4:深淵の土竜
首都星ハイデルにある行政府ビルの最上階。そこにカルデニア共和国現首相マーカス・ドゥランの執務室がある。
夜の闇に包まれた部屋の中央に、立体映像が浮かび、青白い光を投げかけ、ドゥランの厳しい顔を照らしていた。
彼は今、ラマーン帝国との極秘通信を行っていたのだ。
ラマーンの大使は画面越しに嘲笑うように言っていた。
「エデンⅣにいる残党をいつまで放置するつもりだ?奴らがアルメリア連邦と接触する前にケリを付けろ。お前も自分が可愛いだろう?皇帝陛下の機嫌を損ねないように気をつけることだな」
通信が切れると、ドゥランは拳を握り、歯ぎしりした。 シュミットがエデンⅣで勢力の拡大を図り、今度はアルメリアに支援を求めようとしている。それはドゥランの計画にとって、無視できない不安材料となっていたのである。
ドゥランは意を決した表情で、机の隠しボタンを押した。すると部屋の壁の一部がスライドして、奥に暗い通信室が現れた。そこに設置された専用端末は、特殊工作部隊『Abyss』専用の暗号回線だった。ドゥランは画面を起動し、認証コードを入力。数秒後、画面にAbyssのシンボル『地下を掘る土竜のシルエット』が浮かんだ。
通信は音声のみで、映像は映らない。ドゥランは低く命令した。
「Abyss、こちらマーカス・ドゥラン。任務を伝える。エデンⅣに潜っているチームで、ジェイク王子とゾフィー王女を始末せよ。数名はアルメリアに向かう艦隊に潜入し、シュミットを暗殺するんだ。軍の情報もでき得る限り掴め。奴らを潰さねば、カルデニアは完全に私のものにならん。失敗は許さん」
画面の向こうから、Abyssのリーダーらしき男の冷静な声が返ってきた。
「了解、首相。現在エデンⅣに侵入しているAbyss5名で即時実行する。詳細を送信せよ」
ドゥランは満足げに頷き、任務ファイルを送信した。通信を切ると、部屋に静寂が戻った。ドゥランは独り言のように呟いた。
「シュミット……俺の邪魔をすればどうなるか、思い知ることになるぞ」
命令を受けたのは、カルデニア政府に古くから存在する特殊工作部隊『Abyss』通称「モグラ」である。彼らは王国の影で暗躍する組織で、軍に属さない存在であり、その指揮権は時の首相だけが受け継ぐ。諜報、暗殺、破壊工作を専門とし、カルデニア王国と王族の為に暗躍する。彼らの存在自体が公式記録から抹消されている。その存在を知るものは、首相を初め数人の政府関係者のみである。隊員はわずか20名程度で、厳格な秘密主義を貫く。欠員が出た場合はすぐに補充される。
Abyssのリーダーは、アレクセイ・ヴォルフ。35歳の物静かな美男子で、前髪の奥に見える青色の瞳が冷たく光る。普段から感情を表に出さず、常に冷静な男で、一切の痕跡を残さずに任務を遂行する暗殺者である。
相棒の巨漢は、ボリス・ゴルスキー。32歳の天才ハッカー。身長2メートルを超える巨体に丸い顔と柔らかい笑顔が特徴である。子供が好きで、孤児院に寄付を続けているという一面を持つ。
お調子者の男は、セルゲイ・ノヴァク。38歳の陽気な男で、癖のある長い黒髪を後で結んでいる。いつも冗談を飛ばす陽気な男だが、標的にした獲物は必ず仕留める凄腕のスナイパーだ。
女性メンバーのエリアス・シルバー。24歳だが、遺伝子操作の影響で10歳ほど若く見える。身長162cm、優しく幼い顔立ちが特徴。施設で遺伝子操作され、常人離れした運動能力を持ち、男を相手に制圧できる力を持つ。幼い見た目を生かして相手の懐に入り、油断させた隙に対象を始末することが役割。
もう1人は、イザベラ・ゴールド。27歳のブロンド髪が腰まで届く美女で、完璧なプロポーションと魅惑的な笑みが武器。男を誘惑し、情報を抜き取る専門家。
