7:紅き双頭の龍
首都星『ウェイラン』にある皇宮は、ラマーン帝国の絶対権力を象徴する黒い要塞となっている。
高さ300メートルの塔が惑星の極北にそびえ、表面は暗灰色の合金で覆われ、周囲を無数の防衛砲台とエネルギーシールドが守っていた。内部は金と赤の装飾が施され、壁には帝国の拡大史を刻んだレリーフが並び、皇帝の威光を強調していた。
皇宮のでも一際豪華な『青龍殿』は、謁見の場となっており、黒大理石の床に赤絨毯が敷かれ、中央の玉座が皇帝の座る場所だった。玉座の背後には、帝国の象徴である双頭の龍の彫刻が睨みを利かせている。
その日、リー・ジンウェイ皇帝は苛立ちを抑えきれずに玉座に座っていた。カルデニア共和国首相であるマーカス・ドゥランが失敗を繰り返し、カルデニア正統政府が、アルメリア連邦と手を組んだと報告が入ったのだ。
皇帝は親衛隊に命じ、2人のラマーン帝国軍の艦隊司令官を呼び寄せた。マティアス・ローゼンタール中将とルーカス・アイゼン中将である。帝国軍の中で最強の指揮官との呼び声高い男たちだ。
親衛隊の黒い制服の兵士が響く足音を立てて入り、膝をつき皇帝に報告した。
「陛下、2人を連れてまいりました」
入ってきたのは、マティアス・ローゼンタール中将。今年40歳になる男で、肩まで伸びる黒髪をなびかせ、漆黒の瞳が冷たく光る。軍服を完璧に着こなし、左手の薬指に皇帝から授かった銀の指輪を着用していた。彼の表情は常に冷静で、かつ冷徹な印象を与える。
ローゼンタールは辺境にある惑星の出身で、幼少期に親に捨てられ、スラム街の路上で物乞いやスリをして生き延びていた。彼が7歳の時、その惑星はラマーン帝国の支配下に置かれることとなった。当時、皇太子だったリー・ジンウェイが視察に訪れた際、気まぐれで彼を拾い、以来自らの近侍として働かせた。皇帝はローゼンタールの鋭い知性と、内に秘める闇に期待を寄せ、軍事教育を施した。結果として軍事アカデミーを首席で卒業。20代で将官に昇進し、その後も無敗の用兵家として名を馳せるに至った。恩義ある皇帝への忠誠心は強く、「陛下のためなら命を捧げる」と誓っている。
次に入ってきたのは、ルーカス・アイゼン中将。42歳の筋肉質の男で、短い黒髪に髭を生やし、ローゼンタールとは印象が異なる、笑顔が印象的な明るい男だった。軍服は少しヨレているが、数々の勲章が胸に輝いている。
彼は先祖代々軍人の名家に生まれ、幼少期から父に連れられ皇宮に出入りしていた。そこで、近侍として働いていたローゼンタールと出会い、全く性格が違う2人は、何故か意気投合し友人となった。アイゼンとローゼンタールは互いを、友人でありライバルだと認識しており、軍事アカデミーでもローゼンタールと競い合いあった。卒業後、前線部隊で功績を積み、若くして中将にまで昇進した。戦場での戦いぶりと、何度も死地から奇跡の生還を果たしたことから『天然改造人間』と呼ばれている。
ローゼンタールとは性格は正反対だが、腐れ縁の親友であり、互いの弱さを補い合う良い関係性であった。
「陛下!ルーカス・アイゼン、ただいま到着致しました。 遅くなり申し訳ございません。 」
リー・ジンウェイ皇帝は玉座から2人を見下ろし低い声で言った。
「ローゼンタール。アイゼン。お前達2人に重要な任務を与える。卿らは準備が整い次第、即刻カルデニア共和国の首都惑星ハイデルへ侵攻せよ。カルデニアの実権を手に入れるのだ。既にエデンⅣにはリュー・ハオ中将を向かわせている。奴が旧カルデニアの残党共を駆逐し、アルメリアからの援軍を食いとどめるだろう。その間にお前達は必ずハイデルを落とせ。失敗は許さん。帝国の名に懸けて必ず勝利せよ!」
ローゼンタールは静かに頭を下げた、
「陛下の御命令、謹んでお受け致します。」
アイゼンは両拳を体の前で合わせて
「 ローゼンタールと協力し、必ずやカルデニアを打ち倒してみせます。」
と熱く返した。皇帝は満足げに頷き、
