4:鎮魂歌
夜の街は炎と煙に満ち、銃声が断続的に響いている。浮遊自動車の窓から見えるシーザリアの街は、赤く染まり、数時間前の風景とは様変わりしていた。
エジードは浮遊自動車の自動運転をオフにし、自らハンドルを握っていた。ルーディは助手席に座り、周囲を警戒ながら、ジェイクと王妃に今後の計画を伝えていた。
今、自分達は宇宙港に向かっていること。そこで仲間が用意したシャトルに乗り、宇宙へ脱出ということを。
現状、反政府組織がどの程度の規模なのか、政府も正確には把握しきれてはいなかった。ただ一つ確実に言える事は、このテロの裏側には、ラマーン帝国が関与しているということだけだった。政府や軍の内部にまでラマーン帝国の触手が伸びている以上、このままハイデルに居ては、王族を守りきれないと政府は判断したのである。そして、その任務をルーディに託したのであった。
後部座席では、ジェイクは妹ゾフィーを膝に抱き、王妃エマの手を握っていた。
ゾフィーは震えながらジェイクの胸に顔を埋めている。
王妃は真っ直ぐ前を見て、何かを考えているようであったが、その顔色は悪かった。王宮で賊から逃げている最中に、腕に軽い怪我を負っていたこともあるが、なにより、国王と王太子の訃報が彼女の心に深い傷を残していた。それでも彼女は気丈に振る舞おうとしていた。
「ルーディ……本当にありがとう。あなたがいなければ、私たちは今頃どうなっていたかわからないわ。昔からあなたには世話をかけっぱなしね。」
王妃が言い終えると、ルーディは前方を睨みながら答えた。
「エマ様、宇宙に出るまでは油断はできません。もうすぐ宇宙港に着きます。おそらくまた戦闘になるでしょう。」
エジードがアイスブルーの瞳を細め、腕輪型端末を確認した。
「大佐、宇宙港付近で敵の動きが活発のようです。宇宙港は封鎖されている可能性が高いでしょう」
その予測は正確だった。
宇宙港に到着すると、既に正面玄関は敵に囲まれていた。20人はいるだろう。
移動中に軍の回線から入手した情報によると、宇宙港は現在、反乱勢力がシャトル発着場を占拠し、数十人の兵がバリケードを築いているということだった。
ルーディは右手の人指し指を唇に当てながら、シャトルまで無事に3人を連れていく方法を、頭をフル回転させて模索していた。
勿論、こうなる事は想定し、対策も打っていた。しかし、それが全てが上手くいくとも思っていなかった。街全体が戦場と化した状況では、不足の事態というのは起こり得るものだ。最初からそう考えておくのがルーディの思考方法だった。だからこそルーディは冷静にいられるのだった。正しい判断は、正常な精神状態でこそ成り立つと、過去の偉人から学んでいたからである。
エジードは宇宙港の近くの路肩に浮遊自動車を停め、ルーディの指示を待った。誰も言葉は発しない。みんなルーディを信じて待ったいた。きっと彼なら何か策を考え、無事にシャトルまで連れていってくれると、根拠のない自信があったからだ。
遠く後方から来る車両のヘッドライトが見えた。ルーディは全員に浮遊自動車から降りて、近くにあったコンテナの陰に隠れるように言った。敵か味方かわからない以上、下手に姿を見られるわけにはいかなかった。
やって来たのは軍の重装輸送車だった。それも1台ではない。合計5台の輸送車が、ルーディ達が停めた浮遊自動車の隣に停車した。後ろのハッチが開く。そこから1台あたり20人以上の屈強な兵士が降りてきた。
コンテナの陰からその様子を観察していたルーディは、その中に1人の老兵を発見すると、コンテナの陰から飛び出していった。
「ヴェルター中将!!」
ヴェルターは、走ってくるルーディの姿を見つけると、右手をあげて応えた。
「クラウス、遅くなってすまんな。何せ思いのほか賊が多くてな……苦労したぞ。」
ルーディはヴェルターの前に立つと、わざとらしく敬礼してみせた。
「いえ、ギリギリ間に合いました。もう少し遅かったら玉砕覚悟で突っ込んで行くところでした。」
ヴェルターは、お前に限ってそれはないだろうと言って、ルーディの肩を叩いて苦労を労った。
宇宙港が敵に占拠されていた場合の対策とは、この事だった。
ルーディは極秘任務を受け取った後、その足で中央士官学校に赴き、ヴェルターに会いに行った。
