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流星の英雄~Aias of the Meteor~  作者: 真田らき
第4章:奪還の嵐

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12:終わりなき夜の光


 ローゼンタール艦隊の攻撃は容赦がなかった。

 先頭の重巡航艦群の主砲が、青白いエネルギー光を連続で吐き出した。光の奔流はカルデニア艦隊の軍艦のシールドに直撃し、青い障壁が一瞬膨張した後、粉々に砕け散る。破片が無音で宇宙に飛び散り、更に次の瞬間、ミサイルの群れが赤い尾を引きながら殺到した。爆発の閃光が次々と咲き、カルデニア陣営に合流しようとしていた旧第一艦隊の軍艦が大きく傾いた。

 艦体が回転しながら漂い始め、左舷から黒煙と炎が噴き出す。艦橋の非常灯が赤く点滅し、乗組員の叫び声が通信回線に漏れ出した。


 「左舷シールド出力ゼロ! 主装甲に直撃!機関室に火災発生!」


 艦長は血走った目でコンソールを叩きながら叫んだ。


 「消火班、全員機関室へ急げ! エンジンの暴走を抑えろ!」


 機関室では、整備士たちが炎に巻かれながら必死に消火ホースを握っていた。高温で溶けかけた配管から噴き出す火柱が通路を塞ぎ、黒煙が視界を奪う。

 一人の若い整備士が咳き込みながら叫んだ。


 「耐えろ……耐えてくれ、まだ、死にたくない……」


 だが、次の爆発が艦体を揺らし、整備士の一人が炎に飲み込まれた。悲鳴が通信に響き、すぐに途切れる。

 医療室では医師が血まみれの手で負傷者の治療し続けていたが、手が追いつかない。担架に乗せられた兵士の顔は青ざめ、唇が震えていた。「まだ……戦える……」と寝言のように呟く声は、ほとんど聞こえなかった。

 ルミナスのブリッジでは、ルーディが拳を強く握りしめていた。指の関節が白くなり、額に冷たい汗が浮かぶ。非常灯の赤い光が彼の顔を血のように染め、乗組員たちの息遣いが聞こえるほど静かだった。

 誰もが、味方艦の崩壊を息を殺して見守っていた。

 報告をする通信士の声が、かすかに震えていた。


 「旧第一艦隊の重巡航艦『エストレージャ2』沈黙。左舷全損、艦内火災拡大中。脱出ポッド射出は……半数以下です」


 ルーディの胸に、冷たいものが突き刺さる。

 陣形はもう形を保てていない。今のカルデニア艦隊は、急ごしらえの寄せ集め。ルーディが事前に作った戦術データはアイゼン戦では完璧に機能したが、今はローゼンタールが緻密で統率の取れた動きで、即座に対応してくる。訓練を共にしたことのない艦隊は、ルーディの命令を理解する前に撃墜されてしまう。

 

 戦況を眺めながらローゼンタールが静かに微笑んだ。


 「敵陣の乱れを広げろ。駆逐艦隊は動きが鈍い敵艦の後方に回り込め。重巡航艦は集中砲火を継続。カルデニア艦隊を完全に分断する」


 ローゼンタール艦隊の駆逐艦群が一気に加速した。

 紅いシールドを輝かせながら、散り散りになった旧第一艦隊に打撃を与えていく。

 カルデニア艦隊の重巡航艦は側面から集中砲火を受け、シールドが粉々に砕け散った。艦体が大きく傾き、炎と破片が噴き出す。艦内の通路は崩落し、負傷者が壁に叩きつけられ、血が飛び散った。

 機関室では整備士が過熱するエンジンを必死に抑えようと努力したが、爆発が連続し、艦は完全に機能を失った。

 格納庫では乗組員達が脱出ポッドに殺到したが、半数が炎に飲み込まれ、艦内に絶叫が響いた。

 ルーディはブリッジで拳を握りしめた。立体映像ホロディスプレイに映る味方艦の崩壊が、赤い警告点として激しく点滅している。もう、だめかもしれない。その思いが、一瞬頭をよぎりながらも彼は決断した。


