6:未来への代償
大統領執務室の壁一面に設置された立体映像には、連邦の星系図が投影され、大統領のデスクの後ろには黄金の女神の紋章が輝いていた。
マーガレット・ローズベルト大統領は、黒い革張りの椅子に深く腰を下ろし、両手を机に組んでシュミット首相とグレイ知事を見つめた。彼女の隣には秘書官と外交顧問が控え、部屋の隅には連邦軍の警備員が立っていた。
シュミットは緊張を隠さず、グレイは大統領の視線を正面から受け止めた。
「さて、カルデニア王国正統政府の皆さん。あなた方の状況はよくわかっている。ハイデルをラマーン帝国の策略と、その手先のドゥランに奪われ、エデンⅣで亡命政府をつくり、今は反逆者としてカルデニア共和国とラマーン帝国の脅威にさらされている。そこであなた方は、ジェイク王子を国王に据えて真のカルデニア王国を復興し、首都星ハイデルを取り戻したい…それが目的ね?」
ローズベルトの声は力強い。彼女は資料のホロファイルを指で弾きながら続けた。
「そして、私たちアルメリア連邦に求めるのは軍事協力。艦隊の派遣、兵器の供給、共同作戦の実施……。正直、君たちの立場には同情するわ。でも、連邦は慈善団体じゃない。あくまで、連邦の利益が最優先よ。あなた達が何を提供できるか、それが全てだということよ」
シュミット首相は丁寧に頭を下げ、資料を投影した。
「大統領閣下、ご理解いただきありがとうございます。私たちカルデニア正統政府は、本来のカルデニア王国を取り戻すために、アルメリア連邦の力をお借りしたい。私達の要望は大統領がおっしゃった通りです。ラマーンの侵攻を食い止めるために軍をお借りしたい。もちろん無償でとは言いません。見返りとして私たちの提供できるものは……エデンⅣの鉱石資源と、青の小惑星帯の採掘権の一部です。これらは連邦の経済に大いに貢献できるはずです」
ローズベルトは嘲笑うように口角を上げた。
「鉱石? 採掘権の一部? それは可愛いわね、シュミット首相。でも、私はそんなおもちゃで動かないわよ。あなた達の宝石は確かに美しいし、 青の小惑星帯の資源は魅力的だけど、ラマーン帝国が睨んでいる今、連邦がリスクを負ってまで手を出す価値はあるかしら? 軍事協力は高くつくのよ。何より、艦隊を派遣すれば軍の若者たちが死ぬかもしれない。ラマーンの報復も想定できるわ。こちらに命の犠牲を求めるなら、それに見合う見返りを提示しなさい」
グレイ知事はここで口を挟んだ。
「マーガレット…いや、ローズベルト大統領。あなたの仰る事はわかる。ただ、カルデニアの崩壊は連邦にも影響する。ラマーン帝国が青の小惑星帯を手に入れれば、今までカルデニアから輸入していた資源も脅かされるぞ。…戦後30年間、青の小惑星帯の15%の採掘権を与える。それに加え、エデンⅣの鉱石採掘量の10%提供する。どうだ? 」
ローズベルトは目を細め、ホロディスプレイで青の小惑星帯の資源データを確認した。彼女は資料を弾きながら計算した。
「15%……100年か。エデンⅣの鉱石も10%。それは面白いわね、グレイ。でも甘いわよ。連邦が軍事力を投入するなら、青の小惑星帯の資源は30%、エデンⅣの鉱石は15%。それに、青の小惑星帯に一番近い有人惑星『カンナエリム』に、連邦軍を永続的にを駐留させ、基地建造を認めること。これは、軍事拠点を持たない星域に、それを持てることは私達にも大きいメリットだけど、我が軍が駐留することで、他国への抑止力が増すあなた達にとってもメリットのはずよ。連邦軍の影響力をあなた達に貸すということよ。これでどう?」
シュミットは顔を曇らせた。30%は大きすぎる。カルデニアの経済を圧迫し、駐留権は主権の侵害に近い。
「大統領閣下、それは厳しすぎます。私たちの資源は限りがあります。20%と10%までなら…連邦の支援を即時提供していただけるなら……」
ローズベルトは手を挙げて遮った。
「シュミット首相、これは交渉よ。連邦はリスクを取るんだから、報酬は相応に。グレイ、君はどう思う? 友人として言うけど、このままラマーン軍に青の小惑星帯を奪われることを考えれば、30%は決して多くはないわ。どう?」
グレイはため息をつき、シュミットに目配せした。
