1:カルデニア王国、再び
ルミナスの後部ハンガー甲板は、異様な緊張が満ちていた。
ドッキングポートの周囲では、整備士たちが疲れた動きで最終点検を終え、静かに待機していた。
ハッチの向こうから、低い振動音が伝わってくる。
ジェイク国王を乗せた軍艦がゆっくりとルミナス並び、両艦の接続が完了した瞬間、ルミナス全体がわずかに揺れた。
ハッチが開くと、まず護衛の兵士たちが整然と並び、続いてジェイク国王が姿を現した。
彼は王冠ではなく、シンプルな軍服を着ており、顔は少し瘦せていたが、瞳には亡命生活を耐え抜いた強い光があった。
その後ろにシュミット首相が続いた。首相はいつもの厳格なスーツ姿で、表情は疲労と安堵が入り混じり、髪はわずかに乱れていた。
二人はゆっくりと甲板を進み、ルーディの前に立った。
ルーディは敬礼し、ジェイクとシュミット首相が近づいてくるのを待った。
ジェイクはルーディの前に立ち、しばらく無言で見つめ合った。幼い頃からの親友同士の2人には、言葉が無くても互いの言いたいことは伝わったのだ。
ジェイクはゆっくりと右手を差し出し、ルーディはそれを握り返した。2人の掌は力強く、長い戦いの記憶を共有するように、互いに握り合った。
少しの沈黙の後、ジェイクはルーディにだけ聞こえる声で言った。
「ルーディ……お前がいてくれたから、俺はここに戻ってこれた。ありがとう」
ルーディは肩をすくめ、軽く笑った。その笑みには、照れと疲労と、親友に対する素直な安堵が混じっていた。
「俺だけが頑張ったわけじゃないさ。皆の協力があったから今も生きていられるんだ……それに、犠牲になった人達も多い。だからジェイク、国を守る為に犠牲になった人達の為にも、必ずカルデニア王国を再建しないといけない。今からはお前の出番だ。頼んだぞ」
ジェイクは小さく笑い、ルーディの肩を軽く叩いた。
シュミット首相は少し離れたところで、二人のやり取りを見守っていた。2人の会話が終わると、彼女は静かに歩み寄り、ルーディに向かって深く頭を下げた。
シュミットの声は、ルーディに対する深い敬意が込められていた。
「ルーディ准将……今回の勝利は、貴官の指揮と軍の犠牲なくしては成し得ませんでした。カルデニア正統政府首相として感謝申し上げます」
ルーディは首相の頭を上げさせ、恐縮しながら言った。
「止めて下さい首相。俺はただ軍人として、命令に従って、やるべき事をやっただけです。感謝されるようなことじゃありませんよ」
シュミットは小さく笑い、ルーディの肩に手を置いた。
「あなたはもう少し傲慢になってもいいかもしれませんね。あなたが望まなくても、まだカルデニア国民は貴方を必要とするでしょうから。それに、これからが本当の戦いです。今後とも宜しくお願いしますね」
ルーディは窓の外を見つめ、静かに頷いた。ジェイクとシュミットは、ルーディの横に並び、2人もまた甲板の窓に視線を向けた。そこには、青い光が静かに輝く美しい惑星があった。
その星を眺めながら、ジェイクは決意したように言った。
「ハイデルはまだ混乱しているだろう。俺が早くハイデルへ降りて、国民を安心させてあげたい。……ルーディ、お前も一緒に来てくれるか?お前がいなければ、この勝利はなかった。こういう時こそ英雄は必要だろ?」
ルーディは少し間を置いて、静かに答えた。
「……前にも誰かに言われた気がするけど…まぁいいさ、わかった。でも派手な式典は勘弁してくれ。俺はなるべく目立たず静かに生きたいんだから」
ジェイクは優しく笑い、ルーディの肩をもう一度軽く叩いた。シュミット首相は二人のやり取りを静かに見守り、胸の奥で深い安堵を感じていた。
三人は並んで艦橋へ向かい、ハイデルへの降下する為の準備を始めたのである。
――――
ハイデル中央広場は、朝から異様な熱気に包まれていた。
空は澄み渡り、広場の石畳は人の波で埋め尽くされ、老若男女が国旗を振り、子どもたちは肩車で首を伸ばし、年配の夫婦は涙を拭いながら手を合わせていた。
空には無数のホログラム投影機が飛び交い、新国王の肖像が巨大に浮かび上がっている。
「国王陛下万歳!」という叫びが、波のように何度も何度も押し寄せ、時には涙混じりの歌声に変わった。
しかし、その歓声の裏側には、別の熱がくすぶっていた。
街頭の大型ビジョンでは、Abyssが入手し、ルーディが匿名でマスメディアにリークしたデータが繰り返し流れている。
