8:前途遼遠
第2独立任務艦隊はアルメリア連邦を離れ、エデンⅣへの帰路についていた。航宙士の計算では残り3日ほどで到着する距離にまで来ていた。
今は3回目の超光速航法が終わり、ドライブの再起動までの間、通常航行で移動することになっている。
ルーディ准将は、指揮重巡航艦ルミナスの司令席で腕を組み、今後起こるであろう事を思案していた。
予想よりも代償は大きかったが、何とかアルメリア連邦の支援は得ることが出来た。大統領が艦隊の即時派遣を約束してくれたことは、カルデニア正統政府にとって大きな力となるだろう。しかし、即時派遣とはいえ、彼らの合流にはまだ少し時間がかかる。ルーディの不安はそこにあった。自分達とアルメリアが協力関係を築いたことは、当然敵も把握しているはずだ。狡猾なラマーンがそれを黙って見過ごすとは到底思えなかった。アルメリア艦隊の参戦まで何も行動を起こさず、指を咥えて待ってくれるはずはない。と、ルーディは考えていたのである。自分が敵の指揮官なら、今の間にハイデルに侵攻するだろう。そして圧倒的軍事力を持ってハイデルを制圧し、アルメリア連邦が介入する前にカルデニアを実効支配する。カルデニア国民の命を盾にされれば、アルメリア連邦も簡単に手を出せないからだ。
そんなルーディの不安は、すぐに的中することになった。ルミナスの艦橋に、通信士の報告が響く。
「クラウス司令官、第1艦隊から緊急通信です! ……ラマーン軍と交戦中とのこと! 救援を求めています!回線をオープンにします」
艦橋全体にガルシア・ロドリゲス中将の乱れた声が流れた。
「クラ…ス准将……ラマーン軍約50隻が来襲し…電子戦が強力で……劣勢だ。支援を頼む!このままでは エデンⅣの防衛線が崩壊す……」
敵の電子戦で通信は途切れ途切れだったが、その緊迫感は伝わってきた。ルーディは横にいたエジードに小声で聞いた。
「エジード、超光速航法使用可能まで最速でどれくらいかかる?」
エジードが脳内でドライブシステムを再計算する
「超光速航法の使用には、通常であれば残り19時間必要です。私の計算では、現時点で無理をして超光速航法使用した場合、エンジンがオーバーヒートする確率は18%です」
ルーディは即断した。
「わかった。超光速航法を使用する。だが、装甲が薄い補給艦と偵察艦はおいていく。すぐに準備にとりかかってくれ」
ルーディが命令を下し、周りが慌ただしく動くなか、フリーダは第1艦隊に通信を続けていた。
「ロドリゲス中将、第2独立任務艦隊が急いで救援に向かいます。それまで耐えてください!」
艦はエンジンを唸らせ、超光速航法を起動した。艦体が震え、宇宙空間を切り裂くように加速する。乗組員達はシートに体を固定しているが、なんとも言えない不快感が襲い、胃が浮くような感覚に陥る者もいた。しかしそれも一瞬で終わった。一度トンネルの中に入ると、艦内には一気に静寂が訪れる。進んでいるのか止まっているのかさえ分からない。目の前の空間が歪み、時間の感覚さえも鈍る。そして数分間の静寂の後には、また激しい振動が襲ってくる。トンネルを抜けた瞬間、艦体が激しく揺れ、照明が点滅し、限界を超えたエンジンの悲鳴が艦内にも響く。数十秒後、ようやく静けさを取り戻し、落ち着いた所で、ルーディが指示を出す。
「至急、全艦の状況を確認してくれ。」
しかしフリーダはすでに確認をとっていた。
「報告します。全艦無事にトンネルを抜けましたが、駆逐艦『オシリス』、同じく駆逐艦『イシス』のエンジンが停止。復旧には時間がかかる見通しです。」
その報告を聞いたルーディは決心したように頷く。
「わかった。残念だけど、その駆逐艦はここに止まり、復旧作業に専念するよう伝えてくれ。残りの艦は全速力でエデンⅣに向かう。計算では残り3時間で到着するはずだ」
