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流星の英雄~Aias of the Meteor~  作者: 真田らき
第5章:青と金の旗の下で

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1:カルデニア王国、再び


 ルミナスの後部ハンガー甲板は、異様な緊張が満ちていた。

 ドッキングポートの周囲では、整備士たちが疲れた動きで最終点検を終え、静かに待機していた。

ハッチの向こうから、低い振動音が伝わってくる。

 ジェイク国王を乗せた軍艦がゆっくりとルミナス並び、両艦の接続が完了した瞬間、ルミナス全体がわずかに揺れた。

 ハッチが開くと、まず護衛の兵士たちが整然と並び、続いてジェイク国王が姿を現した。

 彼は王冠ではなく、シンプルな軍服を着ており、顔は少し瘦せていたが、瞳には亡命生活を耐え抜いた強い光があった。

 その後ろにシュミット首相が続いた。首相はいつもの厳格なスーツ姿で、表情は疲労と安堵が入り混じり、髪はわずかに乱れていた。

 二人はゆっくりと甲板を進み、ルーディの前に立った。

 ルーディは敬礼し、ジェイクとシュミット首相が近づいてくるのを待った。

 ジェイクはルーディの前に立ち、しばらく無言で見つめ合った。幼い頃からの親友同士の2人には、言葉が無くても互いの言いたいことは伝わったのだ。

 ジェイクはゆっくりと右手を差し出し、ルーディはそれを握り返した。2人の掌は力強く、長い戦いの記憶を共有するように、互いに握り合った。

 少しの沈黙の後、ジェイクはルーディにだけ聞こえる声で言った。


 「ルーディ……お前がいてくれたから、俺はここに戻ってこれた。ありがとう」


 ルーディは肩をすくめ、軽く笑った。その笑みには、照れと疲労と、親友に対する素直な安堵が混じっていた。


 「俺だけが頑張ったわけじゃないさ。皆の協力があったから今も生きていられるんだ……それに、犠牲になった人達も多い。だからジェイク、国を守る為に犠牲になった人達の為にも、必ずカルデニア王国を再建しないといけない。今からはお前の出番だ。頼んだぞ」


 ジェイクは小さく笑い、ルーディの肩を軽く叩いた。

 シュミット首相は少し離れたところで、二人のやり取りを見守っていた。2人の会話が終わると、彼女は静かに歩み寄り、ルーディに向かって深く頭を下げた。

 シュミットの声は、ルーディに対する深い敬意が込められていた。


 「ルーディ准将……今回の勝利は、貴官の指揮と軍の犠牲なくしては成し得ませんでした。カルデニア正統政府首相として感謝申し上げます」


 ルーディは首相の頭を上げさせ、恐縮しながら言った。


 「止めて下さい首相。俺はただ軍人として、命令に従って、やるべき事をやっただけです。感謝されるようなことじゃありませんよ」


 シュミットは小さく笑い、ルーディの肩に手を置いた。


 「あなたはもう少し傲慢になってもいいかもしれませんね。あなたが望まなくても、まだカルデニア国民は貴方を必要とするでしょうから。それに、これからが本当の戦いです。今後とも宜しくお願いしますね」


 ルーディは窓の外を見つめ、静かに頷いた。ジェイクとシュミットは、ルーディの横に並び、2人もまた甲板の窓に視線を向けた。そこには、青い光が静かに輝く美しい惑星があった。

 その星を眺めながら、ジェイクは決意したように言った。


 「ハイデルはまだ混乱しているだろう。俺が早くハイデルへ降りて、国民を安心させてあげたい。……ルーディ、お前も一緒に来てくれるか?お前がいなければ、この勝利はなかった。こういう時こそ英雄は必要だろ?」


 ルーディは少し間を置いて、静かに答えた。


 「……前にも誰かに言われた気がするけど…まぁいいさ、わかった。でも派手な式典は勘弁してくれ。俺はなるべく目立たず静かに生きたいんだから」


 ジェイクは優しく笑い、ルーディの肩をもう一度軽く叩いた。シュミット首相は二人のやり取りを静かに見守り、胸の奥で深い安堵を感じていた。

 三人は並んで艦橋へ向かい、ハイデルへの降下する為の準備を始めたのである。


――――


 ハイデル中央広場は、朝から異様な熱気に包まれていた。

 空は澄み渡り、広場の石畳は人の波で埋め尽くされ、老若男女が国旗を振り、子どもたちは肩車で首を伸ばし、年配の夫婦は涙を拭いながら手を合わせていた。

 空には無数のホログラム投影機が飛び交い、新国王の肖像が巨大に浮かび上がっている。

 「国王陛下万歳!」という叫びが、波のように何度も何度も押し寄せ、時には涙混じりの歌声に変わった。

 しかし、その歓声の裏側には、別の熱がくすぶっていた。

 街頭の大型ビジョンでは、Abyssアビスが入手し、ルーディが匿名でマスメディアにリークしたデータが繰り返し流れている。

 ドゥラン首相とラマーン帝国高官の暗号通信記録、青の小惑星帯(コバルトリング)の権益譲渡密約、ラマーンに送った王族抹殺の依頼メール……その全てが文字と音声で公開されていた。

