8:レゾンデートル
首都星ハイデルから逃亡者達が、エデンⅣに到着した日の夜、彼らはエデン議事堂の会議室に会していた。
エデンIVの政治を司るエデン議事堂は、居住区の中心に位置するドーム状の建物だった。会議室は広々としており、中央のテーブルにホロディスプレイが設置され、周囲の壁はサンドサファイアの原石を加工した青い宝石で飾られていた。
ルーディ・クラウス大佐は窓辺の椅子に腰かけ、面倒くさそうに外の砂漠を眺めていた。
部屋に集まったのは、ハイデルから逃亡してきた面々である。ジェイク王子とゾフィー王女。ルーディやガルシア・ロドリゲス少将などの軍人達。アンナ・シュミット外務大臣をはじめ、国防大臣のヴィクトル・ハンセン、財務大臣のイザベラ・モントーヤ。官僚。大臣の秘書官。そして、エデンIVの知事マーヴィン・グレイ。総勢23名である。
グレイ知事はテーブルの上座に座り、皆の視線を集めていた。
ジェイク王子は隅の席に座り、妹ゾフィーはジェイクの横にぴったりと寄り添うように座っている。
ゾフィーも最近では時折笑顔を見せるようになっていたが、10歳の幼さで、ハイデルの混乱と母の死の目の当たりにしたショックから、ほとんど言葉を発さなくなっていた。
ジェイクは金髪を短く切り、軍礼服を着ていたが、顔は疲れきっていた。国王と王太子の死、王妃の喪失、そして自分への期待……すべてが重くのしかかっていたのだ。
グレイは軽く咳払いをして、ホロディスプレイを起動した。青い光が部屋を満たし、ハイデルの映像が映し出される。テロの混乱が収まった後の街並みだったが、議会の建物は黒く焦げ、街路には警備隊の代わりにドゥラン派の兵士たちが立っていた。グレイの声は低く、抑揚なく響いた。
「皆さん、ハイデルの現状をお見せします。これは昨日、星間放送で放送された映像です。みなさんはまだご覧になっていないでしょう。」
画面にドゥランの演説が流れた。ドゥランはハイデルの中央広場で、国民に向かって手を広げていた。
「カルデニア国民の皆さん!今までカルデニアを苦しめてきた悪しき政治家はもういません。これで 長きにわたる戦争の苦しみは終わります。私は新しい首相として、ラマーン帝国と即時和平交渉に入ります。青の小惑星帯を明け渡す事は痛手ですが、国民の命を守るためです。命より尊いものはないはずです!皆さん、平和を勝ち取りましょう!」
広場から拍手と歓声が上がった。映像は続き、ドゥラン派の兵士たちが王国旗を降ろし、新旗を掲げる様子が映った。グレイはディスプレイを止めた。
「ドゥランはテロの混乱に乗じて首相に就任しました。ラマーンとの戦争を終結させる名目で、事実上の属国化を進めています。テロによる事故だと国王や王妃、王太子の死を公表し、あなた方がジェイク王子、ゾフィー王女の両殿下を誘拐し、どこかへ逃亡したと強調しています。ドゥランは王族無きハイデルで、自分達は正統なカルデニア政府だと言っていますが、私は…いや私たちエデンIV自治政府は、それを認めません」
部屋に重い沈黙が落ちた。アンナ・シュミット外務大臣はテーブルを叩き、声を上げた。彼女の目には怒りが宿っていた。
「許せないわ! ドゥランはラマーンのスパイよ。国民を騙している!」
ハンセン国防大臣は頷き、厳しい顔で言った。
「ハイデルは今分断されている。ドゥラン派が軍の約3分の2を握り、残りは我々のような亡命者だ」
モントーヤ財務大臣は落ち着いた声で続けた。彼女は財務の専門家で、冷静だった。
「経済面でも深刻です。青の小惑星帯を譲渡すれば、王国の資源基盤が崩れます。このままではカルデニアに未来はありません」
