8:前門の虎、後門の狼
一列に広がる艦列は、シールドの青い光が細長く連なり、艦列の両端はわずかに後方に下がり、中央だけがやや前に出ているように見える。
それはアイゼン艦隊を誘うための罠だった。アイゼンの戦い方から彼の性格を考察したルーディは、中央を少し突出させ、迎え撃つ姿勢をわざと見せたのだ。アイゼンであれば、その誘いに乗り、中央突破をかけてくると予測したからである。
艦列の間隔は計算し尽くされており、ミサイルの誘導を分散させつつ、主砲の射線を確保できるギリギリの距離に調整されている。
ルーディの専用端末には設計図が表示されていた。この設計図は、情報参謀のフリーダ・ベッカーに頼んで作ってもらったものだが、細かな数値まで計算され、びっしりと書きこまれていた。
ルミナスのブリッジは、戦闘開始前の息詰まるような静寂に支配されていた。
赤みがかった非常灯が薄く点灯し、乗組員の顔を血のように染めている。空調の送風音すら抑えられ、コンソールの微かな電子音と、誰かの荒い呼吸だけが響く。操舵士は額に汗を浮かべ、指先が微かに震えながら操縦桿を握りしめていた。射撃管制士はバイザーを下ろし、照準データを何度も再確認する手が止まらない。通信士はヘッドセットを耳に押し当て、微かなノイズに神経を尖らせている。
ルーディは司令席に座ったまま、腕を組んでホロディスプレイを睨んでいた。
「全艦、単横陣維持。敵の突撃に合わせて中央部隊は後退しろ。両翼の部隊は作戦データをもう一度確認してくれ、艦同士の位置が大事だ。速度とタイミングを間違えるなよ」
ルーディの命令が各艦に伝達された次の瞬間、アイゼン艦隊が突撃してきた。
ルーカス・アイゼン中将の命令が飛ぶと、駆逐艦群が猛烈な速度で単横陣の中央に向かって殺到したのである。
数百発の対艦ミサイルが赤い尾を引き、宇宙空間を埋め尽くす。重巡航艦の主砲が一斉に火を噴き、青いシールドが次々と砕け散る閃光が連続した。アイゼン艦隊の勢いは凄まじく、まるで巨大な槍のようにカルデニアの中央を突き刺そうとしていた。
艦隊の先頭は、まるで猛獣のように加速を続け、ミサイルの雨が単横陣の中央に集中した。シールドが悲鳴を上げ、装甲板が剥がれ落ち、爆発の衝撃波が艦列全体を揺らした。
カルデニア艦隊の中央部が、まず激しく揺れた。
駆逐艦「イシス」のブリッジでは、通信士が絶叫した。
「ミサイル群、直撃! シールド出力急落——!」
次の瞬間、艦体が激しく震え、左舷に連続爆発が起こった。シールドが粉々に砕け、装甲板が剥がれ落ち、通路に炎が吹き荒れた。兵士たちが悲鳴を上げて転げ回り、負傷者が床に倒れ、焼け焦げた制服から煙を上げながらうめき声を漏らした。艦長は壁に叩きつけられ、額から血を流しながらも、必死に命令を叫んだ。
「後退速度を維持しろ! 陣形を崩すな!」
しかし、アイゼン艦隊の勢いは止まらなかった。
駆逐艦群が次々と突っ込み、重巡の主砲が中央を集中砲火で叩き続ける。カルデニアの単横陣は、押されるままに中央がさらに凹んでいった。両端は位置を保ちながら、中央だけが深く抉られるように後退していく。
外から見れば、カルデニア艦隊は完全に押されているようにしか見えない。シールドの光が中央で弱く揺らぎ、両端の光が少しずつ内側に曲がっていく様子は、まるで敵の突撃に耐えかねて折れ曲がる弓のように見えた。
艦列の間隔が狭まり、中央の艦艇が連続して被弾し始めた。軽巡1隻がエンジン部に直撃を受け、巨大な火球となって爆発。もう1隻は艦橋が吹き飛び、操舵不能のまま漂い始めた。艦内の通路は炎と煙に満ち、兵士たちが「助けてくれ!」「脱出できない!」と叫びながら、崩落する壁の下敷きになっていた。血の臭いと焼け焦げた肉の臭いが混じり合い、生存者の絶望的な叫びが通信に飛び交った。