そこへ艦隊の専任曹長であるニコライ・ドラホスが、ルーディに進言にやって来た。
「クラウス司令官。すまんが兵達に少し休息をやってくれんか?短期間での超光速航法による肉体的疲労と、これから始まる戦闘への精神的休息の為にな。少しだけでいいんだ」
その言葉を聞いてルーディはハッとした。どうしても自分だけでは意識が回らない所が出てくる。だからこそ、兵や下士官の代表であるドラホスの助言は、組織運営において重要なのだと痛感させられたのである。
「ありがとうございますドラホス専任曹長。その通りですね。あまり時間はありませんが、交代で休息をとるように指示して頂けますか?」
ドラホスは敬礼し、司令官の伝令のため踵を返した。
実戦経験が乏しいカルデニア軍において、兵士達の士気が勝敗を分けるといっても過言ではない。只でさえ戦力的に不利な状況で戦わざるをえないのだから、尚更である。それはルーディも理解していた。だからこそドラホスのような人物を専任曹長に抜擢したのである。
エデンⅣの宙域では、カルデニア王国軍にとって、地獄のような戦いが始まっていた。
ガルシア・ロドリゲス少将が指揮する第1艦隊は、35隻の軍艦で構成されている。彼らは今、ラマーン帝国のリュー・ハオ中将率いる50隻の艦隊と激突していたのである。
ロドリゲス中将は旗艦のブリッジで、髪を掻き上げ、艦橋のメインディスプレイを睨んでいた。
「ラマーンの奴ら……来るのが早すぎる。クラウスは間に合うのか…」
リュー・ハオ中将の艦隊は、洗練された部隊だった。ハオ中将は旗艦「ダーク・ドラゴン」の司令席で、眼鏡をかけ、冷静にデータを分析していた。
50台前半の知的な男で、帝国軍の頭脳派として知られる。カルデニア侵攻の先陣として、エデンⅣの残存勢力殲滅の命を受けていた。彼は得意とする電子戦を最大限に活用した。偵察艦がジャミング波を放ち、ロドリゲス艦隊のセンサーを混乱させた。駆逐隊群が一斉にミサイルを放ち、重巡航艦の主砲が容赦なく艦隊に襲いかかった。
ハオ艦隊の攻撃は苛烈だったが、ロドリゲスの艦隊は勇敢に迎え撃った。軽巡航艦が防空網を張り、駆逐艦が反撃ミサイルを連射。航宙母艦から戦闘機が飛び立ち、敵の戦闘機とドッグファイトを行っていた。
「全艦、陣形を維持して戦え! ラマーンの電子戦なんぞに惑わされるな!」
ロドリゲスの命令がブリッジに響いた。しかし、最初は互角だったが、数で優るハオ艦隊が徐々に優位に立っていった。第1艦隊の通信が乱れ、駆逐艦3隻がミサイルの飽和攻撃で撃沈された。流れは劣勢に傾き、負傷者の叫びが無線に混じる。
「中将、右舷が崩壊! このままでは……」
ロドリゲスは歯を食いしばって激を飛ばす。
「なんとか粘れ! 援軍が来るまで耐えろ!」
そうやって部下を励ましたが、心の中では絶望が広がっていた。敵の火力はそれほどに圧倒的だった。
ルミナスの艦橋は、超光速航法の過度な使用と、その後の全速力による航行の負担から、エンジンからくる熱気と振動に満ちていた。
ルーディは司令席に座り、額の汗を拭いながら立体映像を睨んでいた。エデンⅣまで残り1時間。ガルシア少将の第1艦隊が、ラマーン帝国のリュー・ハオ中将の50隻に苦戦を強いられていることは、断続的な情報で理解していた。
「クラウス……持たん……ラマーンの火力が……まだ……」
途切れながら聞こえるロドリゲスの声を聞きながら、ルーディはため息をつき、1人呟いていた。
「……ロドリゲス中将、どうにか耐えてくれ。あれだけ俺に威勢良く絡んできてたんだ。少しは根性みせてくれ」
それは本心からの願いだった。ルーディはロドリゲス中将を心底嫌ってはいたが、同じ目的を持つ同志としての情は流石にあった。
しかし、ルーディの願いも空しく、ロドリゲスの第1艦隊はハオ艦隊の物量に押されはじめていた。駆逐艦のブリッジでは、艦長が叫んでいた。