 キャスターは震える声でそれを伝え、市民たちは画面を見つめたまま固まっていた。それはやがて怒りの叫び声となって広がり始めた。


 「ドゥランを許すな!」

 「裏切り者!」

 「奴を支持してきた者も同罪だ!」


 広場の片隅では、デモ隊がプラカードを掲げ、政府庁舎に向かって進もうとしていた。

 警官隊が盾を並べて阻むが、市民の目は怒りに震え、現政権に対して強烈な憎悪が向けられていた。

 一方、中央の広場では「国王陛下万歳!」の声がさらに大きくなり、二つの熱狂が街を真っ二つに引き裂いていた。

 その時、空に青と金の輝きが現れた。

 ジェイク国王を乗せたシャトルが、大気圏をゆっくりと降下し、首都上空に姿を現したのだ。王旗が風に翻り、護衛艦が左右に展開している。

 市民たちは一瞬息を飲み、次に爆発的な歓声を上げた。大人達は泣きながら手を振り、老人は膝をついて祈るように頭を垂れていた。


 「国王陛下! 国王陛下が帰ってきた!」

 「カルデニアの正統な王だ!」


 涙と叫びと拍手が、ハイデル全体を包み込んだ。

 シャトルが降下し、広場の中央に着陸した。ハッチが開くと、まず護衛の軍人達とシュミット首相が降り立ち、次に国王となったジェイクが姿を現した。

 ジェイクはシンプルなダークスーツ姿で、王冠も勲章もつけていない。

 民衆がその姿を見た瞬間、広場はさらに大きな歓声に包まれた。人波が押し寄せ、警官隊の壁が危うく崩れそうになる。

 ジェイクはゆっくりと手を挙げ、静かに微笑んだ。

 シュミット首相はジェイクの横に立ち、厳しい視線を政府庁舎に向けていた。

 二人は護衛を連れて、群衆が蠢く広場を横切り、政府庁舎の正面玄関から中へ入り、大会議場がある2階へ行くため階段を上がった。階段の上には、副首相と数人の閣僚が青ざめた顔で立って、国王に対して頭を垂れていた。副首相の額には汗が浮かび、手が小刻みに震えているのが見える。

 ジェイクは階段を登り終えると立ち止まり、堂々とした態度で声を発した。


 「私は、カルデニア王国の第6代国王ジェイク・ヴァルディスだ。今、ここに帰還した」

 

 その力強い声は、マイクを通さずとも庁舎に響き渡った。その迫力に、政治家や役人達は息を飲み、静まり返った。

 するとシュミットが一歩前に出て、冷たい声で続けた。


 「ご存知の通り、マーカス・ドゥランの裏切りが全て明らかになりました。ラマーン帝国との密約、ラマーンに対する王族抹殺の依頼、青の小惑星帯(コバルトリング)の売却計画……これらを支持し、黙認してきた現政権の責任も、ドゥランと同様に問われるでしょう」


 副首相は顔を歪め、必死に声を絞り出した。


 「ま…待ってくれ!我々は……ドゥランに騙されていただけだ!知らなかったんだ……本当に……」


 シュミットは静かに首を振り、冷たい視線を向けた。


 「知らなかったですって?国益を考えず国民を疲弊させ、ましてや、その原因であるラマーンと裏で手を組んでいたことを、政権を担いながら本当に知らなかったと言うのですか?」

 

 シュミット首相がデータパッドを掲げ、声を張った。


 「証拠はすべてここにあります。あなた方がドゥランを首相に押し上げ、現政権がカルデニアをラマーンに明け渡そうとしていた全ての証拠です。国民はこれ以上の欺瞞には耐えられないでしょう」


 すると、広場からの怒号が政府庁舎にも聞こえてきた。


 「現政権は全員退陣しろ!」

 「責任を取れ!」


 その声と同時に、石が一つ二つと、政府庁舎の敷地に投げこまれた。

 警官隊が慌てて盾を構えるが、国民の怒りを抑えることは難しく、庁舎周辺に殺到する人々は、時間とともに増えていった。


 ジェイクはゆっくり歩き、副首相の前に立った。

 その瞳には静かな怒りと、王としての覚悟が宿っていた。


 「私は、カルデニア王国の国王としてハイデルに帰還しました。私には国政に関する権能はありませんが、それでもあえて言わせて頂く。現政権は即時解散し、すべての権限を放棄して、国民に信を問うて下さい。それが嫌なら、国民の前で堂々と理由を述べるべきです」


 副首相の顔から完全に血の気が引き、閣僚たちは互いに顔を見合わせ、誰も言葉を発せなかった。皆分かっていたのだ、今更言い訳のしようもないことを。

 するとジェイクは、黙ったまま頭を下げる政治家達に一瞥もくれず、彼らの前を通りすぎて、庁舎の2階にあるベランダに出た。そこから広場の市民に向かって右手を挙げたのだ。

