1:理想の仮面
議事堂の地下会議室は、重苦しい空気に包まれていた。壁はサンドサファイアの青い輝きを放ち、人工照明が参加者の顔を厳しく照らしていた。空気は張りつめ、誰もが息を潜めていた。
シュミット首相はテーブルの上座に座り、疲れた表情で資料を睨んでいた。統合軍務本部長のマルコ・リベラ大将は軍服姿で腕を組み、第1艦隊司令官のガルシア・ロドリゲス中将は、先の戦闘で負傷した左腕を包帯で固定し、苦痛に堪えながら座っていた。そして、ルーディ・クラウス准将は窓際に立ち、外の砂嵐を眺めていた。その他にも、正統政府の大臣や官僚達が、暗い表情をしたままシュミット首相の発言を待っていた。
全員わかっていた、このまはまハイデルが落ちれば正統政府の存在意義が失われ、アルメリアの支援も意味をなさなくなると。
シュミット首相が口を開いた。声は低く、疲労がにじんでいた。
「ラマーン帝国の侵攻艦隊がハイデルに向かっている。総艦隊数100隻規模。指揮官はローゼンタール中将とアイゼン中将という情報が入っています。我々が保有する第1艦隊と第2独立任務艦隊を救援に向かわせるべきか……ここで決めなければなりません」
軍務大臣のヴィクトル・ハンセンが、少し興奮ぎみに声を上げた。
「待つべきだ。アルメリア連邦の支援艦隊はあと数日で到着する予定だ。ローズベルト大統領が約束した通り、2個艦隊が合流しに来る。急いで救援に行けば、アルメリア艦隊の到着前に、こちらが壊滅する可能性すらある」
リベラ大将は頷き、軍人らしい冷静さで言った。
「軍務大臣の言う通りです。現在、我々の戦力はエデンⅣに集中しています。ハイデルに全艦隊が急行すれば、こちらの守備が手薄になり、ラマーンの別部隊がエデンⅣを狙う可能性もあります。待機し、アルメリアと共同で反攻する方が合理的です」
ロドリゲス中将は包帯を巻いた腕を押さえ、苦しげに口を開いた。
「しかし、ハイデルにいるカルデニア艦隊は数的に不利です。彼らを見捨てるのですか? 我々が救援に行けば、少なくとも状況は変わるでしょう」
部屋に重い沈黙が落ちた。ルーディは窓から目を離し、ゆっくりとテーブルに近づき椅子に座ると、皆の視線が彼に集まる。
「私はロドリゲス中将に賛成ですね。アルメリア艦隊を待っている間に、ハイデルは制圧されるでしょう。たった数日が命取りになりかねない」
ルーディの声は静かだったが、はっきりしていた。
「帝国を指揮しているのはローゼンタール中将とアイゼン中将です。その2人は帝国屈指の用兵家だと名高い。ローゼンタール中将は緻密な戦術を持ち、アイゼン中将は圧倒的な火力による短期決戦を得意としています。ラマーンの狙いは、アルメリア連邦の参戦前にハイデルを陥落させることでしょう。待てばすべてが遅すぎる。ただ、ドゥランが抵抗せずに降伏する可能性もあります。そうなれば打つ手はありませんが」
シュミット首相は眉を寄せた。
「准将、あなたの意見は理解できるわ。でも、アルメリアの支援無しでラマーン軍と戦い、勝利出来る保証はないわ」
その時、部屋のドアが急に開き、首相秘書官が息を切らして入ってきた。
「首相! 緊急報告です。ハイデルから避難船が到着しました。乗っているのはハイデルにいた政治家数名です。エデンⅣに救援を求めに来たようです」
会議室がざわついた。シュミットは立ち上がり、すぐにここへ連れてくるように命じた。
数十分後、ハイデルを脱出してきたドゥラン派の政治家たちが部屋に入ってきた。5人の男女で、カルデニア共和国の現役の議員や大臣だった。その中の太った男が汗だくで、息を荒げながら言った。
「シュミット! 助けてくれ! ラマーンがハイデルを制圧しようと進軍している。ドゥラン首相はもう抵抗を諦め、国を明け渡そうとしているのだ。今すぐハイデルに向かい、カルデニア艦隊と協力してラマーン軍を迎撃するのだ! あなた方もカルデニアの国民だろう!」
シュミット首相の顔が一瞬で硬くなった。彼女はテーブルを叩き、声を荒げた。
「コヴァル議員!なんたる言い種です! あなた方はテロを起こして王国を分断した張本人ではないですか! 今さら自分達を守れと? 元々ドゥランやあなた方が撒いた種でしょう!」
コヴァル議員が手を振り、必死に言い訳した。
