に初耳だった。今のところ出来ていない。なんでも魔力も筋肉とかと同じでほぐすと疲労軽減とかの効果があるらしい。さらに、これによって魔力の扱いも上手にもなり、身体強化術の出力が上がるそうだ。


 我ながらよくやっていると思う。前回の人生だったら、確実にすでに逃げ出してるね。あの家に帰りたくない一心だ。陰口をたたかれ、嫌悪感を浴びせられ、無視される。そんな精神的なダメージは日々蓄積していく。しんどいわ。でも、疲労やら筋肉痛やらの肉体的なダメージは寝たら治る。楽だ。


 それに、「好きこそ物の上手なれ」なんて言葉があるが、上手な物を好きになることもあると思う。いやー、体を思い通りに動かせるってのは本当に楽しい。前の人生では知ることのできなかった喜びだ。


 師範のお手本通りオレはやっているつもりでも「そうじゃない」と怒られる。打ち木の練習なんかやると手をぐねるし、音もオレだけ変な音しかならない。試合やってもさっぱり勝てない。惨めな気持ちになった。


 でも、今は違う。見せてもらったお手本通りにでき、「よくできている」と褒められる。打ち木やっても手なんざぐねらないし、木剣を木に突き刺すことすらできる。試合にも勝てるしね。半年ほど前、王国北部にある婆さんの知り合いのスーザン流の道場に泊りがけで稽古に行ったことがある。試合形式の稽古をしたんだが、全勝できた。千本仕合のときも思ったが、やっぱり勝つと滅茶苦茶嬉しい。


 ついでに言うと、喧嘩にも勝てた。弱い者いじめ以外では人生初だ。こないだお使いに行ったときに10代後半くらいのチンピラ5人組に絡まれた。道端でダベってた奴らと目が合って、マズいと思った。こっちに向かってきたのを見たときはちょっと泣きそうになった。でもふと気づいたんだよね。歩いてる姿の軸がぶれてるなってね。んで、よーく見てみると、大したことないとわかった。あとは先手必勝だ。妖剣が喧嘩するところを中からよく見てたから、わかっている。いやー、5対1で勝っちゃったよ。たまらない爽快感だった。


 あと、貴族的なふるまいを30年もしてなかったし、身近に見てもいなかったので、屋敷では結構言動に気を遣って疲れるところがあった。ここでは気楽だ。


「御免くだされ」


 玄関から訪ないの声が聞こえてきた。


 一人で型稽古をしていたオレは、「誰だよ?」と舌打ちした。近所に住んでいる連中ならば勝手に上がり込んでくるはずだから、ちゃんとした客人くさい。でも、客が来るなんて聞いてないし、婆さんは今日は朝から出かけている。


 オレが相手すんのかよ、メンドくせーな、と思いながら、玄関に向かっていると、「バカ、こういうときは頼もうっていうんだろうが」と何やら訳の分からないセリフが聞こえてきた。


 子供が3人いた。男二人に女一人だ。なんとなくだけど結構いい服を着ているような気がする。顔的にはオレと変わらない年頃だと思うが、やたら背が高くガタイの良い奴が一人いて、ソイツが、「レイ・ボイル先生はご在宅ですか?」と丁寧に聞いてきた。


 「申し訳ありません、レイ・ボイルは今出かけておりまして」とオレが応えると、「ホントかテメェ、フカシこいてんじゃねーぞ」とオレよりちょっと高いくらいの背丈をした目つきの悪い雄ガキが言ってきた。


 なんだコイツ、ジュライフィールド伯爵家に喧嘩売ってんのか、無礼討ちにすんぞ、と内心で思いつつ、オレは黙ってそのガキを睨みつけた。


「もう、バカ、アンタは黙ってて」


 肩のちょい上くらいの髪の長さの女が言った。少し小柄でちょっと困り眉の可愛い娘だった。


「先生はいつ頃お帰りでしょうか?」


 デカい奴聞いてくる。オレが「ちょっとわからないです」と応えると、横から目つきの悪いバカが「おう、もうコイツでいいじゃねーか、勝負しろ、コラ」と舐めた口を訊いてきた。


 うん、殺す、とオレはバカにもう一度目をやった。そこで、アレっと思った。このバカ、どっかで見たことあるような……。デカい奴もよく見てみると、なんか見たことあるような顔だ。困り眉の女の子はかわいい……じゃなくて知らないな。


 「おい、無視かコラ、返事がねーぞ」と凄むバカに、困り眉の子が「エリック、いい加減にして」と少し大きな声で言った。エリック!あっ、それで、ピンときた。コイツ、エリック・ヒューだ。


 そのとき、「アンタたち何してんだい」と婆さんが帰ってきた。


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