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流星の英雄~Aias of the Meteor~  作者: 真田らき
第4章:奪還の嵐

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6:甲論乙駁


 アルデバラン星系第2惑星ハイデルの宙域。青く淡く輝く惑星の影に、カルデニア連合艦隊の再編された艦影が静かに横たわっていた。

 ルーディ・クラウス准将が率いる、第2独立任務艦隊の旗艦ルミナスを中心に、37隻が一列に並んだ単横陣は、正面からは1本の長い紐のように見えた。

 艦列の間隔は広く、青いシールドの光が点々と連なるだけで、まるで星屑をばら撒いたような印象を与える。だが、その薄さは意図的なものだった。

 敵に『脆い』と錯覚させるための、ルーディの計算された薄さだった。

 ルミナスのブリッジは、戦闘前の独特な静けさに包まれていた。

 通常の照明は落とされ、第1次戦闘体制の時につけられる赤みがかった照明だけが点灯している。空調の微かな送風音と、コンソールの低周波ノイズだけが響き、乗組員たちの吐息が時折聞こえる。

 操舵士はシートに深く沈み、指先で航路微調整を繰り返していた。射撃管制士はヘルメットのバイザーを下ろし、照準データを何度も確認する。通信士はヘッドセットを耳に押し当て、微かな雑音に耳を澄ませている。

誰も言葉を発さない。ただ、時折誰かがゴクリと唾を飲み込む音がするだけだ。

 ルーディは司令席に座ったまま、腕を組んでメインディスプレイを見つめていた。

 いつもの面倒くさげな表情は変わらないが、瞳の奥に決意の光が宿っている。彼は小さく息を吐き、独り言のように呟いた。


 「単横陣をこのまま維持。敵が来るまで一切動くな。……通信士、ロドリゲス中将に回線を繋いでくれ」


 通信士が即座に暗号化された回線で短距離通信レーザーコムを飛ばした。

 ロドリゲス中将の旗艦からは、落ち着いた声が返ってきた。声の端に緊張が滲んでいるが、強い意思は感じられる。


 「クラウス准将。我々の艦隊25隻は、ハイデル軌道から離脱し、未だ敵の索敵範囲外まで後退中だ。……そちらの合図までには準備を整える」


 画面越しに、ロドリゲスの顔が映った。左腕はまだ包帯で固定されているが、目は鋭く、口元にはかすかな笑みが浮かんでいる。

 彼のブリッジもまた、赤みがかった照明に照らされていた。副官がそっと側に立ち、乗組員たちは静かにシートベルトを締め直す。艦内の空気は張りつめているが、誰も慌ててはいない。

 ロドリゲスは静かに続けた。


 「今からはなるべく暗号化通信も使うな。敵に位置を悟られる可能性もゼロではないからな。……次の通信は合図の時でいい」


 ルーディは小さく頷いた。


 「わかりました。俺たちはここで敵を迎え撃ち、長期戦に持ち込めるように努力します。しかし、この作戦の要はロドリゲス中将の艦隊です。よろしくおねがいします。頼りにしています」


 ロドリゲスは応えるように右手を挙げて通信を切った。


 ロドリゲス率いる第1艦隊は、戦場に想定されている宙域から全速力で離れていった。

 25隻の艦影がハイデル軌道から離れ、徐々に宇宙の闇に溶け込んでいく。エンジンの噴射は最小限に抑えられ、熱源を隠すように航行する。艦内の照明はほぼ落とされ、乗組員たちは暗闇の中で息を潜めていた。

 艦長の一人が、そっと呟いた。


 「俺はクラウス准将の作戦に賭ける……大丈夫だ…俺達は勝てる」


 誰も答えなかった。ただ、静かに頷く者だけがいた。



 アルデバラン星域に到達したローゼンタールとアイゼンの連合艦隊は、勝利の余韻に浸りながら前進を続けていた。

 ローゼンタール中将は旗艦のブリッジで、モニターに映る敵の残存勢力を確認していた。灰色の瞳で、敵陣形を冷静に分析していた。

 ブリッジの空気は静かだが、緊張感が張りつめていた。副官たちは無言でコンソールを操作し、時折キーボードのクリック音だけが響く。ローゼンタールは指を軽くテーブルに叩き、静かに呟いた。


