3:兄弟牆に鬩ぐ
アルメリア連邦への旅立ちの朝が訪れた。
シールドドームの外は相変わらず砂嵐が吹き荒れていたが、かたやドームの内部は静かに活気づいていた。
シュミット首相は黒いパンツスーツに身を包み、グレイ知事は少し緊張した面持ちで、複数の官僚と秘書官を引き連れていた。
グレイ知事はアルメリア大統領の旧友で、今回の交渉の鍵を握っている人物だった。シュミット首相はグレイ知事の背中に軽く手を当てて言った。
「グレイ知事、プレッシャーをかけるつもりはありませんが、あなたの力で何とか大統領を説得してください。今回の交渉には、カルデニアの未来がかかっていると言っても過言ありません」
知事は頷き、乾いた笑みを浮かべた。
「そう脅すなよアンナ、わかっているよ。大統領とは私が首相だった頃からの仲だ。きっとうまくいくさ…ただ、大統領はかなりの合理主義者だ。それなりの手土産は必要になるだろう。交渉次第では、こちらの代償は大きいかもしれんぞ……」
そう言いうと、グレイ知事は前を見つめながら厳しい顔をしていた。
一行は専用シャトルで衛星ナポレの軍事基地へ上がり、そこで待つ、ルーディ率いる『第2独立任務部隊』に合流するためにエデンⅣを離れた。
一方、艦隊司令官のルーディ・クラウス准将は、旗艦ルミナスの艦橋で腕を組み、シュミット首相とグレイ知事の到着を待っていた。その視線の先には、モニターに映ったアルメリア連邦大統領の顔があった。ルーディは考えていた、(アルメリア連邦は、カルデニアの何倍もの経済力と軍事力も持つ大国だ。協力を得るためにどんな条件を突きつけられるか……)と。グレイ同様、ルーディも今回のアルメリア行きを楽観的に考えることは出来なかった。無条件で大国アルメリア連邦が協力することはあり得ない。必ずそれ相応の見返りを求めてくることは、想像に難くなかった。しかし、今のカルデニア王国正統政府に、それを提示するほどの何かがあるとも、ルーディには思えなかったからだ。
シャトルがドッキングし、シュミット首相とグレイ知事が艦橋に入ってきた。ルーディを初めクルー全員が立ち上がって敬礼し、2人を迎えた。
「クラウス司令官、ご苦労様。チームREAVER準備は整っているわね?」
シュミット首相が言うと、ルーディは頷いた。
「おかげさまで何とか間に合いました。第2独立任務艦隊全15隻、いつでも出発できます。あとは道中でトラブルが起きないことを祈るばかりですね。」
ルーディが通称ではなく、部隊を正式名で呼ぶのは、『REAVER』などと恥ずかしい名前なんぞで絶対呼ばない、というどうでもいい拘りである。
ルーディがふとグレイ知事を見ると、知事の横に男の子がいるのが見えた。歳は12、3歳といったところだろう。グレイ知事の横に緊張した面持ちで立っていた。
「…えっと、知事…この子は?」
グレイ知事は申し訳なさそうに、右手の人差し指で頭を掻きながら答えた。
「すまないクラウス司令官。私の息子なんだ。どうしても一緒に連れていけとせがんでな。息子はどうも君のファンらしいんだ。10年前の青の小惑星帯戦争に関する書籍を呼んで以降、家でもずっと君の話をしているんだ。…本当に申し訳ないが、同行を認めてくれないか?」
ルーディは(ふざけるな、遊びじゃないんだぞ。だいたい親子にしては歳が離れすぎてるじゃないか。隠し子か?)と内心思ってはいたが、追い返えすのも面倒になり、しぶしぶ了承したのだった。
かくして艦隊はエデンⅣ宙域を離脱し、アルメリア連邦に向けて出発。すぐに一回目の超光速航法の準備に入った。
旗艦を含む重巡航艦2隻を核に、軽巡航艦4隻、駆逐艦6隻、航宙母艦1隻、補給艦1隻、偵察艦1隻。総勢約4,000人の乗組員が、およそ3週間に及ぶアルメリア連邦への長旅に臨むのである。
超光速航法のトンネルを抜けた艦隊は、カルデニア領宙の境界線まで辿り着いていた。ここから先は公宙域となる。どこの国の領宙ではない、いわば自由な宙域である。
超光速航法システムの再起動完了まで、数日この宙域を進むことになるのだが、ここは、ラマーン帝国の飛地である領宙に近い。ルーディはラマーン軍の索敵網にかからないように十分注意して進むように指示を出していた。
