10:天然サイボーグ
ルミナスのブリッジへの通路は、血と硝煙の匂いで満たされていた。
アイゼンは先頭を切り、肩から血を流しながらも足を止めなかった。ヘルメットのバイザーに赤い警告灯が反射し、視界を狭くしている。左肩の傷口から熱い血が滴り落ち、戦闘服の布地を黒く染めていく。呼吸は荒く、肺が焼けるように痛んだが、目は燃えていた。
彼の後ろには、精鋭兵士3名が残っていた。出発時の10名から、すでに7名が通路の銃撃戦で倒れていた。生き残った者たちは、無言でアイゼンの背中を追い、ライフルを構え直す。誰の顔にも恐怖はあったが、誰も後退しようとはしなかった。
アイゼンの声が、低く響いた。
「あと少しだ……ブリッジはもう目と鼻の先だ。大将の首を取るぞ」
通路の角を曲がった瞬間、警備兵が待ち構えていた。自動小銃の連射音が響き、弾丸が壁を削る。アイゼンは体を低くして横に飛び、肩越しにライフルを撃ち返した。弾丸が敵兵の胸を貫き、血が噴き出す。
部下の一人が叫んだ。
「中将! 右から来ます!」
アイゼンは即座に体を回転させ、右側の通路から現れた敵を撃ち抜いた。アイゼンにも敵の弾丸が飛び、ヘルメットを掠め、火花が散る。
アイゼンは歯を食いしばり、叫んだ。
「進め! 止まるな!」
ブリッジの扉は、すでに目前だった。
重厚な合金製の扉は、赤い非常灯に照らされて鈍く光っている。扉の横に警備兵が2名、膝をついてライフルを構えていた。
アイゼンは一瞬の隙を突き、走りながらライフルを連射した。弾丸が扉の周囲を削り、警備兵の一人にも直撃して倒れる。もう一人は怯えながら後退し、扉の操作パネルに手を伸ばした。
アイゼンは跳躍し、敵兵の胸に体当たりを食らわせた。敵兵は壁に叩きつけられ、意識を失う。
アイゼンは扉の操作パネルに手をかけ、強引にハッキングツールを挿入した。赤い警告灯が点滅し、扉がゆっくりと開き始めた。
ブリッジ内部から叫び声が漏れてきた。
アイゼンは深く息を吸い、ライフルを構え直した。部下たちも一斉に武器を構え、扉の隙間から内部を覗く。
ブリッジ内は、赤い非常灯とホロディスプレイの青い光だけが交錯する薄暗い空間だった。
ルーディ・クラウス准将は、司令席に座ったまま、腕を組んでいた。扉の方は向かず、ずっと正面のメインモニターを眺めたままだった。
周囲の士官たちは、パニックに陥りながらも、ライフルを構えて扉に向かって銃口を向けている。
ルーディは静かに口を開いた。声は低かったが、緊迫したブリッジ全体に響き渡った。
「アイゼン中将……こんな所までわざわざご苦労様です」
アイゼンは扉の隙間から飛び出し、ライフルを構えて叫んだ。
「初めましてクソ野郎。お前をこの手で終わらせに来たぞ!」
ルーディは小さくため息をつき、立ち上がった。
ブリッジの士官たちが一斉に発砲し、弾丸がアイゼンに向かって飛ぶ。アイゼンは体を低くして横に飛び、壁に身を寄せた。アイゼンの部下たちが続いて飛び出し、銃撃戦が始まった。ブリッジ内は、銃声と弾丸の跳ね返る音で埋め尽くされた。
カルデニアの士官が一人、胸を撃たれて倒れる。アイゼンの部下が一人、足を撃たれて膝をつく。アイゼンは壁から身を乗り出し、ルーディに向かってライフルを連射した。弾丸がルーディの近くのコンソールを削り、火花が散る。参謀長のシュナイダーが、ルーディの頭を掴み、強引に身を低くさせ司令席の後ろに隠れた。
アイゼンはブリッジの中央に飛び出し、叫んだ。
「逃げるな卑怯者! 俺と正面から勝負しろ!」
ルーディは司令席の後ろから顔を出し、静かに答えた。
「そのご要望にはお応えしかねますね。如何せん私は銃すら扱えませんので」