 「全艦、一度陣形を解除しろ。後退しながら陣形を組み直す。旗艦を中心にして集結、防御重視の楕円陣形へ移行しろ」


 ブリッジ内の士官たちが一斉に動き始める。

 第2独立任務部隊は比較的素早く後退を開始したが、ここでも旧第一艦隊は瞬時に動くことが出来ずにいた。

 一部の艦はその場に止まり抵抗しようとし、一部の艦は勝手に後退を始め、艦列がさらに乱れる。

 その遅れが、ローゼンタールにさらなる好機を与えた。


 「今だ。全艦、前進。陣形の乱れを狙え」


 ローゼンタール艦隊が加速し、カルデニア艦隊へ向けて突き進む。

 主砲の連射が止まらない。

 ルーディ艦隊の右翼に位置する駆逐艦が被弾し、艦橋が吹き飛んだ。ブリッジ内の乗組員が悲鳴を上げ、コンソールが火花を散らす。操舵士が血まみれになりながら叫んでいた。艦内の通路は炎と煙に満ち、負傷者が這いずりながら消火活動を続け、血と汗と焦げ臭さが混じり合う。


 「止まって迎え撃つな! 陣形再編を優先しろ! 落ち着いて行動すれば大丈夫だ!」


 彼は必死だった。普段の面倒くさげな口調はどこへやら、通信を連打しながら各艦長に直接指示を飛ばす。


 「エストレージャⅥ、右に寄れ! アルテミスは左に回り込め! 周りとの連携を取るんだ!」


 だが、艦隊は思うように動かない。艦長たちはルーディの声に耳を傾けているが、隣の艦の動きが読めず、互いに譲り合ったり、逆にぶつかりそうになったりする。

パニックに陥った彼らは、言葉だけで的確に動くことができなかった。

 ブリッジ内の士官の一人が、声を震わせて呟いた。


「……このままじゃ、持たない……」


 士気が、目に見えて下がり始めていた。射撃管制士の手が震え、操舵士の額に汗が滲む。誰もが同じことを思っていた。このままでは艦隊が分断し全滅する。ルーディも、それを感じていた。