彼は、この任務の肝は、シャトルに辿りつけるかどうかだと考えていたのだ。反乱勢力側はハイデルからの脱出を阻止すべく、真っ先に宇宙港の制圧に乗り出すであろうことは、想像に難しくなかったからである。
そこで、シャトルまでの道程を、信用できる兵を集めて援護して欲しいと、ヴェルターに頼みに行ったのである。
本来であれば、今や中央士官学校長の座にある人物にに頼むことではないのだか、極秘任務の詳細を話し、かつ、こんなことを頼めるような信頼し得る将官は、ヴェルターしかいなかった。
事実、100人を超える屈強な兵を集めて駆けつけたのであるから、ルーディの見る目は間違っていなかったといえるだろう。
ヴェルターは、自分の横に立っている兵士をルーディに紹介した。
その男は、身長は2mは超えるであろう大男で、体の9割は筋肉で出来ているのではないかと思うほど、いかにも頑丈な体をしていた。歳は20代後半といったところだ。
「初めましてクラウス大佐。ウェスリー・モリス大尉であります。どうぞお見知りおき下さい。」
そう言うと、モリス大尉はルーディを見て屈託のない笑顔をつくった。ルーディは、これほど身体に似合わない笑顔はないと思ったが、それに応えるようにモリス大尉に右手を差し出して握手を交わした。
ヴェルターは、モリス大尉の胸をコンコンと2度ほど叩いて言った。
「クラウス。こいつを宇宙まで連れていけ。頭は良くないが、弾除けにはうってつけの奴だ。一応俺の教え子だしな、信頼は出来る。」
ヴェルターの言葉はなかなかに毒のあるものだったが、弾除けと言われた本人は、ルーディを見たまま笑顔を崩していなかった。
「ともかく、こんな所で話している場合ではないな。敵を倒した所で、シャトルが破壊されればどうにもならん。急ぐぞ。」
ヴェルターは、輸送車から降り、整列している兵士達に指示が飛ばす。すると100人を超える兵士達が一斉に宇宙港の正面入口に突進していった。作戦などない。数の暴力で押しきるつもりだった。だが、それがもっとも有効な作戦だったのかもしれない。
正面玄関で待ち構えていた20人程の敵が、こちら側に気付き銃を乱射してきた。しかし、重装備で身を包んだ兵士達には効力を発揮しなかった。100人を超える重装備兵達は、象が蟻を踏み潰すかの如く敵を薙ぎ倒し、雪崩をうって宇宙港の中に侵入していった。
その様子を離れた場所から見ていたルーディ達も、その後を追うように宇宙港の中へと駆け出して行く。
宇宙港の内部は薄暗かった。照明が割れ、まばらに点灯している。日常の賑わいは無く、あるのは飛び交う銃声音と血生臭い匂いだけだった。
先行した兵士達の後を追って内部を進むと、影が長く伸びる中、敵のシルエットが不気味に浮かび上がった。エジードが銃を構え、ルーディとヴェルターがジェイク達を守るように彼等の前に立つ。
ゆっくりとだか確実に、こちらに向かってくる足音が聞こえる。その足音が角の辺りで止まった。一拍おくと銃を構えだ男が飛び出してきた。エジードが照準を男に合わせトリガーに指をかけた瞬間、横から大男が飛び出した。大男は銃を構える敵の右手を左手で掴むと、それを上へと持ち上げる。銃口から飛び出した弾丸が天井に当たって乾いた音をたてた。呆気にとられる敵の顔面めがけて、大男の岩のような拳が容赦なく炸裂する。敵は3m程宙を舞った後、壁に激突して失神した。
大男…ウェスリーモリス大尉は振り返ると、
「さぁ、先を急ぎましょう。私が先行します。」
と、何事も無かったかのように、満面の笑顔を見せてきた。
ルーディはヴェルターに怪訝な顔で尋ねる。
「あれは、動物園か何かから連れてきたんですか?」
ヴェルターは、ガッハッハッと大笑いしながら
「まぁそんなとこだな!」
と答えた。
一行がターミナルの奥に進むと、シャトル発着場の入口に仲間の兵士達の姿が見えた。なにやら発着場に入れず、作戦を考えている最中のようである。
1人の兵士がヴェルターに駆け寄ってきた。
「中将。このままでは敵のバリケードが硬く中に入れません。今から圧縮爆破弾を使用してバリケードを破壊します。皆さんは少し離れていて下さい。」
ヴェルターは頷き、ルーディ達は入口から8mほど離れた。
兵士が圧縮爆破弾をセットしカウントダウンが始まると、現場には緊張感が走る。
…3…2……
ドォーンと凄まじい音とともに、周囲には破片が散乱し、粉塵が舞い視界が奪われた。
バリケードは跡形も無く破壊され、発着場の中に兵士達が侵入すると、中にいた敵との白兵戦が始まった。