艦内の空気は重く、金属の匂いと焦げた絶縁材の臭いが混じり合い、緊張が肌にまとわりつく。壁のパネルには、シールド出力が刻々と低下していく数字が表示され、赤い警告灯が点滅を繰り返していた。乗組員の一人が、そっと呟いた。
「これで……本当に持ちこたえられるのか……」
陣形は徐々に弓型へと変形し始めた。端から見れば、カルデニア艦隊が押されているようにしか見えない。シールドの光が中央で弱く揺らぎ、両端の光が少しずつ内側に曲がっていく様子は、まるで敵の突撃に耐えかねて折れ曲がる弓のように見えた。
ルーディはブリッジで静かに命令を続けた。
「敵の突撃速度が予測より早い。中央部隊は後退速度を上げろ。両端は現在の位置を維持しろ。……敵を深く引き込め」
乗組員たちは歯を食いしばり、指示に従った。艦体が揺れ、シールドが悲鳴を上げ、爆発音が連続する中でも、陣形は崩れなかった。中央が深く凹み、弓型の曲線が徐々に完成していく。
艦内の通路では、負傷者が這いずりながら消火活動を続け、血と煙が混じり合い、視界を奪う。機関室では整備士が過熱するエンジンを必死に抑え込み、「耐えろ、耐えろ!」と自分自身に言い聞かせていた。
アイゼン中将は、旗艦のブリッジで豪快に笑っていた。
「ハハハ! 中央が凹んでるぞ! 完全に押してる! このままぶち抜いてやる!」
しかし、その笑みは消えることとなる。アイゼン艦隊は、予想以上に突破に手間取っていた。
カルデニアの単横陣は後退しながらも応戦を続け、ミサイルと主砲でアイゼン艦隊の前衛を削り続けている。
カルデニア艦隊の後退速度と艦隊運動は、全てデータで管理されていた。急拵えの艦隊を運用するには、データで部隊を動かす事が、最も効率が良いと判断したからである。
これが、思いの外上手くいった。
アイゼンは苛立ちを隠さず、拳を叩きつけた。
「なんだこの粘り方は! 一向に突破できん!」
その時、アイゼンの副官が叫んだ。
「中将! 左右から……敵艦隊が接近しています!」
アイゼンは画面を見た。
弓型に変形したカルデニア艦隊の両端が、すでにアイゼン艦隊の側面を包み込むように迫っていた。中央にばかり気を取られていたアイゼン艦隊は、左右から容赦ない砲火が浴びせられ、側面シールドが次々と砕け散り始めた。
アイゼンは目を見開いた。
「……囲まれてるだと」
ルーディはブリッジで静かに微笑んだ。
「気づいたか……でも、遅い」
カルデニア艦隊の弓型陣形は、アイゼン艦隊を半分包囲していた。
押されているように見せかけて、敵を深く引き込み、左右から挟み撃ちにする。ルーディの計算通りだった。
しかし、アイゼン艦隊の統率された突進力が、予測よりも高かったことも事実であり、カルデニア艦隊の中央部隊は、少なくない被害を出していた。その犠牲をだしながらも、中央突破されることなく、この形に持ち込めたことは、カルデニア艦隊にとっては成功といえるだろう。
アイゼン艦隊は、カルデニアの包囲網に半分飲み込まれ、左右から浴びせられる砲火が容赦なく側面のシールドを削り、駆逐艦の何隻かが炎を噴き上げて漂い始めた。艦列の隙間から漏れる爆炎が、宇宙空間に赤い筋を描く。
アイゼン中将の旗艦のブリッジは、怒号と警告音で埋め尽くされていた。
「シールド出力20%低下! 左右両翼から連続被弾!」
通信士の叫びが響き、アイゼンは歯を食いしばった。髭の生えた顔が、興奮と怒りに変わっていく。
「くそっ……この俺が囲まれてるだと……? 中央を突破しろ! 突破して包囲網から抜けろ!」
しかし、カルデニアの中央はさらに後退し、弓型の曲線が深くなっていく。アイゼン艦隊は深く入り込みすぎて、出口が見えなくなっていた。
前衛の駆逐艦が次々と被弾し、爆発の衝撃波が後続艦にまで伝わり、隊列が乱れ始める。艦内の通路では、負傷者が這いずりながら消火活動を続け、血と煙が混じり合い、視界を奪う。機関室では整備士が過熱するエンジンを必死に抑え込み、「耐えろ、耐えろ!」と自分自身に言い聞かせていた。ブリッジの非常灯が赤く点滅し、乗組員の顔が血のように染まる。