 「カルデニアの残存艦は……予想通り、ハイデルの軌道上に集結したようだ。数は60隻程度か。……だが、無傷の艦は少ない。指揮系統も乱れているはずだ」


 彼の隣に立つ副官が、静かに報告した。


 「敵艦隊、単横陣に展開。真っ直ぐ横に広がっています。」


 ローゼンタールはわずかに口角を上げた。


 「単横陣か……何とも平凡な陣形だな…何か策でもあるのか?…まぁ、どんな作戦を立てようとも、アイゼンの猛攻を防ぐのは不可能だ。奴等では対応しきれまい」


 彼の声は冷静だが、瞳の奥に冷たい興奮が宿っていた。幼少期の路上生活から這い上がり、無敗の用兵家となった彼にとって、戦場は「計算の場」だった。

 敵の陣形、味方の火力、時間、重力、距離……すべてを数字に置き換え、最適解を導き出す。それがローゼンタールの戦い方だ。


 通信画面から、アイゼン中将の豪快な笑い声が響いた。


 「マティアス。敵にもう逃げ場はない。 今回も俺が先陣きって、すぐに敵を分断させてやる。それまでゆっくり紅茶でも飲んでな」


 アイゼンは旗艦のブリッジで、司令席のシートに体を沈め、右拳を左掌に打ち付けていた。髭の生えた顔に興奮が溢れ、目が輝いている。

 彼のブリッジは、ローゼンタールのものとは対照的に活気に満ちていた。士官たちが笑い声を上げ、拳を突き合わせる者もいる。アイゼンは大声で叫んだ。

 ローゼンタールは静かに応じた。


 「焦るなよ、アイゼン。敵はまだ抵抗する気はあるようだ。……アポロニアスで消耗させた後だからこそ、慎重にいく。敵陣形の分断は任せるが、焦ってポカだけはするんじゃないぞ」


 「わかってるさ、ローゼンタール。 俺が自由に突進できるのは、後ろにお前が控えているからだ。 お前も俺を信頼しろ。」


 ローゼンタールは静かに頷き、部下に命令を下した。


 「全艦、全速前進。ハイデルの軌道へ向かえ。……カルデニアとの10年に渡る戦争を、今日で終わらせる」


 ラマーン連合艦隊は、堂々と加速を続け、ハイデルの宙域へと突き進んだ。ラマーンの国章を掲げた艦隊が宇宙空間に広がり、勝利を確信している乗組員たちの声がブリッジに響いていた。


 だが、その前方で待つ37隻のカルデニア連合艦隊も、静かに、しかし確実に、敵を迎え撃つ準備を整えていた。

 通信士の報告と同時に、ルーディの目がメインディスプレイに映る敵影を捉えた。

 ルーディは隣に立っていたロペス中将に申し訳なさそうに話しかけた。


 「来たか………。すいません、ロペス中将。ちょっと頼み事してもいいですか?」


 申し訳なさそうに言うルーディに、ロペスはこんな時になんだ?と怪訝な表情を浮かべながら、その内容を問うた。


 「味方の士気を高めるために、全艦に声掛けをしてもらいたいのです。俺はそういうの苦手で…。それに、自分が言うよりも、ロペス中将の声を聞けば、旧第1艦隊の合流組も安心するでしょうから」


 予想外の頼みに驚き、一瞬だけ間を空けたのち、ロペスは全艦隊に回線を繋いだ。


 「全艦聞こえるか?カミラ・ロペスだ。もうじきラマーン艦隊がこの宙域に到達する。我々にとって、これが最後の戦いになるだろう。…だが、恐れは捨てろ!自信を持って戦え!我らがカルデニアの英雄、レオン・ヴァルディスも、逆境を乗り越えてこの国を作ったのだ!その魂は我々にも宿っている。国の為にも、ハイデルに残してきた家族を守る為にも、勇気を出して敵を撃ち取れ!いいかお前ら、今は我らの司令官を信じろ!…いくぞ!」


 ロペス中将が言い終わると、艦隊に所属する全ての艦内で、地響きのような声がこだました。ロペスの言葉を聞いていた乗組員達が、作業の手を止めて雄叫びをあげていたのだ。ただ叫んでいたのではない、自分自身の心を奮い立たせていたのであった。

 その光景を見たルーディは、ロペス中将にこの役割を任せてよかったと心から思った。

 ラマーン艦隊に為す術無く逃走してきた第1艦隊は、さっきまで、明らかに士気が下がっているように見えていた。しかも、突如司令官が変わり、ロペスよりも階級が下のルーディが司令官となったのだから尚更である。

 しかし、ルーディが大声で激励したところで、ここまで士気を高めることは出来なかっただろう。部下からの信頼が厚いロペスだからこそ出来たことである。

 部隊の士気が上がることは、艦隊を指揮するルーディにとっても非常に重要な意味を持つ。どれだけ優れた戦略や戦術をもっていたとしても、実際にそれを実行する人間の士気が低ければ、その効果は限定されてしまうからだ。ルーディとしては、これだけをとっても、ロペスを司令部の構成員として旗艦に招いたことは成功であった。