この5人は現在、エデンⅣ内に潜伏中で、ヴォルフがリーダーとしてまとめていた。
ドゥランの命令を受け、5人は即座に動いた。ヴォルフとゴルスキーは、エデンⅣに合流した軍人を装い、指揮重巡航艦ルミナスに士官として潜入することに成功していた。ヴォルフは『アレックス・ウォルフ大尉』、ゴルスキーは『ボブ・ゴードン少尉』と偽名を使い、情報を改竄して審査をすり抜けた。
ノヴァク、シルバー、ゴールドの3人は、エデンⅣにこのまま潜伏し、王子ジェイクと王女ゾフィーの暗殺を担当する予定だった。
彼らの使命は明確だ。シュミットの暗殺、エデンⅣの軍事情報収集、残された王族の抹殺。である。
ルミナスに潜入した2人は、怪しまれないように、時が来るまで与えられた持ち場で働いていた。艦隊はアルメリア連邦に向かう途中だった。シュミット首相はルミナスに乗艦し、日々グレイ知事や官僚たちと、大統領との交渉に向けて作戦を練っていた。
本来は、ダミアン・ストーム少将に情報を流し、第2独立任務艦隊と戦わせ、その混乱に乗じて暗殺する予定であったが、ストーム少将があっさり出し抜かれたことで計画を変更。ヴォルフは頃合いを見計らい、首相の居室に忍び込んで暗殺。ゴルスキーが監視カメラを無効化して支援することにしていた。
しかし、エジード・フォスターが乗艦していることを考慮しなかったことは、彼らの唯一の失敗だった。
ルーディは、身内にスパイがいる可能性が高まった時、乗組員全員の身辺調査を徹底的に見直すよう、エジードに指示していた。エジードの量子AI脳は、審査書類の微妙な不整合さと、ボリス・ゴルスキーのハッキングのちょっとした痕跡を見逃さなかった。
エジードの報告を聞いたルーディは、自分が抱いていた消化不良のような感覚、その原因が分かったような気がした。自称『アレックス・ウォルフ大尉』と名乗る男の冷たい瞳に、微かに心当たりがあったからだ。
Abyssのメンバーは全員、ある孤児院の出身だった。表向きは普通の孤児院ではあるが、その実態は、未来のAbyss隊員を育成するための特殊工作員教育機関であった。暗殺術、格闘術、情報・知的訓練、精神的・心理的訓練…など、個々の能力に応じて徹底的に叩き込まれた。『王国の未来を守る者たち』として洗脳され、将来Abyssとなるためだけに育てられたのだ。その訓練の一環として、王宮まで出向くことがあった。目的は、『自分達が守るべき存在』を子供達に認識させることであった。
ルーディの記憶の片隅に、『アレックス・ウォルフ』大尉こと、アレクセイ・ヴォルフの目に見覚えがあったのは、幼い頃、2人は王宮であったことがあるからだった。会話など交わした事はなかったが、子どもらしからぬ異様に冷たい目つきが、子どものルーディの心に強烈なインパクトを残していた。
エジードの報告、ルーディのウォルフ大尉に対する違和感、子どもの頃の記憶。全てが当てはまった気がした。
ルーディは艦橋で、参謀長のカール・シュナイダー大佐と副官のエジード・フォスター中佐だけに相談した。
「フォスター中佐の網にかかった2人、確証はないが、恐らく犯人だと思う……。裏で糸を引いているのはドゥランで間違いないだろうけど、彼らが一体何者なのか心当たりはないか?」
シュナイダーは不敵な笑顔言った。
「俺もよくは知らんが、『もぐら』かもしれんな。首相の指示で暗躍する非公式の暗殺者集団『Abyss』。噂ぐらいは聞いたことあるだろう?」
それを聞いたルーディは、瞳を細め、懐疑的な表情だった。
「もちろん噂話程度は聞いたことけど、本当に実在するのか?ただの陰謀論じゃないのか?」
エジードが答える。