ルーディは黙って聞いていた。エジードは隣で何かを思考し、モリス大尉は巨体を椅子に沈め、腕を組んでいた。ジェイクはテーブルを睨み、拳を握りしめていた。
グレイは皆を見回し、核心を語った。
「カルデニア政府は、この事態を予見していました。そこで、テロが発生したら王族を逃がし、エデンⅣで正統政府を樹立する計画です。国王陛下と王太子殿下亡き今、ジェイク殿下を国王に戴き、ここエデンIVでカルデニア正統政府を宣言します。戦力を整え、ラマーンとドゥランの手からカルデニアを取り戻すのです」
ジェイクの顔が引きつった。彼は立ち上がり、声を上げた。感情が抑えきれなかった。
「待ってください! 俺に国王なんかできるはずかない! 父や兄とは違う!ある意味ドゥランの言うとおりかもしれない。カルデニアはもう、立憲君主制をやめて、新しい国の形を模索するべきだ。俺みたいなお飾りが国王になって何になるんだ!」
部屋に驚きのざわめきが広がった。シュミットが目を見開き、ハンセンが眉を寄せた。グレイは静かにジェイクを見つめた。ジェイクは息を荒げ、拳をテーブルに叩きつけた。
「俺は王族として生まれて、いつも護衛に囲まれて、自由を奪われ、皆が特別扱いをしてくる。俺は笑顔で手を振るだけで、何もしていない。国民の為に何もしてないんだ。戦争で国民が苦しんでるのに、俺みたいな人間が何の役に立つんです? 国を動かしているのはあなた達大臣や議会だ!国王になっても俺はただ座ってるだけ。 そんなの、意味がないじゃないか!」
言い終えたジェイクは会議室を勢いよく出ていった。
会議室に重苦しい空気になるなか、ルーディが立ち上がった。グレイ知事に目配せすると、
「……少し席をはずします」
そう言ってジェイクの後を追いかけた。
ルーディがジェイクに用意された部屋につくと、ドアを2階鳴らしたが返事はなかった。ルーディは「入るよジェイク」と声をかけて中に入った。部屋に入ると、ジェイクは椅子に座りうつむいていた。ジェイクは下を向き、ルーディに背を向けたまま話した。
「…情けないだろルーディ。俺は逃げ出したくてたまらないんだ…俺には出来ない。父のような立派な国王が務まるはずない。だいたい何の為に俺達はいるんだ?カルデニア王国の象徴?そんなもんなくたって、国は続いていくさ。どうしても国王が必要なら、誰か代わりにやればいい…」
ルーディは、どう声をかけていいのか悩んでいた。ジェイクの気持ちはジェイクにしか分からない。彼にかかるプレッシャーは、誰にも理解出来ないからだ。だからルーディは、親友として話すことしか出来なかった。
「じゃあジェイクはどうしたい?これからどうやって生きて行きたいんだ?それがどんな答えであっても、俺は尊重するよ。」
ジェイクは椅子から立ち上がり、ルーディの方を向いて話し出した。
「俺は…本音を言えば国王なんかやりたくない。いっそこのままどっか別の国へ逃げて自由に暮らしたい。だけど……俺も子どもじゃない、自分の立場から逃げられないことなんか分かってるさ。だったら理由が欲しいんだ。俺が国王になる理由が。飾りの国王は嫌なんだ。別に権力が欲しいわけじゃない。国王をやるなら、カルデニア国民の役にたちたいんだ。ルーディ、教えてくれ。俺に何ができる?俺が国王になる意味を教えてくれ」
ルーディは顔に笑みを浮かべながら優しい表情で答えた。
「……血なんだジェイク。お前のその血が重要なんだ。お前がどんな人間なのかは関係ない。カルデニアを建国したレオン・ヴァルディス、そこから途絶えることなく続いている血族。その歴史的継続性が重要なんだ。そして、それこそがカルデニア王国という国そのものなんだ。」
ルーディの話は理解できたが、納得は出来なかった。そんなものに意味があるとは思えなかったからだ。
