3:百年後の未来へ
王宮の裏庭は、祭典の喧騒から隔絶された静かな場所だった。
夕暮れの光が、修復途中の石畳に長い影を落としている。庭の中央に立つ古い噴水は、戦火で一部が欠けていたが、水は今も静かに流れていた。周囲の花壇には、カルデニアの国花の青い花が咲き始め、風に揺れるたびかすかな甘い香りが漂う。
ルーディは軍服の襟を緩め、噴水の縁に腰を下ろしていた。
ジェイクは隣に立ち、軽いマントを羽織っただけの簡素な姿で、空を見上げていた。
護衛の兵士たちは遠く離れた場所に控え、二人の間に言葉だけが静かに流れる。
「ルーディ…お前はまたこうやって王宮の裏庭で、2人っきりで話せる日が来るって本気で信じてたか?」
ルーディは小さく肩をすくめ、少しだけ柔らかい声で返した。
「そんなこと考える余裕もなかった。必死だったからね。珍しく俺は頑張ったんだ、次は王様になったお前が頑張る番だろ?」
ジェイクは小さく笑い、噴水の水面を見つめた。水に映る自分の顔は、亡命の頃より少しだけ大人びて見えた。
「俺の番……か。正直、まだ実感が湧かない。でも、俺は思うんだ。この国は、もう二度と誰かに操られる国になってほしくない。国民一人ひとりが、自分の手で未来を選べる国にしたい」
ルーディは膝に肘をつき、頬杖をしながら静かに頷いた。
「軍も変わらなきゃいけないだろうな。国を守るためには力が必要だ。綺麗事じゃダメだ。ラマーン帝国がまた侵攻してきても、大国のアルメリア連邦が何か企んでも、俺たちの意思を自信を持って突き通せるぐらいの力は持たないといけない。それは戦争のためじゃなくて、戦争をしないための力として」
ジェイクはルーディの横に腰を下ろした。二人は肩を並べ、噴水の水音を聞きながら、しばらく黙っていた。
やがてジェイクが静かに夢を語り始めた。
「俺は、国の子どもたちが笑って学校に行ける国にしたい。辺境の惑星でも、誰も飢えずに済むようにしたい。軍は……強すぎず、弱すぎず、ただ『国民の盾』となれるようにしたい」
ルーディは小さく鼻で笑った。
「理想論だな……でも、ジェイクらしい」
ジェイクはルーディの横顔を見て、優しく続けた。
「お前はどうしたい?この国をどうしていきたい?」
ルーディは少し間を置いて、空を見上げた。夕焼けが青と金を混ぜたような色に変わっていく。
「……あえて言うなら…ソファに寝そべって、好きな本を好きな時に読んで、それを誰にも邪魔されない。そんな平和な国かな。俺みたいな軍人が、英雄だなんてもてはやされてるうちはダメだね」
ジェイクは笑いながら答えた。
「ルーディっぽいな。俺は自分で出来ることを必死で頑張るよ。誰もお前の読書の時間を邪魔できないようにな」
ルーディは苦笑し、ジェイクの肩を軽く叩いた。
「……約束だぞ」
噴水の水音が、二人を優しく包み込んだ。ハイデルの夜空に最初の星が灯り始め、ゆっくりと新しい日を迎えようとしていた。
二人は肩を並べ、理想の未来を眺め続けた。
――――
ハイデルの首相官邸は、戦後の修復がようやく一段落したばかりだった。
執務室の窓からは、中央都市の街並みが午後の柔らかな光に照らされているのが見える。遠くには王宮の尖塔が青空に映えていた。
部屋の空気は静かで、かすかなコーヒーの香りと、古い書類の紙の匂いが混じり合っている。
壁にはカルデニア王国の国旗が掲げられ、机の上には両国の国旗が並んで置かれていた。
アルメリア連邦大統領マーガレット・ローズベルトは、護衛を最小限に抑えて執務室に入った。
彼女は濃紺のフォーマルスーツに連邦勲章を付け、髪を短く整えていた。表情は穏やかだが目には鋭い光が宿っている。
シュミット首相は黒いスーツ姿で立ち上がり、深く頭を下げて出迎えた。
「ローズベルト大統領閣下、ようこそカルデニア王国へ。国を代表し、心より歓迎いたします」
ローズベルトは微笑み、シュミットの手を軽く握り返した。
「シュミット首相、お招きいただきありがとうございます。この短期間でカルデニア王国を再建した手腕には、心より敬意を表します」
二人は執務室の長テーブルに向かい合って座った。護衛たちは部屋の隅に控え、静かに見守っている。