「いえ、恐らく実在します。私もその存在をフォスター博士から聞いた事があり、気になって自分で調査したことがあります。結局、核心部分に辿り着く前に断念しましたが、私の調べた範囲内でも、実在する可能性は極めて高いと判断しました。」
エジードの正体を知っているルーディにとって、彼の人間離れした分析力は疑いようがなかった。
ルーディは決心したように話した。
「…わかった。証拠があるわけじゃないけど、事が起こってからじゃ遅い。彼らを拘束する。ただ、他の皆には内密に頼む。なるべく混乱を避けたい。それに、彼らが本当にAbyssなら、ちょっと考えがあるんだ。」
ヴォルフとゴルスキーの2人が動いた。
計画通りゴルスキーがカメラをハックし、ヴォルフが首相室へ忍び込もうとしていた。だが、それは罠だった。ルーディは事前に適当な理由を並べて、首相の部屋を替えていたのだ。2人の行動も、エジードが追跡端末を忍ばせていたことで把握済みだった。ヴォルフが部屋に入った瞬間、エジードが飛びかかり、拳銃を突きつけた。
「動くな!」
ヴォルフは冷静に持っていた毒針を捨て、すぐさま自殺カプセルを噛もうとしたが、エジードの拳が顎を直撃し、気絶した。その頃、ゴルスキーもシュナイダーに後から抑え込まれ、瞬眠針で眠らされていたのだった。
これらはすべて秘密裏に、艦内警報を鳴らさず、他の乗組員やシュミット首相に知られずに行われた。
捕らえられた2人は尋問室で目を覚まし、ルーディと対峙することとなった。
「君たち、Abyssのメンバーなのか?」
ルーディは単刀直入に聞いたが、相手はもちろん認めるはずがない。
「知らないな。そんなものは噂話でしかないだろう。あの有名な『青の救世主』様もそんな陰謀論を信じているとは、ハイデルを追い出されて頭がイカれたのか?」
ヴォルフの皮肉を全く気にしていない様子で、ルーディは頭の後で腕を組ながら答えた。
「あぁ信じてるよ。今はね。だいたい頭のネジが2、3個外れてないと、戦争なんかやってらんないね」
ヴォルフは目を開き、静かに聞いた。
「俺達は何も話さない。早く殺せ。計画が失敗した時点で死んでいるも同然だからな。ちなみに俺達には自白剤は効かない」
そう言いはなったヴォルフは、感情を失ったように冷静で、隣に座っているゴルスキーは、なぜか笑顔を浮かべていた。彼らには死ぬことへの恐怖心というものがないように見えた。
「殺しはしない。それに、シュミット首相にも報告するつもりもない。君達しだいではあるけどね。…単刀直入に言う。俺達の仲間になってくれないか?」
ルーディの発言に驚いたのは、ヴォルフやゴルスキーだけではない。その様子を後ろで見ていた、エジードやシュナイダーも驚愕の表情を浮かべていた。
さすがのシュナイダーもルーディの意図がわかりかねた。
「おいおい司令官殿、正気か?こいつらが本当に『もぐら』だとして、仲間になんかなるわけないだろ!?ましてやこっちの身が危険だ。こんな奴らが近くにいちゃ夜もおちおち眠れやしないぜ。参謀長として進言する。早く殺せ。出来ないなら俺がやってやってもいい。」
ルーディは後ろを振り返り、薄ら笑いを浮かべてシュナイダーを見た。
「大佐がそんなに小心者だとは知らなかった。これからラマーン相手に喧嘩しようって時に、たった2人の工作員にビビってるようじゃ先が思いやられるね」
ルーディに嫌味を言われたシュナイダーは、勝手にしやがれ、と言って引き下がるしかなかった。
そんなやり取りを見ていたヴォルフは、冷静な顔が苛立ちに変わっているように見えた。
「勝手に話を進めるな。俺達がお前の仲間になるはずがない。何を言ってるんだお前。やはり頭がおかしいのか?」