アイゼンは叫んだ。
「まだだ! まだ突破できる! 前進しろ!」
その時、ローゼンタール艦隊が単横陣に陣形を変えていた。
ローゼンタールはブリッジの中央に立ち、灰色の瞳で戦場全体を見渡していた。
メインディスプレイに映るアイゼン艦隊は、赤い警告点が点滅し、包囲網に飲み込まれつつある。副官が慌てて報告した。
「中将! アイゼン艦隊が左右から挟撃されています! 陣形が崩れ始めています!」
ローゼンタールは静かに息を吐き、唇をわずかに歪めた。
「ルーディ・クラウス。あの挑発的な発言の裏には、それなりの根拠があったということか…」
彼はすぐに決断した。
単横陣で、敵の左右どちらかの部隊を駆逐すれば、包囲網の中にいるアイゼン艦隊を救出できる。数ではまだ圧倒的に有利な立場にいる。状況を逆転できる可能性は十分に残っている。
ローゼンタールは静かに命令を下した。
「全艦、単横陣で前進。アイゼンを援護する。敵の左翼部隊を駆逐せよ」
ローゼンタール艦隊は、規律の取れた動きで直ぐ様加速した。
カルデニア艦隊の左翼部隊に向かって突き進む。紅いシールドが一斉に輝き、主砲の砲門が開き始めた。艦隊の動きは統制が取れており、ローゼンタールの冷静な指揮がそのまま反映されているようだった。
「全艦、速度を落とすな。アイゼン艦隊に合流するまで突き進め」
ローゼンタール艦隊は、カルデニア艦隊の目前に迫った。
ルミナスのブリッジで、通信士が声を上げた。
「司令官! ローゼンタール艦隊が動きました! 我々の左翼部隊に単横陣で前進中、アイゼン艦隊の援護に向かっています!」
ルーディは立体映像を睨み、静かに頷いた。
「大丈夫、予定通りだ……全艦、今は動くな。アイゼン艦隊にだけ集中しろ。ローゼンタール艦隊のことは気にするな」
乗組員たちは息を詰めて従った。弓型の両端がさらに内側に締まり、アイゼン艦隊への砲火が激しさを増す。アイゼン艦隊の側面が次々と被弾し、艦列が乱れ始めていた。
ローゼンタール艦隊は、猛スピードで接近し、カルデニア艦隊の弓型陣形の左側を狙い、ミサイルの雨を降らせながら突き進む。距離が縮まり、砲火の交差が激しくなる。
次の瞬間。
ルーディの通信機に、暗号化された通信が入った。
「…クラウス准将、ロドリゲスだ。予定位置に到着した。最大速度で敵の背後から攻撃を開始する」
ルーディは小さく微笑んだ。
「待っていました中将……お願いします」
すると、ローゼンタール艦隊の背後に、突如として25隻の艦影が現れたのである。
ロドリゲス中将の艦隊は、ハイデルから一度離脱し、近くの恒星を利用してスイングバイしてこの宙域に戻ってきたのである。
恒星の重力を借りて加速し、敵の索敵範囲外から一気に背後を取る。全てルーディの作戦通りだった。
ロドリゲス艦隊は、青いシールドを輝かせながら、ローゼンタール艦隊の背後に迫っていた。艦列は整然と並び、主砲が一斉に火を噴く。
艦隊の先頭は、ローゼンタール艦隊の後衛を狙い、ミサイルの雨を降らせながら突き進む。距離が縮まり、砲火の交差が激しくなる。
ロドリゲス中将はブリッジで静かに呟いた。
「こんなに上手く嵌められるとはな……クラウスの奴は何手先まで読んでいるのか……」
戦場は、一瞬にして混戦となった。
カルデニア艦隊の弓型包囲がアイゼン艦隊を締め上げ、ロドリゲスの奇襲がローゼンタール艦隊を背後から襲う。
宇宙空間は、青と紅のシールドが交錯し、爆炎と残骸が無数に漂う地獄と化していた。
ルーディはブリッジで静かに呟いた。
「まだだ……まだ油断できない。本番はここからだ」
このルーディの予想通り、戦いはますます激しさを増していくのである。




