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 オレはここ最近の日課となっている修練場での型稽古――しつこいようだが、双子派スーザン流の型かどうかは知らん、妖剣が暇を見つけてはまめに練習していた動き――を終え、地べたに座り込んだ。持ってきた水筒から水を飲む。


 最初は例の嘘の設定どおり自分の部屋でやっていたのだが、毎日室内だけだと気分がクサクサしてしょうがない。


 父上に「狭いスペースでの動きはわかったので、次は広いスペースで練習したい」といっぱしの剣士のような口をきいたら、ここを使わせてもらえることになった。ホント良く回る舌だわ。


 あの千人仕合の日からもう2ヶ月ほど経った。今でも若干夢だろと疑っているところは無きにしも非ずだが、過去に戻ったということはほとんど受け入れている。


 そして、オレは最重要課題に設定した家中の人間関係の再構築・改善に乗り出していた。


 まずは、なんといってもオレが30年間切望し、かつ、一番顔を合わせる機会の多い兄弟からだ。兄上は何といっても未来の俺の上司だし、弟は何のかんの言っても優秀だから多いに俺の助けになるに違いないしね。うん、なんか自分本位なところもあるが、いったんそこは置いておこう。


 円滑な人間関係の基礎と言えば、とにもかくにも挨拶からだろうということで、ニッコリ笑顔で大きな声で朝の挨拶をしてみた。


「おはよう」


「……」


 うん、最初のうちは無視されるだろうとは覚悟していた。


 ……もう2ヶ月だぞ。


 兄上さぁ、年長者としてそれはどうなのよ、器が知れるわ。


 トリスタン君さぁ、お前には年長者を敬う気持ちがないのか、ボケ。


 もちろん、他にも何のかんのと話しかけた。「兄上、少しわからないところがあるので、後で勉強を教えてもらえませんか?」とか「よう、トリスタン、ちょっと剣の稽古でもしないか?」とかいろいろ試してみた。……全部スルーされた。


 心が折れたので、ここ数日はオレも無視している。……ダメじゃん。


 いやいや、嫌われ過ぎだろう。確かにオレにも悪いところはあった、……いや、オレが全面的に悪かったような気がする。


 しかし、血を分けた兄弟じゃねーか。まぁ、骨肉の争いなどという表現もあるように、兄弟だからこそ憎しみも激しいものになるとか聞いたこともあるけど……。


 二人ともお子ちゃま過ぎるだろ。トリスタンはまだ8歳くらいか……、ガキもガキだな。……そういや、兄上もまだ12歳くらいか。思春期の結構メンドくせぇ年頃のガキだった。


 御学友たちの方も似たようなもんだ。もともとこの頃の――いや、正確には、その後も――オレはややこしいガキだったので、同年代の子達からあまり関わり合いにならないように遠巻きにされ、孤立していた。


 そりゃそうだ、通常モードで上から目線での命令アンド説教口調で、何か気に入らないことがあると、キレ散らかす。好感なんて持たれるわけない。おまけに、跡もつげないたかが次子、さらには、長子も三子も優秀ときた。オレに胡麻擦っても意味ないのは子供でも分かる。


 しかし、なんで、あんな態度をとっていたんだオレ?もうちょっといい子にしてろよ。クソっ。


 うーん、まぁ、今思うと、何もかも負けていた兄弟……、あと偉大な両親への対抗心かな。何も持っていない自分を大きく見せなきゃと必死だった気がする。毎日追い詰められた気分だった。完全に逆効果だったけど……。


 兄上は文武両道を地で行く人だったし、トリスタンは剣にかけては神童呼ばわりされるほどだった。


 ……それに、顔面もね。二人とも男前だ。兄上は父方に似ていて武官系のワイルドなタイプの男前、トリスタンは母方に似ていて小さい頃から女の子に間違われるほどの美形だ。それに引き換えオレは誰に似たのやら、超がつく地味顔だ。華がないのよね。はぁ。


 あと身長もね……。これはオレの独断と偏見かもしれないが、普通兄弟では弟のほうが背が高いことが多いと思うんだ。いや、あるよ、兄の方が背が高い場合も。でも、少ないと思う。で、オレだ。一番背が低いんですけど……。兄上には一度も追いつけなかったし、トリスタンには学園に入るころには追い抜かれていた。なんでだよ?


