2:ハイデルの夜明け
ハイデル郊外の第2惑星防衛基地は、かつては惑星ハイデルの防衛部隊が、地上基地として使用していた施設だった。
あの日のテロ発生の夜、基地は反政府組織の攻撃を受け、施設の半分が吹き飛び、司令棟の壁には巨大な亀裂が入ったことで使用不能となっていた。それ以来、半年近く放置され、雨風と埃にまみれ、ただの廃墟同然になっていた。
しかし、エデンⅣから帰還した第2独立任務艦隊と、ロドリゲス中将率いていた第一艦隊の残存部隊がハイデルに帰還すると、統合参謀本部は「とりあえずの修復」を急いだ。
今は応急補修パネルで穴を塞ぎ、非常用の電源と通信設備だけを復旧させ、エデンⅣからやって来たルーディ達の、ハイデルにおける臨時の軍事拠点となっていた。
ルーディ・クラウスは、その基地の旧司令官室をそのまま使っていた。
部屋はまだテロによる攻撃の傷を隠しきれていない。壁の一面に大きなひび割れが走り、天井の照明パネルが二つ点滅している。基地の場所も郊外ということもあり、窓の外には殺風景な景色が広がり、カルデニア王国復活を祝う祭典の準備で賑わう街の様子とは正反対な静けさであった。
司令室のテーブルには空のコーヒーカップがいくつも転がり、紙の本が無造作に散らばっている。
ルーディは新品のソファに寝転がりながら、旧世紀時代の本を読んでいた。
壁に設置されたモニターの画面には、中央都市で開かれる祭典の準備風景を、アナウンサーがリポートしている様子が映し出されている。
映像の中では、国王と共にルーディの巨大な肖像がホログラムで街の空に浮かんでいる様子を映しながら、「かつて青の小惑星帯を守ったコバルトの救世主、今度はハイデルを守った英雄となる」という紹介がされていた。
モニターから流れるそんな声を聴きながら、本を読んでいたルーディの眉間に深い皺が寄った。
そんな彼に、姿勢良く向かいのソファに腰かけていたエジード・フォスター中佐が話しかけた。
「准将、政府に続いて統合参謀本部からも祭典への出席要請が届きました。これ以上無視することは出来ないと思いますよ」
ルーディは深いため息をついた。
「……嫌だ。どうにか断ってくれ。だいたい俺達の処遇は決まってないんだ。今の段階で統合参謀本部に命令される筋合いはないね」
そんな会話をしていると、ノックも無いままドアが勢いよく開き、参謀長のカール・シュナイダー大佐が入ってきた。彼はいつものようににやにやしながら、ソファに寝そべる司令官に話しかけた。
「准将、いい加減観念なさいな!これで有名人になれば、良い女が寄ってくるかもしれませんぞ?…あと、ロドリゲス中将も生きてたらしいですね。ローゼンタールに壊滅寸前まで追い込まれた第一艦隊の司令官が、しぶとく病院のベッドで『まだ死ねねえ』って息巻いてるらしいじゃないですか。あの目立ちたがり屋、生きてりゃ這ってでも祭典に来るかもしれん。奴の顔を見るのも俺は楽しみなんだ。だが、あんたが出席しないのに、部下の俺だけ出席するわけにはいかんだろう」
ルーディは呆れたように冷たい視線をシュナイダーに向けた。
「大佐。ロドリゲス中将は今も重傷で入院中です。軽口を叩くのは控えてください」
シュナイダーは肩をすくめ、悪びれる様子もなく笑いながら手を振った。
「はいはい、すみませんね。でも本当にあんたは出席するべきだと思うがね。戦うだけが軍人じゃない。国民の期待に応えるのも、税金で飯食ってる俺らの重要な役割だと思いませんか?」
エジードの横に座っていたフリーダ・ベッカー大尉が穏やかに割って入った。
「私からもお願いします。シュナイダー大佐の意見に同調するわけではありませんし、准将がこういった催し物が嫌いなことは理解していますが、この祭典をきっかけにして国民がまた一つになれるのであれば、良い催しだと思いますよ。そこに准将がいらっしゃないと、ガッカリする人々も多いでしょうから」
エジードも静かに続けた。
「ロペス中将を初めとした、共に戦った軍人達も、心から准将の参加を待っていますよ。生き残った仲間は、皆准将に感謝していますから」