鈍い金属音と銃撃音が聞こえるなか、ルーディ達も発着場の中に入る。モリス大尉を先頭にして奥に見えるシャトルを目指した。
前方にいる敵を、モリス、エジード、ヴェルターの3人が倒して行く。
銃撃が飛び交う中、そこら中に転がる死体を避けて走り、一行はようやくシャトルの搭乗口に辿り着くことができた。
エジードが真っ先にシャトルに飛び乗り、コックピットに向かう。システムを起動させるとシャトルの内部灯が点灯した。エンジンを始動させ、発進に備える。
シャトルの搭乗口では、ルーディはヴェルターに感謝を伝えていた。
「ヴェルター中将、無理なお願いを聞いてもらって感謝します。」
ヴェルターは返り血が付いた顔をルーディに向けた。
「全くだな。こんな年寄りに無理させるのはお前ぐらいだろうて。」
そう言われたルーディには、それが冗談とは受け取れなかった。罪悪感があったからだ。士官学校長として、残りの軍人としての人生を全うしようとしていた彼を、今回の任務巻き込んだことで、彼の今後の立場が危ぶまれる危険性は十分にあったからだった。
「…ヴェルター中将も一緒に行きませんか?」
ルーディは本気で言った。ヴェルターもそれは分かっていたし、自分を心配していることも理解していた。それでも、それを笑い飛ばして誘いにはのらなかった。
「ガッハッハッ、まだ俺をコキ使うつもりか?いらん心配はするな。どうせ後2年で退役予定だったんだ。家族もいる。今さらこの星を離れる気はないわ。」
そういって、早く行けと言わんばかりに右手首を振った。
その時だった。エマ王妃の胸に黄色い閃光が走るのが見えた。閃光が通った場所から赤いものが吹き出してくる。
「母上!!」
ジェイクが倒れそうになる王妃の身体を支えた。
モリス大尉は即座に動き、撃った犯人を一撃で即倒させた。
ヴェルターは、クソッ!と舌打ちをしながら、腰に下げていた応急処置キットからナノスプレーを取り出し、王妃の傷口に吹きかけた。止血はできたが、撃たれた場所が良くなかった。心臓の鼓動が弱くなっていくのが分かった。
朦朧とする意識の中で、王妃はジェイクに語りかける。
「…行きなさいジェイク……立ち止まっている暇はないわ」
王妃の顔は青ざめていたが、ジェイクに向ける顔は優しく微笑んでいるようだった。
「母上を置いて行けるわけがないでしょう!」
ジェイクの声がシャトルに反響する。
ゾフィーは放心状態で立ち尽くしている。
ルーディは下唇を噛みしめながら、泣き叫ぶジェイクの肩にそっと手を置いた。
すると、ジェイクは鋭い眼光でルーディを睨みつけた。
「触るなルーディ!俺は行かない!ゾフィーを連れて早く行………」
言い終える前にジェイクは意識を失った。眠っていたのだ。ルーディがジェイクの肩に触れた時に、瞬眠針を打っていたからだった。冷たいようだか、ここで時間を食っているわけにはいかなかった。万が一シャトルが破壊されれば、もはや逃げ場がないからである。
拳を強く握り小刻みに震えるルーディに、今にも消え去りそうな声で王妃が声をかける。
「…ルーディありがとう。2人のことお願いね…」
ルーディは跪き、王妃に顔をよせる。その目には涙が溢れていた。
「もちろんですエマ様。2人の事は私が守ります。安心して下さい。」
それを聞いた王妃は、優しく微笑みながら、ゆっくりと目を閉じた。
震えるルーディの背中越しにヴェルターが声をかける。
「クラウス…後のことは俺に任せて先を急げ。」
ヴェルターの言葉に感謝しながら、ルーディは立ち上がりシャトルに乗り込んだ。モリスが倒れて眠っているジェイクと、虚ろな表情で佇んでいたゾフィーを両腕に抱き抱え、ジェイクの後を追って中に入った。
シャトルのハッチが閉まる。
ルーディがコックピットの中に入り、エジードにアイコンタクトで発進するよう指示を出した。
「メインエンジン点火!!」
エジードがスイッチを操作すると、エンジンが低く唸りをあげ、シャトル全体が振動した。
青白い炎が後部から噴射され、発射場の床を焦がしながら浮き上がった。
「推進システム起動。離陸します。」
シャトルが加速する。身体にかかるGが乗員に不快感を与えた。
シャトルの中ではエンジンの音だけが響いていた。
ルーディは、窓から見えるシーザリアの街が小さくなっていく様子を眺めながら、幼い時に、王妃がよく歌ってくれた歌を思い出していた…