だが、エデンⅣを出発して6日目。第2独立任務艦隊・REAVERは、思わぬ敵と遭遇することになった。
「旗艦へ。こちら偵察艦『シャドウアイ』。敵影発見!相対方向2-7-0。重巡2、軽巡6、駆逐艦10、偵察艦1、合計19隻。現在向きを変え、こちらに加速中!主砲射程距離まで残り9万㎞!」
偵察艦からの報告は、艦内に一気に緊張感をもたらした。ルーディが危惧していた通り、ラマーン軍に遭遇したのだ……誰もがそう思っていた。
「ラマーンの艦隊か?どこの部隊だ?」
ルーディは偵察艦に聞いたが、答えは意外なものだった。
「いえ。ラマーン軍ではありません。敵……相手はカルデニア宇宙軍の艦隊です」
敵に遭遇する可能性はあった。だが、その相手がカルデニア艦隊だとは想定していなかった。そもそもこんな宙域にカルデニア艦隊がいることが不自然すぎたからだ。ルーディにしてみれば、待ち伏せされていたとしか思えなかった。
しかし、そんなことも言ってられない。彼らが既に目と鼻の先まで接近していることは事実で、迎え撃つか、逃げるか、答えは2つに1つしかなかったのだ。
その時、艦内に出された『緊急戦闘配備』の放送聞き、狼狽した様子でシュミット首相が艦橋に入ってきた。彼女はルーディに駆け寄ると、直ちに逃げるように訴えてきた。相手がラマーン軍ならまだしも、カルデニア国民同士で戦うことは、両者にとって何らメリットはないはずだと。しかし、いくら首相といえど、艦隊運用にまで口を出すのは、完全な越権行為であった。
ルーディが困った顔で、落ち着くようにシュミットを宥めていたが、そんな様子を見かねた一人の男が歩みより、シュミット首相を一喝したのである。
「ここから出ていきなさい!」
その怒号は、言われた本人だけではなく、艦橋にいたクルーも震えるほどの迫力であった。
声の主は、参謀長のカール・シュナイダー大佐だった。
彼は、驚いた表情のシュミット首相の前に立ち、堂々とした態度で言い放った。
「言わせてもらいますがねシュミット首相。あなたは確かに偉いのかもしれないが、司令官ではない。この艦隊の司令官はクラウス准将だ。政治家のあんたが出る幕じゃない。クソの役にも立たんからな。あんたに出来る事は、大人しく部屋に帰って、無事に目的地に着くように祈ることだけだ」
シュナイダー大佐の物言いは、なかなかに痛烈なものだったが、言い返す言葉が思い付かない程、正論だったことも事実だ。
ルーディがシュナイダーを幕僚に加えた理由は、彼のこういった性格が気に入ったからだった。立場や身分に関係なく、駄目なものは駄目だと明確に主張する。それは考えるよりも遥かに難しいものだ。彼はその壁を平気で飛び越えるだけの胆力があった。ただ、ものには言い方ってものがあるだろう。ともルーディは思っていた。
「……確かに、大佐の言われるとおりですね。でしゃばった真似をしてごめんなさい。」
叱責されたシュミット首相は、自分の非を素直に認め謝ったあと、ルーディに向き直って一礼し、艦橋を出ていった。シュミットがいなくなると、シュナイダーはルーディに向き直って言葉をかけた。
「クラウス司令官殿。あんたもちゃんと言い返せ。女は一度調子に乗せると、すぐに尻に敷きたがるからな。最初が肝心だ」
何も悪びれる様子もなく高笑いするシュナイダーに、ルーディが少し呆れた顔をしていると、次は女性士官が声をかけてきた。作戦参謀のエレナ・ストラウス少佐である。
「目上の者に対する言葉使いを覚えるべきですね大佐。それと、今の司令官に対する発言。完全な女性差別です。任務終了後、懲罰会議にかけさせて頂きます。」
そう言うと、顎を上に向け、フンッといった感じで離れていった。シュナイダーは「勘弁してくれよストラウス少佐」と言いながら彼女を追いかけていったのだ。それを見たルーディは思った(尻に敷かれているな)と。
ともかく、今は目の前の敵をどうにかしなくてはならない。 シュナイダーがシュミットにああは言ったものの、ルーディもカルデニア艦隊とは戦うつもりはなかった。
ルーディは通信士に、カルデニア艦隊に短距離通信を繋ぐよう指示した。無理は承知の上で、相手の司令官と話し合いたいと思ったのだ。