アイゼンは笑い、ライフルを構え直した。
「じゃあそこでじっとしていろ!なるべく苦しまないように殺してやる」
そういうとアイゼンは駆け出し、ルーディがいる司令席に向かった。
すると次の瞬間、ヘルメット越しに強烈な衝撃が頭を打ち抜いた。2回転ほど地面を転げ回った後、ライフルを構え直して目線を上げると、そこには両手の拳を合わせながら、笑顔の表情で立つ巨漢の男がいた。護衛隊長のモリス少佐だった。
アイゼンがライフルに指をかけ、モリスを撃とうとした瞬間、モリスは左手でライフルの銃口を上に向けた。弾丸は天井にあたり、鈍い音をたてた。
するとモリスは右手でアイゼンの首もとを掴むと、無造作に持ち上げ、そのまま締め上げた。
首元を掴まれた瞬間、アイゼンの視界が一瞬白く飛んだ。モリスの指が喉仏を直撃するように締め上げ、気管が押し潰される感覚が全身を駆け巡る。息が詰まり、肺が焼けるように痛む。首の骨が軋む音が、自分の耳にだけ聞こえた。
アイゼンは反射的にライフルから手を放し、両手でモリスの右腕を掴んで引き剥がそうとしたが、モリスの腕はびくともしない。まるで鉄の鎖を掴んでいるような感触しかなかった。むしろ締め上げる力が強まる。
「……ぐっ……!」
声にならない呻きが漏れる。
視界の端で、カルデニアの士官たちが、壁際に散らばって銃を構えているのが見える。
モリスの顔はなぜか笑顔だか、目には感情がない。ただ機械のように力を込め、任務を遂行しているだけのようだった。
アイゼンの意識が薄れ始めたその瞬間、背後から『バンッ』という銃声が響いた。
モリスの脇腹から背中側に、弾丸が貫通した。血が噴き出し、モリスの体がビクンと震える。すると締め上げていた右手の力が一瞬緩んだ。アイゼンはその隙を逃さず、膝をモリスの腹に叩き込み、首を締めていた手を振りほどいた。
「ぐはっ……!」
モリスが血を吐きながら膝をつく。体から流れた血が床に広がり、巨体がゆっくり傾く。
アイゼンは地面に倒れ込みながら、すぐに転がってライフルを拾い上げた。
その背後では、カミラ・ロペス中将がモリスを撃ったアイゼンの部下の両腕を後ろから押さえつけ、素早く首に腕を回して締め上げた。部下は抵抗しようとしたが、ロペスに完全に取り押さえられ、動きを封じられた。
ロペスは部下を床に押し倒し、膝で背中を押さえつけていた。
アイゼンはその光景を見て、わずかに表情を歪めた。
ロペスはアイゼンの部下を押さえつけながら、アイゼンを見据えた。
「アイゼン中将……もう終わりです。銃を下ろして降参しなさい」
アイゼンは荒い息を吐きながら立ち上がり、肩の傷口を押さえ、ブリッジの中央を見据えた。
ルーディは司令席の後ろからゆっくり立ち上がり、興奮する敵の司令官を諭すように言った。
「もう逃げ場はありません。殺したくはない。降参して下さい」
だが、アイゼンはその言葉を無視してライフルを構え、ルーディに向かって連射した。
しかし弾丸がルーディにあたることはなかった。エジードがルーディの前に立ちはだかり、自らの体を盾にして守ったからである。
弾丸はエジードの体に数発当たったが、すべて弾かれ、火花が散るだけだった。
「コイツ……銃が効かないのか……?」
アイゼンの声に、初めての動揺が混じった。
エジードは静かに首を傾げ、静かな声で答えた。
「いくら撃っても無駄です。諦めてください」
アイゼンは歯を食いしばり、再び連射した。弾丸が連続で当たるが、結果は同じ。火花が散り、エジードの体は微動だにしない。
ブリッジ内のカルデニア士官たちが、徐々に包囲を狭めてくる。銃口がすべてアイゼンに向けられている。