「それはドゥラン1人の責任だ! 私達はただ従っていただけだ。今回の事も、奴が外交に失敗したことが原因なのだ!頼む、カルデニア国民の命を守るために一緒に戦ってくれ! あなた方も国民としての義務を果たすべきだ!そうすれば、堂々とハイデルに帰ってこれるだろう。我々もカルデニア王国復興の為に尽力しようではないか。それにここには、『青の救世主』がいる。なぁクラウス君。貴官ならやってくれるだろう?」
ルーディは静かに立ち上がり、冷たい視線を共和国の政治家たちに向けた。
「あなた方は元々、軍隊の存在意義を否定していたではありませんか? 話合いで全て解決するべきとの立派な理想を掲げていらっしゃった。今こそそれを実行なされればいい。そうすれば無駄な血など流れずに済むでしょう。そう主張されていたのはあなた方なのですから」
ルーディの皮肉に、コヴァル議員は顔を赤らめながら激怒した。
「生意気な口を聞くな!もうその段階ではないことぐらい貴官にも理解出来るだろう!貴官は軍人としての責任を果たせ! 国民を守るのが軍の仕事だろう!」
ルーディの声は静かだが、鋭かった。
「普段は軍隊の不要論を唱え、理想主義を掲げておきながら、自分たちの都合が悪くなったら軍隊に責任をとれとおっしゃる。こんなに分かりやすい二枚舌はありませんね。ましてや国を動かしている政治家の発言とは信じがたい。政治家として…いや、1人の人間として軽蔑にあたいする」
ルーディの非難は、正統政府側の人間も驚くほど痛烈だった。コヴァル議員は歯ぎしりをし、顔を真っ赤にしながら悔しがったが、それ以上言葉を返せなかった。
ルーディはシュミット首相に向き直り、静かに言った。
「とはいえ、救援に向かうのは我々にとっても最善かと考えます。一度ハイデルを奪われ、カルデニア国民の命を盾に使われれば、取り返す事は容易じゃない。我々の目的はハイデルに帰りカルデニア王国を復権することですから、ラマーンの侵攻を黙って見過ごすわけにはいかないでしょう」
そう言うと、ルーディは再び共和国の政治家たちを振り返り、淡々と言った。
「もちろんあなた方も最前線に来られるのでしょうから、私の旗艦に部屋を御用意して差し上げましょう。まさかとは思いますが、我々に戦えと言いながら、自分達はエデンⅣで事が収まるのを待っていようなどと、卑劣なことは考えておられないでしょうね?」
政治家たちは顔を青ざめ、冷や汗を流し、悔しそうに唇を噛んでいた。ルーディの強烈な皮肉が、部屋に重く響いた。
隣に座っていたロドリゲス中将は、苦笑いしながら、もう勘弁してやれと言うようにルーディの肩を叩き、席に着くように促した。
かくゆうルーディ自身も、自分の発言の危うさに気付いており、(これじゃあ文民統制を逸脱した危険人物だな)と少し反省した。
シュミット首相は深く息を吐き、決断を下した。
「…准将の言う通りかもしれませんね。救援に向かいましょう。アルメリアの支援を待つ時間が無いことも確かです。ただ、それはあなた方共和国の政治家の為ではありません。ハイデルにいるカルデニア王国の国民の為です。ロドリゲス中将、あなたの第1艦隊を主力に、エデンⅣの全戦力をハイデルへ向かわせます。ルーディ准将、あなたも準備に取りかかって下さい」
ルーディとロドリゲスは、目線を交わしながら小さく頷いた。
ハイデルの行政ビルの15階。そこにある会議室は、エデンⅣの地下会議室以上の重苦しい空気に満ちていた。
部屋はかつての栄華を象徴するように、赤と金の装飾が施されていたが、今は照明が弱々しく見え、壁に影が長く落ちていた。中央の長テーブルに浮かぶ立体映像の青白い光が、参加者の顔を不気味に照らしていた。空気は淀み、汗と緊張の匂いが混じり合っていた。誰もが息を潜め、互いの視線を避けながら、資料を睨んでいた。
ドゥラン首相はテーブルの上座に座り、両手を組んで前を向いていた。灰色の髪が乱れ、目元に深い隈ができ、唇は乾いて白くなっていた。彼はゆっくりと立ち上がり、声を張った。だが、その声はかすれ、疲労がにじみ出ている。
「諸君……もはや勝ち目はない。ラマーン帝国の100隻の艦隊がハイデルに迫っている。我々の力で抵抗しても、無駄な血を流すだけだ。降伏しよう。カルデニア国民の命を守るためにはそれしかない」
部屋が一瞬、静まり返った。
しかし次の瞬間、激昂した声が爆発した。外務大臣の男が立ち上がり、テーブルを両手で叩いた。顔は真っ赤に染まり、首の血管が浮き出ている。声は震え、唾が飛んだ。