ドゥラン首相とラマーン帝国高官の暗号通信記録、青の小惑星帯の権益譲渡密約、ラマーンに送った王族抹殺の依頼メール……その全てが文字と音声で公開されていた。
キャスターは震える声でそれを伝え、市民たちは画面を見つめたまま固まっていた。それはやがて怒りの叫び声となって広がり始めた。
「ドゥランを許すな!」
「裏切り者!」
「奴を支持してきた者も同罪だ!」
広場の片隅では、デモ隊がプラカードを掲げ、政府庁舎に向かって進もうとしていた。
警官隊が盾を並べて阻むが、市民の目は怒りに震え、現政権に対して強烈な憎悪が向けられていた。
一方、中央の広場では「国王陛下万歳!」の声がさらに大きくなり、二つの熱狂が街を真っ二つに引き裂いていた。
その時、空に青と金の輝きが現れた。
ジェイク国王を乗せたシャトルが、大気圏をゆっくりと降下し、首都上空に姿を現したのだ。王旗が風に翻り、護衛艦が左右に展開している。
市民たちは一瞬息を飲み、次に爆発的な歓声を上げた。大人達は泣きながら手を振り、老人は膝をついて祈るように頭を垂れていた。
「国王陛下! 国王陛下が帰ってきた!」
「カルデニアの正統な王だ!」
涙と叫びと拍手が、ハイデル全体を包み込んだ。
シャトルが降下し、広場の中央に着陸した。ハッチが開くと、まず護衛の軍人達とシュミット首相が降り立ち、次に国王となったジェイクが姿を現した。
ジェイクはシンプルなダークスーツ姿で、王冠も勲章もつけていない。
民衆がその姿を見た瞬間、広場はさらに大きな歓声に包まれた。人波が押し寄せ、警官隊の壁が危うく崩れそうになる。
ジェイクはゆっくりと手を挙げ、静かに微笑んだ。
シュミット首相はジェイクの横に立ち、厳しい視線を政府庁舎に向けていた。
二人は護衛を連れて、群衆が蠢く広場を横切り、政府庁舎の正面玄関から中へ入り、大会議場がある2階へ行くため階段を上がった。階段の上には、副首相と数人の閣僚が青ざめた顔で立って、国王に対して頭を垂れていた。副首相の額には汗が浮かび、手が小刻みに震えているのが見える。
ジェイクは階段を登り終えると立ち止まり、堂々とした態度で声を発した。
「私は、カルデニア王国の第6代国王ジェイク・ヴァルディスだ。今、ここに帰還した」
その力強い声は、マイクを通さずとも庁舎に響き渡った。その迫力に、政治家や役人達は息を飲み、静まり返った。
するとシュミットが一歩前に出て、冷たい声で続けた。
「ご存知の通り、マーカス・ドゥランの裏切りが全て明らかになりました。ラマーン帝国との密約、ラマーンに対する王族抹殺の依頼、青の小惑星帯の売却計画……これらを支持し、黙認してきた現政権の責任も、ドゥランと同様に問われるでしょう」
副首相は顔を歪め、必死に声を絞り出した。
「ま…待ってくれ!我々は……ドゥランに騙されていただけだ!知らなかったんだ……本当に……」
シュミットは静かに首を振り、冷たい視線を向けた。
「知らなかったですって?国益を考えず国民を疲弊させ、ましてや、その原因であるラマーンと裏で手を組んでいたことを、政権を担いながら本当に知らなかったと言うのですか?」
シュミット首相がデータパッドを掲げ、声を張った。
「証拠はすべてここにあります。あなた方がドゥランを首相に押し上げ、現政権がカルデニアをラマーンに明け渡そうとしていた全ての証拠です。国民はこれ以上の欺瞞には耐えられないでしょう」
すると、広場からの怒号が政府庁舎にも聞こえてきた。
「現政権は全員退陣しろ!」
「責任を取れ!」
その声と同時に、石が一つ二つと、政府庁舎の敷地に投げこまれた。
警官隊が慌てて盾を構えるが、国民の怒りを抑えることは難しく、庁舎周辺に殺到する人々は、時間とともに増えていった。
ジェイクはゆっくり歩き、副首相の前に立った。
その瞳には静かな怒りと、王としての覚悟が宿っていた。
「私は、カルデニア王国の国王としてハイデルに帰還しました。私には国政に関する権能はありませんが、それでもあえて言わせて頂く。現政権は即時解散し、すべての権限を放棄して、国民に信を問うて下さい。それが嫌なら、国民の前で堂々と理由を述べるべきです」
副首相の顔から完全に血の気が引き、閣僚たちは互いに顔を見合わせ、誰も言葉を発せなかった。皆分かっていたのだ、今更言い訳のしようもないことを。
するとジェイクは、黙ったまま頭を下げる政治家達に一瞥もくれず、彼らの前を通りすぎて、庁舎の2階にあるベランダに出た。そこから広場の市民に向かって右手を挙げたのだ。
