5:分裂
シャトルはハイデルの大気圏を猛烈な勢いで突き抜けた。機体全体が激しく振動し、外壁が摩擦熱で赤く輝き、シャトルを炎の渦が巻き上げるように通り過ぎていく。大気圏を抜けると、振動が収まり、窓の外は漆黒に染まっていた。
コックピット前方のウインドスクリーンを見ると、闇の中にカルデニア宇宙軍の軍艦が12隻程、青白い灯りを点滅させて浮かんでいるのが見えた。その中に、ルーディが艦長を努める重巡航艦『ルミナス』も見える。
シャトルが近づくと、ルミナスはシャトルを回収するためにドッキングベイを開いた。
エジードが操縦桿を操作し、シャトルをルミナスのベイへ滑り込ませた。機体が軽く振動し、固定クランプが締まる音が響いた。
エンジンが停止したのを確認すると、ルーディは立ち上がり、後部座席の方を見た。ジェイクは瞬眠針の効果でまだ眠っており、ゾフィーは放心した表情で座っていた。モリス大尉がジェイクを抱え、ルーディがゾフィーの手を引いてシャトルのハッチに向かう。エジードがパネルを操作しハッチが開ける。扉の向こうには、ルミナスの乗組員達が列をつくり敬礼の姿勢で待っていた。
先頭には、不在中のルーディに代わり、ルミナスの指揮を取っていた副長のカーラ・ベネット中佐が立っていた。
彼女は30代半ばの女性で、ルーディより背が高く、ウェーブのかかった長い赤毛の髪を、後ろで結んでいた。明るい性格で、副長でありながらルミナスのムードメーカーでもあった。20代の頃は腕利きのパイロットとして活躍し、『銀翼の舞姫』の異名を知らない者はいない。
ベネットはルーディの姿を見ると、走りだし彼に飛びつき抱きしめた。
「クラウス大佐ぁ、お帰りなさい! 無事でよかったぁ!」
エジードとモリスは目を丸くしてその様子をみていた。普通、部下が上官に抱きつくことなどありえない。無論、その逆もしかりだが。だがもっと驚いたのは、後ろで見ている乗組員たちが誰も驚いていないことだった。いつもの事だと言わんばかりに、彼らは笑いながらその様子を眺めている。
抱きつかれた上官の方も特段怒るわけでもなく、少し苦笑いしながらベネットの両肩を軽く押して引き離そうとしていた。
「ベネット中佐、もういいかげんその挨拶止めてくれない?フォスター少佐やモリス大尉が驚くだろ?」
そういうとベネットを引き離し、軽く手を上げて後ろで見ていたルミナスの部下達に挨拶した。
そして、モリスの太い腕に抱えられながら眠っているジェイクに視線を移した。
「ジェイク殿下とゾフィー殿下を部屋へ。ジェイク殿下はまだ眠っている。ゾフィー殿下には何か食べ物と飲み物、あと、着替えも用意して差し上げて。」
乗組員たちはルーディの指示に従い、ジェイクを担架で運び、ゾフィーをベネットがエスコートした。ルーディ、エジード、モリスはそのまま艦橋へと向かった。モリスは巨体を揺らしながら歩き、艦内の通路を興味深げに見回していた。
艦橋に着くと、ルーディは通信士に指示を出した。
「他の艦に連絡をとってくれないか。面倒くさいけど、諸々と報告しなきゃいけないことがあるからね。」
通信士が頷き、回線を開く。艦橋のメインモニターに他の艦の艦長たちが映し出されると、ルーディはここまでの経緯を簡潔に報告した。さすがに王妃の死を伝えられた時は、皆が沈痛な表情を浮かべ、重苦しい静寂が訪れた。
そんな空気感の中で口火を切ったのは、重巡航艦『ガーディアン』の艦長ダニエル・コールマン大佐だった。
「ご苦労でしたなクラウス大佐。王妃陛下のことは残念だ。到着そうそう悪いが、こちらの艦まで来てもらえるか?大臣達がお待ちだ。我々の今後の事を話し合わねばならんしな。」
