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「ゲーリーの爺は元気かい?」
「ええ、元気が有り余っていますよ」
「だろうね。……なんでゲーリーに師事しなかったんだい?」
「父はそのつもりだったみたいですが、ゲーリーが己にあった流派に出会った幸運を捨てるのは駄目だとかなんとか強硬に言い張りまして」
「……アイツらしいな。剣の道にはうるさいからな」
「ええ、まぁ。剣のことを話し出したら止まりませんからね」
アタシは白湯を振る舞いながらデレクとかいう貴族のお坊ちゃんを観察していた。ジュライフィールド伯爵家といえば大貴族だ。王国建国前から王家に付き従ってきた譜代中の譜代の家。王家を筆頭とする王党派の重鎮だ。しかもゴリゴリの武闘派の家だ。いや、今の当主はなかなかの内政家って話だったか。
今のところの印象は愛想のないガキだというものだ。こっちが聞いたことにはちゃんと丁寧に答えるのだが、妙に無表情だ。武官系というより文官系、それも人ではなく帳面を相手にする財務系の役人みたいだ。
デレクを一休みさせた後、毎朝運動がてら剣を振っているところに連れて行った。昔は農作物を入れていたという倉庫を改装というかちょっと片づけただけのところで、ここを道場代わりにするつもりだ。ウチは農家を買い取ったものだ。ちなみに、畑は持っていない。
デレクに型と歩法を見せてもらう。スーザン流の型は見ただけ、双子派の歩法は独自に考え出したとかって話だったかな。デレクが型をやり始めた。アタシはじっくりと見た。
独学でこれ……、凄いな、と素直にアタシは思った。
ゲーリーに「OK」の返事をだしてから、ちょっと後悔していた。だが、これは……型の動きをただこなすだけでなく、そこに自分の色を出している。これはなかなか出来ることではない。しかも、これでまだ10歳。
不覚にも胸が高鳴った。自分でも驚く。
まぁ、修正すべき点は多々ある。特にステップを切るときに右手が下がるのは駄目だ。スーザン流では剣を持っていない手は心臓をガードするように常に胸の前に置いておくのが基本だ。実際、そのガードのお陰でギリギリの勝負で助かった経験が山ほどある。相手の予想外の胴突きに対しほんの少し手を動かして切っ先の方向を変えたこともあれば、魔獣の不意打ちの尾の攻撃にその手をつっかえ棒のようにして何とか逃れたこともある。あれでは思わぬ反撃を食らいかねない。
剣を持っているほうの左手も気に食わない。こちらも、突きを放つときに、なぜか切っ先が一度ほんの少しだけだが下がる。その下がった分だけ突きが遠回りすることになり、相手に防御の時間を与えることになる。
あぁ、あとはステップの歩幅が広すぎてバランスがよろしくないし、それに重心移動も少し引っ掛かるところがある。重心移動は双子派の命ともいうべきものだ。もっとスムーズにできなきゃダメだ。他にも気になるところはあるが、これらの点は目立っている。
それにしても……、型の順番がめちゃくちゃだった。型を見せろと言われれば、普通は初伝の一の型から順にやると思うんだが、いきなり初伝の四の型をやったかと思えば、次は中伝の七の型だったりする。
ちょっと面白いのは10数個の型を見せてくれたが、スーザン流にはそれほど多くない相手の攻撃を誘引してから仕留める型がほとんど入っていた。なにより、あの初伝の四の型、相手の突きを背に通しながらのカウンター、双子派を含めスーザン流を代表するカウンター技の練り具合ときたら、とんでもないレベルだ。覗き見をして型を覚えたと手紙には書いてあったが、たまたまなのか見られた奴が得意にしていたのか……。だからなのかどうか知らんが、コイツの色っていうのはふっと相手を誘うような微妙な間にある。興味深いところだ。
ふむ、これは鍛え甲斐があるかもな……とは思うものの、最近の若い奴、ましてやこんな子供、しかも貴族のボンボンだ。いったん「OK」した以上は一通りのことだけは教えるつもりだったが、正直、ここまでとは思っていなかった。どこまでやるか?アタシが本気で鍛えたとして、それについて来れるのか?苦い思い出がよみがえる。
一応、これでも前に道場主をやっていたことがある。王国東部にあるボイル道場、双子派スーザン流の道場では王国最大とも言われていた。アタシもそこで剣を学んだ。そして、譲り受けた。
そこで言われた。「稽古が厳しすぎる」って。何だそれ?剣は魔獣から人類を守護し、他国の侵略から国を守るものなんだが。厳しくしなけりゃ、すぐ人類も国も亡ぶぞ。アタシは懇切丁寧に剣の使命から道理を説いてやった。
しかし、「今の時流ではもう少しマイルドな稽古でなければ、若い門下生が逃げる……」、「道場の経営が……」、と高弟共が騒ぎやがった。アタシがキレて、「そんなこと気にして、役に立たない剣士しか育てられない道場は消えればいい」と言うと、「伝統ある我らが道場を潰すなど先達に申し訳が立たない」とか吐かしやがった。いやいや、本末転倒だろ。だが、高弟共はこぞって同じことを言う。
ある日、一気にアホらしくなった。剣にまつわる何もかもが煩わしくなった。道場を高弟の一人に譲って、ここにやって来た。しばらくは剣も握らなかったが、長年の習慣か、体がシャッキリしない。結局、剣から離れられなかった。ただ、一人稽古で新たな気づきもあったりして、それはそれで楽しかった。それに、金はそれなりにあるし、魔獣を狩ってこずかい銭も稼げる。もうこれでいいやと思っていたが……、剣については一つ心残りもある。
さて、どこまでやるか?
……フフッ、いや、悩んでいるってことはもう決まっているな、と思った。あの10歳にして自分の色を出す動きを見て胸が高鳴ったのを無かったことにはできん。……よし、本気で鍛えよう、ついてこれないならそれまで。勝手に帰るだろう。
そういえば、手紙に昔貴族とちょっと揉めたことを大袈裟に書いて断ったら、ゲーリーが昔の小さな借りを命の借りがあるかのように大袈裟に書き募ってきたのには、失笑するしかなかった。
かつて護衛の仕事で知り合ったかなり大きな商家の息子に見初められたことがあった。ソイツ自身は良い奴で別に嫌いではなかったんだが、当時の私は剣に夢中で他のことに煩わされたくなかった。かなり影響力のある商家で、あまり邪険にもできないなか、プレゼント攻勢やら果ては親の大商人まで出てきて、ほとほと困っていた。そこでゲーリーに将来を誓い合った彼氏のフリをしてもらって、何とか切り抜けたことがあった。
まぁ、借りは借りだけど、剣術バカ過ぎてどっかズレているところがある、アイツは。
ただ、あの男がそこまで必死になる逸材とやらに興味がわいたのも事実だった。