ルーディは本をテーブルに雑に置き、三人の顔を順番に見回した後、もう一度深いため息をついた。
司令官室の空気が、部下たちの期待と茶化しと、真剣な説得で重くなっていくのがわかった。
「……わかったよ。行くよ。でも、大袈裟に持ち上げるのはやめてくれ。それこそ軍国主義の始まりだ」
シュナイダーが拳を握ってガッツポーズをした。
「よっしゃ!じゃあ俺は祭典で、准将の為に美人狩りに全力を尽くすことを約束しましょう!」
エジードは小さく微笑み、フリーダは冷たく目を細め、ルーディは呆れたようにため息をついた。
――――
王宮の謁見の間は、テロ以前の豪華さを少し取り戻しつつあった。
ジェイク国王は簡素な軍服姿で玉座に座り、ゾフィー王女がその横に控えていた。
ルーディが入室すると、ジェイクはすぐに立ち上がり、親しげに笑った。
「来たか、ルーディ。そろそろ文句を言いに来る頃だろうと思ってたぜ」
ルーディはムッとした表情でストレートに切り込んだ。
「国王陛下からも祭典への招待状が届いたんだが、ジェイクの嫌がらせだろ!?」
ジェイクは首と手を横に振りながら答えた。
「おい、勘違いするな、俺じゃない。第一艦隊の生き残りたちだ。ロペス中将をはじめ、お前が急遽率いたあの艦隊のメンバー全員が、連名で嘆願書を持ってきたんだ。彼らは本気でお前を英雄として讃えたいと思っている。それに国王の俺も協力してくれってな」
ルーディは一瞬、言葉を失った。脳裏には炎上する艦橋で叫んでいた兵士たちの顔が浮かんだ。軽い頭痛がした彼は、ゆっくりと目を伏せため息をついた。
「……俺は感謝されることはしていない。彼等の仲間をたくさん殺した」
ジェイクは優しく、しかしはっきりと言った。
「お前がいなかったら彼等は全滅していた。それは、彼等が一番分かってる。お前がいたから生き残れた者が多いのも事実なんだろ?それをお前が否定したら、生き残った者達も前を向けなくなる。軍の事はよく分からないけど、臨時だろうと司令官として戦ったんなら、嘘でも部下の為にしっかり振る舞うべきじゃないのか?」
ルーディはしばらく黙っていたが、やがて苦笑を浮かべて頷いた。
「……わかったよ。でも、目立つことはしたくない。ジェイクからも政府に言ってといてくれよ...」
ジェイクは満足げに微笑み、ゾフィーも静かに笑っていた。
王宮の窓から、広場の賑やかな声が聞こえていた。
祭典は、明日。街の明るい声を聞きながら、ルーディは、共に戦った仲間達の顔を思い浮かべていた。
基地に戻ると、入口でシュナイダーが待ち構えていた。彼はにやにやしながら言った。
「どうでした?国王陛下に説得されましたか?俺はもう、祭典で『英雄クラウスの右腕シュナイダー大佐』って名刺を配る準備万端ですよ!」
ルーディは、冗談ともとれないシュナイダーの顔を見ながら、冷たく言った。
「そんなことしたらあなたはクビです」と。
――――
ルーディは控え室で、軍服の襟を少し緩めながら、モニター越しに祭典の光景を眺めていた。
表情はいつもの面倒くさげなものを通り越して、明らかな苛立ちと諦めが入り混じっていた。
彼は小さく舌打ちし、背もたれに体を預けた。
「本当に、面倒くさい……」
祭典は予定通り進行し、ジェイク国王の短い演説の後、ルーディの名前が呼ばれた。
壇上に上がる彼をスポットライトが照らし、広場全体が一瞬静まり返った。
ルーディはゆっくりとマイクの前に立った。それを市民たちは息を飲んで見守る。彼は一瞬だけ広場を見渡し、静かに話し出した。
「皆さん……私は…ただ仲間に恵まれただけです。私が特別なわけじゃないし、戦ったのは私だけじゃない。艦隊の仲間たち、ハイデルを守ろうとした全ての人達がいたからこそ、私は生きてここに立っていられるのです。この国は一度大きく傷ついた。だけど、傷ついたからこそ立ち上がる力があると信じています。もう二度と平和を失わないように努力しなければいけません。カルデニア王国は新国王の下、新しく歴史を歩んでいきます。国民の皆さん一人一人がこの国を支える。それが平和への道となるはずです。軍人の私に出来る事は多くはありませんが、出来ることをこれからもやっていきます。共に頑張りましょう」