回線が開き、相手の司令官らしき人物が艦橋のメインディスプレイに映し出されると、ルーディの表情が固まった。彼は旧知の男だったのだ。ルーディの1つ下の年齢で、かつての部下だったのだ。ラマーン軍との戦闘で数々の武勲を立て、昇進の最年少記録を打ち立てながら、今や少将の立場にある。
「クラウス大佐…いや、今は准将だったな。こちらはカルデニア宇宙軍第12任務艦隊司令官のダミアン・ストーム少将だ。今から君達を拿捕する。抵抗はするな」
ルーディはため息をつき、返答した。
「ダミアン…君達はドゥランの指示で来たのか? 俺達は立場こそ違えど、同じカルデニア国民だ。君達と戦うつもりは無い。だけど、大人しく拿捕されるつもりもないよ。悪いがここは引いてくれないか?」
ストーム少将は薄ら笑いを浮かべながら答える。
「相変わらず甘いですねクラウス准将。我々が引くはずがないことは分かっているでしょう。だいたいあなた達はカルデニア国民ですらない。国民を残して逃亡した裏切者なのですから。覚悟を決めなさい。拿捕される気がないなら、戦うしか道はありません。」
ストーム少将は言い終えると通信を切った。
もはや戦うしかないのだと、複雑な感情になるクルーを横目に、冷静な顔つきでエジードがルーディに声をかけた。
「どうしますか?クラウス司令官」
その声は司令官の心情に配慮するような優しい声だった。しかし、ルーディはそれには返答せず、何かを決断したかのように席を立ち、近くのコンソールを操作し始めた。皆がその状況を見つめる中、作業を終えたルーディが作戦を伝える。
「今、艦隊全員の端末と1つのファイルを共有した。そこに書かれてる作戦Fを見てくれ。…俺は正直戦いたくはない。でも、既に逃げれる距離にもいない。だから、味方を極力傷つけず逃げる方法を実行する。ファイルを読んだら直ちに準備に取りかかってくれ」
駐留基地を出発する前、ルーディはただ怠惰な生活を送っていただけではない。少なくとも時間の1割は作戦の立案に費やしていた。それも、ありとあらゆる状況をも想像してだ。この間に立てた作戦は100を超えていた。今から使用する作戦もその1つだった。
ストーム少将との通信が切れてわずか13分後。まず、偵察艦シャドウ・アイが動いた。敵のセンサーを混乱させる電子ジャミング波を放ったのだ。
それに呼応するかのように航宙母艦『フォートレス』も動く。戦闘機を数機出撃させ、敵の艦隊に接近していった。戦闘機はミサイルを発射せず、ただ高速で旋回して敵の注意を散らす陽動を行う。
駆逐艦4隻は囮ミサイルとドローンを展開していた。敵のレーダーに『偽の艦影』を作り出すためだ。
さらに、軽巡航艦2隻が煙幕の為に粒子雲を噴射して視界を遮り、敵のミサイル追尾を妨害。残りの軽巡と駆逐艦が旗艦ルミナスを守りながら、高速推進で徐々に離脱する。補給艦は後衛に置き、追加のデブリ発生装置で敵の追撃を遅らせている。
これは完全に逃げに徹した作戦だった。
かたや、カルデニア艦隊は混乱していた。
「何だ、あの戦闘機は!? ミサイル兆候なし……どういうつもりだ!?」
「敵が接近してきます!……違う反応がない!囮か!?」
敵艦隊は囮ドローンに反応し、ミサイルを無駄撃ち。ジャミングでセンサーが乱れ、艦影が倍に増えたように見えるとパニックに陥った。
「敵の陽動に騙されるな!追撃しろ! 」
とストームが命令したが、既に遅かった。ルーディの艦隊はすでに射程外へ離脱を始めていたのである。
ルーディは最後に、短距離通信を使ってメッセージを送っていた。『ストーム、君達には理解されないかも知れないが、俺達は俺達なりの信念で戦ってるのさ。いつかカルデニアが元の国に戻ったら、またあの店で不味い酒でも飲もう。じゃあな親友』と。
無事に無傷で危機を脱した第2独立任務艦隊の艦内は、歓声に包まれていた。一方でルーディは浮かない顔を浮かべている。ストーム率いるカルデニア艦隊が、なぜこの宙域にいたのか、しかも、第2独立任務艦隊が通る航路を知っていたかのように。それが分からなかったからだ。何より、ルーディは情報漏洩を恐れ、出発後に急遽航路を変更していたのだから、尚更疑問が残っていた。もはや考えられることは1つしかなかった。
ルーディがエジードを呼び、周囲に聞かれないように小声で伝えた。
「おそらく…いや100%、この艦隊にスパイがいる。」