ヴォルフの言葉にはルーディは動じない。
「いいや。君達は仲間になるさ。だって陰謀論とやらの話が本当なら、君達の任務はドゥランの為に動くことじゃないはずだ。本来は国や王族の為に影で支えることが使命なんだろ?違うのか?」
ヴォルフの表情からは冷静さは失われていた。彼は立ち上がり机を叩きながら吠えた。
「だまれ!俺達の指揮権は代々カルデニア王国の首相にある。首相の命令に従うことが俺達の使命だ」
ルーディは座って足を組んだまま思った(今の言い種は、自分達がAbyssだと認めたようなもんだ)と。そしてヴォルフの目を見て冷静に反論した。
「ならば余計におかしい。王族がいなくなったカルデニア王国は、カルデニア共和国に名前を変えたそうじゃないか。するとドゥランは王国の首相ですらない。君達が守るべきジェイク国王やゾフィー王女はこちら側にいて、国王に任命された正式なカルデニア王国の首相はアンナ・シュミットだ。であるなら、君達の指揮権はシュミット首相にあるってことだな?」
ヴォルフは内心では、それが正論だと感じていた。しかし、簡単に認めることは出来ない。Abyssには仲間がいる。今更彼らを裏切ることはできない。心の中で凄まじい葛藤が渦巻いていた。
ヴォルフは声を振り絞り反論しようとした。
「それは詭弁だ…今の俺達には…」
ヴォルフが言い終わる前にルーディが立ち上げって発言した。
「君はそれも否定するのか?否定することは自分の存在意義も否定することになるぞ!君達が何の為に訓練を受けてきたのか、誰の為の組織なのか考えてみろ!」
ルーディの迫力に、それ以上ヴォルフは反論する気力はなかった。椅子に座り込み、何やら考えこんでいる様子だった。初めて見るヴォルフの姿に、ゴルスキーからは笑顔が消え、彼を心配そうに見つめることしか出来なかった。部屋には静けさが訪れ、皆がヴォルフの言葉を待っていた。数十秒の沈黙の後、ようやくヴォルフが口を開く。
「…わかった。正直に話すと、お前の言うことは正論だ。だけど、今ここで決断することは出来ない。俺には仲間がいる。エデンⅣにいる仲間の所に一度戻りたい。偵察艇を貸してくれ。小型艇でもここからなら2週間ほどで帰れるだろう。そこで俺は仲間を説得して、あんたの元に戻ってくると約束しよう。それと、国王と王女の暗殺指令は中止させる。人質としてゴルスキーも置いていく。信じろ」
ルーディは迷わず答えた。
「わかった。用意させる。ルミナスの皆にはうまいこと誤魔化すさ」
こうして、アレクセイ・ヴォルフはボリス・ゴルスキーをルミナスに残し、偵察艇で離脱することとなった。また戻ってくることを約束して。
ルミナスから離れていく偵察艇を見ていたルーディにシュナイダーが声をかける。
「あいつら戻ってくると思うか?」
ルーディは頭を掻きながら答えた。
「正直自信はない。だけど戻ってこなくてもいいと思ってる。きっと彼らは幼い時から政府に洗脳され、厳しい訓練を課されて来たはずだ。ロボットのようにね。そこから解き放たれただけでもよかったんじゃないか?もちろん無事だったから言えることだけど」
シュナイダーは呆れたように言った。
「俺はあんたはもっと頭の良い奴だと思ってたが、そうじゃなかったみたいだな。とんだお人好しだ。こんなことしてたら、いくら命があっても足らんぞ」
ルーディは笑顔をシュナイダーに向けて答える。
「その時は、シュナイダー大佐が助けてくれるだろ?」
シュナイダーは大声で笑いながら、ルーディの肩を2回叩いて答えた。
「仕方ない。お守りしますよ司令官殿」
2人は、既に見えなくなった偵察艇を追いかけるように、星々が浮かぶ暗い空間を眺めていた。