ルーディの挨拶は短いものだったが、広場は爆発的な歓声と拍手に包まれた。
子どもたちは「えいゆー!」と声をかけ、大人たちは手を叩いて英雄を称えた。
ルーディはそれ以上何も言わず軽く頭を下げ、照れ臭そうに、そそくさと壇上を降りた。
控え室に戻ると、彼は壁に寄りかかり目を瞑った。慣れないことをしたことで、どっと疲れが襲ってきたのであった。
祭典の夜は、王宮での晩餐会が開かれた。
無論、ルーディも招待されて出席していたのだが、会が始まって半時間も経たないうちに、どうやって抜け出そうか、会場の隅の方でシャンパングラスを片手に考えていた。
そんな彼の下に意外な人物が現れた。
エドガー・ヴェルターだった。
「よお、クラウス。生きてたか」
ルーディの目が大きく見開かれた。ヴェルターはハイデル脱出の日に、ルーディとジェイクを宇宙へ逃がしてくれた恩人だった。
彼は片足を引きずりながら近づき、右手を差し出した。顔には火傷の跡が残り、左目は義眼になっているのか、不自然な光を放っていた。だが、口元にはあの頃と同じ、からかうような笑みが浮かんでいた。
ルーディは一瞬言葉を失い、ゆっくりと手を握り返した。
「……無事だったのですね……よかった」
ヴェルターは肩をすくめ、軽く笑った。
「勝手に俺を殺すんじゃない。だが、お前達のシャトルを見送った後、敵に囲まれたことまでは覚えているんだが、そこから記憶がない。気づいた時には病院のベッドで寝ていたからな。俺の生命力も大したもんだろ」
ルーディはヴェルターの顔をまじまじと見つめ、静かに言った。
「……本当に無事でよかった。ありがとうございました。あの時、ヴェルター中将がいなければ、俺達は宇宙に飛べずに死んでいました」
ヴェルターは手を振り、照れくさそうに笑った。
「礼なんかいらん。礼は国王陛下からたんまり頂いたし、こんな晩餐会にも招待してもらったからな」
その時、もう一人の人物が近づいてきた。
元統合参謀総長のアルメイダだった。
わずか一年足らず見ない間に、髪は白色に侵食されていたが、目はまだ鋭く、口元には穏やかな笑みが浮かんでいた。
「久しぶりだな、ルーディ准将」
ルーディは驚きを隠せなかった。
アルメイダは「ジェイク王子を救出してハイデル脱出せよ」と命じた張本人だった。
ドゥラン派ではなかった彼は、ルーディ達がハイデルを脱出した後に、身に覚えのない罪を着せられ、軍籍を剥奪されていた。
アルメイダは静かに言った。
「ドゥランの下で働くぐらいなら、軍人なんかやってられん。丁度よかったよ。やっと孫の面倒を見る楽しみができた」
ルーディは少し間を置いて、静かに聞いた。
「……また軍に戻らないのですか?」
アルメイダは小さく笑い、首を振った。
「カルデニア王国に戻ってから、何度か要請が来たが、俺から孫の面倒を見る楽しみを奪うつもりか?って言って断ったよ。もう十分だ。後はお前達若い者に任せる」
ルーディは無言で頷いた。三人はしばらく言葉を交わしながら、この一年で合ったことなどを共有した。
ヴェルターは片足を引きずりながら言った。
「これで、俺たちジジイの役目は終わったな。クラウス、お前はまだ若い。これからもっと大変な事もあるかもしれん。それに親友でもある国王を支えにゃならんしな。お前にしか出来ないことがあるだろうが、頑張れよ」
ルーディは小さく息を吐き、窓の外に浮かぶ星空を見上げながら頷いた。
夜空には花火が上がり、色とりどりの光が夜空を彩った。
ルーディは、恩人たちと並んで、それを見つめていた。
胸の奥に、静かな温かさが広がっていた。
彼は、祭典や晩餐会など、面倒臭いだけで意味がない事だと思っていたし、参加を半ば強制されたことに腹も立っていたが、今夜だけは、少しだけ許せそうな気がしていた。