「よい。お前達なら必ずや成し遂げるだろう。マティアス、幼き日からの辛い訓練を忘れるな。ルーカス、お前はアイゼン家の誇りを守れ」
と激励した。
青龍殿から退出した2人は、廊下を並んで歩いた。ローゼンタールがアイゼンに声をかける。
「ルーカス、カルデニアには大した軍事力は無いが、油断はするな。窮地に追い込まれた鼠は何をするか分からんからな。慎重にやれ」
アイゼンは笑い、ローゼンタールの肩を叩いた。
「おいおい、マティアス。今日に限って俺の心配をしてくれるのか? もちろん油断などしないが、俺の辞書には『慎重』なんて文字は無い。いつも通り圧倒的な火力でねじ伏せるだけだ。俺はお前ほど利口じゃないからな、それしか出来ん。だが、心配することはないさ、俺たちが組めば敵はいない。皇帝陛下のためにも、絶対任務を成功させるぞ」
ローゼンタールはわずかに微笑み言った
「……そうだな。では、どちらが多くの敵を沈めるか、勝負といこうか」
ルーカスはニヤリと笑い頷いて答える
「いいのか?勝負は見えているぞ。もし俺が負けるようなことがあれば最高級ワインでも馳走してやる。--死ぬなよ親友」
そういって右拳を握り、それをローゼンタールに向けて上げた。ローゼンタールは
「ああ。お前もな」
そう言って左拳をアイゼンの拳に合わせて健闘を誓い合った。
皇宮の外は、ウェイランの灰色の空が広がり、遠くに見える工場群の煙が絶え間なく立ち上っていた。
2人は専用シャトルに乗り、衛星にある軍事基地へ急いだ。
ラマーン帝国の軍事力は膨大で、超大国アルメリア連邦に匹敵する規模を誇っている。首都星ウェイランの衛星には、数百隻の艦艇が常駐していたが、今回のハイデル侵攻には精鋭艦隊約100隻『ローゼンタール艦隊50隻とアイゼン艦隊50隻』で構成される。準備は迅速に行われ、整いつつあった。
ローゼンタールの艦隊は、旗艦「シュヴァルツ・ドラゴン」を中心に、重巡航艦3隻、軽巡航艦6隻、駆逐艦30隻、航宙母艦1隻、補給艦5隻、偵察艦5隻で編成されており、緻密な作戦と、それを的確に実行できる統率された艦隊運用に定評がある部隊である。
ローゼンタールこ麾下にはワン・リミン少将という男がいる。リミンは35歳で、灰色の髪を短く刈り込み、左目の傷跡が過去の敗北を物語っていた。10年前、当時駆逐隊司令として青の小惑星帯攻略に参加していたリミンは、ルーディの奇策に嵌まり、多くの部下を失い、命からがら逃げ帰った。あの時の屈辱は今も胸に焼きつき、毎夜夢に見るほどだった。左目の傷を消さないのは、あの日の屈辱を忘れないためである。10年間、ルーディへの復讐を夢見ている。彼はローゼンタール艦隊の旗艦の前で司令官の到着を待っていた。
ローゼンタールが到着すると、リミンは敬礼し、報告した。
「ローゼンタール司令官閣下、艦隊の準備は整いました。ハイデルへの進撃ルートも計算済みです」
ローゼンタールは冷徹な視線で頷き、
「ワン・リミン少将、君の過去は知っている。10年前の恨み……良い方向に活用しろ。だが、無駄な感情は捨てろ。規律を乱すなよ」
リミンは拳を握り、自信を持って答えた。
「了解です、中将。しかし、あの男に会うことがあれば、今度は返り討ちにしてみせます」
ローゼンタールはブリッジのモニターを眺め、命令を下した。
「全艦、進撃開始。ウェイランの軌道を離脱せよ」
艦隊は静かに動き出した。重巡航艦のエンジンが低く唸り、駆逐艦群が陣形を崩すことなく進み、艦載機の搭載を終えた航宙母艦が発進する。ウェイランの灰色の惑星が遠ざかっていく。ローゼンタールは司令席に座り、皇帝に拾われた日の事を思い浮かべていた。路上で生活し、生きているのか死んでいるのかさえ分からなかった自分を、気まぐれだったとしても救ってくれた皇帝陛下のため、その身を賭して戦う。それが彼の生きる意味だった。
一方、ルーカス・アイゼン中将の艦隊は、旗艦「アイアン・ドラゴン」を中心に待機していた。重巡航艦3隻、軽巡航艦6隻、駆逐艦30隻、航宙母艦1隻、補給艦5隻、偵察艦5隻と、ローゼンタール艦隊と同じ編成だが、彼の緻密さとは対照的に、敵に考える隙を与えない、ある意味強引とも言える火力重視の艦隊運用が持ち味である。