かくして、ルミナスに乗艦して間もなく、重巡航艦ガーディアンへ向かう事になった。身も心も疲労の極致にあったルーディは、会議ぐらいリモートですればいいじゃないか、と何故かエジードに突っかかっていたが、エジードは笑顔で宥めていた。
「大佐、仕方ありません、これも仕事ですから。私もお供します。一緒に行きましょう。」
と言い。嫌がるルーディの手を引きながら無理矢理小型シャトルに詰め込んだ。副長のベネット中佐も後を追ってシャトルに乗り込む。
その際、ルーディはジェイク王子とゾフィー王女のことをモリス大尉に任せたのだが、任されたモリス大尉は満面の笑みを浮かべで敬礼し
「任せてください、大佐。私がしっかり両殿下をお守りします。」
と大袈裟な声で答えた。それが逆にルーディを不安にさせた。ヴェルターが彼を紹介した時の事をルーディは思い出していた。「こいつは頭は悪いが……」という言葉を。すると、ふと何かを思い出したかのようにシャトルを降り、近くの技術士官に何やら耳打ちを始めた。話を終え、振り返ったルーディの顔を見たエジードは思う(あの顔はクラウス大佐が何か企んでいる時の顔だな)と。
ガーディアンに到着すると、そこには、現職の3人の大臣。政治家と官僚が数名。ガーディアンの艦長コールマン大佐をはじめとする各艦の艦長達。それ以外の将校も何人か集まっていた。大臣の一人、アンナ・シュミット外務大臣はルーディに近づき、手を差し出した。
「クラウス大佐、ご苦労様。ジェイク王子殿下とゾフィー王女殿下の救出、よくやってくれたわ。王妃陛下のことは残念ですが、2人が無事ここまで来られたことを、王妃陛下は喜んでいらっしゃるでしよう。」
ルーディが、恐縮です。と言って右手を差し出そうとした時、後ろから怒号が聞こえた。
「甘やかしてはいけませんな大臣!」
ルーディが振りかえると、モリス大尉に匹敵する巨漢の男がたっていた。その男は眉間に深い皺を寄せながらルーディを見下ろしている。ガルシア・ロドリゲス少将だった。
彼はカルデニア宇宙軍が有する3つの艦隊のうち、第2艦隊の主力部隊の司令官である。現在、ここに集まっている軍艦の半数以上は彼の部隊であろう。
ロドリゲス少将は突然ルーディの胸ぐらを掴むと、声を荒げた。
「極秘任務を受け取ったのはお前だけじゃないぞクラウス大佐。それぞれに任務の内容は違うがな。そして我々は任務を達成したが、貴様は違う。貴様の任務は王族の救出だったのだろう。国王陛下、王太子殿下、王妃陛下を助けられず、テオドール殿下まで賊に誘拐されるとは何たる事だ。完全な任務失敗だぞ!どう責任を取るつもりだ!」
まさか突然罵声を浴びせられるとは、ルーディも想定外だったが、反論する気にもならなかった。ロドリゲス少将の理論でいうなら、確かに任務は失敗しただろうと認めるしかない。ただ、ルーディにもいくらでも言い分はあった。元々、軍や政府の見立てが甘過ぎた。テロが起こる時間も諜報部の情報より2時間も早かったし、元より、ルーディの任務は『テロが発生したら王族を保護しハイデルから脱出せよ』で間違いはないのだが、指輪型端末に記載されていた任務の詳細は少し違う。
『テロが起こった場合、王宮にもその戦火は広がることが予測される。今回の貴官の任務は、ジェイク王子殿下を見つけだし救出することだ。他の王族の方々の救出には別の部隊が向かう。彼らとは宇宙港で合流し、救出した王族を、軍が用意したシャトルに乗せて宇宙へ上がれ。その後、……』
ルーディの任務には、ジェイクの救出しか入っていなかったのだ。ただ、何故ジェイクだけをルーディが救出する任務が与えられたのかは未だ謎だが、ともかく、任務を失敗したのは別の部隊のはずだった。
ただ言うだけ無駄だと感じていたし、だいたい疲れていて反論する気力すら残っていないかった。ロドリゲス少将のような、人前で自分の力を誇示したいタイプの人間は、反論すればするほど燃え上がる。だからルーディは彼の自己欲求が満たされるまで我慢しようと心に決めていた。