 ともかく、これでラマーン艦隊と戦う為の準備は整った。どれだけ不利な状況であろうと、戦って勝つしかないのだ。彼らカルデニア人にはそれしか選択肢は残されていないのだから。



 カルデニア連合艦隊と、エデン駐留艦隊が合流してから3時間後。遂にラマーン艦隊がハイデル宙域に現れた。

 先の戦闘で、カルデニア艦隊は80隻の艦艇のうち60隻弱が、大破もしくは戦闘不能状態に陥ったが、ラマーン艦隊は、100隻のうち大規模な被害を受けた艦は、僅か10数隻程度であった。

 単横陣をとるカルデニア艦隊から数万キロの距離をとって停止したラマーン艦隊は、前回同様に降伏を薦めてきた。


 「私はラマーン艦隊の司令官が1人、ローゼンタールである。カルデニア軍に忠告する。もう諦めて降伏しろ。これ以上の戦闘は無意味だ。お前達に勝ち目がないことは明白であろう。さぁ、大人しく道を空けろ。私とて無抵抗の弱者を撃つほどの野蛮人ではないからな、安心して道を空けろ」


 ローゼンタールは、静かで、そして冷徹だった。 降伏を本心から願っているのではなく、明らかな挑発であることは、言われた側の皆が感じるところであった。

 カルデニアとしては、無視してもよかった所ではあるが、現在、相対する艦隊の事実上の最高指揮官として、ルーディも最大限の挑発をもって返答することにした。


 「カルデニア王国宇宙軍のルーディ・クラウス准将です。ローゼンタール提督の忠告、有り難く受け取らせて頂きます。その上で、私から提督に1つお願いがございます。…実は先日、エデンⅣにラマーン軍の艦隊が進軍してきました。しかし、相手の司令官が何とも無能な男でして、我々よりも遥かに多い艦を有しておきながら、何の手応えもないほど圧倒的に撃退してしまいました。ローゼンタール、アイゼン両提督におかれましては、まさかそのような事は無いとは思いますが、あまり私をガッカリさせないように頑張って下さい。期待しています」


 そう大口を叩くルーディを横目に見ながら、参謀長のシュナイダーは思った。自分のお陰でだいぶ皮肉が上達したなと。

 一方で、言われた当の本人であるローゼンタールは、苛立ちを見せたり、激昂することはなく、ただ冷静にモニターに映るルーディの顔を凝視していた。


 「そうか…貴様がリュー・ハオを討ち取ったのか…ならば、先程の言葉は大言壮語ではないのかもしれんな。…では1つ、貴官に聞こう…」


 ローゼンタールはルーディに問うた。

 何の為に戦うのか?命を賭けるほどの価値が、今のカルデニアにあると思っているのか?と。

 ラマーンとの争いが始まってから10年。カルデニアの民主主義は腐敗し、国内は分裂した。王族は遥か辺境の地へと逃亡し、今やハイデルはラマーンの傀儡者が政治を牛耳っている。その結果、経済は打撃を受け、国民の生活は困窮しているのだ。

 ローゼンタールは言う。しかし、それを招いたのは国民自身ではないのか?これこそが民主政治の弱さではないのか?と。人間は我儘な生き物だ。未来の事を心配するふりをするが、結局は目先の利益を優先する。民主主義は大衆迎合主義ポピュリズムに走りやすい。だから失敗するのだと。人間は利口な者達ばかりではない。であるならば、優秀な者に統治され、その者に導かれるままに生きる方が、国民にとっても幸福ではないのか?と、ローゼンタールは語ったのである。

 ローゼンタールの問いに、ルーディは両手を組み、微笑を浮かべながら返答した。


 「愚問ですね閣下。…なぜ我々が抵抗を止めないのか。それは、自分達が侵した過ちを、自分達の手で修正する()()を行使しているにすぎません。」


 民主主義のメリットはそこなのだとルーディは思う。

 民主主義は決して他責には出来ない。国民1人1人が責任を持ち、政治に関わり、国を動かしていく。だからこそ不平不満を言う権利を持ち、それを修正することも出来る。ラマーンのような独裁主義にはそれがない。ルーディにとって、それは重要な違いだった。


 「なるほどな、貴官とは分かり合えないようだ…。ならば、その権利とやらを行使し、正々堂々と戦い、散るがいい」


 ローゼンタールはそう言うとが通信を切った。

 2人の思想のぶつかり合いは決裂し、ハイデル宙域を舞台とした、カルデニアにとっての命運を賭けた戦いが、今始まろうとしていた。

 

 両陣営の宇宙軍艦が、それぞれ青と赤のシールドを展開し、臨戦態勢をとる。

 またも先鋒を務めるアイゼン艦隊が動き出したことで、戦いの幕は開けたのであった。



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