アイゼンはゆっくりとライフルを下ろし、腰に下げていたナイフを抜き、血の付いた歯を見せて笑った。
「最後まで俺は諦めん……お前等の大将を道連れにするまではな。俺の辞書に敗北という文字はない」
アイゼンは最後の力を振り絞って、エジードに向かって突進した。エジードは戦闘態勢をとり、アイゼンの顔面めがけて右拳を振った。それをアイゼンは身を低くして潜り抜け、ナイフをエジードの脇腹に突き刺した。だが、刃は外皮に弾かれ折れただけだった。
アイゼンは後退し、息を荒げた。
すると周りの兵士たちが一斉に発砲し、アイゼンの体に弾丸が集中した。胸、腹、肩、脚、無数の弾丸がアイゼンを貫き、血が噴き出した。
アイゼンはゆっくりと膝をつき、折れたナイフを床に落とした。巨体が床に倒れ込んだ瞬間、ブリッジ内の銃声がぴたりと止んだ。
撃ったカルデニアの士官たちが、ゆっくりと銃口を下げ、息を詰めてその光景を見つめている。
倒れたアイゼンの胸は血に染まり、開いた目が虚空を睨んだまま動かない。ルーディは司令席の後ろからゆっくりと歩み出て、倒れたアイゼンを見下ろした。その瞳の奥に一瞬だけ、何かが揺れたように見えた。
彼は静かに通信士に向かって言った。
「……全艦隊に伝達しろ。アイゼン中将は戦死したと。
それと、アイゼン艦隊旗艦へ直接通信を繋いでくれ。降伏を勧告する」
通信士が即座に操作し、回線を開いた。
ブリッジのメインモニターに、アイゼン艦隊旗艦のブリッジが映し出された。そこには、アイゼンの副官や士官たちが、混乱と絶望の表情で立っていた。
モニター越しに、ルーディの声が淡々と響いた。
「アイゼン中将は戦死した。あなた達の指揮官はもういない。これ以上無駄な抵抗を続ければ、君たち全員が無駄死にになるだけだ。降伏せよ。武器を捨て、投降すれば命は保証する」
――――
アイゼンの息子、エリック・アイゼンは、戦闘機パイロットとして最前線で戦っていた。
彼の乗る宇宙戦闘機は、アイゼン艦隊の航宙母艦「アイアン・イーグル」を母艦としていた。
戦闘開始から数時間、連続で出撃を繰り返し、カルデニア艦隊の戦闘機を何機も撃墜してきたが、機体のエネルギー残量と弾薬が限界に近づいていた。
「こちらストーム・ファルコン14、エリック・アイゼン中尉。母艦へ帰投する。エネルギー残量12%、弾薬残り3割。補給を要請」
通信に返ってきたのは、母艦の管制官の落ち着いた声だった。
「了解、ストーム・ファルコン14。着艦許可。格納庫3番ベイへ。急げ、戦況は厳しい」
アレクセイは操縦桿を握り直し、機首を母艦に向けた。周囲ではまだ戦闘機同士のドッグファイトが続いており、漆黒の宇宙に黄金色の閃光が飛び交っていた。
彼は機体を低速で旋回させ、母艦の着艦デッキにアプローチした。磁気キャッチが作動し、機体がゆっくりとデッキに引き寄せられる。着艦の衝撃が軽く体を揺らした後、コクピットが静かになった。ハッチが開き、エリックはヘルメットを外して外へ出た。
格納庫は騒がしかった。整備士たちが慌ただしく動き回り、戦闘機の補給や修理が行われている。しかし、いつもと違う空気が流れていた。整備士たちの動きがどこか鈍く、顔が青ざめている。エリックは眉をひそめ、近くの整備士に声をかけた。
「どうした? 戦況がそこまで悪いのか……」
整備士は目を伏せ、言葉を詰まらせた。
「……アレクセイ中尉。……中将が……」
アレクセイの心臓が一瞬止まった。
「父上が?」
整備士はゆっくりと頷き、声を絞り出した。
「ルミナスに単身で乗り込んで……戦死したそうです。敵の司令官からの通信で……降伏勧告が……」