アイゼンの艦隊には、彼の息子であるエリック・アイゼン中尉がいた。エリックは23歳の若者で、父親譲りの明るい性格だが、その才能は戦術家としてではなく、戦闘機パイロットとして発揮されていた。航宙母艦の格納庫で、エリックは自分の機体を整備していた。父親の豪快さを引き継ぎつつ、機敏な操縦と直感的な判断力で、すでに数回の任務で功績を上げていた。彼はは父親を尊敬しつつもライバル視していた。いつか父親を超える軍人になることが夢だった。
アイゼンがシャトルから降り立つと、エリックは駆け寄り、敬礼した。
「親父! 準備は完璧だぜ。今回で、帝国軍の撃墜数最高記録を塗り替えてやるよ!」
アイゼンは大笑いし、息子の肩を叩いた。
「おう、さすが俺の息子だ! 敵にお前の腕を見せてやれ。だが、無茶すんなよ。生き延びるのがなにより一番大事なことだ!」
エリックはニヤリと笑いながら言った。
「親父の血を引いてるんだ。そう簡単には死ぬわけないだろ?」
アイゼンはブリッジで命令を下した。
「全艦、進撃開始! ウェイランを離脱せよ。ハイデルへ進撃開始!」
艦隊は轟音を上げて動き出した。駆逐隊群が先陣を切り、重巡航艦のエンジンが低い音上げながら宇宙空間へ飛び出す。それに航宙母艦が続いた。首都惑星ウェイランが遠ざかり、艦隊は1回目の超光速航法の起動準備に入る。アイゼンは司令席で、昂る気持ちを抑えている様子だった。
こうしてラマーン帝国が誇る2つの艦隊は首都惑星ウェイランを離れ、ハイデルへ向けて進撃を開始した。ローゼンタールの艦隊は精密な陣形を保ち、アイゼンの艦隊は力強く、宇宙空間を切り裂くように進行する。
二つの艦隊が基地を出発したとの報を受けたリー・ジンウェイ皇帝は、目の前に浮かぶ立体映像に冷たい視線を向けていた。
「ドゥラン、全てお前の失敗が招いた事態だ。ハイデルはまだ正統政府の影に怯えている。シュミットは生き、王族も生き延びた。アルメリアが介入すれば、計画は水の泡だ。もう待てん。我々は侵攻を開始した」
ドゥランは額に汗を浮かべ、慌てて言葉を続けた。
「陛下、もう一度チャンスをください! 私の手でハイデルを完全に掌握します。Abyssの失敗は予想外でしたが、次は確実に……シュミットを暗殺し、王族を始末します。アルメリアの支援が来る前に、内部から崩壊させます。侵攻など必要ありません。陛下の賢明な判断で、無血の勝利を!」
皇帝の表情は変わらなかった。むしろ、冷笑が浮かんだ。
「チャンスだと? お前はすでに何度もチャンスを貰った。ハイデルのテロは完璧だったはずだ。お前が無能だったせいで王族を逃がされ、エデンⅣに正統政府を築かせた。お前の失敗が帝国の計画を遅らせたのだ。もう十分だ。ローゼンタールとアイゼンがハイデルを血の海にするだろう。お前にまだ忠誠心があるなら、抵抗せずにカルデニアを差し出せ。さすれば血を流さずとも済むだろう」
ドゥランは顔を上げ、必死に訴えた。
「陛下! 私は帝国に忠誠を誓っています。ラマーンのために、カルデニアを捧げます。ただ、もう少し時間を……内部工作でアルメリアの支援を遅らせることもできます!」
ジンウェイは手を挙げて遮った。声は氷のように冷たかった。
「忠誠? お前の忠誠という言葉は失敗の言い訳だ。お前は道具に過ぎん。ローゼンタールがハイデルを制圧するまで、口を閉じて待て。それが唯一のお前の役割だ。通信を切れ」
画面が暗くなった。ドゥランは机に突っ伏し、拳を震わせた。皇帝の冷徹な言葉が胸に刺さった。自分はただの駒か……。だが、生き延びるためには、カルデニア宇宙軍に反撃させずにハイデルで侵攻を待つしかない。だが、その後はどうなる。このままではドゥランは自分の立場が危ぶまれていることに絶望していた。部屋の闇が、ドゥランの野心をさらに黒く染めていくようであった。