「マーガレット、君の言う通りだ。だが、私達は戦後の国の未来にも責任を負っている。私達の気持ちも理解してくれ。青の小惑星帯の20%の採掘権、エデンⅣの鉱石12%…これが限界だ。そのかわり、駐留権は認め、駐留基地建造にかかる費用の三分の一を我々が負担する。基地についての細かい話は、事が済んでから交渉させてくれ。私達の精一杯の提案がこれだ。これで手を打ってくれマーガレット」
ローズベルトはしばらく沈黙し、顧問に耳打ちした後、笑みを浮かべた。
「フフフッ、あなた達なかなかやるわね。わかったわ、それで折り合いをつけましょう。青の採掘権20%、エデンⅣの鉱石が12%、それを30年間継続。惑星カンナエリムに軍の駐留を認め、駐留基地建設時にはその費用の三分の一をカルデニア政府が負担する。それでいいわね?それじゃあ私達は、連邦軍の第4艦隊・第7艦隊を即時派遣し、兵器も供給もするわ。ハイデルを取り戻し、カルデニア王国再建の為に全力で支援することを約束します。でも、忘れないで。何度も言うようだけど、連邦は慈善団体じゃない。契約は絶対よ」
シュミットは安堵と少しの悔しさの混じった表情で頷き、
「ありがとうございます、大統領閣下。これで私達はまだ戦うことが出来ます」
グレイはローズベルトに握手を求め、
「マーガレット、ありがとう。君は変わらないな」
ローズベルトは強く握り返し、
「グレイ、あなたもね。さあ、細かい内容をまとめましょう」
交渉は数時間続き、2日かけて正式な協定書がまとめられた。カルデニア側は大きな代償を払ったが、軍事協力を得たことでハイデル奪還の道が開けた。シュミットとグレイは部屋を後にし、待機中のルーディたちに報告した。
交渉がまとまった翌日の夜、アルメリア連邦大統領府の宴会場は華やかな光に満ちていた。
ローズベルト大統領の提案で、両陣営の軍人、政治家、官僚を交えた『交流会』という名の盛大なパーティーが開かれたのである。
ローズベルト大統領は執務室での厳しい顔とは打って変わり、赤いドレスに着替え、笑顔で皆を迎え入れた。
「もう難しい話は終わり。今日は楽しんで、友情を深めましょう!」
と声を上げ、場を盛り上げた。
会場は大統領府のホールで、天井のホログラムが星空を映し出し、連邦の伝統音楽が軽やかに流れていた。テーブルにはトロイアークの新鮮な海産物や、輸入された珍味が並び、ワインやエキゾチックなカクテルが振る舞われた。
ルーディ准将は嫌々ながらも参加せざるを得なかった。黒い正装に身を包み、壁際に立ってグラスを傾けていた。
「面倒くさいな……こんなところで笑顔を振りまくなんて」
と独り言を言いながら、周囲を見渡した。
エジード中佐は黄金色の髪を整え、連邦軍の士官たちと穏やかに談笑していた。アイスブルーの瞳は穏やかで、ルーディは内心(あいつ、社交的になったな……)と感心した。
護衛隊長のモリス少佐は巨体を揺らして連邦軍の兵士たちと腕相撲を始め、笑い声を上げていた。
情報参謀のフリーダ・ベッカー大尉はブロンズのショートヘアを優雅に揺らし、連邦軍の若い士官たちに囲まれていた。彼女の冷静で知的な魅力が人気を呼び大人気のようだった。フリーダは少し照れながらも、専門的な話を展開し、士官たちは感心した様子で耳を傾けていた。
シュミット首相とグレイ知事はローズベルト大統領のテーブルで、官僚たちとワインを酌み交わしていた。シュミットもグレイも、プレッシャーから解き放たれ笑顔を絶やさなかったが、内心では、これからの未来を案じていた。
パーティーは大盛り上がりで、カルデニア側と連邦側の軍人たちが互いの戦話を共有し、酒が進むにつれ、友情の輪が広がっていった。ルーディはそんな光景を遠くから眺め、(面倒くさいけど……これで協力が深まるなら、こういうのも悪くないかもな)と少しだけ心を緩めた。
パーティーのハイライトとして、ローズベルト大統領が壇上に上がった。彼女の隣にはグレイ知事とシュミット首相が呼ばれ、全員の視線が集まった。大統領はマイクを握り、力強い声で言った。
「皆さん、今日はカルデニアの勇者たちを迎えられて嬉しいわ。エデンⅣのグレイ知事と、カルデニア王国のシュミット首相を紹介するわね。彼らは連邦の新たなパートナーよ!」
