3:幽霊艦隊
ラマーン軍はパニックに陥っていた。
ここ数週間、見えざる敵に補給艦が次々に破壊され、前線の部隊の物資は底をつきかけていたからである。
飢えは兵士の士気を下げ、冷静な判断力を失う。兵士の中に、撤退やむなしと主張する者まで出始めていた。
ラマーン軍の一番近い基地からアルデバラン星系までは一回の超光速航法では到底辿り着くことは出来ない。最低3回の跳躍が必要であり、システムの構造上1回使うことで数日間のクールダウンが必要となる。その為、基地からアルデバラン星系までは早くても2週間程度は必要となるのだ。
レオンはそこに勝機を見いだした。正面からぶつかり合うことに勝ち目などないことは分かっていた。そこで、伸びきった敵の補給線を断絶し、前線を孤立させることで、敵を餓えさせる作戦を考案し実行したのだ。かといって、数で圧倒的に劣っていることに変わりはない。補給線を狙うといっても、補給艦を守る軍艦もいる。正攻法の戦闘を仕掛けても返り討ちに合うのが関の山である。そこでレオンが考えた作戦は、超光速航法の短距離精密跳躍を駆使したゲリラ戦法だった。
この戦法の核心は、従来の超光速航法に「戦術的微調整」を行い、応用した点にあった。通常、フォールド・ドライブは恒星間移動を目的とし、膨大なエネルギーを消費して空間を大きく折り曲げるため、跳躍後の再起動に時間がかかる欠点があった。
しかしレオンは、ドライブの量子真空エネルギー蓄積を最小限に抑える為の改造を行い、数回の跳躍ではクールダウンを必要としないシステムを完成させた。これによって、数百キロメートルから数光秒程度の「短距離跳躍」を繰り返す手法が可能となり、艦隊は敵のレーダー圏外から突如出現し、攻撃を終えると即座に虚空へ消えることが可能になった。
幼い頃より、超光速航法の整備マニュアルを読み漁り、優秀な技術士として働いてきたからこそ出来る芸当であったのだろう。
もちろんデメリットが無いわけではない。いくら短距離といえど、繰り返し何度も超光速航法を使って跳躍することは、人間の体に大きな負担をかけた。
跳躍の度に数人の兵士が、気絶したり嘔吐したりしていた。しかし、付け焼き刃的につくった技術で死人が出なかったことは、これらを考案し、実行したレオンにとっては救いだった。
ともかく、この作戦は大いに成功することとなった。
跳躍の際に発生する青い量子残光――空間折り曲げの副産物として生じるプラズマ輝線――が、敵兵の目には「青い亡霊」のように映った。
さらに、艦隊は旧式船をベースに改装したため、シグネチャが低く、逆に敵のセンサーに捉えられなかったのだ。これが「幽霊艦隊」の異名の由来である。
具体的な戦例として、最初の成功作戦「影の針刺し」が挙げられる。
ラマーン軍の補給艦団が通る航路を、レオン艦隊は偵察ドローンで常に監視していた。タイミングを揃えて敵艦隊の中心に短距離跳躍で侵入すると、レーザー砲で推進器のみを精密射撃して無力化。決して深追いせず、反撃に合う前にすぐさま短距離跳躍で姿を消す。推進器が破壊された艦を敢えて放置することで、敵の救援部隊を誘い込み、敵が密集した所に二次攻撃を加えた。
この作戦で、ラマーン側の補給ルートが崩壊し、帝国軍は飢餓と燃料不足に陥ったのだ。
ラマーン軍の指揮官が「青い閃光を見たら、即座に散開せよ」と指令を出したが、レオンの艦隊はそれを逆手に取り、散開後の孤立艦を個別に狩る戦術に切り替えた。
結果、ラマーン軍は「亡霊は予測不能」と恐れ、「ハイデルには予想以上の戦力がある」という過大評価をするに至った。
艦隊の損失はそこまで大きくはなかったが、補給が途絶えた軍隊に、それ以上の進軍は不可能だった。ラマーン軍は撤退を余儀なくされ、以来積極的な進軍を控えるようになったのである。
この戦闘で、レオン達は決して略奪や無差別破壊はしなかった。
捕虜は丁重に扱い、降伏した敵艦には食糧と医療物資を分け与えた。情報漏洩を恐れ、多少の記憶操作は施したが、素直に本国に戻ることを条件に解放した。
「我々は奪うために戦っているのではない。守るために、生きるために戦っているのだ」
レオンが発したこの言葉は、後にカルデニアの建国理念「守護と共生」の原型となる。
戦争終結からわずか三年後、アルデバラン星系に残された勢力は、ほぼ全てがレオンの下に集結していた。
彼らは自らを『カルデニア』と名乗り――古い地球の伝承にあった「黄金の時代」を意味する言葉を選んだ──ハイデルを首都星として、アルデバラン星系に初めて国が誕生したのである。
そしてレオンは、武力による支配ではなく、住民投票という前代未聞の方法で「王」として推戴された。
しかし、彼は最初それを拒んだ。
「王などというものは、もう古い。宇宙にそんなものは必要ない」と。
だがカルデニアの人々は納得しなかった。
「ならば我々カルデニアの『象徴』になってくれ。生まれも人種も違う我々が、今1つの国を作ろうとしているのだ。今我々に必要なのは、レオン・ヴァルディスという名の元に集まった『統一感』なのだ。」
レオンは長い沈黙の後、ついに頷いた。断りきれなかったのだ。
こうして、カルデニア王国は誕生した。
レオン・ヴァルディス国王の強い意思もあり、カルデニア王国には立憲君主制が敷かれ、王は実質的な行政権を持たず、民衆から選ばれた議会が国政を担う。国王はカルデニア王国統一の象徴として存在することとなった。
それから約二百年。
カルデニアは近隣の小規模星系を武力ではなく通商と相互防衛協定で結び、緩やかな連合国家へと成長した。
アストロニウム依存からの脱却を目指し、量子真空エネルギー精製技術や人工重力農業を世界に先駆けて実用化。
「青く穏やかな王国」として知られるようになった。
だが平和は永遠ではない。
西暦3124年。
ラマーン帝国の新皇帝が「統一戦争」の再開を宣言し、アルメリア連邦内部でも経済格差と軍産複合体の台頭により、分裂の兆しが見え始めている。
そしてカルデニアの第五代国王、アレクシス・ヴァルディス――レオンの直系の子孫――は、先祖の遺した「守護と共生」の理念が、果たしてこの嵐の時代を乗り越えられるのか、自問し続けている。
彼の瞳には、遠い祖先と同じ問いが宿っていた。
「遠く…もっと遠くへ…」
あの言葉は、果たして終着点のない逃避だったのか。
それとも、人類がまだ見ぬ「本当の故郷」へと続く、旅路の始まりだったのか。