アレクセイの視界が揺れた。膝から力が抜けそうになり、近くの機体に手をついて体を支えた。ヘルメットを落とし、床に膝をつく。呼吸が浅くなり、胸が締め付けられるように痛んだ。
「嘘だ……父上が……死ぬはずがない……」
整備士がそっと肩に手を置いた。
「通信記録が残っています。……確認しますか?」
アレクセイはゆっくりと立ち上がり、頷いた。
格納庫の端にある小型モニターに、ルーディからの通信映像が再生された。画面に映るルーディの声が、淡々と響く。
『アイゼン中将は戦死した。遺体はここにある。確認したければ引き渡すこともできる。君たちの指揮官は、もういない。これ以上無駄な抵抗を続ければ、君たち全員が無駄死にになるだけだ。降伏せよ』
映像の最後、ブリッジの床に倒れた父の姿が一瞬映った。血に染まった戦闘服、開いたままの目、動かない巨体。
アレクセイはモニターを凝視したまま、動けなくなった。涙が溢れ、頬を伝う。拳を握りしめ、唇を噛み締めた。
「父上……」
格納庫の整備士たちが、静かに彼を見守る。誰も言葉を発しない。ただ、重い沈黙が広がった。
アレクセイはゆっくりと立ち上がり、ヘルメットを拾い上げた。涙を拭い、声を絞り出した。
「……父上の仇は……俺が取る」
彼は戦闘機のコクピットに戻り、整備士に言った。
「補給を急げ。すぐに再出撃する」
整備士は驚いた顔で言った。
「中尉……今は……」
アレクセイは振り向かず、静かに言った。
「父上が死んだからって降伏なんてできるか。」
エリックはコクピットに座り、ハッチを閉めた。戦闘機のエンジンが再び唸り始めた。
アイゼン艦隊の抵抗は弱まっていたが、エリックの再出撃により、それを見ていた一部の戦闘機部隊が再び動き始めた。しかし、全体の勢いは明らかに失われていた。
一方、ローゼンタール艦隊の旗艦のブリッジは静かだった。
ローゼンタールは司令席に座ったまま、静かに戦況を眺めていた。
通信士が静かに報告した。
「ローゼンタール司令官……アイゼン中将が敵の旗艦に乗り込み、戦死したとの報が入りました。アイゼン艦隊旗艦からの通信です。アイゼン艦隊は敵から降伏勧告を受けているようです」
ローゼンタールはゆっくりと目を閉じ、わずかに瞼が揺れた。彼は静かに息を吐き、独り言のように呟いた。
「……ルーカス……艦隊司令官でありながら、敵の旗艦に殴り込むとは…実にお前らしい最後だな…」
ブリッジ内の士官たちが、息を詰めて彼を見守る。
ローゼンタールはゆっくりと目を開け、静かに言った。
「アイゼンは……俺の古い戦友だった。豪快で、猪突猛進で、馬鹿正直で……それでいて誰よりも勇敢な男だった」
彼は拳を握りしめ、声を低くした。
「その仇は我々が討つぞ」
ローゼンタールは立ち上がり、ブリッジ全体に命令を下した。
「全艦、カルデニア本隊へ急げ。アイゼン艦隊にも伝えろ。我々が到着するまで持ちこたえろと。降伏は許さん。最後まで戦えとな」
艦隊の士官たちが一斉に頷き、操作を再開した。
ローゼンタール艦隊は、鋒矢陣を維持したまま、全速力でカルデニア艦隊へ向かっていった。
その報告はすぐにルミナスにも届き、通信士が声を上げた。
「クラウス司令官! ローゼンタール艦隊がこちらに向かっています!」
ルーディは司令席に座りながら、静かに息を吐いた。
「……来るか、ローゼンタール中将……戦いたくはないけど、ここで終わらせてもらう」
彼は司令席に座り直し、静かに次の命令を下した。
「全艦、包囲網を維持。アイゼン艦隊の残党を掃討しつつ、ローゼンタール艦隊の接近に備えろ」
ブリッジ内の士官たちが動き始めた。
ルーディはメインディスプレイに映るローゼンタールの艦隊を見つめていた。