拍手が沸き起こる中、突然、ウェイター姿の男が壇上に向かって銃を構えた。男の目には狂気が宿っていた。
「さらばだ石の女王!」
と叫び、引き金を引いた。銃声がホールに響き、弾丸がローズベルト大統領に向かって飛んだ。その瞬間、グレイ知事がとっさにローズベルトを押し退け、自分の体で弾丸を受けとめた。胸に命中したグレイはよろめき、倒れ込んだ。シュミット首相は彼の名を叫び駆け寄った。周囲はパニックに陥り、警備員が男を即座に取り押さえた。
グレイ知事はシュミットの腕の中で血を吐き、弱々しい声で言った。
「シュミット……カルデニアを頼む。私の故郷、エデンⅣを……ジェイク国王を……守ってくれ」
シュミットは涙を浮かべ、
「グレイ、喋らないで! 医者が来る!」
と叫んだが、銃弾は急所を貫いていた。グレイは静かに目を閉じ、息絶えたのである。
ローズベルト大統領は膝をつき、震える手でグレイの肩を握り、旧友の死に顔を茫然と見つめた。
さっきまで盛り上がっていたパーティーは、一瞬で静寂につつまれた。
ルーディは(さすがにこれでは代償が大きすぎるじゃないか)と心の中で呟きながら、唇を噛み締めていた。
翌日、大統領府の会議室で、ローズベルト大統領はルーディたちに昨晩の件を説明した。彼女の目は赤く腫れ、昨夜の派手さは影を潜めていた。
「犯人はラマーンの工作員で間違いないわ。連邦の諜報局が確認した。これは、ラマーンからの警告よ。あなた達に協力すれば命を狙うっていうね。奴らは私の暗殺を狙っていた……グレイが庇ってくれたおかげで、私は生きている。彼に報いるために、連邦は全力で協力するわ。私は、ラマーンの脅しに屈するような女じゃないから」
シュミット首相は涙を拭き、
「ありがとうございます、大統領閣下。その覚悟とグレイ知事の犠牲を無駄にしません」
2人の様子を見ながらルーディは静かに頷き、グレイの死を悼んだ。
その後、ルーディはグレイの遺族に会いに行くことにした。グレイの死後、ルーディはずっと彼の事が気になっていたからだ。彼の14歳の息子、ティモシー・グレイのことだ。ティモシーはルミナスに乗って、アルメリアまでに父に同行して来ていた。ティモシーはルーディのファンで、彼の英雄譚を何度も読んでいたらしい。
ルーディは大統領府のゲストルームでティモシーと対面した。少年は父の死を知り、目を腫らして座っていた。銀色の髪は悲しく揺れている。まだ幼い顔立ちはグレイにそっくりだった。
「ティモシー……君のお父さんは立派な人だった。彼のお陰で、カルデニア王国もエデンⅣも未来を見ることができるんだ」
ルーディの口調は優しかった。ティモシーは泣きながら立ち上がり、
「…クラウス准将……僕は、お父さんの仇を討ちたいんです。僕も戦いたい。人に頼るだけじゃ嫌だ、自分でやりたい!」
ルーディは、泣きながら興奮する少年の肩に手を置き、静かに諭した。
「その気持ちは悪いことじゃないよ。でも、強い復讐心は冷静な判断力を奪う。心を燃やしても、頭は常に冷静でいなきゃいけない。君の父がそうだったようにね。君はまだ若い。これから知らなくてはいけないことが山ほどある。今戦うのは僕たち大人の仕事さ。君は勉強し、知識を蓄え、未来のエデンⅣを、そして、カルデニア王国を支える男になってくれ。それがお父さんの願いだと思うよ」
ティモシーは涙を拭き、
「……わかりました。いつか父のように強くなります。その時は一緒に戦って下さい、准将」
ルーディは微笑み、
「約束するよ。どんな形でもいいから、いつか一緒に戦おう」
そう約束し、涙を流す彼を抱きしめた。
グレイの死はアルメリア連邦にも衝撃を与えた。
当初、反対派の意見も強かったカルデニアへの軍事支援は、日に日に支持する声が国民のなかで高まっていった。カルデニア正統政府は戦いが本格化する前に、心強い援軍を得ることに成功したのである。
かくして、ルーディ達は悲しみを抱えながら、一度エデンⅣに戻ることになった。次なる戦いに向けた準備のために。
ルーディは、宇宙エレベーターのカプセルの窓から、トロイアークの地平線を眺め、必ずハイデルに帰ろうと心に誓ったのであった。




