3:灰色の街
参謀総長から極秘任務を言い渡されてから数日後の夜、シーザリアの街は静かで、いつもと変わらぬ様子だった。
ルーディ・クラウスは、ここ数日、王宮が見えるカフェで珈琲を飲む事が日課となっていた。カフェは街路に面した小さな店で、窓際の席からは王宮の白い塔がぼんやりと見える。ルーディはコーヒーカップを前に、指輪から得た極秘任務の内容を、頭の中で反芻していた。
『テロが発生したら、王族を保護し、ハイデルから脱出せよ』
カフェの店内は薄暗く、客はまばらだった。ルーディは軍服の上にコートを羽織り、左腕の外骨格デバイスを袖の下に隠していた。
数日間で出来る限りの準備をした。信頼できる仲間を数人集め、武器と通信機を確保した。参謀総長に頼んでいた人材の一人、士官学校時代の同窓生エジード・フォスター少佐も、今日ここで合流する予定だった。
エジードとは同窓生ではあるが、ルーディより3つ年下だった。小さい時から神童と呼ばれ、飛び級を重ね、わずか15歳で士官学校に入学した、いわゆる天才だった。
長身で容姿端麗、黄金色の髪が肩まで伸び、瞳の色は綺麗なアイスブルーをしている。士官学校も首席で卒業し、ほぼ全ての教科でトップをとっていた。ただ、戦略・戦術学と軍史を除いて。
ルーディとは士官学校での演習の時、ある事件をきっかけとして仲が深まった。エジードはルーディに絶対の信頼をおき、ルーディもまたエジードを頼りにしていた。
店の扉が開くと、店内にいた若い女性客や女性店員が、入ってきた客を目で追いかけていた。エジードが入店してきたのだ。エジードがルーディの向かいの席に座わると、黄金色の髪が照明に輝き、アイスブルーの瞳がルーディを真っ直ぐに見つめた。
「クラウス大佐。お待たせしました。準備が整いました。」
ルーディは頷き、左腕のデバイスを動かし、コーヒーを一口飲んだ。
「ありがとうエジード。お前がいてくれて助かった。」
エジードは優しい笑顔をつくって、軽く頭を下げた。
「大佐のお役に立てるなら、光栄です」
すると突然、外の街路からドォーンというものすごい爆音が響いた。窓から見える中央議会の建物が、炎に包まれているのが見えた。テロが始まったのだ。諜報部の情報は当たっていた。ルーディに、今日の夜にテロが起こると事前に情報が入っていた。ただ、その情報より2時間も早い。
ルーディの腕輪型端末に、緊急通信が入る。軍の極秘チャンネルからだった。
「議会が燃えている! 王宮にも手が伸びているぞ!急げ!」
ルーディは即座に立ち上がり、エジードに目配せした。
「行こう、エジード」
王宮ではジェイク王子が、王妃と妹の王女ゾフィーを庇いながら逃走中だった。ジェイクは金髪の髪を短く切り、軍礼服を着ていた。妹ゾフィーは10歳で、怯えた目でジェイクの袖を握っていた。王妃は50代の優雅な女性だが、今は顔色が青ざめ、足取りが重い。王宮の廊下は銃声と叫び声で満ち、侍従たちが血を流して倒れていた。テロの情報を入手していた政府が、王宮の警備を増やしていたことが、多少の時間稼ぎにはなった。
ジェイクは王妃の手を引き、隠し部屋へ向かった。
「お母様、ゾフィー、急いで!」
ジェイクの心臓が高鳴っていた。国王と王太子が暗殺されたという報が、ジェイク達の耳にも入っていた。第3王子のテオドールは行方不明。自分たちが明らかな標的だとわかっていた。隠し部屋へ逃げ込み、ドアを閉めた。部屋は王宮の地下にあり、古い書棚とベッドがあるだけ。この隠し部屋の存在は、侍従達の中でも限られた人物しか知らない。
ジェイクは息を荒げ、王妃とゾフィーを座らせた。ゾフィーが泣き出した。
「お兄様……お父様は?……」
「大丈夫だゾフィー。落ち着いて。必ず助けが来る。」
ジェイクは妹を抱きしめ、心の中で祈った。ルーディが必ず来るはずだ。ルーディなら、この隠し部屋の存在を覚えているはずだから…。
ジェイクは、この部屋から隠し通路を通って王宮を抜け出した過去を思い出していた。そして、あの日ルーディがくれた手紙に書いてあった「ピンチの時は必ず助けに来るよ」の一文が胸に蘇る。
シーザリアの街は混乱の極みだった。中央議会に立ち上る炎が空を赤く染め、群衆が逃げ惑う。警備隊と反乱勢力の銃撃戦が始まり、街は戦争状態に陥っていた。
ルーディとエジードは、店の外に停めてあった浮遊自動車で王宮へ急いだ。途中、軍内の通信が錯綜する。多数の兵士が反乱側に回り、軍内部も混乱の様相を呈していた。