「ミサイル迎撃! 全砲門解放、反撃しろ!」
しかし、逆に敵のミサイルがシールドを貫き、艦体が爆発。乗組員の悲鳴が無線越しに聞こえる。
艦内の通路は煙と火花に満ち、兵士たちが消火器を手に奔走したが、二次爆発で壁が崩れ、数人が吹き飛ばされた。負傷者のうめき声が響き、血の臭いが広がった。
「助けて……足が……」
と叫ぶ若い兵卒の声が、旗艦のブリッジにも届いた。ガルシアは唇から血がでるほど口を開き、兵達に激を飛ばし続けてた。
「医療班を派遣して負傷者の治療にあたらせろ! もう少しだ!もう少しで 第2独立任務艦隊が来る。それまで耐えるんだ!」
航宙母艦の格納庫では、パイロットが戦闘機に乗り込み出撃しようとしたが、敵の砲撃でハンガードアが損傷。
「出撃不能! 格納庫が炎上しています!」
報告が飛び、炎に包まれた兵士たちの絶叫がこだまする。艦隊は徐々に陣形が崩れ、残存戦力は25隻を切っていた。
逆に、リュー・ハオの艦隊は、統制のとれた動きで半円状の陣形を作り、ガルシアの第1艦隊を包囲する形を完成させつつあった。
敵の猛攻になす術なく、ロドリゲスは(これが限界か……)と呟いていた。
だが、ロドリゲスの心が折れかけた時、第2独立任務艦隊が戦場に到着したのである。通常であれば、考えられない早さでエデンⅣにやってきたのだが、ガルシア達からすれば、それは途方もない時間だった。
ルーディ達は第1艦隊とは敵を隔てた反対方向に現れた。
「全艦、予定通り作戦を実行する!重巡航艦は旗艦と前に出ろ!軽巡航艦と駆逐艦は宙母を守りながら後に続け!凸陣形をつくるんだ!航宙母艦は全戦闘機発進を急げ! 敵艦隊に突っ込ませて注意を散らせ」
ルーディの命令が飛ぶと、航宙士が即座に航路を調整し、艦隊を構成する各艦は速やかに陣形を整えていく。
エジードは司令官に代わり第1艦隊に通信を繋いだ。
「ガルシア・ロドリゲス中将、こちら第2独立任務艦隊。遅くなり申し訳ありません。早速ですが、そちらにクラウス司令官が考案した作戦データを送信しました。この作戦には第1艦隊の兵力が必要不可欠です。つきましては、ガルシア少将にはこの作戦への協力を要請します」
ロドリゲスの声は疲弊していたが、援軍の到着による希望が混じっていた。だが、自分より下位の司令官であるルーディの作戦に従うことは、彼にとって屈辱であったが、現状それ以外の道がないこともわかっていた。
「…わかった……クラウス准将の指示に従おう」
そう返信を終えると、送られてきた作戦データに従い、すぐに艦隊の陣形を整えさせるように指示をだした。
第2独立任務艦隊の11隻の艦艇は、ハオ艦隊に突進する構えを見せていた。艦隊は凸陣形を形成し、敵の半円状に広がった陣形の真ん中を突破しようと、旗艦と重巡航艦2隻を先頭に、敵側面中央に攻撃を加えていた。
リュー・ハオは第2独立任務艦隊の動きを見て、中央突破を狙っていると判断、中央に戦力を集中させ、突進してくる艦隊を逆に包囲しようと企んだ。
しかし、そうはいかなかった。さっきまで戦意を失ったかに見えたロドリゲスの第1艦隊が、陣形を立て直し、逆方向から中央突破すべく突進してきたからである。ルーディ、ロドリゲスの両艦隊の突撃のタイミングは絶妙だった。これによりリュー・ハオは、両側の敵を同時に相手をしなくてはいけなかった、そして彼のの判断が数秒遅れたことにより、半円状に展開していた艦隊は、中央から真っ二つに分断されようとしていた。
「敵に中央を突破されるな! 分断されるぞ!」
リュー・ハオは叫んだが、少しばかり遅かった。
両サイドから突進してきた2個の凸陣形の艦隊は、ハオ艦隊の縦に伸びた陣形の中央を易々と突破し、完全に分断させたのである。
中央から大きく2つに分断されたハオ艦隊は、隊列の前方に残存する艦隊23隻と、旗艦含む後列の艦隊21隻となった。また、カルデニア両艦隊の中央突破により、戦闘不能となった艦が、わずか数分の間に6隻も出ていた。