 胸の奥で、何かが軋む音がする。しかし次の瞬間、通信士が叫んだ。


 「司令官! 後方より新規艦影、多数! ――あれは……アルメリア艦隊です!」


 ルーディの目が開いた。立体映像ホロディスプレイの後方に、鮮やかな青いシールドの光が一斉に点灯したのだ。

 アルメリア艦隊が戦場に現れ、カルデニア艦隊の背後に堂々と陣取った。その数は50隻を超えていた。

 アルメリア艦隊の旗艦から、落ち着いた女性の声で通信が入る。


 「ルーディ・クラウス司令官だな?アルメリア第5艦隊司令官セシリア・ルグラン中将だ。遅くなって申し訳ない。これよりカルデニア艦隊に合流する」


 その声がブリッジに響いた瞬間、カルデニア艦隊全体に息が吹き返した。

 乗組員達の顔に希望の色が戻り、通信回線が歓声で満たされた。負傷者でさえ、血まみれのベッドから顔を上げ、拳を天井に向かって付き出していた。

 ルーディの口元にも、ようやくわずかな笑みが浮かんだ。


 「ギリギリ間に合ったな………全艦、アルメリア艦隊と合流。陣形を再構築しろ」


 形勢は一気に逆転した。

 アルメリア艦隊が前進し、崩れかけたカルデニア艦隊の穴を埋めるように、強力な援護射撃を開始する。

 ローゼンタール艦隊の駆逐艦が、次々と被弾。紅いシールドが砕け、炎が噴き出す。数隻の駆逐艦がエンジン部をやられ、回転しながら漂い始めた。

 ローゼンタール艦隊のブリッジでは、通信士が震える声で司令官に報告していた。


 「ローゼンタール中将、アルメリア艦隊を50隻以上確認。戦力バランスが完全に逆転しました。このままでは、我が艦隊が一気に不利な状況になります」


 ローゼンタールはディスプレイを睨み、静かに舌打ちした。


 「……チッ!アルメリアが来たか」


 彼はゆっくりと息を吐き、短く命令を下した。


 「全艦、攻撃中止。撤退陣形へ移行。カルデニア艦隊との決着は次に持ち越しだ」


 撤退の判断が瞬時に下せる事も、ローゼンタールの非凡な才能の一つであった。

 ローゼンタール艦隊は司令官の命令通りに、統制された動きで後退を始めた。シールドを張りながら、ゆっくりと戦場から離脱していく。その動きは決して乱れてはいなかった。ただ、静かに、確実に退くだけだった。

 最後に、ローゼンタールは通信回線を開き、ルーディに向けて静かに告げた。


 「ルーディ・クラウス……敵ながらよくやった。いずれ、貴様とは決着をつける時が来るだろう。その時は、今日の借りを必ず返させてもらう」


 そう言うと、一方的に通信を切った。


 ローゼンタール艦隊が闇の向こうへ消えて行く様子を、ルーディは司令席に深く腰を下ろしながら、安堵した表情でディスプレイ越しに見ていた。


 「……ようやく、終わったか」


 戦場に残ったカルデニア艦隊は、わずか46隻。

 当初、ラマーン艦隊討伐に配備されていたカルデニア共和国艦隊100隻のうち、約80隻が失われ、ルーディやロドリゲス率いるエデンⅣ駐留艦隊にも、多くの被害が出ていた。

 生き残った艦はどれも傷だらけで、炎を噴きながら漂う姿は、まるで死にかけの獣のようだった。

 しかし、彼らは生きていた。

 ルーディはブリッジの窓から、燃え残った戦場を見つめながら、静かに呟いた。

 

 「次はもうやりたくないな…」


 非常灯の赤い光がゆっくりと通常照明に戻り、乗組員たちの顔を柔らかく照らし出す。誰もが無言で息を吐き、肩を落としていた。

 床には乾いた血の跡が残り、焦げた絶縁材と金属の匂いがまだ鼻を突く。

 コンソールの警告音が一つ、また一つと止まり、艦がようやく「生きている」ことを実感させるような静けさが広がった。

 ルーディは両手を顔に当てて長い息を吐いた。指の間から見える瞳には、疲労と安堵と、まだ消えない緊張が混じり合っていた。胸の奥では、戦いが終わったという実感よりも、「これで何人が死んだのか」という重い数字が心にのし掛かる感覚があった。

 そんなルーディの元に、重い足音が近づいてきた。ゆっくりと横を見ると、そこにはカミラ・ロペス中将が立っていた。

 軍服は左肩から胸にかけて黒く焦げ、袖口には乾いた血がこびりついていた。顔は青白く、左腕を軽く押さえながら立つ姿は、痛みを堪えているのが一目でわかった。

 ロペスはルーディの前に立ち、静かに敬礼した。ルーディも立ち上がり、二人は互いに視線を交わした。

階級の差をわきまえ、ルーディは少し遠慮がちに右手を差し出した。ロペスはわずかに目を伏せ、ゆっくりとその手を握り返した。二人の掌は熱く、汗と血の感触が混じり合っていた。