シュミットは静かに切り出した。
「戦前に締結した軍事協力の条件についてですが……
カルデニア王国が復活した今も、約束は滞りなく果たすことを誓います。青の小惑星帯の資源採掘権の一部譲渡、ハイデル宙域への軍事基地設置……すべて、議会で承認済みです。」
ローズベルトはゆっくりと頷き、資料を軽くめくった。
「感謝します。アルメリア連邦としても、約束を守るつもりです。基地の建設は早期に開始し、協力しながら進めましょう。私達もカルデニア王国の再建に、少しでもお役に立てるように協力致します」
シュミットは安心したように小さく息を吐き微笑んだ。
「ありがとうございます。これで、両国はより強い絆で結ばれますね」
会談は穏やかに進み、官僚を交えた細かな調整に移った。
やがて、ローズベルトが静かに言った。
「国王陛下とルーディ・クラウス中将にも、お会いしたいのですが」
シュミットは頷き、秘書に目配せした。
「では、王宮へご案内いたします。国王陛下も大統領にお会いしたいと仰っておられましたから。王宮でお待ちのはずです」
会談終了後、ローズベルト大統領一行は王宮へと招かれ、謁見の間へと通された。
部屋は柔らかな光に満ち、修復された金箔の壁が輝いている。
ローズベルト大統領が謁見の間に入ると、国王は玉座の前に立って待っていた。急遽王宮に呼び出されたルーディは、少し離れた場所に立ち、軍服の襟を緩め、いつもの面倒くさげな表情でいた。
ローズベルトはジェイクに近づき、深く頭を下げた。
「国王陛下、お目にかかれて光栄です。アルメリア連邦大統領、マーガレット・ローズベルトでございます。国を代表し、カルデニア王国の復活を心より祝福いたします」
ジェイクは穏やかに微笑み、握手を交わした。
「大統領閣下、遠路はるばるありがとうございます。
アルメリアの支援がなければ、私はここにいられなかったでしょう。これからも、両国が互いに支え合える関係でいれるように願っています」
ローズベルトは頷き、いつもの鋭い眼光ではない、柔らかな笑顔をジェイクに向けた。
ジェイクは少し離れた場所に立つルーディを振り返った。
「クラウス准将!貴官もこちらにお越しください」
ルーディはゆっくりと歩み寄り、ジェイクとローズベルトに敬礼をした。
ローズベルトはルーディに視線を移し、穏やかな声で話しかけた。
「ルーディ・クラウス准将ハイデルを救った英雄。あなたの類いまれなる指揮がなければ、我が国の援軍が到着する前に、この国は今頃ラマーン帝国の手中にあったでしょう。今こうして国王陛下に拝謁出来ているのは、貴官のお陰かもしれませんね。感謝します」
ルーディは肩をすくめ、短く答えた。
「……いえ、それは逆です、大統領閣下。アルメリア軍の支援がなければ私達ここにはいられなかったでしょう」
ローズベルトは小さく笑い、ルーディの目を見つめた。
「謙遜は結構ですクラウス准将。あなたのような非凡な才能を持つ指揮官がいる限り、カルデニア王国は簡単に他国に屈することはないでしょう。軍事面で、これからあなたに協力を仰ぐことがあるかもしれません。その時はよろしくお願いしますね」
ルーディは無言で頷いた。
謁見の間は、夕陽の光に優しく照らされていた。
カルデニア王国は、ゆっくりとだが確実に、新しい道を歩み始めていたのだ。
――――
カルデニア王国の復活から半年以上の月日が経ったこの日。ハイデルの空は、戦いの灰色を完全に払い落とし、青く澄んでいた。
中央広場に立つ新しく設置された国王の像は、朝陽を浴びて金色に輝き、子どもたちがその足元で笑いながら走り回っている。
街路には新しい建物が立ち並び、商人達が市場で声を上げ、活気に満ち、街の至るところで国旗が風に揺れている。
戦争の傷跡はまだ少し残っていたが、人々はそれを「過去の証」として受け入れ、未来に向かって歩き始めていた。
ルーディ・クラウスは、軍艦の艦橋ではなく、中央都市の郊外にある小さな家に一人でいた。
家は街のからは少し離れた丘の上にあったが、窓からは中央都市の街並みが一望できた。
部屋は質素で、生活に必要な最低限の物しか置かれていない。テーブルにはコーヒーカップと古いデータパッド、そして古い紙の本が無造作に置かれていた。