 その瞬間、今まで怒りのままに政府庁舎を取り囲んでいた民衆に、再び爆発的な歓声が巻き起こった。


 「国王陛下万歳!」

 「カルデニア王国万歳!」

 「ドゥランを裁け!」


 シュミット首相はジェイクの横に立ち、フゥっと静かに息を吐いた。二人は互いに顔を見合せ、笑みを溢した。

 そんな2人の背後の壁には、ハイデルの空に青と金の旗が力強く翻っていた。


――――


 国王の帰還から数時間後、副首相は緊急で議会を開き宣言した。


 「現政権は解散し、総選挙を実施する。旧カルデニア王国の国王陛下の帰還を正式に発表し、今後の政治体制を国民に委ねる」


 その日の夕方、カルデニアに属する全ての惑星で、全メディアが一斉に報じた。


 「現政権、解散を発表。総選挙を数日以内に実施」

 「今後の国の形は国民の判断に委ねられた」


 カルデニア全土の惑星は熱気に包まれた。

 選挙当日には投票所の前に長い列ができ、市民たちは疲れた表情で並びながらも、希望の光を目に宿していた。

 子どもたちは国旗を振り、老人は杖をつきながら「カルデニア王国が戻ってくる」と呟き、若者たちはSNSで「投票に行こう」と拡散した。

 結果、投票率は史上最高を更新し、開票の夜、結果はすぐに明らかになった。

 シュミット率いる政党が、圧倒的な議席を獲得したのである。

 テレビ画面には開票速報が次々と映し出され、市民たちは歓声を上げた。広場では花火が上がり、抱き合う人々、涙を流す人々、歌を歌う人々が溢れた。

 カルデニア共和国という名の仮の政権は、一年足らずで完全に終わりを告げたのであった。

 これはローゼンタールとアイゼンの艦隊を退けた、あの激戦からわずか数週間後の出来事である。

 新政権の任命式は、ハイデルの中央広場で行われた。

 広場は数万人の民衆で溢れかえっていた。

 ジェイク国王はシンプルな燕尾服を着用し、胸に小さな王冠徽章を付けて壇上に立った。その横には、新しくカルデニア王国の首相となるアンナ・シュミットが並ぶ。

 国王は静かに宣言した。


 「カルデニア王国は今日、ここに復活する。その政治的代表として、アンナ・シュミットをカルデニア王国の首相に任命する」


 広場は歓声に包まれた。

 シュミット首相は、国王の隣で静かに目を閉じた。亡命生活の精神的疲労が、まだ体に重くのしかかっていたが、その表情には、ようやくここまで辿り着いたという安堵感と、国民の期待に応えたいという政治家としての決意が混じっていた。

 彼女はマイクに向かい、短く、しかし力強く言った。


 「これからが本当の再建です。国民の皆さんとともに、カルデニア王国をもう一度、世界に誇れる美しい国にしてみせます」


 選挙後、ドゥランをはじめとする旧政権の政治家たちは、次々と法廷に引き立てられた。

 特別法廷は市民の傍聴席を満席にしたまま、連日開かれた。

 ドゥランは灰色の囚人服を着て、うつむいたまま証言台に立ったが、かつての威厳は完全に失われ、肩は落ち、目は虚ろだった。

 検察官が淡々と証拠を読み上げるたび、傍聴席からため息と怒りの呟きが漏れた。

 ドゥランは何も言い返さなかった。ただ、うつむいたまま肩を震わせていた。

 裁判官から終身刑が言い渡されると、傍聴席から静かな拍手が起こった。

 ドゥランの判決が下った日、シュミット首相は法廷の外で記者たちに囲まれた。

 彼女は力強く言った。


 「カルデニア王国は新しく生まれ変わります。過去の過ちを認め、未来を築いていく。それが、私たちの責任です」


 ハイデルの街はゆっくりだが、確実に変わり始めていた。テロによる戦いの傷跡はまだ残っていたが、そこに新しい旗が翻り、市民の笑顔が少しずつ戻り始めていた。


 その頃ルーディは、ハイデルにある軍事基地でニュースを見ていた。

 彼はいつものように腕を組み、足をデスクに投げ出しながら、面倒くさそうにため息をついた。


 「……全部終わったな」


 エジードが隣に立ち、ルーディを諭すように言った。


 「准将、まだ終わってはいませんよ。ラマーン帝国がこのまま大人しくしているとは思えませんからね」


 ルーディは肩をすくめ、苦笑した。


 「それは他の奴に任せるよ。だいたい軍事的に衝突する前に、外交努力をするのも政治家の役目だろ?」


 しかし、口ではそう言いながらもルーディは知っていた。これはまだ「始まり」に過ぎないことを。

 依然として残るラマーン帝国の脅威、アルメリア連邦との軍事同盟締結時の約束、そして、傷ついた国民の心を癒す長い道のり…

 ルーディはモニターを切り、静かに目を閉じた。

 

 ルーディにとって、面倒くさい日々がまた始まろうとしていた。




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