 ロペスは低く、しかしはっきりとした声で言った。


 「貴官がいなければ、とっくに私達は全滅し、既にこの世にいなかっただろう。本当に助かった…」


 ルーディは無言で頷き、握った手を少し強く握り返した。

 言葉は必要なかった。

 二人はただ、互いの手の温もりを通じて、生き残ったという事実と、失ったものたちの重みを共有したのである。

 ロペスは手を離すと、静かに頭を下げ、艦橋の隅に移動して壁に寄りかかった。彼女の肩はわずかに震え、目を閉じて深く息を吐いた。

 旧第一艦隊の損害の大きさが、彼女の胸に重くのしかかっているのが、ルーディにも伝わってきた。

 その後、アルメリア艦隊の旗艦から連絡が入った。

画面に映った司令官は、50代半ばの女性で、短く整えられた銀髪と鋭い目が印象的だった。

 彼女の顔は歴戦の強者といった印象を受けるが、口元には穏やかな笑みが浮かんでいた。

 ルーディは画面に向かって軽く頭を下げ、アルメリア艦隊の到着がどれほど大きかったかを伝え、感謝を述べた。

 セシリア・ルグラン司令官は頷き、救援の遅れを詫びるように目を細めた。


 「ルーディ准将、医療スタッフと物資の補給を優先して派遣しよう。食料、医療キット、予備部品……必要なものはすべて揃っている。損傷艦の救助と補修もこちらで支援する。何か必要なものがあれば遠慮なく言ってくれ」


 ルーディは小さく息を吐き、静かに応じた。


 「ありがとうございます。まずは医療スタッフを最優先でお願いします。負傷者が多すぎます。できれば食料と水も、艦内備蓄が底をつきかけています」


 司令官は頷き、すぐに指示を出した。


 ディスプレイの向こうで、アルメリア艦隊の輸送艦が動き始め、救助艇がカルデニアの損傷艦に向かう様子が映し出された。

 ルーディは画面を見つめながら、胸の奥でようやく「生き延びた」という実感がゆっくりと広がっていくのを感じていた。

 艦橋の片隅で、通信士がエデンⅣへの緊急連絡を準備していた。

 ルーディは軽く目を閉じ、送信内容を頭の中で整理した。


 『ハイデル宙域の戦闘は終わり、第1艦隊と第2独立任務艦隊は辛うじて全滅は免れたが、被害は甚大。アルメリア艦隊の救援により、ラマーン軍を撤退に追い込むことに成功。詳細は後ほど報告する』


 送信ボタンが押されると、信号は超長距離通信によってエデンⅣへと飛んでいった。

 ルーディは送信されたモニターを見つめながら、ジェイクやシュミット首相がこの報を受け取る瞬間の表情を想像した。安堵と悲しみと、これから訪れる戦場とは違う戦いに対する覚悟が交錯するだろう。その思いが、彼の胸に静かな重みとして残った。

 

 一方、ラマーン帝国へ戻るローゼンタール艦隊の旗艦では、重い空気が漂っていた。

 乗組員たちの顔には疲労と悔しさがはっきりと刻まれていた。

 ローゼンタールは司令席に座ったまま、窓の外に広がる星の海を眺めていた。

 彼の表情はいつものように冷静だったが、瞳の奥にはわずかな苛立ちと、静かな決意が宿っていた。

 副官がそっと近づき、戦果と損害の報告を始めた。ローゼンタールは黙って聞き、時折小さく頷くだけだった。

 艦内では、負傷した兵士が医務室に運ばれ、焼け焦げた軍服の匂いが通路にまだ残っていた。

 士官たちは互いに視線を交わし、言葉少なにやるべき仕事を続けていた。

 誰もが、今日の戦いが決して「勝利」ではなかったことを感じていた。

 包囲網からアイゼン艦隊を救出したものの、カルデニア艦隊を仕留めきれなかった。しかもアルメリアの介入により、形勢は一気に不利になったことで、撤退に追い込まれたのだ。

 ローゼンタールはゆっくりと息を吐き、静かに目を閉じた。彼の胸の奥では、ルーディ・クラウスという名の若い指揮官の顔が、強く焼き付いていた。


 「次は……必ず仕留める」


 その思いだけが、静かに燃え続けていた。

 艦隊はゆっくりとラマーン帝国の領域へと戻っていく。星々の光が艦体を照らす中、ローゼンタール艦隊は静かに、漆黒の海を進んでいった。

 


 ハイデル宙域の戦いは終わった。しかし、それは新たな始まりに過ぎなかった。

 特にルーディ達カルデニア正統政府にとっては、これから自らの命運を懸けた戦いが待っているのだから…



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