 騎士は中身だってことはわかってるよ。ああ、わかってる。でもね、こんなルッキズムはびこるご時世では……。神様もよぉ、勉強も剣もダメなら顔面と身長には配慮しろよ。


 あと、地味に名前がオレだけ短いのも気にしてた。しょーもないこと気にすんなと今は思える。でも子供の頃はね……。 


 両親もね。二人とも王国内ではちょっとした有名人だ。


 父上は剣も相当なものらしいが、内政家としての評価が高かった。よく知らんがウチの領地を大分発展させたとか。ちょいちょい王城にも相談で呼ばれるらしい。


 母上は王国騎士団でめっちゃ評価されている。補給部隊の責任者なのに、普通に戦場で武功を何回も上げている。少し意味がわからない。本人は「たまにはストレスを発散しないと」とか言っているとかいないとか。


 そして、当然の如く、二人とも容姿も優れている。息子のオレから見ても、男前と美人だわ。


 小さい頃はオレも誇らしかったけど、ある程度の年齢になると、プレッシャーが……ね。


 で、友達関係の続きだ。


 オレにも数人だけだが取り巻き連中が居た。コイツらは御学友じゃない。御学友に選ばれるのはもっとちゃんとした子たちだけだ。コイツらはオレの金とほとんどない名前のおこぼれ目当てだったと今は……というか昔もわかっていた。


 こないだから、コイツらがなぜか無駄に目を輝かせて「誰それが最近生意気です」とか「息抜きに街に行きましょう」とかウルせぇ。それに、こんなアホ共とツルんでいるとまともな友達はできないので、「二度とオレに話しかけんな」と伝えておいた。


 どちらかというと、オレのことを思って苦言を呈してきていたトーマスみたいな奴らと関係を改善させたかった。


 だが、トーマスはなんていうか怯えていた。まぁ、普通に殺されかけた相手にはビビるよな。それを見て変な罪悪感みたいなものが湧いてきて、うまく話せなかった。


 ほかの連中は大別して二つにわかれた。


 一方は遠巻きを維持している連中だ。コイツらは話しかけても「はい」とか「いいえ」とか必要最小限の返事しか返ってこない。オレは主君の子だぞ気を遣えとムカついた。……こういうところが嫌われていたんだろうなと思うが、面倒臭くなって放置気味だ。


 もう一方は向こうからオレに接近してきた奴らだ。細剣を学んでる奴らが多いかなと感じた。内訳はオレが今も覚えているくらいの剣術ガチ勢と名前どころか顔も覚えていないようなどちらかと言うと目立たないタイプの子達だった。


 コイツらには真剣な目で「どんな練習をしているんですか?」と聞かれた。「まずは妖剣を抜くことから始めよう」とは答えられないし、あんな真剣に聞かれてテキトーなこと言うのも気が引ける。そして、オレは修行方法なんぞ知らない。オレの方が逃げ回っている。てゆうか、あの人たちオレじゃなくて剣にしか興味ないよね……。


 結局のところ、人間関係はさっぱり改善できていない。当たり前のことだが、むちゃくちゃ居心地が悪い。しかも、急に変わったからだろうか、どこ行っても、家臣や使用人から家族までチラチラ、ヒソヒソとされているようで鬱陶しいことこの上ない。


 こないだもたまたまオレと同い年の女子二人組の話が聞こえた。


「トーマスって、もうちょっと当たり所がズレてたら死んでたらしいよ」


「マジか……、デレク様、狙ったのかな?」


「そりゃそうでしょ。トーマスは私たちをかばったりしてたからね」


「うわ、怖ぁー」


「ホントそれ。前までは雑魚だったから、自分がやり返されるのが怖かったのか、暴力はあんま無かったじゃん。これからはヤバイよ」


「最悪だね。近寄らないようにしなきゃ」


 どうやらオレは蚊あたりから魔蟲にランクアップしたらしい。蚊はブンブン鬱陶しいし刺されれば痒いが、それだけのこと。だが、魔蟲は刺されれば死ぬ恐れありってか。


 そういや、確かに内心ビビりながら周りの連中にあれこれ命令してたような……。


 他にも、2,3コ上の女子の会話を聞いた。


「デレク様って急に無口キャラになったよね」


「ああ、すっごい仏頂面してね。アレがかっこいいと思う年頃なんじゃん」


「マジで?ただただ根暗にしか見えん」


 うるせぇ、ブスども。コッチは30年以上も中の人やって、人と直接コミュニケーション取るの久し振りなんだよ。ドギマギしてんだよ。しかも、30年も表情筋遣ってねーから、仏頂面がデフォルトになっちまったんだよ。


 ああ、あと、使用人たちもねぇ。なんか感じ悪いんだよなぁ。明らかに、オレと兄上とかとじゃ態度が違う。オレに対しては笑顔がない。なんでだ?オレ、何かした?……そういえば、オレって前は使用人のことは家具みたいに思っていたようなそうでないような。……いや、ほら、アレだ。……黙秘します。