王宮に着くと、すでに戦闘が激化していた。王宮を守る警備兵と、武装した一般人、警察官、ドゥランの息がかかった兵士達、王族の救出に駆けつけた軍人……。もはや、誰が味方で誰が敵なのか判断がつかなかった。
ルーディとエジードは混乱する正面を迂回し、裏門から敷地に入った。裏庭の芝生の下に埋もれていたマンホールを開けると、そこから王宮内へ繋がる隠し通路を進んだ。この先に隠し部屋があることをジェイクは覚えていたのだ。隠し部屋の前に到着すると、木製のドアを開ける。扉が開くと、ルーディの目の前には銃口があった。正確にルーディの額に狙いを定めている。しかし、その手は微かに震えているようだった。ジェイクが銃を構えて立っていたのだ。侵入してきた人物の顔を認識すると、ジェイクは銃を地面に投げ捨てた。
「ルーディ…ルーディか?! 来てくれたんだな…お前なら来てくれると思っていた。この部屋、覚えていたんだな!」
そういうと、ジェイクはルーディに抱きついた。
「当然だ。親友のピンチだろ。でも良かった、危うく君に殺されるところだった。」
ルーディは、奥の部屋でベッドに腰かけている王妃と、その横で涙で目を腫らした王女の姿を見つけると、2人の方へ近づき、片膝をついて頭を下げた。
「エマ様お久しぶりでございます。ルーディ・クラウスです。遅くなって申し訳ありません。」
驚いたようにエマ王妃はベッドから立ち上がり、膝をつくルーディ目線に合わせるように、自らも体勢を低くした。両手で彼の頬を優しく触る。疲れは見えるが、穏やかで優しい瞳がルーディを見つめていた。
「ルーディ…顔を良く見せて。大きくなったわね。立派になって……。ありがとう。助けにきてくれて。」
王妃の、まるで我が子を見るような目からは涙が溢れていた。
あの暴れん坊だったジェイクを、良い方向に変えてくれたのはルーディだと、エマ王妃は知っていた。
幼い頃の2人が、王宮の庭園で楽しそうに遊んでいる光景が、王妃には昨日のように感じられた。
2人は実に21年ぶりの再会だった。
王妃との会話を終えたルーディが横を見ると、状況が掴めないといった様子で、ベッドに座っていたゾフィー王女がいた。涙で目は真っ赤になっている。
ルーディは彼女の前に立つと「ゾフィー王女殿下失礼します」と言って彼女を抱えた。
「エマ様、ジェイク。今は時間がありません。急いでここを脱出します。私とフォスター少佐の後についてきて下さい。」
そういうと、ルーディはゾフィー王女を腕に抱えて、入ってきたドアの前に立つ。ルーディが目配せすると、エジードが銃を右手に持って、やって来た道を走りだした。その後を追うように、ルーディも走り出す。ジェイクと王妃もその後に続いた。
隠し通路を抜けて外に出ると、裏口には5人組の男達が立っているのが見えた。1人は軍服を着ているが、後の4人は一般人が武装しているようだった。見るからに味方ではないことは明らかだった。
エジードは即座に動いた。長身を活かし、銃を連射しながら敵を倒した。一人を撃ち、二人目を格闘で倒し、三人目をコンクリートの壁に叩きつけた。銃声が響き、敵の叫び声が上がる。エジードの黄金色の髪が乱れ、アイスブルーの瞳が鋭く光った。四人目を倒すが、五人目の銃弾がジェイクに向かって放たれる。咄嗟にルーディはゾフィー王女を地面に落とし、ジェイクの前に躍り出た。両腕を顔の前で交差し、顔面を守った。銃弾はルーディの左腕に直撃、外骨格デバイスが奇妙な音をたてて機能を停止すると、ルーディの左腕はだらんと力無く垂れ下がった。撃った犯人は既にエジードの手によって絶命しているようだった。
「ルーディ!!」
「大佐!」
ジェイクとエジードがルーディに駆け寄る
「大丈夫、心配いらない。怪我はないから。ただ、デバイスが壊れて左手が使えない。ジェイク、王女を抱えてくれるかい?」
そう言うと、後ろで地面に座りながら、泣きじゃくるゾフィー王女を見た。ジェイクはゾフィー王女に歩み寄って抱き抱えると、
「大丈夫!兄さんもお母様も無事だ」
と言いながらゾフィーの頭を撫でた。
エジードが端末で浮遊自動車を裏口に呼んだ。5人はそれに乗り込み、王宮を後にする。
ジェイクが車内から後ろを振り返ると、王宮が遠ざかるのが見える。さっきまでいた彼の家は、すでに真っ赤な炎に包まれ、空は灰色に染まっていた。