「たとえその血が途絶えたとしてどうなる?きっと皆は何事もなく暮らしていくさ。こんな混乱の中で、この血が役にたつとは思えない」
ルーディは一歩ジェイクに歩みよった。その表情からは笑みが消え、真剣な眼差しでジェイクを見ていた。
「それは違うよ、ジェイク。確かに、国王の存在を普段から意識はしてる国民は少ないと思う。だけど、自分達がカルデニア国民だというアイデンティティを持っているのは、その象徴である国王がいるからなんだ。それは意識することじゃない。長い歴史が証明している事実だから。王国の歴史は王族の歴史でもある。国民がそれを否定することは、自分自身を否定することになるのさ。もちろん王制を辞めることはできる。でも、その国はもはやカルデニアじゃない。歴史的継続性が途絶えた後に出来た、全く違う新しい国なんだ。それでも良いっていう人がいるならそれでもいいさ。でも、少なからず俺はカルデニア王国の国民でいたい。国王というのは、無意識にそういった国民を繋ぎ止めている存在なんだ。」
ジェイクはじっとルーディを見つめたまま聞いた。
「…じゃあ俺はこれから何をすればいい?もしかしたら、また逃げ出したくなるかもしれないぞ?それでも国王になるべきなのか?」
ルーディは目線を外し、さっきまでジェイクが座っていた椅子に座って冗談めかして答えた。
「ジェイク、自分が何をできると思ってるんだ?ジェイクに出来ることなんか限られてるだろ?俺から言わせると自信過剰すぎるね。ジェイクは一生懸命、誰よりも国民の事を想えばいい。カルデニアが分裂してる時だからこそ、国王が必要とされる時がくる。ジェイクは元気が取り柄だろ?その元気を国民に分け与える努力をすればいい。今バラバラになりそうな国民を、繋ぎ止める事が出来るのは、残念ながらジェイクという存在だけなんだ。面倒くさいけど俺も俺なりに頑張るからさ、こんな事早く終らせてハイデルに帰ろう。そうしたら今度は、国王と王宮を抜け出して、遊びに行くっていう楽しみができるだろ?」
ルーディは笑い、ジェイクもつられて笑みを溢していた。
「…わかったよルーディ。確かに俺に出来ることなんか、大声で国民を励ますことぐらいしかないよな。それなら必死で励ましてやるよ。俺は国民には不幸になってもらいたくないんだ。皆幸せになってほしい。だから、自分なりに努力するよ……だけど、もし俺が嫌になって逃げ出したらどうする?」
ルーディは迷わず答えた
「一緒に逃げ出すに決まってるだろ」
ルーディはジェイクを連れて会議室に戻った。ジェイクはそこで王位につくことを表明した。
ジェイクが国王に即位することが決まり、エデンⅣにカルデニア正統政府が誕生することとなった。
アンナ・シュミットを全会一致で首相に任命し、軍務をヴィクトル・ハンセンが、財務をイザベラ・モントーヤがが担当することとなった。
また数日後には、ドゥランに与しない政治家や官僚、宇宙軍の艦隊も合流する予定である。
ルーディ達軍人には、議事堂から1kmほど離れた場所にあるホテルが、当面の宿泊施設として用意された。その8階にルーディの部屋はあった。
ルーディは自室の窓から外を眺めていた。窓の外には、エデン人の民家であろう低層の建物が並び、そのずっと先の方にシールドドームの壁が見えた。
シールドの先はまた砂嵐が起きているのだろうか?などと考えながら、ジェイクとの会話を思い出していた。
ルーディは自信が無かった。ジェイクをけしかける形で国王にさせてしまったこと。本当に彼の為に正解だったのかどうか。もしかしたら、彼の人生を狂わせてしまったのではないか?そんな罪悪感が、ルーディの胸を針のようにチクチクと刺していた。