 中の人をやって地獄を見せられメンタルが多少はタフになったと思っていたが、今は地獄の種類が違うのでしんどい。


 ゴールは同じなんだ。生まれてこない方がよかったという気分にさせられる。でも、そこまでのプロセスが違う。


 中の人のときは妖剣を抜いた己への諸々の悔恨と妖剣の所業だった。しかし、今は周囲の人間からの嫌悪感だ。


 例えるならば、体術の試合で顎への打撃とボディへの打撃でダメージが違うのに似ている。どっちも苦しいのは同じ。でも、顎に貰うとふわーっと飛びそうになる意識をつなぎとめるのが苦しい。一方で、ボディは体の中にデカい石を入れられたかのように鈍い痛みに呼吸できなくなって苦しい。つまり、耐え方が違うんだ。だから、ダメージが良く入る


 まぁ、オレは大して効いてもいないのに効いたふりしてさぼってたから、人づての話だが……。


 考えてみると、オレって前世のあのどうしようもないダメ男から成長していないような……。三つ子の魂百まで理論は真理で、人の性根は変わらないのかも。


 失敗は人のせいにしてキレて投げ出す。問題は先送りか人任せ。中の人をやって余計に性根がひねくれたという恐れもある。はぁ、あの正真正銘の社会の害虫たる変態妖剣クソ野郎ですら、普段はその本性を隠し、まぁまぁいい奴で世を渡っていたというのに……。


 でも、本当にそろそろ何とかしないとマズい。どうしよう?なりふり構わず、強引に遊びに誘うとか?


 ……まぁ、明日から。


 あっ、でも、一部の大人とは上手く行き出してるような気がする。


 ゲーリーは剣の話題を中心によく話すようになったし、よく稽古もつけてくれる。身体強化術アリでの立会いもした。「おお、身体強化術の腕も素晴らしい」って感動されたわ。ゲーリーは剣術バカのようだ。父上が言っていたし、オレもそう見た。剣以外のことは基本気にしないタイプで話していて楽だ。


 そういや、ゲーリーはやっぱり千人仕合のときは手を抜いてやがった。オレはまだゲーリーから一本も取れていないのだが、一度だけ木剣がかすったことがある。いや、ホント稽古着の端っこにだ。一本には程遠い。どうも、床に落ちていた汗を踏んでほんの少しだけゲーリーはバランスを崩したようだった。


 そしたら、ゲーリーが「不覚」とか呟いた。すると、急にアイツの体がデカくなったように見えて、オレは体を動かすどころか呼吸をするのもやっとの状態になった。いやいや、名人クラスじゃねーか。ゲーリーは「まだ、坊っちゃんには早かったですかな?」って言ってニヤついていた。どんだけ負けず嫌いなんだ。


 父上ともよく話すようになった。前の人生では兄上やトリスタンと父上がよく話しているのを見たが、オレはある程度大きくなってからはあんまりちゃんとしゃべったことがなかった。父上はオレには興味がないと思っていたし、オレもソッチがその気ならと父上を避けていたところがあった。オレが勝手にいじけてただけだったのかもしれない。ただ、なんかすごくオレに気を遣っているようにも感じる。


 こないだも、廊下で会ったとき、花瓶に生けてある花を見ながら父上が言った。


「ほう、きれいな花だな」


「そ、そうですね」


「名前を知っているか?」


「……知りません」


「そうか。……私も知らぬ」


 ……いや、別に話題がないなら、話しかけて頂かなくてもいいのですが。


 父上とも一緒に剣の稽古をした。父上はフォレスト流長剣術の切紙を持っているほどの腕前だ。もっとも、本人曰く「おまけで貰った」そうだ。その場にいたゲーリーが「そうですな」と頷いていた。父上は苦笑いだった。


 ともあれ、オレでは相手にならないほど強い。ただ、本当にまぐれで一本取れた時があった。すると、父上は「今のは浅い」だのなんのと言い訳をして、次の立合いはムキになって全力できた。子供か……。


 他にも、「顔つきが大人になって来たな。やはり何かに打ち込むとこうも変わるもんなんだな」とか言って父上がちょっと涙ぐんでいたのには参った。オレ、何に打ち込んだんだろう?


 ちょっとお腹がすいてきた。何か食いに行くかとオレが腰を上げかけたとき、修練場の扉が開く音がした。秘書が入ってくる。


「デレク様。御屋形様がお呼びです」


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