その瞬間、今まで怒りのままに政府庁舎を取り囲んでいた民衆に、再び爆発的な歓声が巻き起こった。
「国王陛下万歳!」
「カルデニア王国万歳!」
「ドゥランを裁け!」
シュミット首相はジェイクの横に立ち、フゥっと静かに息を吐いた。二人は互いに顔を見合せ、笑みを溢した。
そんな2人の背後の壁には、ハイデルの空に青と金の旗が力強く翻っていた。
――――
国王の帰還から数時間後、副首相は緊急で議会を開き宣言した。
「現政権は解散し、総選挙を実施する。旧カルデニア王国の国王陛下の帰還を正式に発表し、今後の政治体制を国民に委ねる」
その日の夕方、カルデニアに属する全ての惑星で、全メディアが一斉に報じた。
「現政権、解散を発表。総選挙を数日以内に実施」
「今後の国の形は国民の判断に委ねられた」
カルデニア全土の惑星は熱気に包まれた。
選挙当日には投票所の前に長い列ができ、市民たちは疲れた表情で並びながらも、希望の光を目に宿していた。
子どもたちは国旗を振り、老人は杖をつきながら「カルデニア王国が戻ってくる」と呟き、若者たちはSNSで「投票に行こう」と拡散した。
結果、投票率は史上最高を更新し、開票の夜、結果はすぐに明らかになった。
シュミット率いる政党が、圧倒的な議席を獲得したのである。
テレビ画面には開票速報が次々と映し出され、市民たちは歓声を上げた。広場では花火が上がり、抱き合う人々、涙を流す人々、歌を歌う人々が溢れた。
カルデニア共和国という名の仮の政権は、一年足らずで完全に終わりを告げたのであった。
これはローゼンタールとアイゼンの艦隊を退けた、あの激戦からわずか数週間後の出来事である。
新政権の任命式は、ハイデルの中央広場で行われた。
広場は数万人の民衆で溢れかえっていた。
ジェイク国王はシンプルな燕尾服を着用し、胸に小さな王冠徽章を付けて壇上に立った。その横には、新しくカルデニア王国の首相となるアンナ・シュミットが並ぶ。
国王は静かに宣言した。
「カルデニア王国は今日、ここに復活する。その政治的代表として、アンナ・シュミットをカルデニア王国の首相に任命する」
広場は歓声に包まれた。
シュミット首相は、国王の隣で静かに目を閉じた。亡命生活の精神的疲労が、まだ体に重くのしかかっていたが、その表情には、ようやくここまで辿り着いたという安堵感と、国民の期待に応えたいという政治家としての決意が混じっていた。
彼女はマイクに向かい、短く、しかし力強く言った。
「これからが本当の再建です。国民の皆さんとともに、カルデニア王国をもう一度、世界に誇れる美しい国にしてみせます」
選挙後、ドゥランをはじめとする旧政権の政治家たちは、次々と法廷に引き立てられた。
特別法廷は市民の傍聴席を満席にしたまま、連日開かれた。
ドゥランは灰色の囚人服を着て、うつむいたまま証言台に立ったが、かつての威厳は完全に失われ、肩は落ち、目は虚ろだった。
検察官が淡々と証拠を読み上げるたび、傍聴席からため息と怒りの呟きが漏れた。
ドゥランは何も言い返さなかった。ただ、うつむいたまま肩を震わせていた。
裁判官から終身刑が言い渡されると、傍聴席から静かな拍手が起こった。
ドゥランの判決が下った日、シュミット首相は法廷の外で記者たちに囲まれた。
彼女は力強く言った。
「カルデニア王国は新しく生まれ変わります。過去の過ちを認め、未来を築いていく。それが、私たちの責任です」
ハイデルの街はゆっくりだが、確実に変わり始めていた。テロによる戦いの傷跡はまだ残っていたが、そこに新しい旗が翻り、市民の笑顔が少しずつ戻り始めていた。
その頃ルーディは、ハイデルにある軍事基地でニュースを見ていた。
彼はいつものように腕を組み、足をデスクに投げ出しながら、面倒くさそうにため息をついた。
「……全部終わったな」
エジードが隣に立ち、ルーディを諭すように言った。
「准将、まだ終わってはいませんよ。ラマーン帝国がこのまま大人しくしているとは思えませんからね」
ルーディは肩をすくめ、苦笑した。
「それは他の奴に任せるよ。だいたい軍事的に衝突する前に、外交努力をするのも政治家の役目だろ?」
しかし、口ではそう言いながらもルーディは知っていた。これはまだ「始まり」に過ぎないことを。
依然として残るラマーン帝国の脅威、アルメリア連邦との軍事同盟締結時の約束、そして、傷ついた国民の心を癒す長い道のり…
ルーディはモニターを切り、静かに目を閉じた。
ルーディにとって、面倒くさい日々がまた始まろうとしていた。