一方、中央突破に成功したカルデニアの両艦隊は、陣形を縦1列に変え、その勢いのまま分断された前方の敵艦隊に、左右違う側面から猛攻撃を仕掛けた。各個撃破に出たのである。
ハオ艦隊が分断され、前方にいた艦が23隻になったことで、第1艦隊と第2独立任務艦隊は数的優位となり、しかも、両側側面からの同時攻撃により、ハオ艦隊に大打撃を与えた。
ルーディは司令席から立ち上がり、珍しく興奮ぎみに指示を出していた。
「前方に移動しながら全力で攻撃しろ!反対側面を進む第1艦隊との相対速度も出来るだけ維持するんだ。分断された敵後方の艦隊が来るまでに出来るだけ数を減らせ!」
2つの艦隊は攻撃を加えながら前進し、敵陣形の最先端までくると、交差するようにすれ違い、今度は大きくUターンするような形で敵の左右を進み始めた。そして、進行してきた逆の側面を戻るようにして攻撃を加えていく。両艦隊が敵艦隊を一周する頃には、前方のハオ艦隊は8割の艦艇を失っていた。
リュー・ハオが後方の艦隊の陣形を整え合流した頃には、戦場の形勢は完全に逆転し、ハオ艦隊は正面からルーディ、ガルシア両艦隊と向き合うこととなった。
勢いを取り戻したロドリゲスの命令が飛ぶと、麾下の重巡航艦と軽巡航艦が一斉に主砲を放った。敵駆逐艦が次々と炎上し、艦内では悲鳴が上がる。
「シールド崩壊! エンジンに直撃!」
艦長の叫びとともに、爆発で艦体が裂けた。負傷者のうめき声が響き、消火班が血まみれの通路を駆け回った。
一方、ルーディは冷静に指示を出す。
「駆逐艦、敵全面の艦を集中的に狙え。重巡と軽巡は主砲を旗艦に集中。戦闘機は敵駆逐艦のエンジンを狙え」
前方の敵艦隊の側面を一周し、ついに合流を果たしたルーディ、ロドリゲスの両艦隊は、今までの鬱憤を晴らすかのように、容赦なくリュー・ハオの艦隊に襲いかかった。数で劣る敵艦隊は次々と破壊され、それは敵旗艦「ダーク・シャドウ」も例外ではなかった。エネルギーが尽きたシールドが砕け、ルミナスの主砲が右舷に直撃する。爆発が広がり、艦内の通路で兵士たちが転げ回った。
「もうもたない! 脱出ポッドに乗れ!」
叫び声が飛び交い、艦内に煙が充満した。リュー・ハオは頭から血を流しながら、ブリッジで壁に手をつき、悔しさを滲ませながら決断した。
「……全艦、撤退せよ!」
リュー・ハオの艦隊は混乱しながら後退を始めた。ロドリゲスの艦隊は逃げる敵を追撃したが、超光速航法で逃げる敵には無力だった。
こうしてようやく戦闘が終わると、旗艦ルミナスにガルシアから通信で入った。
「クラウス准将……助かった。まさか貴官に助けられることになるとは…一応、感謝を伝えておく」
ルーディは(もっと素直に感謝してもらいたいもんだ)とため息をつきながも、ロドリゲス中将に返答した。
「ロドリゲス中将、御無事でなによりです。アルメリア艦隊が到着するまでもちこたえましょう」
通信を終え、艦隊は駐留基地のドッグに到着した。ルーディは艦橋で部下を労った。
「よくやってくれたみんな。無茶をさせてすまない。だが、本当の戦いはこれからだ。一旦休息をとり、次の戦いに備えてくれ」
戦場に残されたラマーンの残骸、エデンの宙域に静かに漂っていた。ルーディの艦隊は、少数で多数を退けることに見事に成功したのだ。ルーディは司令席で目を閉じ、
「……ふぅ、何とか終わったな」
と小さく呟いた。エデンⅣの防衛線はなんとか持ちこたえ、アルメリアの支援到着を待つ前に、全滅するという最悪のシナリオは回避することが出来た。
だが、運命は彼に休息を与えてはくれなかった。新たな報告がルーディの元に届いた。
100隻を超えるラマーンの艦隊が、首都惑星ハイデルに進軍中だというのである。
第3章 完