「何を言ってるんだ、ドゥラン首相! ラマーンに支配されれば、我々はどうなる? ラマーン国民の惨状を見ろ! 情報は統制され、自由を奪われ、無実の罪で投獄され、反逆者は即座に処刑される。そんな国にカルデニアを明け渡すつもりか? 君は正気か!」
財務大臣の女性も立ち上がり、拳を握りしめて叫んだ。彼女の声は甲高く、震えていた。
「我々はドゥラン政権を支持してきたが、これは違う! 降伏など認めない! 国民の命と権利を守るために戦うべきです! あなたもカルデニアの人間でしょう!」
議会は一瞬で紛糾した。意を決したように議員の一人が立ち上がり、立体映像に資料を投影した。そこにはドゥランとラマーン帝国の秘密通信記録が映し出されていた。ドゥランの顔が青ざめ、額に汗が浮かんだ。
「ドゥラン、お前はラマーンと繋がっていたな! これは反逆罪だ!言い逃れはできんぞ!すぐにこいつを 拘束しろ!」
議員たちは一斉に立ち上がり、叫び声を上げた。椅子が倒れる音、拳を叩く音、怒号が部屋に響き渡った。警備員達が部屋に入り、ドゥランを囲んだ。ドゥランは椅子に座ったまま、震える手で額を押さえた。だが、心ではそんな状況を冷笑していた。
(私がラマーンと繋がっていることなんか、始めから全員知っていただろう。その上で私を持ち上げてきた奴らが、今さら何を言ってる……)
だが、彼は声に出すことはできなかった。警備員が彼の両腕を掴み、椅子から強引に引き起こした。ドゥランは抵抗せず、ただ静かに連行された。部屋は騒然とし、誰もが息を荒げ、興奮と怒りに満ちていた。
副首相の男が立ち上がり、声を張った。声は低く、だが力強かった。
「諸君、落ち着け! ドゥランは拘束された。私は今から首相代理として判断をする。全宇宙軍に命令を下せ。全艦隊をもってラマーンを迎撃しろと! カルデニアの誇りと権利を守ろうではないか!」
会議室は一瞬静まり、続いて拍手と歓声が沸き起こった。議員たちは立ち上がり、拳を振り上げ、叫んだ。
「カルデニア万歳!」
「ラマーンを撃退せよ!」
そんな異様な空気感の中で、1人冷静に座っている議員がいた。名前はダリオ・サンチェス。ドゥラン派ではなく、どちらかといえば保守派の政治家だったが、シュミット達がハイデルを脱出した際、自らは同行せず、ドゥランを監視する目的でハイデルに留まったのである。
彼はこの異様な光景を見ながら、苦笑いを浮かべ、思ていた。これは民主主義の末期症状だな、と。
カルデニアの戦力は、エデンⅣにある軍隊と分裂したことで、再編成されていた。約40隻の艦艇を1個艦隊とし、2つの艦隊が組織されていた。
女性司令官のカミラ・ロペス中将が指揮する第1艦隊は、旧第1艦隊をベースに、惑星防衛部隊の一部を吸収して編成されている。
司令官であるカミラ・ロペスは、30代で中将まで昇進した初の女性士官として、国内で絶大な人気を誇っている。また、エデンⅣの第2独立任務艦隊参謀長カール・シュナイダー大佐とは、たった半年間ではあるが夫婦関係だった時期があるが、それを知る者は少ない。
イヴァン・ペトロス中将が指揮する第2艦隊は、旧第2艦隊と旧第3艦隊の混合部隊で再編されている。
司令官のペトロスは50代の物静かな軍人で、派手さは無いが堅実な艦隊運用に定評がある司令官である。
そして、それらを統率する宇宙艦隊総司令官にマルコム・グラント大将が就任していた。60代の叩き上げの軍人で、40年以上王国軍を支えてきた男である。
グラント大将は宇宙艦隊総旗艦の司令室で、メインディスプレイに2つの艦隊を投影し、静かに命令を下した。
「第1艦隊、第2艦隊、両艦隊に通達する。我々は今から惑星ハイデルの宙域を離脱し、ラマーン艦隊の迎撃に向かう。全艦艇の発進準備を急がせろ!」
大将の命令が、カルデニアの全宇宙艦隊に響き渡った。第1艦隊と第2艦隊は、ハイデルの宇宙軍基地を出撃し、ラマーン艦隊を迎え撃つ宙域へと進行を開始した。艦隊のエンジンが唸り、徐々に加速していく。
こうして、カルデニアの運命を決める戦いの火蓋が切られようとしていた。
カルデニア艦隊約80席。対するラマーン艦隊は約100隻。そして、エデンⅣにいる戦力約40隻。近年稀にみる戦力のぶつかり合いであった。
そしてこの戦いは、人類の歴史に深く刻まれることになるのである……