彼は窓辺の椅子に座り、顔の上に開いた本を乗せて眠っていた。
休日の今日は、堅苦しい軍服から解放され、街の古着屋で買った白いシャツとゆったりとしたズボンを着ていた。
仕事が無い、限りある休日が、彼にとってはかけがえのない時間だった。
起きたい時に起きて、眠たくなったら寝る。好きな時に食事をとり、好きな本を好きなだけ読む。そんな貴重な時間を過ごしていた彼を、部屋をノックする音が邪魔をした。
しかもその犯人は、家主の応答を待たずに勝手に部屋に入ってきたのだった。
男は帽子を深く被り、黒い大きめのコートを羽織っており、明らかに怪しい雰囲気を醸し出していたが、家主であるルーディは驚きもせず、顔に乗せた本を少しずらして男の方を一瞥すると、また顔に本を乗せて何事もなかったかのような態度をとった。
そんなルーディに男の方から声をかけた。
「おい!苦労してここまで来たんだ。茶の一杯でも出せよ」
ルーディは本を顔に乗せたまま答える。
「残念ながら、招かれざる客に出す茶はないね。俺の休日を邪魔するつもりなら帰ってくれ」
男は小さく笑い、帽子とコートを乱暴に脱ぎ捨てて、ルーディが座る椅子の横にあるソファに座った。
「シュミット首相から聞いたぞ。やっとお前の所属先が決まったってな。第3艦隊の司令官に就任するんだろ?おめでとうルーディ」
ルーディは両手を上げて、不本意だということを体を使って伝えると、男は半ば茶化すように続けた。
「お前が望まなくても、お前の実績がそれを許さないさ。結局の所、ここで現実逃避してても無駄だってことだ」
そう言われたルーディは、ようやく顔に乗せた本を取って男の方に顔を向けて抗議した。
「この国には職業選択の自由はないのか?あの参謀総長のクソヤロー、辞表を提出したらそれを破り捨てて、変わりに昇進命令書を出しやがった!…終わってる…最悪だ…」
ルーディはそう言うと、テーブルに置いてあった冷めたコーヒーを一気に飲み干した。
その様子を笑って見ていたジェイクは言った。
「でも、良い国だろ?」
ジェイクは立ち上がり、窓から見える街並みを眺めた。遠くで、子どもたちの笑い声が聞こえた。
風が青い花を揺らし、穏やかな時間が流れているように感じる。
やがて、ルーディがジェイクの背中に向かって静かに言った。
「この平和がなるべく長く続くといいな」
ジェイクは首を振り、優しく答える。
「それは俺達大人の行動しだいだろ?他人が何とかしてくれると思ったらダメだ。今を生きる俺達が、次世代に平和のバトンを繋ぐために努力しなくちゃいけない。だから、お前も頑張れルーディ」
ルーディは苦笑し、空になったコーヒーカップに視線を戻した。
「……面倒くさいけど、仕方ないな」
ジェイクはルーディに歩みより肩に軽く手を置いた。
「また来るよ。今度はちゃんと護衛を撒いて」
ジェイクがそう言い終えると、玄関の扉を乱暴にノックする音が響き渡り、外から野太い男の声が聞こえてきた。
「国王陛下!ここにいるのは分かっています!出てきて下さい!」
ルーディとジェイクは目を見合せ苦笑いを浮かべながら、2人とも幼き日の記憶が甦っていた。護衛や侍従の目を盗み、王宮から抜け出して街へ出かけた日の記憶を。
ジェイクが護衛に連れられて王宮に帰ると、部屋に静けさが戻った。
ルーディは家政婦ロボットに新しくコーヒーを入れ直してもらうと、カップを片手に自宅の広い庭に出て、空を見上げ、目を閉じ、静かに息を吐いた。そして、自分自身に言い聞かせるように独り言を呟いた。
「……しょうがない。もう少しだけ頑張るか」
この平和は誰かが守り続けるものだ。勝手に続いていくわけではない。ルーディはそれは理解していた。過大評価も過小評価もせず、自分の立場と実力を客観的に理解し、自分に出来ることはやろうと誓ったのである。
そして思う。みんな一人一人が責任を果たせば、恒久的な平和は不可能だとしても、今後数十年の平和は維持できるはずだと。
とりあえず完結にしますが、間を置いて数年後の話を書く予定なので、ブックマークしたままお待ち頂ければ嬉しいです