だが、ルーディよのうに我慢出来ない人物がいた。彼もルーディに課された任務の詳細を把握していたからだ。
「お言葉ですが、ロドリゲス少将…」
そういいながら前に出たのはエジードだった。
ルーディやジェイクらと共に、死線をくぐってきたエジードにとって、ロドリゲスの言葉は決して見過ごすことは出来なかった。エジードのアイスブルーの瞳が怒りに満ち溢れて揺れていた。今にもロドリゲスに殴りかかりそうな勢いだった。
「フォスター少佐!」
エジードは我にかえったように声の主見た。 ルーディは顔を左右に振ってエジードを制止した。
エジードはロドリゲス少将に鋭い眼光を向けたまま立ち止まる。
「なんだ貴様は?言いたいことがあるなら言えばよかろう。俺は心が広いからな、無能な部下の声を聞いてやらんこともないぞ。」
ロドリゲスの挑発は明らかに度を越しているものであった。見かねたシュミット大臣が割って入る。
「そこまでです、ロドリゲス少将。今は責任を追及する場ではありません。我々は今、カルデニア王国にとって、非常に重要な任務を背負っているのです。不毛な争いは後でやって頂きたい。」
シュミット大臣の言葉にロドリゲス少将は引き下がるしかなかった。顔中に皺を寄せながら、無言で後方に移動した。ルーディの前を通る時、チッと舌打ちを忘れなかったのが彼の性格を表していたが。
会議はロドリゲス少将のお陰で、重苦しい空気が漂う中で行われた。
議長役を務めたシュミット大臣の話から始まった。現在の我々の立場、ハイデルの状況、そして今後の我々行動についての説明がなされる。
現在、カルデニア王国は2つの勢力に分断されている。大まかに言えばこうだ、ラマーン帝国の横暴な振る舞いに屈せず、カルデニア王国の文化と権利を守るために、ラマーン帝国に屈するべきではないと主張する保守派と、戦争によって疲弊した国民を救う為に、一刻も早くラマーン帝国と和平交渉を行い、早期に戦争を終らせるべきだと主張する革新派である。
だが、事態はそう単純ではない。革新派のいう通り和平交渉に臨んだとしても、軍事的劣勢の立場にいる今のカルデニア王国にとって、それが不利な条件で進むことは目に見えている。しかも、ラマーン帝国の目的は青の小惑星帯だけではない。戦争終結後、カルデニア王国に武力放棄をさせ、事実上の属国にすることが最終目的であった。その目的の邪魔となるのが、カルデニアの王族の存在である。彼らの存在こそがカルデニア王国統一の象徴であり、国民のアイデンティティーであるからだ。王宮がテロの対象になったのにはこういった背景があった。
深刻なのは、カルデニア宇宙軍の内部にもラマーンの策略が浸透し、軍にも分断が起きていることだった。もはや、宇宙軍の半数以上はドゥラン率いる左派陣営の手中にあることは分かっていた。
シュミット大臣は熱く語った。我々は既にカルデニア王国のマイノリティであると。それでも、カルデニア王国の為、カルデニア国民の為に戦わなければならないと。
そして彼女はこれからの行動を示した。
「私達はこれから惑星エデンⅣに向かいます。そこで、カルデニア王国再建のための戦力を整え、必ずやハイデルを、カルデニア王国を取り戻しましょう!」
彼女が言い終えると、その場にいた全員が立ち上がり、右拳を掲げて「おぉー」という掛け声をあげた。ただ1人、ルーディを除いて。
ルーディは思っていた(端から見たら、新興宗教の教祖様と信者だな)と。
2時間にも及んだ会議を終えると、疲れのピークをとうに過ぎていたルーディは、覚束ない足取りで小型シャトルに乗りこみ、我が家へと出発した。




